10.窓作りとマトンのヨーグルト煮込み
結局は、シルパとアルマジット氏にも手伝ってもらって、作業場の家具さえ全部中庭に出した。それからアルマジット氏にお願いして、店と作業場を分けていた壁をすべて取り払ってもらう。
次に床を箒でチャンダに掃かせて、その後私がモップを使い、二人で雑巾がけだ。このあたり、食堂での作業と同じなせいか、私たちは息もぴったりにすみやかに動けた。元々の店舗にあった最近出番の多いテーブルと椅子も動かして、そちらの掃除も済ませる。
「うーん、倉庫に余分な机や椅子ってあったかな? 見たような気もするなあ」
基本、あるものを使う方針である。全部新品で揃えるなんて贅沢は考えたこともない。ただ店部分が広がったことで、道に面している出口に並ぶ面に、もうひとつかふたつ、窓が欲しいところではある。窓と窓の間に魔玉ランタンを設置できるようにすれば、明るさもかなり確保できるはずだ。
(窓を新たに開けるのは木造部分だし、まだ作りやすいと思う。たださすがに自分ではできないから、どこかに依頼しないと。でも冒険者へ依頼する仕事じゃないしな。大工さん? ただ街の拡張とかはまだ続いてるから忙しいだろうし、こんな小さな依頼、受けてくれるかなあ?
もし窓ができるんなら、温室用の予備のガラス板を使いたい。で、お揃いのカーテンを冬の間に用意しよう。明るい色で。窓と窓の間に作り付けの棚とかもできたら良いなあ。そこに魔玉ランタン置きたい。あと、ちょっとした置物とかも。
石造りの床は掃除はしやすいけど、足元が冷えるのが難点よね。火鉢を増やす? いっそ片側に暖炉みたいにする? どちらにせよ、魔玉を使うから危なくはないのがいいよね)
そんなことを考えていると、いつのまにか横にいたアルマジット氏が提案してきた。
「いささか暗くはないだろうか。窓を作るのならばすぐ出来るがどうする?」
……いや、あなた。私の心読んでないですか!? だから便利すぎるんですってば!
「別料金でお願いしてもいいですか?」
それはそれとして窓は欲しいんである。
「必要ない……いや、また骨酒を出してくれればいい」
お気に召したんですね、あれ。お祖父ちゃんが好きだったんだよなー。あと、釣り名人も。
「なんか旨そうなものの話、してる?」
「お前には関係ない」
酒の単語に反応したらしいシルパにアルマジット氏は塩対応。まあ、店でお酒出す気はないんで、それでいいとも言える。そのうち裏メニューになるかもしれないけれど。
もうここまで色々して貰っているのだ。窓作りも結局頼んでしまった。玄関扉の横の窓と同じ規格のものを等間隔であとふたつ欲しいと。元からあった窓と同じようにガラスも入れたいと。
「問題ない。枠にする程度の木材なら所有している」
彼の収納は一体どうなっているのか。それこそ山ひとつくらい入るのではあるまいか。
「ガラスの在庫はうちにあります。温室用の予備があるんで」
温室も一尺四方のガラスを木枠で繋げたものだ。大きなガラスは作るのに特別な設備が必要な上に、強度が不足してしまうから。おそらく温室を作ったご先祖もそう考えて小さな板ガラスを沢山用意したのだろう。このサイズの板ガラスでさえ貴重品ではあるのだが。
ついでに言うと、ガラスがあるから我が家にはこれまた貴重な鏡だっていくつもある。必然的に同じサイズになるのは、切断しようとして割る確率が高いからに違いない。嫁いできた母が何より喜んだのがこの鏡だったらしい。なので父が木枠を拵えたお手製の鏡台が両親の部屋に残っている。
案内した倉庫でガラスを確認したアルマジット氏は、さっさと店に戻ると、驚く程あっさりと外壁を切り取って見せた。まあその前に部屋を区切っていた内壁を撤去してもらうのを見ていたので、今更ではある。そうしてシルパにも手伝わせて、庇に鎧戸付きの窓を作るのに一刻もかからずやってのけてくれた。何日もかかるようであれば、そこから風が入り込んでくるから、しばらくは店も使えないな。さっき作ってもらった猪の革で風をふせごうかな、なんて考えていたのだけれどね。国が魔導士を優遇するのも、これは当然だろうと思うしかなかった。
元作業場に置いていた棚や机などの家具は、中身を出して埃を払い、拭き清めてから倉庫に移してもらった。魔法がなくとも男手があるって便利。そしてやはり倉庫にあった机と椅子を今度は店に運んでもらう。持ち出した机と椅子はチャンダに拭かせて、私は作業場にあった細々したものを地下の空き部屋へと移動させた。器具なども壊れていなかったようで安心する。収穫物を乾かすことを優先にして、場所を開けていたことも幸いした。乾燥中のあれこれは、埃を払って、物によってはもう一度洗うことになるだろうけれど。
そうやって忙しく動いていて、ふと空がもう茜色へと変わっているのに気が付く。慌ててチャンダを呼んだ。
「チャンダ、もう夕方になるけど、帰らなくて大丈夫?」
「今日は一日お休みもらったから平気。おねえちゃんと色々おしゃべりもしたかったし、ご飯も食べて来るって言ってある」
上がり込んでそのまま食事を一緒にするのもまた、どこの家でもかつてはよくあることだった。
「おねえちゃんのご飯、美味しいから楽しみ!」
美味しいと食べて貰えるのは嬉しい。そしてチャンダが残るならば、本日の護衛であるシルパも同じだろう。となると四人分。時間を考えるとそれほど手間はかけられない。でもまあ、やりようはある。何といっても我が家は、お山の加護と妙な代々のご先祖の遺産があってですね?
窓作りするアルマジット氏とシルパ、掃除を続けるチャンダを置いて台所に移動。
貯蔵庫から取り出すのは、先程母の回想から決めたマトン。一口大に切ったものをヨーグルトの上澄み液を揉み込んだものだ。食堂をやめて以来、メニュー作りのためと各種下拵えして保存しておいたもののひとつ。
何故腐ったりしないのか? それはお山とご先祖のおかげとしか言いようがない。貯蔵庫に使っている石材の一部は、先祖がお山から持ち込んだ物を使用しており、おそらくそのせいで、ここで貯蔵しているあれこれが腐ったことがないのだ。
マトンの肉は硬い。そして癖が強い。それを柔らかくしてくれるのがヨーグルトだ。更に言うと、その上澄み液には肉をより柔らかく、しっとり仕上げる力がある。取り出した肉片を指で押すとかなり柔らかくなっているのを確認。
器に大盛りの肉に、塩・生姜・ヨーグルトを混ぜ込んでから、平鍋を熱して油を注ぐ。薄切りにした玉ねぎと、大蒜と生姜の細切りを加えて香りが立つまで炒める。そこに用意したマトンを投入。軽く焦げ目がつくくらいを目安にどんどん焼いていく。
今度は大鍋にたっぷりの作り置きスープを注いで加熱。完全にからからになるまで乾燥させたアシュタを粉状にしたものも加えて、そこに焼けた肉から投入していく。蓋をして後は弱火でじっくり煮込むだけ。
さてもう一品か二品欲しいところ。ここは裏山の恵みの出番だろう。処理済みのキノコを取り出し、自家製の燻製肉の薄切りと一緒に山羊バターで軽く炒めて、更に自家製発酵唐辛子を加えたヨーグルト・ソース(塩と酢入り)と共に、ちぎった生野菜の上にかけ回した。生野菜にはサプタとダシャも混ぜている。このまま食べても美味しいが、パンに挟んで食べるのが私は好きだ。なので、朝に焼いたパンを軽く温めて、好みで具として挟めるよう切れ込みを入れた。今日のパンはシュシャ粉入り。軽く篩った程度なので苦味もないはずだ。
今日は四人だから、食後用の甘味も用意した。といっても、小麦粉に卵、山羊乳にヨーグルトと砂糖で作る小さ目のパンケーキだ。ハチミツもどきや、自家製のジャム各種、好きなものを選べるようにする。
パンケーキを浅い鍋で焼き終わる頃には、マトンもいい具合に煮えていたので、チャンダを呼んで、二人で料理を運んだ。
広がった店は、テーブルをひとつ加えたくらいでは、ややがらんとした印象。ただいつもよりも人が多いために、そこまで空虚な感じはしない。ついでに言うと、いつもより明るい。疑問に思って部屋を見渡して判明。三つの窓の間の壁にそれぞれ魔玉ランプを置く台が作られて、その上から光が部屋を照らしていたのだ。
ギギッと音がしそうな首を回して、容疑者を眺める。
「窓を増やしても夜間は暗い。魔玉ランプが置ける台を作ってみた。不要ならばすぐに撤去もできる」
しれっと告げるアルマジット氏の視線は、テーブルに置かれた料理に固定されている。骨酒はないよ! あれは魚料理の時だけだからね! なんか見透かされているようで悔しいけれど、岩魚はもういないから、また釣り名人に依頼しなければならなくなった。魔玉ランタン置ける棚、嬉しいよ。ただ素直に喜べないのはどうして。
料理は三人共に好評だった。チャンダと私は煮込みを深皿に一杯ずつ食べたが、アルマジット氏とシルパは何度もおかわりしていた。大鍋で作って正解。というか、冒険者の男性はよく食べる。それは食堂勤めの時にも見ていたけれど、作るのが私ひとりとなると、開店してから毎日一品としても、これでは相当量を用意しないといけないだろう。うちの台所は広いし、竈もいくつもあるから、同時に調理すれば良いのだけれど、下拵えが大変なことになりそうだ。
生野菜とキノコと薄切り肉のヨーグルトソース掛けは、私がお勧めしたら皆、パンに挟んで食べてくれた。水分の多い具を挟むことで、パンがしっとりする。そしてソースがさっぱりしているから、濃厚な煮込みと交互に食べると永久機関が出来上がってしまうのだ。つまり、止まらない。こちらも相当な量を用意したつもりだったんだけどね。
食事の間は皆、食べることに必死で会話もほとんどなかったが、食後のお茶とパンケーキを出す頃にはぼちぼち落ち着いてきたようで、口火を切ったのはシルパだった。
「で? なんでアルマジットがマルディカちゃんのとこにいるわけ? 二人が知り合ったのって、あの十層の迷宮シカの時だろう?」
食事中は、とても旨いが、酒が何故ないのだと、さんざん文句を言っていたシルパが問いかける。
「うむ。あの後、もう一度ダンジョンで会ってな。そこで試食係に任命されたために縁ができた」
「試食係? 飯の?」
「マルディカ嬢はここで今夜のような料理を出す店を開くのだそうだ。そこで私も協力することになった」
「おまっ! 自分だけ旨いもの食ってるんじゃねーよ!」
「そうよ! おねえちゃんのご飯は美味しいんだからね! 私の事も誘ってよ! っていうか、おねえちゃんお店やるの?」
会話に割り込んできたチャンダに頷いてみせる。
「うん。今夜みたいな感じの食事を出すお店にしようかなって」
「そんな! うちの店の強力なライバルじゃない! ううん、味とか材料でもう負けてる!」
「そうでもないわよ? この場所に入る程度の数のお客しか受け入れられないし。第一、街の中心から大分離れてるから、お客が来るかも怪しいもの」
チャンダのところの食堂は何十人ものお客を迎えられる広さと、それを支える従業員の数があった。私はそのうちの一人にしか過ぎなかったけれど、何せほどんどが男性従業員だから目立っていただけだ。看板娘というのもまあ、嘘ではない。
「じゃあ、もっと街中に出店してくれよ。そうしたら俺も仲間も絶対食いに行くからさ」
「ここで、この場所で、というのは譲れないの」
残念。シルパはお客になってくれないかも。やっぱり街中の方が便利だものね。
「少なくとも、ここでも私は毎日通うが?」
パンケーキにお気に入りのハチミツもどきを垂らしながらアルマジット氏。あなたの場合はもう別でしょう、と内心で突っ込む。隣の空き地に天幕を張っているのだから、逆にうちが一番近いわけだもの。
「アルマジットさんにはもう色々やってもらってるから、お金とれないですし」
「取ってくれても一向に構わない」
「こっちが構います!」
借りばっかり増えるの、本当に困る。食事の提供だけで返せる範囲じゃないと思うし。
「……なんか、二人、妙に息が合ってるっていうか、仲良くなってねえ? 出会ってひと月も経ってねえのに」
何故かシルパが半眼でこちらを眺めて来た。言われてみると、再会してからだってまだ十日も経っていない。なのにもう数年来の知り合いのような感覚がある。これはあれか。お山への往復が濃厚すぎたから?
「ここのところ、毎日顔を合わせていたからな」
「本当に色々して貰ってるんです」
アルマジット氏が言うように、再会してから毎日一緒だった。しかもいきなり泊りがけのお出かけまでしている。天幕にも四泊させてもらっているし、距離感がおかしいかもしれないと、この時はじめて思った。でもあの天幕の快適さを拒絶できるほど、私はストイックな人間ではない。
「そこまでアルマジットが気に入って一緒にいる人間って、珍しいよな? 基本、男女関係なく人付き合い避けまくってたのに」
「そうだな。彼女の料理も素晴らしいが、彼女の側は居心地がいい」
「マルディカちゃん美人だしな。さすがの朴念仁も返上か?」
揶揄うようなシルパの声音に返すアルマジット氏の声は相変わらず平坦だった。
「ああ。彼女に婿入りしたいと希望を表明している」
ただし。一番暴露して欲しくないことをさらりと告げてくれて、もうどうしようかと。どんな表情を浮かべればいいのかすら分からなくなった。
「はぁっ!?」
「それって求婚なの!?」
チャンダは恋バナかと目を輝かせて身を乗り出して来たが、シルパの表情は反対にぐっと渋くなった。彼はアルマジット氏と以前からの知り合いのようであったし、魔道士である彼とただの街娘な私では釣り合わないと思ったのかもしれない。――なんて予想はあっさり覆された。彼が、アルマジット氏に向けて怒鳴り始めたからだ。
「待て! それは不味いだろう!? あんたの事情、ちゃんと説明しないと! してないんだろう!? 長い間、関わる相手を最小限にして逃げ回ってたんだ。そこんとこ説明もなしに求婚するとか、詐欺みたいなもんだろっ!?」
何のことだか分からないが、叫ぶシルパの熱がアルマジット氏に届くことはなく。彼は淡々と言葉を返す。
「それなんだが。問題がなくなった。彼女のおかげで」
「いやほんと、何があったんだよ!? でもって、あんたに男女の機微とか分かるはずもないし! 絶対、距離感とかおかしいだろ。普通、出会って間もないのに求婚とかしねーし! 根無し草の胡散臭い男って自覚あるか? いいか、マルディカちゃんは、ちゃんとした普通の娘さんなんだよ! 下手したら国中の権力者から狙われかねないって、きちんと言わないと! 言わずに求婚すんのは卑怯だし、後から知ったら困るのはマルディカちゃんだ。あんたじゃない。あんたを手に入れたい奴らにとっちゃ、マルディカちゃんは格好の獲物になる」
そうしてくるりとシルパは今度は私の方に向き直る。
「あのな。アルマジットは悪い奴じゃない。魔法馬鹿の朴念仁で、一般常識も怪しいけど。懐に入れた人間にはこいつなりに誠実でもある。それは十五年前からの知り合いである俺が保証する。するけどもさ、マルディカちゃんの結婚相手にはお勧めできない」
一旦言葉を止めて、シルパはアルマジット氏を指さした。
「こいつ、見た目は二十歳のまんまだが、中身は四十のおっさんだからな!」
今回の料理はシリア料理のシャークリーエを参照しています。モンゴル料理も少し参照。ネパール料理だとマトンカレーになっちゃうから。いえ、好きですよ? ただカレーを持ち込むと世界観がちょっと違うかなと。多分、この国にはターメリックがない。そして胡椒は国外輸入もので手が出ない。そういうことにしておこう。
シルパはいい奴です。他人のために熱くなれる。でももうひとつモテない。ルックスは普通。




