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第21話 ある悪役令嬢の独白①

 ――どうして、こんなことに。

 

 ミレイユは今、罪人として裁かれようとしている。

 彼女は第五王国の王族だ。本来ならば皆に(かしず)かれる身分のはずなのに、なぜか粗末な衣服を着せられ、たった一人で法廷に立っている。

 裁判官たちは皆、狂人でも見るような目つきでミレイユを睨んでいた。どうやらミレイユの罪状を読み上げているらしいが、全く頭に入ってこない。

 気がつくと判決の時間になっていた。


「――被告人ミレイユ・ド・オルタンシアを大逆罪で死刑に処す」

 

 自身の運命を決定づける言葉も、どこか他人事に聞こえる。

 大逆罪で死刑。死刑。しけい。突きつけられた言葉を頭の中で反芻した。


「……死刑? わたくしが?」


 意味を理解した途端、目の前が真っ暗になった。足から力が抜け、ミレイユはくずおれる。恐怖で震えが止まらない。

 死刑だなんて、それほどまでに重い罪が課せられるとは思ってもいなかった。


「そ、そんな……どうして」


 頭の中には疑問ばかりが浮かぶ。

 そんなつもりはなかった、そう言ったら信じてもらえるだろうか。

 ミレイユはただ、愛する者の恋を応援したかっただけ。


(ああ、わたくしは何を間違えてしまったのでしょう……)


 世界のすべてが敵に回ったような気がした。


   ◇◇◇


 ミレイユは生まれつき病弱で、幼少期のほとんどをベッドの上で過ごしていた。おまけに、王族とはいえ、彼女の存在は末端に位置しており、王位には程遠い。

 そのため、誰もミレイユに期待しなかった。最初は娘の将来を心配してくれていた両親も、彼女に利用価値がないとわかると、顔を見に来ることすらなくなった。彼女のそばにいたのは、わずかばかりの使用人と医者のみだ。


 ――役立たず。

 

 かつで両親に投げつけられた言葉は、今でもミレイユの心に、呪いのように重くのしかかっている。

 王族として生まれたからには、自分も民の役に立ちたいと思っていた。でも、病に侵された体は自由にならない。

 きっと、自分はこのまま何事もなせずに死んでしまう――ミレイユは確信していた。


   ◇


 状況が変わったのは三年前のことだ。

 王国で疫病が蔓延し、数えきれないほどの国民が死んだ。その中には、王妃や王太子をはじめとした王族も多く含まれていた。ミレイユの両親も亡くなり、兄も生死の境をさまよった。

 国中が苦しんでいる中、ミレイユは一度も疫病に感染することがなかった。今までの闘病生活で耐性がついていたのか、あるいは単に他人と接触する機会が少なかったからか。

 いずれにせよ、ミレイユは生き残り、兄も無事に回復した。


 ちょうどこの頃から、体も多少丈夫になってきた。これからは王族として、民のために貢献していこう――ミレイユは晴れやかな気持ちで新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 だが、これは新たな苦難の始まりでもあったのだ。


「ええい、近寄るな! しおらしい態度で油断させようとしても無駄だ。どうせお前も僕の命を狙っているんだろう!? 絶対に騙されるものか!」


 疫病から回復して以降、兄のルイは異常なほど攻撃的になっていた。元々疑り深い性格だったとは聞くが、今では目が合うだけで罵声を浴びせてくる。


 ミレイユはルイの幼少時を思い出す。彼は直接声をかけてくることは少なかったものの、扉の隙間から心配そうに妹の様子をのぞいていた。今ならもう少し仲良くなれるのでは、と期待していたが、当時の兄の面影はどこにもない。

 だが、ルイが神経を尖らせるのも仕方のないことだろう。これまで王位からかけ離れていた者にも機会が回ってきたことで、自分たちも、と野心を抱く貴族たちが暗躍していたのだ。権力争いはどんどん激しくなり、横領や虚偽告発、暗殺といった政治の腐敗が進んでいた。

 ルイに敵視されることはどうしようもないとわかってはいたが、本音を言うと寂しかった。


   ◇


 ロベールに出会ったのは、王城で暮らすようになってからのことだ。権力争いを生き抜くため、ミレイユにも厳重な身辺警護が必要となっていた。


「ロベール・ド・ゴーティエと申します。本日より殿下の護衛を務めさせていただきます。どうかよろしくお願いいたします」


 複数いた候補の中からロベールを選んだのは、彼の境遇を知り、助けてあげたいと思ったからだ。

 ロベールの家は没落しかけており、彼はきょうだいたちを養うために騎士になったいう。当時の彼は今よりも表情豊かで、明るい雰囲気だった。何より、人から疎まれがちなミレイユに対しても、誠実に接してくれるところが好感を持てた。


 ミレイユはすぐにロベールに心を許し、なるべくそばに置くようにした。権謀術数渦巻く王城にいても、彼といると安心できた。


 また、ロベールが同僚たちと話している姿を遠くから眺めることも好きだった。白い歯を見せて爽やかに笑う彼の姿に、ミレイユはいつも胸を高鳴らせていたものだ。当時は明確に好意を自覚していたわけではなかったが、いつか自分にも同じように微笑みかけてほしい、と密かに願っていた。


 そんな時、事件は起こった。

 ミレイユの自室に侵入した何者かが、彼女の命を奪おうとしたのだ。物陰から飛び出してきた暗殺者の凶刃が目前に迫り、ミレイユは死を覚悟した。

 しかし――


「危ない!!」


 誰かがミレイユの前に立ちふさがった――ロベールである。

 その後の展開は、まるで悪夢のようにミレイユの脳裏に焼き付いている。


「ぐ……っ!!」


「ロベール!?」


 飛び散った鮮血がミレイユの服を濡らす。

 斬りつけられたロベールは、負傷した左目を押さえながらも、もう片方の腕で剣を抜く。


 次から次へと、闇の中から現れる暗殺者たち。

 剣と剣のぶつかる重々しい音。

 耳にこびりつく断末魔。

 

 今まで、ミレイユにとって死は身近なものであった。

 でも、これは違う。少しでも油断したら一瞬で生を刈り取られてしまう、天災のような死。ミレイユが知っている、少しずつ体中が蝕まれていくような死ではない。

 目の前で繰り広げられている光景が、とても非現実的なものに思えた。


「……殿下、終わりました」


 ロベールの荒い息遣いだけが部屋の中に響く。暗殺者たちは皆、物言わぬ死体となって床に転がっていた。


「殿下、ご無事ですか!!」


 騒ぎを聞きつけたのか、城内の兵士たちも続々と集まってきた。

 これで安心できる――そう思ったのも束の間、ロベールは糸が切れたかのように崩れ落ちた。


「ロベール!? ……なんてこと! まさかこんなに怪我をしているなんて……!」

 

 ロベールは左目だけでなく、体中のいたるところに傷を負っていた。衣服が汚れるのも構わず、ミレイユは彼を助け起こす。ハンカチで傷口を押さえるが、全く役に立ちそうになかった。


 無事だった右目だけを細め、ロベールは力なく謝罪する。


「申し訳ありません、殿下……俺がもっと注意していれば、あなたに恐ろしい思いをさせることはなかったのに……」


 全身傷だらけになっても、ロベールは主であるミレイユのことを心配している。その事実がひどく心苦しかった。

 特に、彼の左目は取り返しがつかない。片目を失ってしまったら、これまでと同じように剣を振るうことは難しいだろう。


「ああ、なんてお詫びすれば……わたくしの、わたくしなんかのために、あなたの未来が……」


「殿下」


 ロベールはミレイユの言葉を遮った。


「あなたはこの国の未来を背負うお方です。どうか、そのようなことはおっしゃらないでください」


「だ、だけど……」


 涙のせいで、目の前にいるロベールの姿も滲んでしまう。


「それに、あなたは俺の大切な主君です。あなたの笑顔を守るためであれば、俺は片目など惜しくありません」


 苦痛に顔を歪めながらも、ロベールはわずかに口角を上げる。ミレイユにだけ向けられた、彼の笑顔。


 ――この時、ミレイユは己の恋心を自覚した。


「……っ!!」

 

 こらえきれなくなった涙が次々とこぼれていく。

 ロベールはミレイユを必要としてくれている。ミレイユは生まれて初めて、自分は生きていてもよいのだと、心の底から思うことができた。


 もちろん、自分の恋が叶うことはない、と最初から理解していた。

 家柄が釣り合わないということもあるが、その後すぐに、ミレイユは国王によって結婚相手が決められたのだ。

 ミレイユの相手は、第七王国の王子であるヴォルフラム。彼は穏やかで思いやりのある人物で、ミレイユにも親切にしてくれる。まだ二人の会話はぎこちないが、相性は悪くないだろう。

 

 だから、ロベールへの想いはずっと胸に秘めているつもりだった。

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