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第七話 清太、冬支度の算段をつける


 朝の裏通りは朝靄(あさもや)に包まれていた。

 薄らとからむように道を覆った(もや)が青白い空と相まって、いっそう朝の冷え込みを際立たせる。

 霜月(しもつき)が進むほどに陽は短くなって、冬至を過ぎれば寒気(かんき)を増すばかり。それが末日(まつじつ)の朝ともなれば寒さもひとしおだ。

 清太は綿入れの(えり)をかき寄せると、丸めてしまいそうな背中を伸ばし、寒さを振り切るように歩き始めた。腰に下がるのは大事な鍵束と木板の束、肩からは銭袋――そう、今日は店賃(たなちん)の集金日である。


 細い路地を抜けて長屋の敷地に入れば、すぐ右奥には小さな稲荷の祠が見える。そしてその隣に鎮座しているのは、たいそう目立つ大ぶりの熊手。

 その嫌でも目に入る熊手の様子に、清太は今日も苦笑を漏らした。また増えている――と。

 あの、清太が熊手を持ち帰った(とり)の市の翌日、バッキリと折れた熊手の櫛歯は、善次の手によってしっかりと直された。

 (にかわ)(とう)つるで外れぬようにギチリと留められた櫛歯は、もう子供が多少乱暴に触ろうがびくともしない。前面に飾られた鯛と小槌は潰れたままだけど、それはそれで愛嬌があると好評だ。

 (たが)屋の善次がほぼ一人で熊手を直してしまったので、(にかわ)を譲った大工の六助はすることが無くなってしまった。だからという訳ではないだろうが、六助は祠のすぐ隣に、熊手を飾るための足つきの箱を立てた。皆が持ち寄った端材で作った箱には切妻風の屋根もついて、四尺ほどの一本足の上に巣箱のごとく固定されている。

「熊手ならよ、ちったぁ高ぇとこに飾らねぇとな。これなら雨も当たんねぇだろ」

 祠の横に完成した熊手用の飾り箱。その前でフンッと鼻を鳴らした六助はどこか誇らしげだった。

 その日から熊手はそこに鎮座しているのだが、その翌日からなぜか……見るたびに飾りがどんどん増えているのだ。

 最初は短く切った昆布だった。しめ縄の間にブスリと差し込まれていた。

「同じ縁起もんだからさ、増える分にゃいいだろ?」

 けろりとそう言ったのは振売りの新吉。どうやら売り物の木っ端らしい。

 それを皮切りに、南天の小枝にチビた鰹節、梅干しに豆にレンコン――めでたそうなものが見境なく次々と竹串で刺し込まれ、いまや熊手の上は満員御礼状態である。そして本日は新たに沢庵(たくわん)がぶっ刺さっていた。

 

 豪快な変容を遂げていく熊手の前で、清太は祠に手を合わせると、気合いを入れて真っ先に新吉の家へ向かった

 祠の向かいにある井戸端では、家族持ちの女らが水仕事をしていて、路地に面した各戸の戸口からは、炊き上がった飯や焚き付けの煙がぶすぶすと上がっている。

 清太に気づいた女たちが数人、「そうだ店賃、店賃……」と手を拭きながら小走りで家に戻って行くのを横目に、清太は右の一番手前にある家の板戸を叩いた。

「新吉さん、入りますよ」

 戸を開けると、新吉は畳の上で火鉢を抱えるようして湯呑みを傾けているところだった。

「あれぇ大家さん。今日は早いね」

 ふぅふぅと白湯(さゆ)を飲んだ新吉が、鉄瓶から湯呑みに湯を注ぎ足す。パチンッと火の粉を散らして、火鉢の炭が()ぜた。

「はい、今日は店賃を頂きに参りました」

 清太の言葉に、新吉の手がピタリと止まる。

「あー、今日は末日だったかぁ。すっかり忘れてて逃げ損ねたよー」

 へラリと悪戯げに笑った新吉は、そう言いつつも素直に湯呑みを置き腰を上げ……ようとして、バッと清太を振り向く。

「あ、そこ早く閉めて閉めて! 臭いが入ってくるから!」

 後ろの戸を慌てて閉めれば、それでいいとばかりに巾着を持った新吉が大きく頷いた。

「どいつもこいつも質の悪ぃ薪や炭を使いやがって、火持ちが悪くて煙ばっか出んだよ。何より臭くて目ぇ痛くなるくらだぜぇ」

 嫌そうに鼻に皺を寄せて巾着を開く新吉に、清太はちらりと土間の隅に目をやりながら小上がりに腰をかける。置いてあった炭箱の中には、明らかに質の悪い、赤黒いものが混じった炭が入っているのが見えた。

 その時、パチッパチン! と新吉の横で再び火鉢の炭が爆ぜた。

「ちっ、よく爆ぜやがる」

 舌打ちをした新吉が、ばつが悪そうに口を曲げる。

「まぁ俺っちもだけどな。ここんとこ薪炭(しんたん)の値が上がったろ? そしたら新参の振売りが回ってきやがってよ、みーんな安さに釣られて質の悪ぃ炭を掴まされちまったんだよ。おかげでまぁ飯時の臭いことったらねぇや。しかもしょっちゅう爆ぜるしよ」

 なるほど板戸を閉めて分かったが、確かに新吉の火鉢からは、酸っぱいような焦げ臭いような、鼻を突く臭いが上がっている。

 新吉は畳の上にドサッと銭緡(ぜにさし)五本を置くと続けざまに愚痴をこぼす。支払いが迅速で結構だが、それだけ鬱憤が溜まっているのだろう。

「お勝さんなんか『洗濯もんに臭いが染みつく!』って、そりゃもう機嫌が悪くってよ、八つ当たりされちまったぜ。俺っちも籠から棒から手ぬぐい巻いてよー、お夕ちゃんやお染ちゃんたちに『臭ぁい』とか言われたら生きていけない……」

 新吉がヨヨヨ……と泣き崩れた。どうやらそこが本音らしい。

 お夕ちゃんもお染ちゃんも知らない清太は、速やかに懐紙と木片に必要なことを書き付けると、「ではこれで」と挨拶を残して新吉の家を後にする。「あ、ちょっと……」という後ろからの声は聞こえなかった。清太はあと十九件回らねばならないのだ。

 路地に出れば、来た時と同じく所々の戸口から(かまど)や七輪の煙が路地に流れて、改めて嗅げばなるほど、先ほどの嫌な臭いがしっかりと混じっている。上がる煙も確かに多すぎる気がした。

「文之進さん、入りますよ」

 向かいの文之進の家の戸を叩くと、中から「あ、ちょっと待ってください!」という、文之進にしては珍しく大きな声が聞こえた。が、聞こえたのはすでに戸を開けた後であった。

「ぶっ……」

 ボフッと、清太の顔が何かに突っ込んだ。

 見れば戸口を塞ぐようにして、ずいぶんと擦り切れた()い巻きがぶら下げてある。

「も、申し訳ありません。どうぞ」

 ぺろんとめくられた掻い巻きの向こうから、申し訳なさそうに眉を下げた文之進が現れた。

「えぇと……煙と臭いのため、ですかね」

 入り口に下げられた古い掻い巻きをマジマジと見ながら清太が首を傾げると、文之進は困ったように笑いながら、巾着から用意していた一朱金と銭緡を取り出す。

「ええ、その……多少は違いますから。古いものをしつこく取っておいて良かったです」

 ハハッ……と、清太の前に銭を差し出した文之進の声は、心なし力がない。

 聞けば文之進は決まった薪炭(しんたん)屋からしか買わないので、粗悪な炭は使っていないという。だが長屋の半分ほどは買ってしまったらしい。まとめて買うことはしないだろうけれど、少なくともあと半月はこのままだろう……とのことだ。

「粗悪な薪や炭は、臭いや煙もそうですが……私は火事がいっとう心配です」

 その言葉にハッと懐紙から顔を上げると、文之進が真剣な顔で大きく頷いた。

 確かに……先ほど新吉も炭がよく爆ぜると愚痴っていた。粗悪な薪や炭は木質の悪さに加え、乾きも不十分で、火持ちが悪いだけでなく火事の元になる。

 文之進は過去に地本問屋にいたというから、火への用心が身に染みているのだろう。本だらけの店に火気は厳禁だ。

「ありがとうございます、文之進さん。なんとか策を探してみます」

「いいえ、私にできることは何でもお手伝いしますよ。いつでも仰ってください」

 清太が頭を下げて礼を言うと、いっそう真剣な表情で文之進がそう返してきた。どうやらこれは急がねばならないようだ。

 文之進の家を出た後、清太は順繰りに各家を訪れて店賃を受け取っていった。が、やはり文之進に聞いていた通り、半分ほどの家……特に家族持ちの家が、悪質な薪や炭を買ってしまっているようだ。

 ちなみに博打打ちの喜八と大工の六助は使っていなかった。火の気に敏感な大工の六助は分かるが、喜八は正直意外であった。

「あ? 薪炭(しんたん)? 俺は煮炊きはしねぇし飯は外だからな。そんなに減らねぇのよ。細けぇもんは当たった金でバーンと買うからよ、そんな安物買うわきゃねぇだろ。おら、五百文ドーンと持って行きやがれぃ」

 どうやら昨晩がいい感じだったらしく、酒を飲んでいた喜八は非常に上機嫌だ。ドーンでもバーンでも五百文はしっかり数え、清太は重くなってきた銭袋を下げて、次の家に向かった。

「おお、大家殿!」

 十四番目に叩いた板戸を開けば、村瀬又右衛門の大きな声に迎えられた。

 入った正面には、村瀬がどっしりと正座をして待ち構えていた。その膝の前には一文銭を盛ったざるがドンと置かれている。

 まぁ予想はしていたので、清太は動じることなく枚数を数え、合間にチラリと家の中を流し見てみた。すると前回は無かった火鉢が置かれているではないか。

「おっ、気がつかれたか! うむ、実は酉の市からこっち、なかなかに順調でな。ならば師走を迎える前にと、昨日思い切って古道具屋で買ったのだ。前のは質に流してしまったからな!」

 一瞬の清太の視線を鋭く見極めた村瀬が、誇らしげに胸を張った。

 聞けば酉の市以来、依頼される見張りや用心棒の仕事の中に、繰り返し頼まれるものが出てきたのだという。清太にとっても実に喜ばしいことだった。

「なるほど、昨日に……。だからちゃんとした炭なのですね……」

 銭を数えながら清太はついうっかり、思ったことをポツリと漏らしてしまった。

 すぐさま無礼になりかねない言い回しだったと気づき、後悔と焦りを滲ませた清太だったが、村瀬はなぜか真面目くさった顔になると、ズズイと身を乗り出してきた。

「大家殿、なにか悩み事か? 屈託を抱えておられるならばこの村瀬、力になりますぞ! ささっ、お話しくだされ!」

 清太の呟きなど(ちり)ほども気にせず、村瀬は張り切ってグイグイと問い詰めてくる。

 その勢いに清太は思わず仰け反りつつ、まぁ隠す話ではないかと、粗悪な薪炭(しんたん)が引き起こす害悪――特に火事を起こす恐れがあることを話した。だから不躾に家の中を見回してしまったのだとも。

「あい分かった! ならばこの村瀬が夜回りをいたそう。煙や臭いは何ともし難いが、火気に目を光らせることはできますぞ。うむ、うむっ、夜と言わず朝も昼も、時間のある限り厳しく見て回るゆえ、ご安心召されよ!」

「いや、そんな――」

「遠慮などご無用! 災厄から領を守るは武士の正道。言わば拙者は本職ですぞ? お任せあれ!」

 ふんす! と笑顔で迫る村瀬の迫力に、清太はもう「あ、ありがとうございます……」と返すほかなかった。

 そうして山盛りの一文銭を数え終えると、清太は懐紙と木札を仕舞う。

 村瀬が出してきた店賃は五百文より二十文ほど多かった。酉の市での約束を律儀に守る村瀬の気性に、清太は先ほどちょっとだけ(よぎ)った嫌な予感を、頭から振り払った。

「では私はこれで……」

 背後では張り切った村瀬がガタガタと何やら捜し物を始めていたが、清太は次の家へ向かうべくそっと板戸を閉める。嫌な予感は……たぶん、きっと、振り払えたはず。

 その後は、引き続き残りの家々を回り、清太はそこそこ順調に店賃を集金していく。

 そこそこ、というのは、やはり粗悪な薪炭(しんたん)がらみで一部の家々に悪い(きざ)しが見て取れたこと。

「もう煙がひどいだろ? 洗ったそばから臭いがつくんだよ。子どもらの着物も預かりもんも全部だよ。あー、なんであんなの買っちまったんだろ……早く使い切りたくても、量使えば余計臭いも煙も増すしさ。まったくどうしたら……ちょっとお前たち! それに触んじゃないよ、乾かしてんだから!」

 お勝の家では、立て板に水のごとき愚痴と後悔を聞いて、(かまど)の傍で乾かされている細い薪の束に不安を覚えた。乾きの悪い薪を乾すのはいいが、爆ぜやすい炭のそばは危なっかしい。幼い子がいるなら尚更だ。

「ケハッ、ケフッ」

 お浜の家では三太が咳をしていた。板戸を閉めようにも調理の際は開けねばならないし、外からも入ってくる。

「買い直すお金もないし……少しずつ使うしかないんだけどね……」

 諦めと疲れを滲ませるお浜の背中で、三太がまたケホッと咳をしていた。

 ――これは本当に、早く何とかしなきゃいけない……。

 ひたひたと切迫した思いがせり上がるも、ではどうしたら……となると、どうにも良案が浮かばない。放っておいても半月かひと月後には使い切って終わる。とはいえその間に何かあったら? 幼い子らが厄介な病になったら?

 頭を悩ませながら、清太は十八件目の勘助夫婦の家の戸を叩いた。

 この家の店賃は二ヶ月の猶予になってはいるが、やはり復調の兆しを見せている勘助の様子をついでに見ておきたかった。

「あら、大家さん」

 戸口を入ると、お常がおっとりとした笑みで出迎えてくれた。その後ろで勘助が、仕事道具だろうか、刷毛(はけ)を並べて丁寧に手入れをしていた。布団はまだ敷いたままだが、畳に胡座(あぐら)をかいて刷毛(はけ)の毛先を整える勘助に、清太は小さな安堵を覚える。

「勘助さん、体調は……」

 どうですか、と言葉を続ける前に、ちらりとこちらを見た勘助が口を開いた。

「おぅ、どうしたぃ、しけた顔して。何かあったかい?」

 ぐっ、と言葉に詰まった清太に、お常が「お茶でも入れますね」と苦笑して土間を上がっていく。

 そうして、コトリと置かれた温かい番茶と、片眉を上げ「うん?」とばかりに促す勘助を前に、清太は粗悪な薪炭(しんたん)を巡る一連の出来事や、拭いきれない憂慮を話していった。

「はっ! 安物買いで大損こいてりゃ世話ねぇな馬鹿どもが。昔っから道理を外れた安物には裏があるって決まってんだ。これだから最近の若けぇ奴らは……」

 呆れ混じりのそんな勘助の声は、けれどすぐさまお常の穏やかな声に遮られる。

「あら、お前さんだって若い頃はさんざん……そりゃもう色々とやらかしてたよねぇ。覚えてないのかい? ほら例えば……」

「あ、う、いや……うおっ」

 慌てて刷毛(はけ)を取り落とす勘助にお常はクスクスと笑うと、清太へ向けて言葉を続けた。

「それにしても困りましたねぇ。確かにうちはそういった炭は使ってないけど、うちの人がこうでしょう? もし火事になったらと思うと、ねぇ。薪は根気よく乾かして後回しで使えばいいけど炭はどうしたもんかね……あっ」

 パッと突然目を見開いたお常が、くるっと隣の勘助を見て「お前さんっ」と声を上げる。その勢いにビクゥッとしながら、勘助が「な、なんでぃ」と声を上ずらせた。

「ね、お前さん覚えてないかい? ほら、一緒になったばかりの冬に作っただろ、あれ! あれがいいんじゃないかね」

「んあ? あれ……? あー、あれか! 懐かしいなぁ。確かにあれならクズ炭も何とかなるかもしんねぇ。よく思い出したなぁ、お常」

「やだ、お前さんとのことは、忘れるわけないじゃないか」

「お常……俺だって何一つ忘れちゃぁいねぇよ。死んだって忘れるもんかぃ」

「お前さん……」

「あのぉー……」

 手を取り合って見つめ合い始めた二人の間に、清太が割り込む。申し訳ないが「あれ」が何なのか是非とも知りたい。

「あれ、って何ですか? クズ炭が何とかなるかもって……」

「あー、はは……悪ぃ。あれってのは炭団(たどん)のことだ。江戸じゃあ自分で作る奴ぁ少なねぇが、こいつが八王子宿(じゅく)の出でな。作り方を知ってるってんで、金のねぇ若けぇ時に一緒に作って冬を越したことがあるんだ」

「ええ、あそこは炭焼きが盛んでしてね。百姓も冬に炭を焼いてましたから、私ら子供も見よう見まねで、落ちてた炭粉(すみこ)集めて炭団を作ってたんですよ」

 懐かしいわねぇ……と笑うお常と勘助に、清太は「炭団……」と目を丸くして絶句する。

 もちろん炭団のことは知っている。確か炭を細かくして丸めたものだ。どこかで見たことはあったが清太は使ったことがない。伯父の家も和泉屋も木炭であった。亡き実家は記憶が薄くて覚えていない。

「つまり、クズ炭を砕いて炭団にする、ということでしょうか。煙や臭いは減りますか? 作り方は今でも覚えていますか?」

 思わず矢継ぎ早に問いかけてしまった清太に、二人が揃って小さく苦笑した。

「ええ、覚えていますとも。その悪い炭を細かく砕いて、ふるいで余計なもんを()けて、固く丸めれば、だいぶマシになるはずですよ」

「手間ぁかかるが、ガキでもできるぜ。皆でやりゃあ炭を炭団にするくれぇわけないだろ」

 二人の言葉にようやく光明が見えた気がして、清太はガバッと頭を下げた。

「ありがとうございます! 早速、皆さんに話してみます!」

 清太の喜ぶ様子に、勘助とお常も顔を見合わせて嬉しそうに笑う。

 そんな二人に再び頭を下げて、清太は勘助の家を後にした。

 集金を終えたら家に戻って、片付けるものを片付けて、それから――つい気が(はや)って頭の中であれこれと段取りを組む清太を、夫婦はニコニコと見送ってくれた。

 土間まで出てきてくれた勘助は「だいぶ調子がいいんだぜ、怠いのもめっきり減ったからな」と、少ししたら店賃の一部を払いに行けると笑っていた。

 いつの間にか清太の心を重くしていた(よど)みは薄れて、何だか足も軽くなった気がした。

 もちろん、この先どうなるかは分からないし、できるかも分からない。けれど勘助夫婦に開けてもらった風穴は、きっと長屋の皆をいい方向へ向けてくれる……そんな予感がした。

「よしっ、あと二件だ」

 清太は重くなった銭袋を揺すると、次の家へ向けて、路地の土道に足を踏み出した。


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