#9 シーラの秘密
セラフたちはまだ考えていた
どうすれば―この目覚めの鍵を伝えることが出来るのか
精神に語り掛けるなどできるわけが無い
―だがそれは普通の人間の話
「シーラとマーレならマーレの方が起きるのが早いだろうねぇ…どうしたものかぁ〜…」
エレナは声を震わせながらに言う
もしこれで目覚めなかったら…と思えば仕方がないことだと言える
「心の支え…それが先ずなんなのかによって伝えることも変わるだろう。」
「僕の場合はみんなの言う幻覚とは違った風景だった…僕の記憶の断片を見たような…」
その時三人の誰とも違う声が響いた
「いやぁ…幻覚っての気持ちわりぃなぁ!心の中を覗かれてるみたいでよぉ!!」
三人は声の方向に目をやる
エレナは反射的に飛びついた
「マーレ〜!!すごい…どうやって起きたの?」
「ははは!抱きついてくんな暑苦しい!…まあ、あたしの大事なヤツを殺したら…じゃねぇかな」
「む…やはり…」
「つまり、目覚める条件は同じってことか…」
「その話、詳しく教えやがれ」
―――セラフは丁寧に一つずつ、マーレに説明した
何者かの魔法によって幻覚―記憶を想起させられていると
そして目覚めるための条件は心の支えになったであろう人物を殺すこと
これはエレナとサクラも共通しており、マーレの一言で確証に変わったということ
一通りの説明を聞き終えたマーレは言った
「それじゃあよ…こいつ…無理じゃねえか?」
マーレはシーラの方を指さしている
「こいつのことは知らねぇことばっかだ。誰を心の支えに生きているのかもわかんねえし、わかったとしても、こいつの性格じゃあ殺すことは出来ないんじゃねえか?」
一同は頷いた
だからこそ、優先順位としてシーラ救出を第一に考えている。と
だが考えても答えは出なかった
そう、シーラはマーレの言う通り、謎が多い人物だ
最年少でありながら、魔法やその他諸々の知識量は大人をも上回り、その吸収力は折り紙付き
天才というのはこういう人のことを言うのだろう
頭は回るし、戦闘でも頼りになる
魔法のバリエーションが豊富で無限に近い戦略で代わる代わる攻撃していく
このギルドの戦闘面での核と呼べる存在…でありながら、彼女は自身の身の上を話さない
その内気な内情については誰もが知るところではあったが、優しさを持ってみなが触れずにいた
それが災いして、今ではシーラ救出が難題として掲げられることとなってしまった
その時セラフが閃いたような顔をする
僕の頭の中に聞こえてくるおそらく女神の声…
あの声はどう聞こえているんだ?
あの女神は神々によって殺されたはず…
そして考える。
都合はいいが、こうであれば活路を見いだせるかもしれない
あの声は女神の子である僕の心に残る女神の“残滓”?
その残滓が僕の心に語りかけてきているのかもしれない
それならその原理を解き明かせば、シーラの心の中に介入し、僕が解決に導けるかもしれない…!!
セラフは顔を上げて三人に言う
「みんな!!僕に少しだけ時間をくれ!!!」
――――――
「それで…マーレはどうするのです?」
シーラはエレナに聞いた
「マーレは強いからひとりでもきっと平気だよ!」
「まあ…たしかに…」
エレナはシーラに聞く
なぜマーレのことを気にしたのかと
「私はきっとマーレと合わないのです…マーレも私の事嫌いなのですよ。本当は」
「む…そんなネガティブになることは無いぞ。私はいつもシーラの知識に助けられている。無論、それはみんなもだ」
「ふへへ…そんなに褒められても何も出ないのですよ…!」
シーラは安堵から来る笑みをこぼす
その笑顔は幼さと、どこか儚げな雰囲気を感じさせる
――――――
エレナが突然話し出す
「シーラってすごく繊細な子だよね」
セラフの頭に疑問符が浮かぶ
「それは知っているけど、なんで急に?」
シーラは初めて顔を合わせた時からその雰囲気を漂わせていた
わざわざここで再定義する意味もない
それはサクラとマーレも同様だった
「これ言わないべきなんだろうけど…うーん…」
エレナは長く躊躇っていた
溜めにためたあと、意を決して話し始めた
「シーラの身の上話ってしってる?…まあ、知らないとは思うんだけどさ…これは私とシーラだけの秘密だったから」
そしてマーレのみが知るシーラの過去が明かされる
シーラは幼い頃から吸収力の高い子供だった
一度読んだ本の内容は忘れることとない
魔法や剣術や何かの製法技術
一度見れば内容を分析し、自身なりの解釈で模倣する
完璧な天才児だった
シーラはある辺境の村に住んでいた
いまセラフたちが活動する王都を中央都市とするリヒテン王国は、小国にも関わらず数千のダンジョン保有するダンジョン国家である
ダンジョンの恵みは数知れない。
宝物に食料問題を支える不思議な種子
選ばれたもののみに特別な力を与えるアーティファクト
シーラはそんな王国の辺境の村に住んでいた
両親は平凡な農家で、両親に愛され育てられた
天才児であるシーラは学校へ行かずとも、並大抵の知識を持っていた
学校はサボりがちで、いつも近くの木陰で親の目を盗み本読みに明け暮れていた
だが、シーラにも無二と言える友人がいた
その子の名はターニャ
シーラと同じような平凡な農家の家庭の子で、それなりに気の合う友人だった
「…あ!いたいた…シーラ!今日はどんな本読んでるの?」
「…魔術発動に際しての体内魔力回路の経路。半世紀前の魔法学者が唱えた論文をまとめたものなのです…」
「へぇ…今日も難しそうな本を読んでるんだねぇ…」
「そんな事は無いのですよ…ターニャも読んでみるのです」
「ええ!!絶対無理だよ〜…」
「ここはこうで…これがこうなっているのですよ」
「そうなんだ…あ、じゃあここは!」
「それは――」
毎日のようにシーラとターニャは学校をサボっては木の下に集合していた
次の日も、また次の日も
お昼頃から話しては、家に帰り、眠っては、夜が明けて、朝が来る。
そしてまた会っては話して―
ターニャとシーラの関係は良好に進んでいた
その日はいつもより暑い日だった
いつも通りであればシーラが先に木の下に居るのだが、その日だけは違った
ターニャの方が先に木陰で涼んでいた
「ターニャ…そんな所で寝ていては風邪をひくのですよ…大体今日は暑いのです…汗が流れなくなれば体内の熱が…」
「ああ、シーラちゃん。来てたんだね!ちょっとウトウトしちゃってたよ!ははは!」
いつものようにターニャは笑顔を見せる
そして習慣としての読書をしようとシーラは本を広げた
「今日はどんなお話?」
「今日は『魔術での死者蘇生、魂呼びを現実的観点から見つめ…」
「今日はとびきり難しそうだね…」
「そうなのです…この本は私の知らない魔術用語が多く使われているのです…」
死者蘇生の魔術
それは現実的にはあり“得ない”
そもそも魔法と魔術の違い
魔法は個人の体内魔力を体内魔力回路と呼ばれる器官に流すことで炎を出す。水を作りだす。
そう言った事象を引き起こすもの
魔術は少し違う
魔法陣を形成し、儀式的な要素を取り込みながら行うものが魔術だ
魔術では大きな事象を起こすために扱う
乾燥した大地に雨を降らし、焼かれた森に緑を蘇らせる
それが魔術だ
「それなら…」
ターニャが何か言いかけた時
突然激しく咳き込んだ
「ゴホッゴホッ!!…ごめん…ゲホッ…最近調子が悪くて…」
「大丈夫なのですか?」
「すこしだけ胸が痛い…かな」
「…なら…少しの間目を瞑ってるのです…」
「え…うん、わかった」
ターニャは目を瞑る
だが、呼吸音はコヒューと嫌な音を立てている
「我、汝に命ず。彼の者に癒しの光を与えん。」
シーラは淡々となにか不思議な言葉を並べる
これは詠唱と呼ばれる魔法技術
体内魔力回路を活性化させ、魔法の発動を簡略化するための技術
「救済の光―ルクス・ソテリア…」
そうするとターニャの呼吸音も正常に戻ってくる
どこか顔色も段々と良くなった
「もう…目を開けてもいいのですよ」
「なんか少し楽になったかも…ありがとねシーラ!」
「これくらいお安いのです…ただ、周りの人には言わないようにして欲しいのです」
私が使ったのは治癒魔法…本来神職に着く人間しか扱えない力なのです…
神の教えを知ったことで、治癒魔法はさずけられると考えられているのです
シーラは周りから反感を買わないような立ち回りを心がけていた
神に従していないものが治癒魔法を使ってしまえば、神職のもの達の恨みを買うかもしれない
「さっきは何やったの?私にだけ教えてよ!」
無邪気な笑顔でターニャは尋ねた
「仕方ないのですね…今のは治癒魔法なのです」
「治癒…魔法?それって神官様とかがよく使ってる?」
「その通りなのです…魔法は単純なのです…どんなものでも原理がわかってしまえば扱えます」
「ええ!そんな事出来るの!?」
「はい。きっとターニャでも出来るのですよ…2、3年…もしかしたら5年はかかってしまうかもしれないのですが…」
「5年かぁ…ちょっと長いなあ…」
「そうですか?5年後なんてまだ10歳なのですよ」
「へへ…かっこいいな…魔法」
そしてまた本の話に戻っていく
夕刻もすぎ、ふたりとも家へと帰る
ターニャは家へ帰ると両親に今日の話をした
「今日もシーラちゃんと魔法の勉強してきたんだ!シーラちゃん凄くてね…私が咳き込んだらすごい心配してくれてね!…」
シーラも家へ帰ると真っ直ぐに自分の部屋へと向かった
「ああ、おかえりシーラ。今日はどうだった?」
「いっぱい勉強したのです…父さん、今日もこの本を借りても良いのです?」
「ああ!もちろん!俺じゃ全然わかんなかったからなあ…シーラは凄いな!」
「ちょっと!シーラ!ご飯はいいの?」
「今日はいいのです。ただ、夕飯の分を明日の朝に食べるので置いておいて欲しいのです」
「わかったわ…おやすみ!」
「おやすみなさい」
そそくさと部屋に入るとシーラは部屋の隅で考え出した
いつもこうだ
シーラは何かを考える時部屋の隅で縮こまっている
もちろん、今日のターニャのことを考えていた
あの呼吸音に咳の音…あれはきっと肺炎なのです…
傷や一時的な痛みを抑えれても病気を魔法で治すことはできないのです…
でも、それを伝えるときっとターニャの負担に…
考えたがターニャをどうにかする策は思いつけなかった
暫くベッドで横になるとまた本を読み出す
『魔法による病の治癒』について
シーラは友人としてターニャの身を案じていた
次の日、ターニャは来なかった
その次の日も、また次の日もだ
そして会わずに4日の時が流れた
久しぶりにターニャはシーラの前へ現れた
だが、ターニャの顔に血色感はなく死人のような見た目をしていた
ターニャはしゃがれた声でシーラに声をかける
「シーラちゃん…」
その声にシーラは思わず振り向いた
最近会っていないこと、以前の咳のこと
心配するには十分すぎる要因が出揃っていた
「…ターニャ…どうしていたのです?顔色も悪いのですよ?」
「ごめん…ケホッ…最近ますます体調崩しがちになっちゃって…でもシーラちゃんならどうにかしてくれるかも…とかおもっちゃって」
来たとは言ってもその日の日が暮れるような頃だった
いつもなら昼から来ていたのに、こんな時間に来た
それは体を動かすことさえままならないほど、彼女の体は病魔に蝕まれていることを暗示していた
「…全く…仕方の無い子なのです…」
そういうとシーラは以前のようにターニャに目を瞑るように言った
魔法本に書いてあった通りの詠唱を口ずさみ始める
「我、汝に命ず。生きるものに希望の光を。死するものに安らぎを与えよ。汝の力の根源たる我の願いに答え、その癒しの力を与え給う…」
以前よりも長い詠唱分
恐らくはより高位な治癒魔法
だがこれでも病の根源を取り除くことはできない
「ありがとう…すごい楽になったよ…!」
ターニャは優しく微笑む
だが、ターニャの声に生気は戻ってきていなかった
頭のいいシーラであるから気づいてしまったその事実
ああ、この子のこれは作り笑いだ。
顔色も前であれば戻っていたのに、今は何も変わってない。
それでもシーラは気付かないふりをした
ターニャにいらないストレスをかけることは彼女の負担を増やすことになることも分かっていたからだ
「良かったのです…ターニャは無二の友人。いつでも頼ってくれていいのですよ」
「うん…ありがと!じゃあ私は家に帰るね…親に心配かけたくないからさ」
「そうですか…お大事にするのですよ!」
「わかってる!シーラも体調崩さないようにね…!」
そういうとシーラは覚束無い足取りで帰路をたどった
だが、少し離れたところから咳き込む音が聞こえる
嗚咽混じりの咳がシーラの耳元に入る
やっぱりあの子はもう――
そしてまた夜が明けた
もしかしたらまた来るかも
その時は助けてあげなければ、と思ったシーラはいつもより早く、それでいていつもより遅い時間まで木の下で待ったが、ターニャはやってこない
同じように次の日も早くから居たがターニャの姿は見えなかった
何度も何度もシーラはその習慣を繰り返したが、ターニャの影はこれっぽっちをしっぽを出さない
死期を悟った猫が、飼い主から離れた場所でひっそりと眠るような―そんな感触をターニャの行動に感じた
一週間、二週間と続いていくうちにシーラは足繁く通っていた木の下に行くことは少なくなっていった
両親はなぜかと聞く
「最近は友達と会いに行かないようだが…どうかしたのか?」
「そうよ?なにか喧嘩でもしたの?」
「…いや、そんなことは無いのですよ…ただ、あまり会う機会が無くなっただけなのです」
「…それならいいんだが…」
シーラはそう言うと部屋へと戻って行った
「やっぱり心配ね…あのこ、元気が無くなってるもの」
「やっぱりそうか…ターニャちゃん?だっけか…おうちの方に尋ねてみるか…」
次の日の朝。シーラは木の下に向かった
家の中は集中力を損なってしまうので
自然のもとで本を読もうと家を出た
「あれ…ターニャ?」
そこにはターニャがいた
だが、以前のターニャと比べれば随分と違った
頬は痩け、腕はシーラの腕の半分ほどにまで肉が無くなっていた
「ああ…その声……シーラちゃん…?ごめん、あんまり目が見えなくて…」
ターニャはシーラが分からなくなるほどまでに視力が低下していた
それほどまでに体が衰弱していた
「はい…シーラなのです。随分と久しぶりなのです。最近はどうだったのです?」
「いやぁ…なんか体が思うように動かなくてね…行こう行こうとは思ってたんだけど…」
「そうなのですか…」
二人の間に気まずい空気が流れた
ターニャからは切ない雰囲気を感じさせる
「今日は少しだけ元気あったから…久しぶりに会いたいなってさ…」
「そうだったのですね…私も会いたかったのです…」
シーラはあえて触れなかった
幼い身でありながらこの異常な痩せ方
そして病魔
確実にターニャの命を蝕み始めているのは一目瞭然であった
ここで気休めの言葉をかけてしまえば、かえって悪影響だと思った
ターニャはカピカピに乾燥してしまった唇を開けるとガラガラな声で呟く
「いい天気だなぁ…こんな日がずっと続けばいいのに…」
「…大丈夫なのです…きっとこれからも続くのですよ」
「へへ…シーラちゃんは優しいね…これからもずっとシーラちゃんと話してたいよ…」
「きっとそばにいるのです…だから安心するのですよ…」
「へへ……そうだ…!シーラちゃん…私が咳き込んだ時に使ってくれた魔法…覚えてる?」
「覚えてますよ…それがどうかしたのですか?」
ターニャはふんわりと口角を上げて言った
「あの魔法…すごくあったかいきもちになるんだぁ…シーラちゃんと話してる時みたいで…なんだかうれしいきもちになるの…」
シーラは少し気まずそうに答える
「そうなのですか…たしかに、そうかもしれないのです」
「良かったら…またあの魔法…使ってくれないかな?」
その願いを断るほどにシーラの心は荒んでいなかった
天才ではあるが、彼女も幼い少女
友人を大切にするのは当たり前。
無二の友となれば尚更―
「では…また目を瞑って欲しいのです」
「うん…」
そしてシーラは詠唱を飛ばし、そのまま魔法を行使した
天才少女は5歳という年齢で詠唱破棄を身につけていた
それは友を助けるためにした、必死の研究の成果だろうか
「ルクス…ソテリア…!」
シーラは想いを乗せるかのように魔力を込めて魔法を放った
どこかから敵意のない視線を感じたが、そんなことよりも目の前の友のことだ
そうすると強ばっていたターニャの顔がほぐれる
「あったかい……ありがとう…シーラちゃん、無理なお願いを聞いて貰っちゃって…」
「このくらいいいのです…他にも何かしてもらいたいことがあったら言って欲しいのです…」
そういうとターニャは少し考えてまた口を開く
「じゃあひとつ聞きたいことがあるんだけど…いいかな…?」
「はい、いいのですよ」
少し恥ずかしそうな素振りを見せながらターニャはシーラにひとつの事を聞く
「シーラちゃんはさ…私の事好き?」
「ええ…もちろん…好きなのですよ」
「へへ…よかったぁ…私だけだったらどうしようかなって…」
シーラは感情が大きく揺さぶられた
まるで嵐の中の海のような
いつも静止した水面のようなシーラの感情が、荒波を立てた
その大きな動きはシーラの発言にまで影響を及ぼす
「当たり前なのです…!!私がターニャのこと…好きじゃないわけないじゃないですか…」
その通りだ
好きでもない相手のために足繁くいつもの場所へ通うなど、普通はしないことだ
「そっかあ…よかったなぁ……私も大好きだよ?…シーラちゃんのこと…これからも好きって言えればいいのになぁ…」
「そんな縁起でもないこと言わないで欲しいのです!!」
「仕方ないよ…私わかるもん…もうすぐ死んじゃうんだろうなぁって…」
「そんな…そんな事言わないで欲しいのです…ターニャはいつも元気で、私の読む難しい本にも興味を示してくれて、一緒に語ってくれて…これからもずっと一緒にいたいのです…私も…」
それはシーラの心からの本音だった
ただの友ではなく、心の底から好きな相手としてターニャへこの言葉をかけたのがシーラの言動からよくわかる
「でもだめだよぉ…私が居なくなった時に…シーラちゃんが私に依存してたら前に進めないよ…ほら、前読んだ本にも書いてあった…ちゃんと読んでたんだよ…」
「知ってるのです……知ってるのですよ…」
「だから…シーラちゃんは新しい友達を探すんだよ…私が居なくなってもちゃんと前に進めるように…ね?」
「そんな…でもターニャじゃなきゃ…!!」
「ダメだってば…はは…シーラちゃんは意地っ張りだなぁ…あ、そろそろ私は帰んなきゃだ…寝ないと少し辛いから…ごめんね…シーラちゃん」
「分かったのです…」
シーラは地面を見つめていた
そして木に目をやる
そこにはターニャとの思い出が詰まってる…ような気がした
離れていくターニャを見てシーラは涙がこぼれ落ちる
そして声を張り上げてターニャに叫んだ
それは彼女らしくない、激情のままに発する言葉だった
「毎日…毎日ここで待ってるのです!!だから…だから……また!ここで二人で本を読むのです!!もしかしたらまだ治るかもしれないのです!!ずっと待ってるのです!!…」
「ターニャ…!!!」
これまで言ったことの無い言葉
どう言えばいいか分からないシーラはぎこちなくもその言葉をかけた
「…またね!」
「――――――――」
ターニャは振り向き、何かを言っているのがわかる
だが、弱った体から出る声は自然の音にかき消されてしまった
だが、シーラにはわかった
ターニャの言っていた言葉の全てが
『さよなら…ばいばい』
そしてターニャは細い細い腕をこちらに見えるように高く揚げ手を振っている
シーラの視界は涙で滲み、あまり見えてはいなかった
だが、シーラは手を振り返した
もしかしたら―これで最後なのかもしれないから…
ターニャが家に着いた頃、何やら父親が隣の家の主人と話をしているようだった
だが、ターニャがそれを気にかける余裕などない
すぐに自室へと戻るとベッドに潜り込み、大粒大の涙を零した
誰にも届かないような声で、だが、その声に籠った感情は確かなものだった
「嫌だよシーラちゃん…死にたくないよぉ…助けてよぉ…」
気丈に振舞ってはいたが、自室にこもれば一変
そこにはか弱い少女の姿が確かにあった
シーラは家に着くと、食卓に座るが、どうにも食事が喉を通らない
ほぼ食べずに食卓を降りると、そのまま書庫へと向かう
父の書庫にある神秘的な魔法本の数々
魔力回路と臓物、病の関連性
魔法による抗体獲得の術
魔術によってもたらされる奇跡の数々
シーラの父は神秘を追い求める人間だった
その感性はまだ子供のままと言ってもよい
“神秘”つまりはただの作り話か増長された噂の数々
それが奇跡として独り歩きした結果の産物
賢いシーラにその事が分からないはずもない
だが、一抹の希望にかけ
まだどうにか出来るのなら何にでも縋ろうという気持ちで本を読み漁った
夜が明けると真っ先に木の下に向かう
当然のようにターニャは姿を現さない
次の日も、次の日も次の日も次の日も―
早くも一週間が経つという時だった
ある心地よい朝日が村を照らした日
シーラは想像した
またターニャがみたらきっと喜ぶだろうなぁ
そんな時だった
朝早い時間から家に客人が尋ねてきた
一人の若い男だった
その男は言った
「シーラという女の子がいませんか?」と
父は農作業に早くから出ており、家にはおらず
母と二人きりだった
シーラは食事の支度をする母の代わりにその男の問いかけに答える
だが、ちゃんと警戒はしていた
まるで自分ではないかのように振る舞う
「はい…いますが、一体どうしたのですか?」
「君はお子さんかな…いやぁ…すこし複雑な話でね…良かったら親御さんと変わってくれないかい?」
「分かったのです」
そしてシーラは母を呼ぶ
母の代わりに料理の火の番をしていると話し声が聞こえてきた
シーラ、つまりは自身の話なのだからよく耳に入った
だが、それは知りたくもない現実だった
「どうされたんですか?うちの子に何か用でしょうか?」
「いや、私の用事…では無いのですが…」
シーラは早くも嫌な予感を感じ取る
「どちらかと言えば、私の娘の話でしょうか…」
「あなたの娘さん…ですか?…!もしかして、私の娘がなにか粗相を…!?」
「いやそんなことは…!ただ、娘たっての希望でね…」
「うちの娘が“生前”仲良くしていたのがシーラさんなんですよ」
―――ターニャは亡くなった




