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輪-ワープアンドワープ-  作者: Cro.w
:N Episode
10/32

:文武は曇天を仰ぐ 弐

都市伝説に憑かれると殺される。

この街ではいつしか、そんな噂が流れていた。新聞にも挙げられるほどに、この大学でもかなり有名だろう。

「えぇ。一応知ってますけど……」

「実際どうなんだろうな。私も某動画サイト見てる身だからな。大抵の物は解るけど……。マジレスする奴等がマスコミ内にいたとは……」

確かに、内容としては現実味が無さすぎる。よくも編集者が許したものだ。

「教授としては、如何です?」

「いや、普通に興味深いと思うよ?」

言われれば少し楽しそうだ。

「……って、ああぁあ!」

片付けた本を持っていた手を見ると、もう次の授業が始まる。私はその場に本を落とした。

「き、教授! 私、これで失礼します!!」

「あ、おい……」

止めないで頂きたい! 私は急いでいるのだ!





大学を出ると、もう日が暮れていた。私は買い物を済ませ、家に帰るところだ。それにしても疲れた。サークルで随分な汗をかいてしまったせいもあるが、あの後も結局、教授の部屋の片付けを手伝った方に、不等号が向いているのが解る。

「あーもー。飲み会にも行けなかったし…。疲れたよー…。家に帰ったら実況動画見ようっと……」

足取りがフラフラする。

すると、目の前に何かチラついた。私が顔を上げた時には、そのチラついた何かにぶつかり、私は尻もちをついた。

「あ、す、すみません……」

「あ?」

あぁ。私は今日、とてつもなく運が悪いらしい。目の前にいたのは、金髪のガラの悪い男がいた。私の口角が引きつる。

「おい、何処見て歩いてんだよ。姉ちゃん」

明らかに声音を極力低くしているのが解る。

「あ、あの……す、すみません」

「あ? なんだって? 聞こえねぇなぁ…?」

あぁ、拳で黙らせたいけど、そうもいかない。あぁ、でもウザい。殴りたい。女が誰しも、か弱く大人しい、おしとやかな乙女だと勘違いしてる馬鹿め。私の拳は鉄拳を通り越してダイヤモンドと言われたほどなのだ。顎の骨を粉砕されたくなければ、さっさと私の荷物を両手で拾って、五回頭を下げろ。

とは言えるはずもない。言いたいが。

「おい、聞いてんのか!?」

私は腕を掴まれ、無理矢理立たされる。反射的に出そうな拳を押さえる。が、私の目に映ったのは、拳に変えられたもう片方の男の手。

「……!!?」

私は条件反射で、拳を振るおうとした。

が、視界が一気に黒に染まった。打ち所が悪く、意識を失ったかと思ったが、目が開けられるのでそうではないらしい。私の視界の黒は、私より背が高い青年の、学ランの黒であった。

「………」

「あんだてめぇ!」

男に怒鳴られる学ランの青年。しかし微動だにしない。その手には、男の手首を握られていた。男を見ると、痛いのか表情を歪めている。

「いえ、嫌がっているように見えたので………」

青年は落ち着いた口調でそう言った。

「それに、女性に手を上げるのは、如何なものかと……」

「うるせぇ!」

もう片方の私を掴んでいた手を拳に変え、青年に振るう。が、青年は首を傾け、それは当たらない。驚いた事に、その後繰り出される蹴りやパンチも、全て涼しい顔をしてかわす。しかも、ほとんど動かず、ポケットに手を入れたまま。

私の後ろを通る通行人も、その光景を見ているだろう。青年はいきなり後ろを向き、通行人の目線が自分に向いているのを確認する。そして後ろを向いているにも関わらず、かわす。

「証人は…これだけいれば充分、かな…?」

「余所見してんなぁ!」

青年は爪先を軸に回転し、その長い足で男の横腹に回し蹴りをした。男は横に吹っ飛んだ。

青年は私の方を見る。

「…お怪我は……?」

「え、え……? あ、え…?」

私は驚いた。私の前にいたのは、若返った教授だった。

「……あの、大丈夫ですか…?」

違う。この人物は、教授の弟の、千影藤九郎だ。それにしても、よく似ている。

「安心していいと思いますよ。正当防衛と言えば、同意してくれる方はいるかと。一方的に殴っていたのはあちらなので……」

弟さんは、私の荷物を拾ってくれ、手に持たせてくれた。

「幸い、相手も伸びてくれてますので、私はこれで失礼します……」

弟さんは、フードを被ると、私を置いて帰っていった。私もそそくさと、その場を後にした。





「千影、藤九郎……」

私はシャワーを浴びながら呟いた。シャワーを止めると、濡れた髪を弄る。ルームウェアに着替え、冷蔵庫の中にあるビールを出して、一気に喉に流す。いや、この為に生きていると実感する。私はパソコンを起動しながら、「かーっ!」と一服する。

「さて、動画動画…っと…」

弟さんの事も気になるが、とりあえず今は息抜きをしたい。好きな実況者の最新動画がアップされていて、すぐに見る。

冒頭からの茶番で、私は早くも腹筋を痛める。

「…ん……?」

私は動画の上を見た。


『不信メールの被害者多数。メールアドレス゛merry.nnn@××××.ne.jp゛』


私は動画を止めた。

「これ、まさか……。メリーさん…?」

『メリーさんの電話』。

有名な都市伝説だ。流れた頃は、電話での場合しかなかったが、最近のメリーさんは、SNSを使ってくるらしい。

メリーさんは電話で、『もしもし、私メリーさんよ』と名乗った後、自分の居場所を告げ、送信者にだんだん近付いてくる。そして最終的には、『今、あなたの後ろにいるの』という形で、コピペは終わっている。

そんなメリーさんにも、笑い話が存在する。

例を挙げるとすると、

『もしもし、私メリーさんよ。今、あなたのいるマンションの前にいるの』

その次の電話。

『もしもし、私メリーさんよ。オートロック開けてくれる?』

と、最新セキュリティに引っ掛かるという、お茶目なメリーさんの笑い話も存在する。

が、今起きているこの事件については、どうやら笑い話ではないようだ。

「教授も、巻き込まれてないかな……」

私は脳裏に過った教授の顔を気にかけた。あの弟さんあっての、あの教授、千影誠十郎がいると考えると、あまり心配はなさそうだが。

「…うーん。とりあえず動画見よう!」

教授なら、きっと大丈夫だよね。





私としたことが。

デスクに伏せって眠ってしまうとは。額がすごく痛い。とりあえず、キーボードの跡が消えるまで皮膚を伸ばすことにしよう。

「…あれ……?」

新着メールが届いている。またなんかの広告だろうと、私は一応開いてみる。



『おめでとうございます』



件名はそうあった。この私に詐欺行為を行おうというのか。いい度胸だ。見るだけ見て即消去してやろう。


『おめでとうございます。貴女は見事、多くの視野を有する事が出来るようになりました! これからの人生を、是非お楽しみください!』


なんの事だ? 更に下を見る。


『やり方は簡単。目を閉じて、視界を奪う人の顔を思い浮かべるだけ! さぁ、Let's try!!』


視界を奪う人? どういうことだ?

しかし、馬鹿げているが、少し興味がある。所詮、私は一人暮らしだ。やったところで誰も解らない。

まずは、目を閉じて……。

視界を奪う人の顔を……。顔を……。


−−−………。


私は目を開けた。


「………!!?」

私は目を疑った。私の目に映ったのは、メールを開いていた自分のパソコンのディスプレイではなかった。

見慣れたデスク。傷んだ古書。

「…う、そ……!?」


『ははっ。へぇ、そういうオチなんだ……。ははっ、は…っ!』


聞き慣れた声。

「…き、教授……? 教授の、部屋の、教授の声……? 教授の……」


−−−視界……。


そうだ。私は無意識にも浮かべた、千影誠十郎の視界を『奪った』。

私は目の前でめくられる古書。教授はそれを見て笑っている。私にはよく解らないが、この視界は、確実に教授のものだ。

この力をすぐに信用するとは言わないが、怖いと思う反面、私はすごいと思った。

「こ、これ……。遠距離でもいけるのかな……?」

私は目を閉じた。そして、実家の母の顔を思い浮かべる。

「あ………」

流石、私の母。もう起きて、祖母や使用人のために朝ご飯を作っている。目に映る味噌汁を見て、私は生唾を飲み込む。


『ねぇ、(ユリ)さん。維咲ちゃんは、悪い男に引っ掛かってないかね?』


祖母の声が聞こえる。


『またその話? 大丈夫よ、あの子は』


母が味噌汁をかき回しながら言う。

私は視界を解除した。

元の景色が戻ると、私は息を吐いた。

「…あ、は……アハハ、ハ…。何よこれ……。凄すぎでしょ……」

呆れてディスプレイの端に目を向ける。

「…ヤッバ! 授業に間に合わなくなる!」

私は椅子から立ち上がり、服を脱ぎ捨て、素早く着替えると、荷物を詰めて、部屋を蹴破るように出ていった。

「…あ、そうだ。摩季(マキ)、今、何処にいるんだろう……」

私は走りながら、駅で待ち合わせを約束していた友人の顔を思い出した。約束の時間をとっくに過ぎて、乗るはずの電車を逃している。私は目を閉じて、開けてみると、そこは駅のホームだった。私は驚いて足を止める。


『おっそいなぁ……。電話にも出ないし』


あぁ、申し訳ない。本当に申し訳ない。私は自身の運動神経を信じて、商店街を走り抜けた。





「あ、維咲ぃ! もう、遅いよ〜!」

「ごめん、寝坊しちゃって!」

「また動画見てたんでしょ? 夜更かしも程々にしてよね!」

「うん、次から気を付けるよ。でも、あの実況者、面白くってさ! まだ見切れてないんだよね」

私はなんとか間に合った。

それもどれも、この、能力のおかげだ。


「それでね、その実況者がさ、今回も面白くて……」






『おめでとうございます。貴女は見事、多くの視野を有する事が出来るようになりました! これからの人生を、是非お楽しみください! やり方は簡単。目を閉じて、視界を奪う人の顔を思い浮かべるだけ! さぁ、Let's try!!』


『どうですか? 視界を奪う事が出来ましたか? しかし、使いすぎにはご注意下さい』


『どうなったって、知りませんよ〜?』



『ではでは。忠告完了〜! さよーならー!』



『by ××××』


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