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知る人ぞ知る~ダンジョン発生のあおりで失業した薬師の娘が薬膳料理店を開きます~  作者: 高瀬あずみ


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3/3

3.外の薬草と中の薬草


 多少どころでない恥ずかしさを振り捨てるように、自力で立てるようになると、私は早々に冒険者ギルドを後にした。

 もちろんそれまでにシルパとアルマジット氏には礼を述べ、シルパへの依頼料も払った。ダンジョン内で得られた魔玉のほとんどはシルパに進呈し、その代わりにドロップの肉類を引き取る。そういう話は道中につけていた。シルパは自炊しないらしいし(だからこその食堂の常連だったわけで)、ギルドで売り払ったところで買いたたかれるアイテムだ。遠慮する必要もないだろう。


 家まで送るという話も断ってギルドから出ると、ダンジョンに入ったのは午前中の早い時間だったというのに、空の一部が色を変えて、もう夕方が近いと教えてくれていた。ガイドはたいてい半日ほどで終了すると聞いていたので、随分とシルパの時間を奪ってしまったようだ。そのうち何かで返礼しよう。まあ原因は間違いなく薬草に目の色を変えていた私のせいであろうし。



 私は家まで急ぎ、家に着くと中庭にまっすぐ向かった。今日採取してきたばかりの薬草たちを洗ったり植えたりするためだ。

 普通に指定の方法で採取したものは水路で軽く洗って笊に上げる。水をよく切ったら作業部屋へと運んでおいた。ここまでしたら、この分は急がないので後回しだ。


 シュシャからダシャまでの五種類の薬草。根つきのものをせっせと鉢に植えていく。植物を移植する場合、既に育っているものへの悪影響を避けるための処置だ。問題がない場合は直植えに移行する。元々この中庭は数の少ない植物を実験的に育てるための場所でもある。だから温室まであるのだ。

 苔に似たナヴァの鉢だけは水路の近くに設置。湿度も必要としそうだと思ったからだ。さてナヴァ以外の四種類をどこでどういう風に育てようかと鉢を眺めて悩んでいたところ。


「ん?」


 頭の中に情報が飛び込んできた。


<シュシャ。ダンジョン産の薬草。ダンジョン内の草原に生える。葉のみを採取して洗浄乾燥ののち、錬金術により低級ポーションの材料とすることができる。魔素の少ないダンジョン外だとすぐに枯れるので注意。ダンジョン外で育てる場合には、土の中に魔玉を入れること。水遣りは適宜。種でなく株分けして増やす。通年草。外の薬草と同様の手順で生薬として扱う場合は、完全乾燥後によくすり潰してから水を混ぜて捏ね、丸薬にする。その場合の主な効能は疲労回復。>


「え、え、ええーっ! ちょっと、ステータス!」


 慌てて呼びだしたステータスに燦然と輝くのは、<鑑定(植物限定)>のスキルだった。


 まさかスキルが生えるとは思ってもみなかった。しかも薬師には超絶待望のスキルという大当たり。とりあえず今日は天の神様に感謝の祈りを捧げよう。


 それはともかくである。

「魔玉?」

 うん、持ってる。シルパもさすがに迷宮スライムの魔玉はいらなかったようでくれたのだ。ギルドに売っても二束三文、子供の小遣い以下だからね。

 ギルドの資料室で読んだ文献でも、ダンジョン産の植物は外ではすぐ枯れてしまって育てられないとあったけれど、原因が今、明らかに!


「魔素不足かあ」


 そもそもダンジョンというやつは、魔素の濃い場所に発生すると聞いている。発生後は内部でより濃い魔素を充填させて、そこから迷宮魔物やアイテムが生まれるらしい。そりゃ育成に魔素がいるわな。


 納得したので五種類を植えた鉢に、ごく小さなスライムの魔玉を埋めていく。肥料と同じ扱いと考えても良いだろう。どのくらいで吸収するかの観察も必要かもしれない。消費が早いようならば、またダンジョンに潜らなければいけないし。スライムの魔玉をギルド受付で購入依頼するのは何か嫌だ。



 この日は慣れないダンジョンで疲れたこともあり、日が暮れて早々に眠りにつくことにする。明日は筋肉痛になるかもしれない。鉄棒を振り回すなんて普段はしないから。安眠効果のあるラバンダルのポプリを枕の下に入れて、私は目を閉じた途端に眠っていた。




 ダンジョンで採取した薬草の五種類は、完全乾燥する期間もばらばらで、乾いた順番に鑑定スキルに従って生薬にしていくことにした。

 六層と十層で採取できるシュシャは、翌日にはもう乾燥しており、私はまずこれから始めることに。何と言っても一番採取しやすいから、失敗しても構わない。


 まずは乾いたシュシャの葉を包丁で細かく切って、それから乳鉢に放り込んで、今度はひたすらに擦っていく。やがて粘りのある緑の物体になったので、ごくごく少量の水で伸ばし、練って練って練る。小さく丸く成型したら、あとは乾かせば完成なので紙の上に並べておく。


 乳鉢のへりに残っていたものに顔を近づけ、匂いを嗅いだ。香りはわりとさわやか系。次に指にすくって舐めてみた。

「にがっ! ……でも言うほどではないかな?」

 薬草に慣れている私の舌は、普通の人よりもおそらくは苦味に対する耐性がある。しばらくすると、少し身体が軽いような気がした。

「これが疲労回復の効果? まあ舐めただけだし、量を摂取したらもっと効くかも?」


 ちなみにこれらの過程はすべて記録している。ご先祖の書きつけの中にはダンジョン産の薬草に関するものはなかったので、もしかしたら子孫への有益な情報になるかもしれない。


「子孫以前に、私が結婚するかも分からないけどね」


 この地方に多い長い黒髪に黒い瞳。身長体重などは、同年代の女性とさして差はないだろう。体型はそれなりのそれなり。まあ普通。目が大きくくっきりしているので、目力のある美女の範疇に引っかかるかもしれない程度の容姿。

 食堂での冒険者たちの反応からすると、まあまあ魅力的に映っているのだろう。少なくともまだ十八歳。近隣の女子ならば家庭を持つ年齢、つまりはお年頃である。


 本気で結婚する気があるならば、今が一番売り時というか。これから年齢を重ねるごとに良縁も減っていくことだろう。

 元から婿入りしてくれる相手を受け入れる姿勢だった。相手については父親が探してきて宛がわれるはずで、あまり血が濃くなりすぎないよう、少し離れた土地の薬師の息子なんかが選ばれるんだろうなと思っていた。


 ダンジョンのせいで無用とされたけれど、我が家に伝わる薬の知識は、ダンジョンのない土地であれば十分に歓迎されるレベルのはず。だから、ダンジョン発生後にさっさとよその土地に引っ越していれば、両親も失意のあまり早死にすることはなかったかもしれない。

 でもそんなことは後からだからこそ言えること。当時の私は本物の子供で、意見を述べたところで参考にはされなかっただろう。それに、父はきっとここを離れなかったと確信している。


 遠いご先祖がここに住み着いた理由。それは山にある。今も街の北側には山が聳えている。その山は連なって山脈を形成しているひとつで、山脈の奥にはとうてい人間が踏破できないほどに高い山々があるのだ。あまりにも険しいから、この山脈は他国との国境線にもなっている。山脈の向こうには別の国があるらしいが、山脈を避けて遠く低地から回り込まねば交流もできない。そして国交は永らく閉ざされていると学んだ。


 ただおそらくは。ご先祖はこの山脈を越えて来た。どうやったのかはさっぱり分からないが、推測するとそうとしか思えないのだ。そして山に一番近い村に住み着いたのだろう。山脈でしか採取できない素材に魅せられて。

 我が家に伝わる薬のレシピの半分以上が、山からの素材を元に調合されている。だから、他の土地では素材の入手ができずに、薬師としての評価は下がったかもしれない。ただ、山の素材がなくとも、普通の薬ならば十分に作れるだけの腕はあったと思う。




 それから数日かけてダンジョン産の薬草の検証を続けた。

 五種類のうち、九層で採取したナヴァが一番厄介で、なんと蒸留を必要としたのだ。いや、あるんだけどね、道具。ここ数代では使っていなかっただけで。一応手入れして様子を見たらまだまだ使えそうだった。うち、物持ち良すぎない?

 家の床下に現在では使っていない道具などが仕舞ってあるのだけれど、ダンジョンに持ち込んだ鉄の棒のように、知らないものが沢山あった。蒸留器についてはごく幼い頃にまだ存命だった祖父が倉庫で簡単な使い方を教えてくれたし、どれが蒸留器かは分かったのだけれど。


 五種類の観察の結果、ダンジョン産の薬草は生薬として利用する場合、効き目が早く、強く作用すると分かった。ただ実の所、外にも似た植物はある。そしてそれらも薬として我が家では利用してきたものが多い。


「差は、もしかして魔素?」


 ということで今度は裏の畑から採取して来て、魔玉を埋めた土で育てる段階に移る。

 結果、ダンジョン産と効能に大きく差はつかなかった。これまで使っていた同じ素材が、ずっと効能を上げてしまったのだ。これならばダンジョンに入る冒険者にも対応できるかも、と思ったところで。

「いや、最初からダンジョン産の薬草を使う方が早いわ」

 と、気が付いてしまったのだ。無念。


 でも検証は決して無駄ではなかった。ダンジョン産の薬草と外の薬草を混ぜて調合しようとすると、どうしてもダンジョン産の効果が歪に出るだけで、混ぜ合わせた外の材料の効能が打ち消されてしまう。しかし外の材料を魔玉で育てたものならば、ダンジョン産の薬草とうまく混ぜ合わせることができ、こちらの目的とする効能が出せると発見したからだ。


 錬金術師が作り出すポーションは、言ってみれば広い症状に対応できる万能薬だ。低級であればそれほど強くないとはいえ、怪我にもちょっとした病気にも使える。

 ポーションを前に、外の薬師は敗北するしかない。そもそも錬金術が使えないのだから。もちろん、圧倒的にお値段も良いのだけれど、ダンジョンに潜るのであればポーションが必需品なのは変わらない。

 それでも。特定の効き目を求めるのであれば、共存のしようがあるのではないか。そういう希望が私には生まれた。問題は私のような小娘の意見が届かないことなんだけどね。でも研究はこれからもやめないんだわ。



 私は表向き、薬師になるつもりはない。なったところで需要のない薬屋に客は来ないのだから。

 ただ食堂に五年勤めた間、ずっと思っていたことがある。


「味が単調……」


 安く旨くを両立させるために、食堂では迷宮ラットや迷宮ラビットのドロップ肉をよく使っていた。そして冒険者たちが一様に求めるのが「肉」。まあ肉は正義だから仕方ない。けれど主な調理法が「焼く」「煮る」で、調味料はほぼ塩しかない。手早く注文に対応するためにそうなった。煮物の場合は一緒に使う野菜の旨味が出るのでまだ良かったけれど。

 いえね? 「焼く」であっても素人が肉を焼くのと違って、火加減が絶妙だったりするのよ? 良い肉であればそれで十分かもしれないけれど、使うのが迷宮のラットとラビット。特にラビットは赤身が多くて脂肪分が少ないから、食感もパサついたものになる。それをソースで誤魔化した感じ。

 それでも大半の冒険者は安くて腹が膨れると満足していたから、私が口を挟むべきじゃないだろうと我慢した。でもずっと不満は溜まる一方。ラットもラビットももっと美味しく調理できるはずなのに! うちの薬草を使えば! って。


 我が家では肉の臭み消しや、香辛料の代わりに、積極的に薬草を取り込んでいた。薬草と言っても普通に山菜として食べられるものもあるし、果樹だって含む。

 胡椒などの香辛料は海を越えた地から運ばれてくるらしく、うちの地方にはほとんど届かないし、届いても高価過ぎて、裕福な一部の人の間にしか出回らない。

 でもすぐ裏の、多少険しくとも山の恵みであれば手に入るのだ。


 更に言うのならば我が家には温室という秘密兵器があり、そこでは高温多湿を好む生姜を作っていたりする。また、多少の品種改良をして寒さに強くした唐辛子が裏の畑で育っている。

 いずれも薬に必要だから取り寄せ、必要だから育てられるようにした結果だ。村人は関心を持たなかったから、この地方にはおそらく我が家にしかない。



 そして今、ダンジョン産の薬草をも料理に取り込みたいと、味の研究に余念がない私である。

 毎日試食用に使うので、二日か三日おきくらいにダンジョンの五層と六層、七層に通っている。

 ここでならば迷宮ラットと迷宮ラビットのドロップ肉が入手できるし、薬草だってシュシャとサプタが採れる。肥料用の魔玉も得られるから良いこと尽くめ。


 本当は十層のダシャも欲しいんだけれど、迷宮シカがちょっとトラウマになってしまい、すぐに外に出て行ける層しか無理。その鬱憤をはらしているせいか、迷宮ラットと迷宮ラビットの退治は危なげないものになったと思う。



「アシュタ~、ナヴァ~、ダシャ~。本当は採りに行きたいよー」

 ただまあ。そういう欲望というか本音が零れるのは仕方ない。呼ぶのが恋人の名前でなく薬草なのが私らしい。色気? 知らん。最近はシュシャを裏の畑で栽培できるようになったしね。魔玉栽培は順調。そうなると他のも欲しい、他のも。


「なんだ、薬草が欲しいのか?」


 まさかの独り言に返事があり、振り返ると十層で助けてくれた魔導士のアルマジット氏がいた。


「あ、アルマジットさん。お恥ずかしいところを」

「もしや一人で潜っているのか?」

 独り言の恥ずかしさを誤魔化そうとしたが、別の方面が彼には気に掛かったようだ。


「はい。せいぜい七層までしか行かないので、一人でも大丈夫かと思って」

「戦闘経験のほとんどない女性が無謀だ。迷宮ラビットであっても、群れられたら対処できるとは限らない。毎年、亡くなっている子供もいるのだぞ?」

「ですが、准冒険者の子供たちだって潜ってますよね、低層には」

「それは間違いない。ただし、准冒険者の子供でも、必ず複数名でパーティを組んで潜っている。低層をソロで潜っても許されるのは中堅冒険者として認められた後だ」


 正直、思いもしなかった。甘く見ていただけかもしれないが、戦闘素人の自分でもラットやラビットには勝てていたから。予想よりも大量の群れに襲われた時、自分には抵抗のしようがない。急にダンジョンにいることが怖くて仕方なくなってしまった。


「すみません、知りませんでした」

「マルディカ嬢は冒険者として身を立てる気はないのだろう? その割には熱心に薬草を探しているようだが」

「その、ダンジョン産のドロップ肉と薬草を使った料理の店をする予定なんです」

「ドロップ肉はともかく、薬草を料理に?」

「はい。私の家は元々が薬師で、薬草の扱いには慣れています。薬草は上手に使えば味のアクセントになって、更に身体にも良いんですよ!」


 懐疑的な視線を寄越すアルマジット氏に向かい、私はここぞとばかりに熱弁する。ここで受け入れられなかったら、せっかく店を開いても、お客が一人も来ないなんてことすら予想できる。ただでさえ立地が悪いというのに。


「私、五年間食堂で働いていました。ですから、味にも自信があります! そうだ、もしお時間があるようでしたら、試食に付き合っていただけませんか?」


 それが、私の店の第一歩になった。


自分でも薬の名前とどの層で採れるのか覚えていません。

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