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第24話 悪役令嬢、散る②

 処刑から数時間後。

 怖いもの見たさで集まってきた群衆は、興味を失ったかのように散っていった。ミレイユの死を嘆き悲しんでいた人々も、支え合いつつ広場を後にする。

 だが、リンは地面にへたり込んだまま動けなかった。


 断頭台は撤去され、周囲に飛び散った血も拭き取られている。先程起こった惨劇が嘘みたいな静けさだ。それでもリンの脳裏にはまだ、ミレイユの死の瞬間が焼き付いていた。


 ヒルデブラントの指示なのか、時折神官や騎士たちがリンの様子を見に来る。しかし、無理に動かそうとはしない。リンの心情を慮ってくれているようだ。


「ちょっとあんた、いつまでそこにいる気?」

 

 そんな中、唯一声をかけてくる者がいた。リンはのっそりと顔を上げる。


「セイラ……」


「神竜様にはしばらくそっとしておいてやれ、って言われたけどね。でも、ずっと外にいたら風邪ひくじゃない」


 あんなことがあったというのに、セイラの様子は不自然なくらいにいつも通りだった。だからリンの心も、少しだけ日常に帰ってくる。

 空を見上げると、いつの間にか日が暮れかけていた。


「うん。でも、もうちょっとだけ……」


「わかった、付き合ってあげる」


 セイラはリンの隣に腰を下ろした。肩が触れ合いそうなほど二人の距離は近い。


「最近はずいぶん大変だったみたいね。ミレイユのこと以外でも」


「そうね……周囲から一気に人が減ってしまったわ」


 リンはここ数日の粛清の嵐を思い出す。

 調査の結果、神殿内部にミレイユの協力者が複数いることが判明した。皆、リンやヒルデブラントが信頼していた人ばかりだ。大半はお金目当てで協力していたという。彼らには、聖都からの永久追放が言い渡された。

 その中の一人に、セティも含まれていた。彼がミレイユに協力したのは、おそらくリンの幸せを思ってのことだろうが――いつもセティに強く当たっていたはずのヒルデブラントも、彼が関与していたことを聞くと、とても残念そうな顔をしていた。

 セティがいなくなったことで、彼と仲の良かったナンナは落ち込んでいるようだ。リンも、寂しい。


「そういえば、あの時暴れているやつがいなかった? あたしの方からは遠くてよく見えなかったけど」


 どうやらセイラもあの場所にいたらしい。全然気がつかなかった。


「それ、ルイ」


「ああ、ルイルイか。妹とは仲悪いって話だったけど、ずいぶんと取り乱していたわね」


「うん。まさかあんなに泣くとは思わなかった」


 ルイは妹の助命を求めて何度もヒルデブラントの元へ押しかけていたというが……普段どれほど邪険にしていても、彼にとってミレイユは、たった一人の家族だったのだ。

 リンは薄い笑みを浮かべる。


「彼も馬鹿よね。手遅れになってから優しくしようとしても、何の意味もないのに」


「オルトリンデ……」


 セイラがリンの肩を抱き寄せた。ツインテールの毛先がリンの頬に当たり、くすぐったい。


「ねえ、セイラ。わたしは自分のこと、すごく卑怯な人間だと思うわ」


 残念ながら、リンもルイを笑える立場になかった。

 これからもずっと、仲良くしましょう――そう伝えた時の、ミレイユの花の咲くような笑みは、今でも鮮明に思い出すことができる。


 ――ありがとうございます、とてもうれしいですわ。

 

 あの笑顔は、もう二度と見ることができない。


 ミレイユの死は自分のせいなのではないか。彼女が死刑になる、と聞いて以来、リンはずっと考えていた。


 ロベールと出会って舞い上がっていたことは事実だが、リンはヒルデブラントの婚約者という立場を捨てるつもりはなかった。だからもっと早くロベールのことを拒絶していれば、ミレイユがあれこれ策をめぐらす必要もなかったのではないか。


「ミレイユは神竜様を敵に回してでもロベールの恋を応援しようとした。神竜様だって、わたしを守るためなら非情な判断を下せる――でも、わたしはそうじゃなかった」

 

 リンは己の手の平を眺めた。地面に手をついていたせいで少し汚れている。自分が罪人になってしまったような気分だった。


「ロベールと出会った時、なんとなくこの人と一緒にいたい、って思った。だけど、今あるすべてを犠牲にしてまで誰かを愛するなんて、わたしにはできない。きっとわたしには、人を愛する資格なんてないんだわ」


「……」


 セイラは黙ってリンの話を聞いていたが、突然無言で手を伸ばしてきたかと思うと、リンにデコピンを食らわせた。


「あいたっ!?」


 鈍い痛みと衝撃がリンの脳を揺さぶる。……いつぞやもこんなことがあった。

 額を押さえてうずくまるリンを、セイラは呆れた表情で見下ろす。


「あんたねえ、バカなこと言ってんじゃないわよ。あんなの例外中の例外に決まってるでしょ。愛する相手のために命を捧げられる人間なんて、そうそういないっつーの」


「……そうなの?」


 リンは目を丸くする。


「当ったり前じゃない。みんなもっと気楽に恋愛しているわ。そうじゃなきゃ、浮気とか離婚とか、あんな頻繁に発生しないわよ。覚悟がなきゃ恋愛しちゃダメなんて言われたら、とっくに人類は滅びているわ」


「そこまで言う?」


「そうよ。まったくさあ……前からそんな気はしていたけど、もしかしてあんた、恋愛を神聖なものだとでも思ってるの?」


 その通りなのだが……なんだか幻想をぶち壊されたような気分だ。


「まあ、愛の形なんて人それぞれだけどね――たとえば、あんたはロベールのことが好きなんでしょ?」


「うん……でも、わたしはもう、神竜様のことを支えると決めたから」


「本当にそれで後悔しない? どちらの男も手に入れる、それもまた一つの愛の形じゃないかしら」


「いやいやいや」


 セイラは堂々と言い切った。さすがにそれは道徳的によくない。


「そんでミレイユにとっては、ロベールの想いを叶えてあげることが愛の表現方法だったってわけ。ただそれだけの話よ。きっかけはどうであれ、本人が自分の意思でやったことなんだからあんたが気に病む必要はないの」


「う、うん……」


 セイラの言うことはもっともらしく聞こえた。

 確かに、原因を作ったのはリンだが、行動に移したのはミレイユ自身なのだ。リンが責任をすべて背負おうとしたら、それはミレイユの選択を否定することにもつながる。


「そうか……そうよね……。ありがとう、セイラ。少しだけ心が軽くなった気がするわ」


 なんだかんだ言って、社会に揉まれて育ってきた分、セイラはリンよりも精神的に強かった。

 今はまだ、完全に受け入れることは難しい。だがいつか、折り合いをつけられる日も来るのだろう。

 

 しばらくの間、沈む夕日を二人で眺めていた。

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