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知る人ぞ知る~ダンジョン発生のあおりで失業した薬師の娘が薬膳料理店を開きます~  作者: 高瀬あずみ


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1.ダンジョンが発生した村の娘の事情 

五万字目標の中編予定で十話程度。週一回(毎週水曜日)の更新になります。



「この間、うちの村にダンジョンができたんだって」

「へぇー、そうなんだ。びっくりだね」


 そんな話を家族とした五年後。うちの村は町を越えて街になっていた。

 なんでも、村に出来たダンジョンがレアアイレムをそこそこにドロップするらしくて、噂を聞いた冒険者が押し寄せて来て。そうなると冒険者ギルドの支部もできる。この景気と契機を逃すなと、元村人たちが宿やら商店やらの経営に乗り出して、そして成功してしまったせいだ。鄙びた農村が石壁に囲まれた立派な街になる過程は、まるで舞台の場面転換のような慌ただしさだった。

 寂れた小さな農村で暮らしも厳しかったから、元からの住人が豊かになったのは本当に良かったと思う。


 ただし、私の家を除いて。



 私はマルディカ。村の薬師の娘だ。

 我が家は代々、村で細々と薬師をやってきた家系である。山で自ら採取した植物や、家の裏で育てている薬草で、昔ながらの薬を作ってきた。

 効能は飛びぬけたものではないけれど、それなりに村では重宝されてきたと思う。頭痛だとか腹痛だとか、擦り傷切り傷に血止め、小さな火傷や熱さましくらいにしか対応できなかったけれど。逆に言うと、村で発生する怪我や病にはこれくらいでも感謝されていた。


 ただ、ダンジョン攻略する冒険者には、我が家の薬では対処できなかった。

 ダンジョンには魔物が出るし、それと戦う冒険者の傷は、普通の薬では追い付かなかったのだ。ポーション。そう呼ばれるダンジョン由来の薬草と錬金術で生み出される薬こそが、冒険者には必要とされたから。ただの薬草を調合するだけの、錬金術なんて縁もない村の薬師は、取り残されるしかなかった。



 ダンジョンが発生するまで、私は自分の未来を疑ったこともない。父さんみたいに薬師になると。私は一人娘だったし、我が家では薬師になるのに性別は関係ないとされてきたから。

 家の中はいつだって草と薬の匂いがした。爽やかだったり酸っぱかったり苦そうな匂い。

 先祖代々が書き記した薬草のレシピが我が家の宝。そこに自分の代になって、新たなレシピを書き加えるのが目標だった。


 うちでは植物由来の薬しか作らない。よそのレシピだと鉱物とか動物由来のあれこれを加えることもあるらしいけれど。ほとんどが採取した材料(必ずしも草とは限らない)をよく洗った後に、乾燥させることから始める。作業室の隣に乾燥専門の小部屋があるが、たいていはそこに収まりきらずに、作業部屋どころか、店部分、更には住居部分にまで進出して乾かすことがある。

 村の中では珍しく、私は自分の寝室をもっていたけれど、壁と壁の間に張った縄からは、いつだって乾燥途中の薬草などがぶらさがっていたものだ。


 土や汚れを落とすために、材料をきちんと洗うことが幼い私に最初に与えられた仕事だった。村外れに家があるのは、山に行きやすいということの他に、小川から引き込んだ水路を作るためだったらしい。今の家の元になったのは数代前のご先祖が建てた小屋だったとか。それから代を経る度に改装したり改築したり増築したりで、現在は主に四つの建物が四角く繋がった平屋になっている。建物に囲まれた中庭には井戸と水路があり、家の裏には薬草畑があった。

 薬草の中には低温では育たないものもあって、中庭にはささやかながらに温室もある。鉢の並んだ棚がひとつあるだけの狭いものだが、ご先祖がどうやって高額で貴重なガラスを確保したのかは、我が家の謎のひとつとされてきた。


 謎といえば、そもそも我が家の出自からしてそうだ。異国の薬師が流れ着いて所帯を持って定住したと伝わっているけれど、どこから来た人なのかは分かっていない。ただ古い書きつけが僅かに残されていて、けれど周囲の誰にも読めない文字が連ねられているので、相当遠くから来たのではないかと言われている。

 そのせいかどうか、我が家の血筋は村の人たちよりも少しばかり肌の色が白い。今となっては混ざってしまっているので、差はほとんどないけれど。他界してしまった祖父の肌はもっと白かった記憶がある。

 また、異国の影は我が家の名前にもあった。薬師として認められると二つ目の名前が与えられる。短いもので、男ならばヤオ、女ならばシェン。意味は伝わっていない。





 先祖伝来の畑を細々と耕す生活から、華麗に職種変えをして成功した村人たちとは反対に、我が家は貧しいまま――いや、周囲が盛り上がっている分、惨めなほど落ちぶれた感があった。もはや、誰も我が家の薬を必要としない。

 必要とされない薬師に存在価値などないとばかりに、失意のうちに相次いで両親が他界してしまったのは、私が十二歳の頃だった。


 子供をそろそろ卒業して大人になる準備をする頃。つまりは自分の就く職への研修期間。一人前というには早く、まだ親の監修が必要な時期だった。

 物心つくかつかない頃から、薬について教え込まれたすべてが、無用なものとなり果てたのだ。家族を失ってひとりになった寂しさと、これまでの努力が無駄になった空虚さに襲われたが、それでも残された私まで死ぬわけにはいかない。

 元の村人たちの助けを受けて簡単に葬儀を済ますと、どうしていいか分からなくなった。薬師になる修行しかして来なかったのだ。だからバドリおじさんからの話は渡りに船でもあった。


「マルディカ、うちの食堂で働いてくれんか?」

「食堂? 私まだそんなに料理できないよ?」

 母の手伝いはしていたが、自信を持って出せる皿はまだない。

「まずは配膳、あー、つまり料理をテーブルに運ぶ仕事だな」

「それ、私にもできる?」

「料理ってのは重いからな。一度では無理でも、何度も運べばいい。それなら出来るだろう?」

「うん。やってみる」


 こうしてバドリおじさんの経営する宿屋併設の食堂に雇われることが決まった。バドリおじさんは以前のお隣さんである。ずいぶんと距離は離れていたけれど。田舎あるあるだ。

 元は小さな村だったから、遡れば確実に血縁でもある。生まれた時から知っている血の繋がった子供(わたし)が、家族を失って困っているのを、放って置けなかったのもあっての声掛け。ただ善意だけでもなかったのだと気付くのは早かった。

 悪い意味ではない。急激に発展した分、街の各所で人手不足が深刻だったのだ。そこに加えて、他所から来た人間を安易に雇って売り上げを持ち逃げされたとかの事件も頻発していたらしい。なので即戦力には足りずとも、信用できる存在が求められていたというわけ。子供の頃から親の指示に真面目に従って手伝う姿も見られている。利害が一致しているのだ。ありがたく私はその話を受けた。




 職場となった宿屋は冒険者ギルド支部にもほど近い、つまりダンジョンからも近い場所にあり、立地とそこそこの安さで、食堂は冒険者中心に毎日、朝から晩まで賑わっている。

 ちなみに宿を建てるにあたってはダンジョン助成金なるものを利用したそうで、それで一挙に建物がぼこぼこ増えたって事に納得した。村の誰もが大金を持っているはずがなかったから。我が家には助成金の話なんて伝わっていなかったけれど。伝わっていたところで、両親が職種変えしたとは思えなかったから、それはどうでも良かった。


「マルディカ、今日はもう上がっていい」

「はい」

 私は厨房の裏に回り、エプロンを外して伸びをする。長時間働いて、身体はばきばきだから。


 朝は空が白む前に出勤して、まずは食堂の掃除から。

 テーブルも床も、前日の汚れをたっぷりと残していた。夜番の人がテーブルと椅子を片側にまとめて積み上げてくれていて助かる。床には食べ零し、飲み零しが落ちているし、それ以上の惨状もよくある話。お酒を出してるからね。掃除の最初が砂を床に撒くことから始まるなんて、以前の私なら思いもしなかった。砂ごと掃き出してからモップ掛け。手伝ってもらってのテーブルと椅子の移動。どちらも食べ零し飲み零しがこびり付き、しっかり拭かないといけない。客が肉の油のついた手であちこち触ったりするので、壁などのべたべたになっているところも掃除の対象になる。掃除だけで朝から疲れるほどだ。


 まだ幸いなのは、うちの地方では床にごみを捨てる習慣がないこと。ただ冒険者の出身はさまざまなので、ある冒険者に食べ残しを床にぶちまけられた時には完全にキレた。

「郷に入っては郷に従えって言うでしょ!? 誰が掃除すると思ってるの!?」

 モップを持って顔に直撃させて説教し、掃除させた。私のやったことは間違ってない。その時、やたら迫力があったらしく、誰もが黙って手伝ってくれたのだが、マルディカは気が強いという風評被害が広まる原因になってしまった。でも私、悪くない。その噂のせいか、うちの食堂はよその店に比べて床はきれいな方らしい。


 私の主な仕事は配膳なので、テーブルの間をくるくるするわけだ。注文を聞いて厨房に通し、出来上がった料理を運ぶ。それだけのことだが、結構慣れるまで苦労した。

 主な客層である冒険者たちは、装備が似通っていて間違いそうになるし、テーブルを覚えてそこに運ぶのだが、勝手に机や椅子を移動させられている、なんてのもザラだったりもした。空いた皿は回収しなければならないし、追加の注文だって飛んで来る。他の仕事をしている最中でも。そして皿は重く、料理が載っていると更に重い。この仕事を始めてから、絶対、腕に筋肉がついたと思う。触った感じ、変わらないけれど。

 繁盛しているのはありがたいけれど、休憩でもゆっくり座っている暇もないほどで、ほぼ一日中立っているというか動き回っているので、肉体的疲労も大きい。あと、これでも若い娘なんで、客の冒険者たちからのちょっかいを躱すための精神的疲労もある。気が強いくらいの方がいいって冒険者は、少なくなかったのだ。


 身内枠なので、配膳以外にも皿洗いもするし、料理の下拵えにも参加する。薬作りに必要だったから、読み書き計算ができるので、材料の仕入れや売上の管理まで。早い話、なんでもやっていた。

 ただ、夕食のピークが過ぎると帰される。盛大に酒飲みの時間になるからだ。(うち)の子に酌婦のようなことまでさせる気はないというバドリおじさんの方針。勤め始めた時なんてまだ十三歳だったから余計に。それが現在も続いている。そのかわり早朝から働いているけれど。酒の入った冒険者の相手はしたくないから、ありがたく帰宅させて貰っている。





 急激に発展した街は、中心部には立派な石造りの建物が並んでいる。けれど端に行くほど、安普請な木の家になり、駆け出し冒険者向けの安宿などが多い。更に一番奥、ほとんど山の麓の、街を囲む石壁のあたりには、ほとんど人家がない。元の村があった頃から、このあたりは村外れだった。


 我が家はそこに今も一軒だけ、ぽつんとある。理由は、山に通いやすいから。山にしか生えず、人の手で育てられない薬の材料がいくつもあるせいで。

 勤めている宿の食堂からは歩いて四半刻ほどかかる。薬師は廃業なのだから、もっと職場の近くに住めばいい、元からの村人には住居にも多少の優遇があるから、とも言われるが、私は前からの家に住み続けている。


 家は年期の入った石と木の家で。調合のために火も使うし、乾燥した薬草もあるので、作業場は石造り。住居部分は下が石で上が木の、この辺りによくある家の造りになっている。元の店舗は作業場と隣接しており、玄関は店部分にある。


 鍵を開け、家に一歩入った途端に、薬の匂いが押し寄せて来た。それは何世代もの間に沁みついた匂いであり、同時に今も、家の中で薬草を乾かしていたり、調合したりしているせいだ。

 家の裏の薬草畑は引き続き現役で面倒を見ているし、私自身は薬師をやめたつもりはない。両親亡き後も研鑽を怠らずに来た。ただ売っていないだけ。作っても自分以外に使う人がいないのは分かっていても、早朝の薬草畑の世話も、摘んだ薬草の処理も調合もやめられなかった。食堂の休みの日には、街塀から穿たれた小さな裏門から山に入って、薬材を採りに行くこともまた。


 親戚でもある雇い主のバドリおじさんは、給金はケチらなかった。身内だからって安く使うと、他の雇い人と差があると騒がれても困るというのと、ダンジョン景気で儲かっているからというのも大きいだろう。おかげで薬師時代の親よりも稼いでいる。食事は(まかな)いがあるし、住居はそのまま使用しているので、お金を使うのは日用品や衣料関係くらいで、早い話、私は小金を貯めていたりする。



 両親を亡くして食堂で働き出して五年が経つ。ダンジョンが出来てから十年。もうすぐ私は十八歳になる。パドリおじさんや奥さんやら元の村人たちから、「いい加減、嫁に行け」と連日言われるようになった。常連客の冒険者に口説かれることもないではない。一応、看板娘なので。

 薬師の家の一人娘だから、幼い頃から自分も薬師になると思っていたし、結婚はどこかから婿を貰うはずだった。なので、自分が嫁に行く、というのが想像できない。それに何より、嫁に行くならば、この家を出なければならないのが嫌だった。


 両親の思い出があるから、というのも間違いではないけれど。私は薬草の調合が好きなのだ。特に秤できっちりと量を計ったり、乳鉢や薬研ですり潰したり、砕いたり混ぜ合わせたりする時が楽しい。薬草を扱っていると心が凪いで、穏やかな気持ちになる。ただ仕事にはできないから、今ではただの趣味でしかないけれど、やめるつもりはまったくない。


「だからと言って、今のままって訳にもいかないのよね」


 街の雇用も落ち着きはじめ、もう少ししたらバドリおじさんの娘のチャンダが食堂で働き出すとも聞いている。そうなると、ほぼ古株の自分は、年齢や立場から扱いが難しくなる。いつまでも続けられる仕事でもないからこそ、余計に周囲も「嫁に行け」と言うのだろう。やんわり追い出される前に、こちらから動いた方が良いのも分かっている。

 食堂での仕事は嫌いじゃなかった。給仕でお客と関わることも、厨房で調理することも、帳簿をつけることも。最近は下拵えだけでなく、調理も担当していたので、母に習わなかった郷土料理も覚えた。


「やりますか、自分の店。儲からないだろうけど」


 私はその月いっぱいで食堂の仕事を退職し、その足で冒険者ギルドに向かった。



活動報告に以前hazzさまよりいただいたコメントから生まれたお話です。……実はそのコメントからのお話が三つほどに分裂したんですが、一番素直に受け取った例です。書けたら他の話も順次。

最初と最後に活動報告書く予定をしています。


マルディカの食堂での労働時間は、朝6時から夜6時くらいを想定。電気の明かりのない世界なので、日の出から日没までがたいていの住民の活動時間になります。食堂が酒場になった後は夜9時ごろまで営業。健全。ダンジョンの恩恵があるので、魔玉ランタンの明かりを灯している店も多く、普通の農村よりも街の夜は長い感じですが。

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