:天才は灯籠を行く 弐
「都市伝説…?」
「うん。聞いた事ない……?」
聞いた事がない。私の情報収集手段は、たまに見るニュースぐらいだ。一人暮らしでまさか新聞を取れる金もあるボンボンではない。連絡用にと持たされたスマートフォンは、アドレス登録数がやっと二桁という、容量余り余りの、実用性のない状態となっている。
「都市伝説が、最近、具現化してきてるんだって……。この間は、『猿夢』の被害者が出たって聞くし……」
「…『猿夢』……?」
猿とは、犬猿の『猿』と、夢想の『夢』と合わせて、そう読むらしい。
「夢の中で電車に乗ると、そこには、自分以外にも乗客がいて。そして突然、小さいピエロみたいな二人組が来て、『活け作り〜活け作り〜』って言って、その声に皆並んで、ピエロの間に立って、『活け作り』『えぐり出し』『ひき肉』の順で殺されてくの。自分がその夢を見た際には、『ひき肉』で殺されるらしいけど、どれにしろ夢の中で殺されて、植物状態や、心肺停止になって死んだ人がいるんだって……」
夢の中で殺される。弥做に『小説の内容か何か?』と言いたいところだが、物凄く真剣な顔で言っているので、ボケてはいない。そもそも弥做はボケるような性格ではない。どちらかと言うと、寡黙である。
「夢の中でって、本当なのか…?」
「ボクの部屋なら、新聞のスクラップがあるんだけど……。なんか、映像があったらしくて……」
「夢の中の映像が? そんな馬鹿な…。ていうか、よく警察が認めたな…」
「事件がそれ一件じゃないらしいの。…どの映像も、とても演技のようには見えなくて……。身体も透けてるんだって。CG作成をしてる人との接点は一切ないし。あったとしても、アリバイがあるんだって」
よく知ってるな。
「…『猿夢』説を提示したのは、都内の大学生らしいんだけど……」
「弥做。お前、何処でその情報を…?」
流石に詳しすぎる。警察の知り合いでもいるのではないか。
「…黒いお兄ちゃんから……」
……………。
「黒いシャツの、お兄ちゃんから聞いたの……。あと、黒い懐中時計、持ってた…」
「弥做。その兄ちゃんと知り合い…?」
「初めましてで、なんやかんやで意気投合……」
字余りだがリズムがいい。いや、そうではない。人一倍警戒心が強い子だと思っていたが、まさかそこまでフワフワしているとは思わなかった。しかも黒いシャツ。聞いただけでも怪しい。
「………情報屋さんなんだって。いろいろ話を聞かせてもらったよ」
「あんま、そういう人と一緒にいるモンじゃないよ…? 何かあったらどうするんだよ……」
最近、猥褻目的でつっかかってくる、いい歳こいた男が多いと聞く。仮にも身内の小学生がそのような目に遭ったら、考えただけでも嫌だ。
私は異性になど興味はないが、弥做は美人顔である。将来はモテるであろう。多くの男性が理想とする、黒髪の乙女像になるのではないだろうか。
「うん。気を付ける……。あ、でも、何かあったら、藤九郎兄ちゃんが助けてくれるよね……?」
とんだ期待をされたものだ。確かに、目の前で弥做が強姦に遭おうものなら、捨て身で助けるつもりだ。これでも、マイナー格闘技であるサバットを取得している。サバットとは、ストリート格闘技の足しか使わない格闘技だ。両親が海外かぶれで、取得してきたらしく、私も記憶が曖昧な小学生時代に習い、身体が覚えている。
「…あぁ。お前に何かあったら、親父さんに会わせる顔がないからな………」
なんだ。このカップル同士の微妙な甘々な空気は。断っておくが、私にロリータコンプレックスの性癖はない。
「…そう言えば、アニメの再放送は?」
「あぁ! もう十分もオーバーしてる!」
弥做はリモコンをひっ掴むと、チャンネルを切り替えた。すぐに、ニュース画面から可愛らしい画面になる。声優の可愛らしい声に、先程までの空気が和らぐ。
「これ見終わったら、解けてない分もやる、でいいのか?」
「うん。お願いします」
「今日は、ありがとうございました…」
「いえいえ。勉学に勤しみたまえよ」
深々と頭を下げる弥做を撫でた。サラサラの髪は、指通りがいい。
「また、神社に来てね」
「あぁ。また五円玉入れに行くよ」
「ケチ」
笑って言ってきた。今日のように気分が良ければ、十円玉に譲歩してやろう。
「じゃあね、藤九郎兄ちゃん」
「気を付けて」
走って帰っていった。一息つくと、部屋のドアを閉める。
−−−チリ……ッ!
「…………!?」
なんだ。なんなんだ。今日は特に酷い。ドアにもたれ、頭を抱え、身を出来るだけ縮ませた。
「…めろ、やめろ…!!」
背後からではない。四方からだ。
今日は特に酷い。本当に酷い。
「私を見るなっ!!」
果たして、私はこのように大きな声を出せたのかと驚きたかったが、今はそれどころではない。しかし、グサグサと刺さる視線は消えた。嫌な汗が流れ、一瞬で下着がじっとりと濡れた。私は立ち上がると、リビングまで歩き、雨戸を閉める。
「はぁ……ぁ……っは、あ……」
駄目だ。気持ち悪い。今日は特に課題もない。さっさと風呂に入って、寝よう。飯など食べられる気になれない。今が六時過ぎだろうが、とにかく、今日はさっさと休みたい。
私は着替えを持って、バスルームに向かった。
「……………」
目が覚めたのは早朝三時。あれだけ早い時間に寝れば、当たり前かとすぐに納得した。しかしまだ気分が悪い。また視線を感じる。布団にくるまって、視線を完全にシャットアウトしたと思っていたが、駄目だ。
盗聴か、盗撮でもされているのか…?
私はとりあえず、寝室をあさってみることにした。
CDラックの裏、ベッドの裏、観葉植物、棚の上、天井の隅、タンスの隙間。
「…ない……」
−−−チリ………ッ!
「ぅ、あ……ぁ……!!」
震える自分を押さえるのがやっとだ。
誰だ。誰なんだ、一体……。
やめろ、やめてくれ。
−−−チリ………ッ!
やめろ。……めろ……っ!
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……!!!
「やめろぉぉぉぉおおぉおぉぉ!!!!」
−−−バチッ!!
「………っ!!?」
私は顔を上げると、目の前のタンスの後ろから、白い煙が上がっている。私は火事かと、タンスの後ろをすぐに確認した。
が、そこにあったのは、これから家事の元になるであろう炎ではなかった。
「………あ……っ。あ……」
思わず腰を抜かしてしまった。
そこにあったのは、先程の音で壊れただろう、盗聴器であった。まだ微かに赤いランプが点ろうと、消えかけの蝋燭の火のようだ。悪寒がした。あまりの怖さに拳に力が入る。その時だ。
−−−バチッ! パキン…ッ!
「わ……っ!?」
またあの、電流が走るような音に目を瞑り、壊れる音に目を開けると、盗聴器は真っ二つに割れ、今度こそ壊れた。
しかし、なんなんだ。さっきから……。
考えてみても、明らかにおかしいだろう。そもそもどうして壊れたのだ。しかし、私が叫び、機材が壊れる。そして、次の瞬間、真っ二つに割れて完全に壊れた。
そして、あの電流が流れたような音。タンスの近くに電気機器はない。いや、あったとしても、こんなピンポイントで、小型盗聴器に、タイミングよく漏電したとも考えられない。
タイミングよくと言えば、私の方だ。私が叫ぶと、力を込めると、盗聴器は壊れた。
私……?
私が、盗聴器を壊したのか…?
私が、自己的に電流を発生させ、盗聴器を壊したのか…?
馬鹿な。そんな非科学、ありえない。
いや、しかし……。
「…………」
私は、自分の手を見つめた。
そして力を込めた。
すると、どうだ。
−−−パチ…ッ。
「……………!!?」
いや、はっきり見た。確実に見えた。私の人差し指と、中指の間に、小さな雷のような電流が走ったのだ。
これは、一体……?
−−−パチッ。パチパチ……ッ。
「…………っ」
−−−バチ……ッ!!
力の入れよう、私の思い次第で、電流の出力は変わるらしい。
「……………」
しかし、よく解らない。
何故、いきなりこのような能力が私に宿ったのか。これではまるで、週刊少年誌のような流れではないか。能力的に言えば、学園都市に住む、自販機を蹴る、ライトノベルの茶髪のビリビリ中学生ではないか。
「………私の身に、一体何が……」
とにかく解った事は、私は盗聴されていたという事。そして、おそらく盗撮もされているはずだ。
そして、電流を流す、妙な能力。
−−−ピロリンッ。
メールの受信音だ。こんな時間に一体誰だと、受信メールを確認しようと、立ち上がった。
登録数の少ない私の携帯にかけてくる面々など、たかが知れているが。
「…………」
しかし、差出人は、知らないメールアドレス。内容はこうだ。
『今日は楽しかった。また明日』
私はゾッとし、アドレスを確認する。
「m、e……r、ry………?」
「あ…………」
青年は、黒い懐中時計を閉じた。
「また誰かが、巻き込まれた……」