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午前8時

作者: 室岡 勇実
掲載日:2026/05/09

 私は散歩が好きだ。家にはカーテンを引いていないから顔をつんざく鋭利な朝日が私を覚醒させる。布団は畳まない、昨夜寝巻きに着替えた際に放ったスウェットとパンツはそのままに、サンダルを履いて外に出る。鍵をかける必要なんてない。治安という意味合いで言えばこの地域は安全という領域に分類される。これが季節にもよるがだいたい午前六時から七時頃だと思う。時計を見るほど野暮なことはないからそのくらいという曖昧さを大切にしている。

 近所に流れる浅い川を下っていく。目的地は少し先のコンビニでそこの喫煙所でタバコを吸うことを二回行う。私の中でこれは一種の儀式的な要素を持ち合わせているが、これが特に他の事象に活きたことはこれまでない。

 時間の流れは妙に遅くなる。踏み出した一歩の感覚は足のかかとから頭に至るまで全身を、太陽の光を浴びて恍惚とした血の流れに沿って駆け巡る。空が高い。まだ夏でもないが春は過ぎているし、梅雨にしては雨は最近無い。とはいえ長袖を着ては体の内側から熱が込み上げてくるし、半袖では肌を撫でる風がまだ冷たく思える。七分丈は私に似合わないから却下。暑いよりは寒い方が耐性があるから半袖を着る。そもそも寝巻きが半袖なのは考えてはいけない。

 朝のコンビニは騒々しい。地元の若い衆が騒ぐものとは質が違う。この社会を創り上げる騒々しさだ。コーヒーを頼む時はSサイズと決めている。コーヒーはあまり量を飲むものではないというのが私の信条なのだ。きゅうりの糠漬けを五本食せといわれれば簡単であるが食べたいと思う人は少数派だろう。そういうものなのだ。

 Sサイズがおひとつですね。という店員の甲高い声が聞こえる。私に言っているはずなのに実体を感じることができない。脳みそがまだ起きていないのだろう。電源を入れた10年目のエアコンのように意識の覚醒はノロマだ。

 駐車場には足場の男たちと老人、そして私がいる。こういう場面における若さというのは邪魔にしかならない。生物という意味でいえば、セキレイにスズメ、カラスといった鳥類、蟻やてんとう虫といった昆虫類。それより小さいモノたちは認識外だから置いておく。時間に余裕がある日は色々なものが目に入る。

 コーヒーとタバコを呑む。意識がはっきりしてきて空の青さや雲の形、向かいの老人の輪郭、路肩から生える雑草。くっきりと全て見える。

 公園に行こう。青々と茂る草木の下では散歩する中年、手持ちの付いた自転車に我が子を乗せて引く母親、走り回る小学生と思われる子どもたち。そのエリアは黄色味のかかった雰囲気を周囲に放っておりほのぼのとした日常の明暗をはっきりさせているようだった。

 ベンチに座る午前八時。手をついて上を見上げる。やけに木々の葉がはっきり見える。走馬灯の景色はこんなにも色彩豊かなのだろうかとふと思ったくらいには生気を感じた。差し込む木漏れ日はその先を常に先鋭的に照らしているように感じた。命のサイクルを私の五感で味わっている。

 帰ったら何をしようか。午前九時、起きてからはっきりしていた感覚が再び鈍くなり平凡な日常へ私を誘おうとしている。抗う術は無く、また私に社会の歯車としての役割を押し付けてくる。今なお、木漏れ日はそのムラのあるマダラに降り注ぐ日の光を容赦なく私に向けている。

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