もどかしくなって引っ掻く
乱雑な机様から頂いたお題です。
ありがとうございました。
彼の頬を引っ掻く。
指の先がじんじんする。彼の頬にうっすらピンク色になって、そこから赤い血が流れるのを見たとき、
「あんたの爪は鬼の爪じゃねえ」
お婆ちゃんにそう言われたのを思い出し、はっとする。
私の爪は結構伸びきっていて、鋭さを帯びていた。でも、謝るのは躊躇われて、おそるおそる、彼を見る。
「いってえ」
彼は怒るどころか、小さく笑った。
「そーゆーこと、しちゃ駄目なんだぞ?」
とろけるように柔らかい声。本当に真っ直ぐで正直な声。
私を拾って捨てて。私が出会った人間は、そんな奴等ばっかりだった。可哀想だからというエゴを押し付けて、最後は手の平を返したように捨てていく。人間は、そんな汚くて醜い奴ばっかりだ。みんな、みんな、黒や灰色や茶色に、汚く染まっているんだ。
それなのに。真っ白な何色にも染まってない奴なんかいないはずなのに、彼は少しの濁りも無い純白。そんな彼に戸惑って、面くらって、とぎまぎする。そんな慣れない自分に苛々して、こんな気持ちにさせた、この真っ白な人間に苛々する。
私の真っ白な髪を優しく撫でる彼の頭は真っ黒だ。心の色素がすべて彼に抜き取られてしまったのだろうか。私はまた、苛々して、もどかしくなって、頬を引っ掻こうとした。でも、ふ、と避けられ、私の手は空を滑る。
「残念でしたー」
だらしなく語尾を伸ばし、べっとわざとらしく舌を出す。
「お前、仮にも女の子だろう? そんな凶暴だったら、誰にも好かれないぞ?」
うるさい、うるさい。
涙で嗄れた声は出そうとすれば情けない小さな悲鳴のような声しか出ない。それを彼に晒すのは、あまりにも屈辱的。だから、顔にありありと嫌悪を浮かべてやる。
「ねえ、君」
ああ、なんて彼は真っ白なんだろう。こんな可愛くない雌猫に不愉快な顔一つしないで、彼は軽々と私を持ち上げるのだ。彼の真っ黒な瞳の中に、私の見せかけだけの、真っ白な体が映る。
「僕の飼い猫になってもらえませんか?」
私はプイっと横を向いてやった。あまりにも、彼の目が無垢で透き通っていたから。
でも、彼の白を分けてもらえば、私の黒く染まった心も少しは白に近づけるかもしれない。
「……にゃ」
別にいいけど。という意味をこめて彼を見ると、彼は私の言うことが分かったのか「交渉成立」と、忌々しいぐらいに爽やかに笑った。
*
「はい、これ、どうぞ」
「に゛ゃー!(ふざけんじゃねえ。ここは流れ的に極上キャットフードだろうがっ。何自信満々にのびきったカップラーメン出してんだよ、この野郎)」
「あ、いらないの」
「にゃにゃっ(いや、いる)」
「あーげない」
「にゃあ……(そんなあ……)」
ふふん、と誇らしげに笑う彼を見て、じれったくなって彼の膝を優しく引っ掻く。
最後は蛇足感が否めないですね。
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