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第12話 千年祭①

 今夜は千年祭が開催される。


 千年祭は、神竜王ヒルデブラントの生誕を祝うとともに、彼の統治に感謝するお祭りだ。

 元々は祈りを込めたランタンを川に流すだけの簡単なものだったらしいが、三回目となる今回は、街に数々の露店が立ち並び、観光客で大いににぎわっていた。


 今回の千年祭の目玉は花火コンテストだ。各国から選りすぐりの職人が集められ、腕を競い合うという。


 神竜王庁からは、身分の上下関係なく楽しむべし、と通達が出されている。学園の授業もすべて休講となり、生徒たちは誘い合って街に出かけていく。

 リンもセイラと一緒に回る約束をしていたのだが……。


「ふぅん。今日は僕の生誕を祝うお祭りなのに、リンは友達と遊びに行ってしまうんだ? 僕と一緒にいてくれないんだね」


 もうすぐ約束の時間だというのに、突然ヒルデブラントの機嫌が悪くなってしまい、リンは手を焼いていた。


「だって神竜様は神殿の外に出られないじゃないし……」


 ヒルデブラントのための祭りとはいえ、当の本人は通常通り公務があり、神殿から出られない。むしろ普段よりも使者の数が増えるため、逆に忙しいようだ。


「神竜様はまだ仕事が残っているでしょう? それに、今年の誕生日はすでにお祝いしてあげじゃない」


 幼少時に千年祭の話を聞いたリンは、「千年に一度しかお祝いしてもらえないなんてかわいそう」と不憫に思い、ヒルデブラントの誕生日を勝手に設定した。初めてリンから誕生日プレゼントをもらった時の彼の喜びようは、今でも鮮明に思い出すことができる。あまりの号泣ぶりに周囲が引いていたほどだ。


「フィナーレの花火までには戻るから、ね」


「……本当に?」


 リンの腰に抱き着いていたヒルデブラントが、疑いの目で見上げてくる。その瞳を、リンはまっすぐに見つめ返した。


「私が神竜様に嘘ついたことがある?」


「ない」


 即答である。


「そうでしょう? なら問題ないわよね」


「……うっ」

 

 渋々ではあるが、ヒルデブラントからの許可が出る。背中に浴びせられた恨めしげな視線を無視して、リンは待ち合わせ場所に急いだ。


   ◇


「ちょっと、遅いじゃないの」


 待ち合わせ場所の噴水広場に到着すると、セイラは居心地悪そうに体を小さくしていた。不満げな表情を見るに、少々約束の時間を過ぎてしまったようだ。

 空はすでに薄暗くなり始めている。


「悪かったわね。神竜様がごねちゃって」


「まあ、理由はだいたい想像ついてたけどね。……こんな時もやっぱり護衛がいるのね」


「ど、どうも」


 今日のリンの護衛はセティだった。彼は頭に手を当てて挨拶する。

 セイラはしばらくセティの顔を観察していたが、残念ながら彼は好みのタイプではなかったらしい。興味をなくしたように、リンへと視線を戻す。


「今更なんだけどさ、お祭り行くのあたしと一緒でよかったわけ? 例のお友達――確かミレイユだっけ? がいるじゃない」


「ミレイユは婚約者と行くらしいわ。それに、わたしはあなたと一緒に行きたかったのよ」


「……あっそ」


「あ、もしかして照れた? 赤くなってる」


「うっさい!」


 それからはセイラと一緒に祭りを楽しんだ。

 屋台を冷やかしたり、買い食いをしたり、ヒルデブラント(竜形態)の仮面をつけてセイラを驚かせたり……たわいのないことばかりだが、リンにとってはすべてが新鮮だった。ミレイユと遊ぶ時とはまた違った楽しみがある。


「あんたそれ気に入ったの? ずっと付けてるけど」


「うん。帰ったら神竜様にあげるわ」


「いや、自分のお面もらってもうれしくないでしょ絶対」


 屋台を回った後、二人は川辺に向かった。

 かつてランタン流しは、ヒルデブラントに感謝を捧げ、世界の平和を祈るために行われていた。現在では、思いを込めて川に流すことで願い事が叶う、という話に変わっている。


 セイラがランタンを大事そうに抱えているので、リンは彼女が何を願うのか気になった。


「そりゃあ、決まってるでしょ。これよこれ」


 尋ねてみると、セイラはそう言って親指を立てる。


「神竜様が紹介してくれるとは言ったけど、やっぱり自分自身で納得のいく相手を見つけたいじゃない。ああ、どっかに顔がよくて、身分も高くて、性格もいい、完璧な独身の男が転がっていないかしら」


「えぇ……」


 どうやらセイラはまだ諦めていなかったらしい。


「あんたの方こそ願い事は決まったの?」


「うーん。どうしようかしら――」


「オルトリンデ様!!」


 突然、切羽詰まった調子の声が背後から聞こえてきた。振り向くと、使用人らしき姿の女性がこちらに駆けてくる。


「……あいたた」

 

 トラブルの予感を察知してか、セティが胃を押さえる。


 今にも泣きそうな表情をしている女性に、リンは見覚えがあった。


「あなたは確か、ミレイユの侍女よね。いったいどうしたの」


「そ、それが……殿下とはぐれてしまって」


「なんですって?」

 

 一瞬、またミレイユの自作自演ではないかと身構えたが、今日のお祭りは大規模なもので、いつもより人出が多い。確実にリンと会える保証がないのに、わざわざ迷子のふりをするメリットはないはずだ。つまり、ミレイユは本当に迷子になっているのかもしれない。


「セイラ」


 リンがセイラの方を見ると、彼女はわかっている、と言いたげに頷いた。


「聞いちゃった以上、放置するわけにもいかないわ。仕方ないからあたしも捜すのを手伝ってあげる。大丈夫、あの子の顔はなんとなくわかるから」


「お二人とも……ありがとうございます。ありがとうございます!」


 ミレイユの侍女は繰り返し頭を下げる。

 一同は手分けしてミレイユを捜索することになった。


   ◇


「ミレイユ、どこにいるの? いるなら返事して!」

 

 人ごみをかきわけながら、リンはミレイユの姿を捜す。くまなく目を光らせているつもりだが、いかんせん普段よりも人が多い。気を抜くと人の波に押し流されそうになる。


 少し休憩しようと思い街はずれの橋まできたところ、見覚えのある人物と遭遇した。


「ロベール!」


「オルトリンデ様! お久しぶりです。……また護衛の方がいないようですが」


 ロベールは眉をひそめると、咎めるような視線をリンに向けてきた。以前誤解してしまったように、一見すると冷たい態度のように思える。だが、実際にはリンのことを心配しているのだ。


「人が多いせいでうっかりはぐれちゃったのよ。まさかセティまで迷子になるなんて」


「迷子になったのはオルトリンデ様の方では……もしかして、殿下を捜していただいているのですか?」


「うん。でも全然見つからないわ」


「殿下はどこに行ってしまったのでしょう……」


 ロベールの顔には焦りの色が濃く浮かんでいる。

 少し前にごろつきに襲われたとはいえ、聖都ラグナルは他の地域と比べても格段に治安がよい。現に、あの時以来目立った犯罪は起きていなかった。

 しかし千年祭が開催される今日は、外部からも多くの人が聖都を訪れている。聖騎士団が見回りをしているとはいえ、どうしても犯罪やトラブルの発生は避けられなかった。ロベールが不安に思うのも無理はない。


「オルトリンデ様―!」


 その時、先程の侍女がリンの元へ駆けてきた。息を切らせて報告してくる。


「ロベール殿もいらっしゃいましたか。あの、殿下が見つかりました!」


「何、本当か?」


 侍女の言葉に、ロベールが身を乗り出す。


「ええ。オルトリンデ様の護衛の方に発見していただいて……」


「よかった……」


 ロベールが胸をなでおろす。

 侍女の話によると、ミレイユは無事、婚約者のヴォルフラムと合流できたようだ。屋台が気になってふらふらと歩いて行ったら、彼とはぐれてしまったらしい。人騒がせな友人である。


「とりあえずセイラにも伝えてあげないと」


「それが、セイラ様は『歩き疲れた』とのことで、一足先にお帰りになりました」


「そうなの? 相変わらず自由というか……」


 とはいえ、セイラ自身はミレイユと親しくないのに、捜索に付き合わせてしまい申し訳ない。礼を言いそびれたが、またすぐ学園で会えるだろう。


 侍女は丁重に礼を言って去っていく。後にはリンとロベールだけが取り残された。

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