第一話 奴隷になった、その後
「これより戦闘訓練を開始する! 18-1番から8番、武器をとれ!」
武骨な建物の中で、男の声が響く。
自らにつけられた番号を呼ばれ、前に出たのはみな子供。ちなみに15番までの番号を持つ10人がこの部屋にはいる。人間だけではなく獣人といった亜人の子もまじっており、性別も年齢もバラバラだ。
なぜ番号に対し人数が5人足りないのか。
それは簡単なこと。これまでの生活の中で、死んでしまったから。それだけだ。
子供たちに唯一共通していたのが、背中や腕に刻まれた特徴的な紋様。
――彼らは皆、奴隷と呼ばれる存在であった。
「オフィーリア」と呼ばれるこの世界。
そこオフィーリアにある一つの大陸には大きく分けて三つの地域が存在している。
一つは大陸の南西部に大きく広がる「エリスト王国」。
一つは大陸の南東部から一部の北部に広がる「アシュテール帝国」
そして最後の一つが、北部に位置する「魔王区域」。通称、魔区。魔王によって生み出される魔物が数多く存在する無法地帯である。
子供の奴隷たちが集められているのはエリスト王国の王都、エイジス。
その王都のある施設に集められた彼らには戦闘訓練だけではなく一般常識や学問が教えられている。だからといって、ここが慈善施設かというと決してそうではない。
この施設は、国の為に動く「駒」を育成するための非公開の施設である。
故に、教育といってもある意味洗脳に近い。おまけに、奴隷として縛っている以上は彼らに自由は無い。
男の声を受け、18-3番と呼ばれる少女もまた木でできたナイフを手に取る。
少女は人間であり、小柄ではあるがナイフには適正があったようでその技術は評価が高い。
なので、彼女には暗殺者として育てる方針が決まっていたため、他の面々と比べ戦闘訓練は厳し目のものだった。
指導教官にはこの施設出身の者もいる。
18-3番を担当するのは17-4番と呼ばれる男で、これまで国の命令で実際に暗殺行為を行ってきた一人である。黒い髪を短くそろえ、“教育”によりその目は無気力な光を宿している。
「始め」の合図があり、18-3番が突き出してきたナイフを難なく払うと、首筋めがけて17-4番は自分のナイフを突き出す。
木でできているとはいえ首にくらえばたまったものではない。
とっさに彼女は身をひねるとナイフを避け、そのまま勢いを利用して一度は払われたナイフを再び17-4番に向けた。
(いける!)
そう思った矢先、腕に鈍い痛みが走った。
17-4番が足で18-3番が伸ばした腕を蹴りあげたのだ。
痛みに思わずナイフを手放してしまい、ナイフはそのまま飛んでいく。
これでもう、身を守る武器が無い。
防御の構えをとる前に、腹に振りおろされたナイフによって激痛が彼女を襲った。
「う、うぅ……」
結局、あの後も厳しい指導が続き、それからやっと解放された。
解放されたと言っても、普段収容されている部屋に戻されただけ。
部屋には娯楽品も何もなく。18-3番はいつも通り壁に寄りかかると目を閉じる。
まぶたの裏で、彼女はまだ見ぬ施設の外について想像を膨らませた。
知識としてはある程度教えられている。写真も少しは見せられた。
だけども、自分の目でじかに見たのははたしていつのことだったか。
奴隷になる前のことなど覚えていないし、わずかな記憶も辛いことしかないだろう。
だから、思い出さない。ただ想像するだけ。
「いつか……見たいな」
施設の中のこんな単調な景色ではなく、彩りに満ちた外の世界を。
18-3番は理解している。自分達が王国のために尽くすための、それだけの存在だと。
だから訓練が終われば、いつかは外に出られるのだろう。
けれど、その時自分は17-4番のような無気力な目になってはいないだろうか……。
そんな心配が彼女の心に暗雲をもたらす。
現在、教育では徹底して「王国の為に」をたたき込まれている。
命令に従うだけで、外の景色を楽しむ余裕はないのではないか。
「それは、いやだな……」
部屋の中を見渡せば、自分と同じように訓練を受ける子供たちが会話をすることもなく座りこんだり横になっている。
明日もまた訓練がある。早く寝ないと明日の訓練に耐えられないかもしれない。
体力を回復するため、彼女は横になって目を閉じた。
いつか来るその日を、夢に見ながら……。
今日も、17-4番にぼろぼろにされた。
闇雲に剣を振るえば、隙を見て急所に木のナイフをたたき込まれ、様子を見ようと後ろに下がればだんだん追い詰められて余計にダメージを受けた。
相手のナイフを受け止めようともしたが、自分はまだ力のない女の子であるのに対し、相手はじぶんよりはるかに訓練と実戦を重ねた相手だ、あっさりと力負けしてしまう。
もちろん、ただぼろぼろにされたわけではない。ナイフとナイフのぶつかり合いの中で攻撃を受け流したりして作った隙を利用して17-4番に斬りつけたこともあった。
しかし、ここでやはり筋力差が出てしまう。
急所にあてることはできず、18-3番が17-4番の体に斬りつけたところで彼はまだ戦える。しかし、彼の攻撃は彼女の攻撃と比べて重く、ダメージも大きかった。
本物のナイフを持ってさえいれば相当の傷をあてているだろう。しかし、17-4番が相手では自分が先に殺されているかもしれない。
戦闘訓練の後、座学が始まる。
座学といっても、学問を習うというわけではない。
外に出ても違和感を持たれないよう、最低限の知識、習慣を学ぶ。
そして繰り返される「王国の為に」。
「いいか! 貴様らは王国によって生かされ、施しを受けている立場だ! その恩に報いるためにも、王国の為に、自らに与えられた任務を……」
前でつばを飛ばしながらわめきたてるこの教官はずんぐりと太っている、どこか脂ぎった男。18-3番はこの教官が嫌いだった。確かゴードンとかいう名前だったが、はっきりと名前を覚えていないことからもその嫌悪感が分かる。
ちなみに、ゴードンは施設出身者ではない。
長々とゴードンによる座学が続き、外へ出たときに困らないための情報のみを必死で頭に叩き込む。
拷問にも等しい長い時間が、ゴードンが終了を告げることで解放を迎える。
しかし、今日は普段と少し違っていた。
「では、これにて本日の座学を終了とする! 18-6番はここに残れ! その他全員は部屋へ戻れ!」
一人居残りを命じられた18-6番がびくっと体を震わせ、恐怖の表情を浮かべる。
自分が何か失敗でもしでかしたのか、機嫌を損ねるようなことがあったのか。
ここにいる子供たちは全員今まで何度も折檻を受けているため、今日はこの子かと自らでなかったことを安堵すると同時に明日は我が身かと不安を胸にする。
18-3番は座学を受けた部屋を出る前に、ちらりと18-6番の様子をうかがった。
18-6番は獣人族の男の子である。猫の系譜をもつらしい彼は茶色の耳をピクピクとふるわせ、尻尾の動きがこわばっている。
「何をしている18-3番! 早く戻れ!」
「も、申し訳ありません!」
とばっちりを受けてはたまらない。
叱責を受けた彼女はすぐに自分達の部屋へと戻る。
万が一が無いようつけられている監視の兵たちと一緒に。
――その日。いや、それ以降。
18-6番は、二度とその姿を見せることはなかった。
「一回目は失敗か。本当に大丈夫なのか?」
「獣人族のガキでもダメなら、人間でも体力は持たないのでは……」
「いや、逆に人間の方が適合するかも……」
その夜、子供たちの知らないところでは会議が行われていた。
議題は、本日より開始されたある実験について。
「いずれにせよ、器の固まっていない18番台は訓練も積ませているし実験材料としては使えよう。次は18-13番だな。元勇者の様子はどうだ?」
「はっ、現在は動けもしないようです。さすがに連日での実験は厳しいかと」
「フン、どこまでも使えん奴だ。ならば、次の実験は3日後とする」
物語の幕は、ゆっくりと上がり始めていた。
皆さんこんにちは、照菜咲と申します。
「勇者の一人が処刑された、その後」を読んでくださり、ありがとうございます。
まだまだ未熟なところが多いので、感想やご指摘、ご意見を頂けると幸いです。
これからもよろしくお願いします。