#7 剣への未練は仲間のために
私には母と違い剣士の才能がない
ならば、人より多く鍛錬すればいい
私の足は母のように速くない
ならば、人より速く走れるようになればいい
私の体は母よりも脆い
ならば、トレーニングを重ねればいい
私は―――
「…!!ここは…」
サクラはこの光景に見覚えがあった
昔に来たダンジョン
それに
「サクラ!なんで立ち止まってんだ?行くぞ!」
「そうだよぉ〜!早くしなきゃ置いてけぼりだよぉ!
「…そうか、すまない。今行こう」
昔の…仲間達
「それにしてもすげぇな!サクラの強さはAランクにも届くんじゃねぇか?」
「…いや、私なんてまだまだだ。それにラグーンの力も相当なものだ。重装備でありながら、その膂力。天賦の才と言えるだろう」
「そうですねぇ…でもやっぱりサクラさんの剣技は頭ひとつ抜けてますよ!自信もってください!」
「おいシノ!それじゃあ俺が弱いみてぇじゃねえか!」
「そんなこと言ってないですよぉ〜!」
「ははは…愉快なことだ…」
サクラは昔、よく笑う子だった
父に反対された剣士となるために、家を飛び出し、19歳の身で収集者となった
初めて出来た仲間たちとそれなりの幸せを掴んでいた
この夢の中では、サクラは昔のように笑える
今はなぜ笑うことが少ないのか
それはまだ先にわかる話―
「このダンジョンはまだ最近見つかったばっかでな…ボスは騎士の亡霊らしいんだ…」
「ええ…なんか怖いですよぉ…」
「はは、あまり心配しなくても、その時は逃げればいいさ。」
苔むした石造りの直線をずっと進む
出てくる魔物は死霊系―ゾンビやスケルトンといったアンデッドたちが巣食う場所だ
この場所で死んでしまった収集者は、ダンジョンの魔力によりアンデッド化する…ラグーンはそう言った
レリックシーカーのサクラは盾を使って仲間を守る役
敵からのヘイトを管理するその役職の名は
<アトラクター>
敵から仲間を守る盾となり、仲間の損害を最小限に抑える
サクラはそのアトラクターとしての才能を持っていた
サクラの生まれ持った固有魔法
『ヘイト・グラヴィタス』
敵意を全て自身に収束し、敵からの攻撃を全て引き受ける
剣士としての才能がないと自身を責め立てるのは、このことから来ている
だが、剣士への憧れだけは唯一無二の強度だった
収集者となり、剣士として成果を出せば父も認めてくれる…
その思いを胸に彼女は今日、ダンジョンへと来たのだった
「…おっ!サクラ!!敵がきやがったぜ!」
「怖いですねぇ〜!」
「おい!シノ…!聖霊魔法を付与してくれ!」
シノは特殊な魔法。
聖霊魔法の使い手だ
聖霊魔法は味方の武器や身体に付与することで身体機能の向上、そして対魔の力を得る
アンデッド系の魔物であれば、尚更効力を発揮するだろう
「しょうがないですねぇ…」
「…っしゃ!!やんぞ!…次こそはサクラよりも倒して…!」
その時、ラグーンの一歩前へ、サクラが出る
そしてサクラの力が使われる
『ヘイト・グラヴィタス…!!』
「あっ…ずりぃ!!」
その瞬間、迫り来るスケルトンたちはサクラの目の前へと走っていく
先程までバラバラな動きで、バラバラに迫ってくるスケルトンが、まるで統制の取れた軍隊のように動いた
サクラは鞘から剣を抜く
すごく使い込まれた
それでいて、管理の行き届いた鋭い刃を表に出す
サクラの剣技は流れる水のように緩やかでありつつも、力強さを感じる華やかなものだった
振り下ろされる剣は正確にスケルトンの頭を砕き、骨を切り裂いていく
―あっという間に、スケルトンの大群はバラバラな骨となった
「ふぅ…終わりだな。」
「おぉい!!お前のせいでシノの聖霊魔法が無駄になっちまったろうが!!」
「ははは!すまなかったな!だが…強大な一体の敵を目の前にすれば、私は無力だろう。その時こそ、期待しているぞ。ラグーン」
サクラの固有魔法『ヘイト・グラヴィタス』は一見すれば万能な魔法のように見えるが、実は違う
ヘイト・グラヴィタスが一番効力を発揮するのは対大群の時となる
強大な魔物。それこそAランクを超える魔物や知能のある魔物に対しては効力を発揮しない
知能のある敵は戦闘の場での優先順位を見定める力がある
「まあ…そういうならわかったけどよぉ…」
「やっぱり…サクラさんのほうが強いですね!!」
「おぉいシノォ!!」
シノとサクラはふたり顔を見合わせ、大きく口を開ける
「「ははははは!!」」
そんなこんなで平和なダンジョン攻略をしていた
そして早くもダンジョンの最奥
“終幕の間”へと着いた
「いやぁ…初めてボスがいるダンジョンを攻略するな…」
「そうだな。だが、ここで私の魔法は通用しないだろう。いい加減、期待に答えてはくれないか?」
「てめぇサクラァ!!…言われなくてもわかってるつーの…」
「ははは!すまなかった…少しからかっただけだ」
「ちっ…都合いいやつ…」
「さ、お喋りはこれまでにして…ボス戦前の準備をしますよぉ〜!」
そうして一行は準備を整える
聖霊魔法を付与し、装備を確認。そして、扉を開ける
扉を開けた先には、玉座が見えた
玉座は松明でライトアップされている
そしてそこに座している魔物。
それが、ここの『主』なのだろう
赤い瞳がこちらを見つめているのがわかる
その時、重く歪み、嗄れた声が聞こえた
『挑戦者たちよ…貴様らを待ちわびていた。また戦いの場に戻れたこと…喜ばしいぞ。』
この魔物は知性があるようだった。それも高度な。
「おい…こいつしゃべるぞ!」
「これは…手強い相手そうです…」
「ここの難易度はCと聞いたが…これではまるで…」
B+レベルのダンジョン…!
(私たちでは実力不足…!ここは一旦撤退を…)
「何を呆けている?…ならば、こちらから行くぞ。」
そのときだった
円形の部屋全体に松明が点り『主』の全貌が見えた
「「「…!!!」」」
その魔物は巨躯に合わせ、重厚な甲冑を身につけていた
そして手に握られるのは極大剣
当たれば、即死。
死の空気を漂わせるその魔物は名を名乗った
「名を名乗る前に戦いを始めるのは無粋か…では名乗りを上げよう。我が名はセルジュ・アルガス。誉れ高き騎士である。」
「丁寧に自己紹介してくれやがって…どうする?サクラ」
「これは少々まずいが…ここまで礼節を尽くされて、逃げるのも私の意思に反する…」
「…!!だよなぁ!じゃあやるっきゃねえか!」
「もう〜…面倒な仕事だなぁ〜!」
先制したのはシノの魔法攻撃だった
魔力によって地に落ちる砂をかき集め、大きな石を作り出した
そのままセルジュに向かって高速の石弾を撃った
それに合わせ、サクラが進む
魔法使いであるシノを守るためにラグーンは剣を大きく防御の形に構えた
「ふふ…面白い…!連携の取れた攻撃だ!!」
セルジュに石弾が当たるという時
避ける仕草は何もない
ただ、目の前のサクラと戦うために剣を構える
その時だった。
構えを取る動きの流れのまま着弾寸前の石弾を切り裂いた
その技は達人の領域であった
それでいて極大剣を軽々しく扱う膂力
全てにおいて高水準
「あいつ…!」
「やばいですぅ〜!!」
だが、サクラは至って冷静だった
石弾を切ったが、あの石弾の威力は相当なものだ
少しセルジュがよろけたことをサクラの眼光は捉えていた
そのまま強く踏み込む
「はぁああああ!!」
その斬撃は完璧にセルジュを捉え、剣を持つの腕の腱を切り裂く
はずだった…
あのサイズ感からは想像もつかない軽やかなフットワークでサクラの一撃を避けたのだ
「いいではないか!貴様!名乗りを上げろ!」
そして激しい剣戟の交酬
その最中にも、剣士同士の対話は続く
「私の名はサクラだ!よく覚えておけ!」
どちらも決定打と言えるものは無いが、スピードの点でサクラはセルジュを上回っていた
少しずつ少しずつ、セルジュの甲冑に傷をつける
その合間にも、シノのサポートは続く
ラグーンは戦況を見極め、シノが立ち回りやすいように先回りしてポジションを変える
連携力は相当なものだ。
上澄みの収集者とも渡り合えるほどの連携度合いといえた
だが、それを見逃すほどにセルジュは甘くなかった
「うむ…やはり、彼奴等が邪魔だ」
そう言うと剣をラグーンとシノの方向へと投げる
騎士であるセルジュが剣を投げ出したこと、そしてラグーンとシノの身を案じたサクラの集中が一瞬途切れた
「ふっ…未熟者めが」
そこの隙をつき、セルジュはサクラに強烈な前蹴りを食らわす
サクラははるか後方へと突き飛ばされ、壁に激突した
「かはぁっ!?」
なんという重い蹴り…!!一分も隙がない!
遅れてサクラは叫ぶ
「…!ラグーン!その剣を弾け!私の期待に応えろ!」
「分かってる…よっとォ!!」
そしてセルジュの剣を正確に上へと弾く
これによってセルジュは次の攻勢への動きが遅れる
そう思った
いや、最良の判断ではあった
だが、相手が悪かった
セルジュは高く飛び上がるとそのまま剣を握った。
垂直に落下しながら、極大剣を振り下ろした
セルジュの膂力に、重力が合わさった最大の一撃
大きな土煙をあげる
二人の姿が見えない
如何に重装備のラグーンと言えどタダでは済まない
だが、サクラはラグーンを信頼していた
この程度でラグーンは死なないと
その期待は裏切られることになる
ラグーンは地面に押しつぶされ、ぺしゃんことなっていた
押し花のように
セルジュは機転の利く騎士であった
重装備のラグーンを殺すには切るだけでは不十分
だからこそより確率の高い方法で殺すこととした
セルジュは刃ではなく大剣の側面をラグーンに叩きつけることで、その圧力をダイレクトに伝えるというのを一瞬の思考時間でやって退けた
「…弱いな…」
その光景を見たシノは叫んだ
「え…え…あぁ…あぁあああああ!!」
「次は…お前だろう。貴様は厄介だ」
シノに魔の手が掛かる
そこでサクラは一か八か固有魔法を発動する
「やめろぉぉぉおおおおお!!!!」
ヘイト・グラヴィタス…!!
だが、その行動虚しく。
ヘイト・グラヴィタスはセルジュには効かなかった
ある程度の知能…所ではない
彼の知能は人間のそれと同等だ
そして無情にもセルジュはシノに刃を振り抜いた
だが、危機一髪でその剣をサクラは受け止める
その衝撃は地面を割るほどだ
常人であれば、まず足の骨が粉砕されているようなところだろう
後ろを振り返り、シノの名を呼ぶ
「シノ…!一旦後退して立て直すぞ!!」
だが返事は無い
「シノ…おい!シノ!」
「無駄だ。死んでいる」
後ろを振り向くとシノの脳天には短剣が刺さっていた
極大剣にのみ目が行き過ぎたことで、他の暗器を扱う可能性を想定していなかったのだ
セルジュは暗器を抜き、サクラの心の隙を見極め、虚を突いたのだ
だが、それはセルジュにとって悪手だった
サクラの本分はその優しさにある
彼女の優しさは人を守る時に発揮される
それこそ『ヘイト・グラヴィタス』のような―
だが、守る相手が死んでしまったのなら?
彼女はどうなってしまうのか
「ああ…私のせいだ…私のせいでこんな…!」
その時やっと感じた違和感
これは、私の過去のトラウマ…
なぜ、こんな夢を見る
こんな夢見たくもないのに
私はただ奴らと幸せに…
そんなことを考える暇などセルジュが許すはずもない
「サクラ…と言ったな。貴様の名は覚えておいてやろう。私が死ぬその日まで…」
だが、この言葉がサクラの心に火をつけた
「ふふ…何騎士ぶっているんだ。外道め。」
セルジュは首を傾げた
「なに?」
「か弱いものを率先して狙う騎士などがどこにいる…剣技に目が行き過ぎて、少々取り乱してしまった。貴様のような外道は騎士とは呼べんな。」
「貴様…!!私をそこまでコケにするとは…万死に値するッ!!」
怒りのままに放たれた一撃
だが、サクラはそれに合わせ側面を剣で叩く
剣というのは性質上、横からの衝撃に弱く、脆い
そしてセルジュの大剣は砕かれた
次にサクラのとった行動は狂人だと言える
わざわざ終幕の間の扉を開け放つと、魔法を使う
「私と共に死のうか…セルジュ……<ヘイト・グラヴィタス>」
魔法発動直後、とてつもない速度で魔物たちが終幕の間へとなだれ込む
どちらも満身創痍。だが、サクラは魔物たちを―ヘイト・グラヴィタスを使い続ける
絶え間なく侵入する魔物を、セルジュに消しかける
スケルトンという低位の魔物は、敵味方関係なく襲う
それが魔物同士であってもだ
骨という特質を持つスケルトンはセルジュの甲冑の隙間からセルジュの本体へと攻撃をする
甲冑が段々と地に落ちる
そしてとうとうその身が顕になった時
まだ少し残っていたシノの聖霊魔法の魔力を全て注いでセルジュへ一撃を放つ
その一撃はセルジュに致命傷を負わせた
アンデッドであるセルジュに聖霊魔法は特攻
セルジュは体の内部から浄化され、だんだんと崩壊していく
その力がスケルトンにも伝播し、スケルトンですら消えていく
「この私が…まだ戦場でやり残したことが…!!」
そしてセルジュは灰となって消えた
サクラは二人の元へ駆け寄る
だが、もう遅い
「ああ…二人とも……なんでこんなことに…!」
サクラは分かっていた
自身の現状、剣士としてどの程度のレベルにいるのかを知るために逃げるという選択をとらなかった
それがこの惨事の要因であると
「クソっ…!クソ!…私がもし…守ることに専念していたら…盾を持っていれば守りきれたのに…!」
その時だった
骨笛の音が後方から鳴り響く
サクラは咄嗟に「だれだ!!」と叫びながら振り向く
そこには一面が白の異空間が広がっていた
そして目の前には
「ああ、ごめんサクラ。びっくりさせちゃったかな?」
「え…何故……母上…?」
どうしてまた母上が目の前に…?
サクラは困惑した
目の前の光景は人一人の頭をパンクさせるには十分な情報量だ
サクラは母の体に気遣いの言葉をかける
「母上。体は大丈夫なのですか?」
その言葉と相反し、母の顔には血色感があり、健康そうだ
これにもサクラは疑問を呈した
「…母上は病で……」
今この世界は死後の世界なのでは?
サクラはそう錯覚した
死したはずの母が今目の前にいるのだから無理もない
母は優しくも気高い剣士だった
凄まじいスピードと判断力、そしてパワー
どれをとっても一流の剣士と言えるだろう
母は私が剣士を目指すと誓った時の目標でもあり、心の“支え”でもあった
すると、夢の中の母は言った
「サクラ、剣の稽古を付けてあげる」
その言葉にサクラは歓喜する
夢の中だとしても母の剣をもう一度見られるのだから、当たり前だろう
「いいのですか…して、一体何を…!」
その時、サクラの目の前に剣を突き出した
重い雰囲気を放ちながら言った
「…殺し合いよ」
サクラは唖然とした
母がこんなことを言ったことなどない
夢の中だとしても何かがおかしい
記憶の想起から一転し、サクラの知らない母の姿がかいま見えた
有無を言わせず、母は剣を手に取りサクラの喉元を切り裂かんと走る
「母上…!?何故ですか…!」
「きっかけは些細な喧嘩…そこからだんだん大きくなって…最終的には親が子を…子が親を殺すことはそこまで珍しい事じゃない…悲しいことにね」
「喧嘩と言っても、私は母上に何かをした覚えもされた覚えもありません…!」
「さあ…そんなに悠長に喋る暇があるの?」
そういうと母の踏み込みはグッと強くなる
地面が叩き割れんばかりの力
瞬時にサクラの眼前から消える
(…!!速い…どこにいった…!)
「後ろよ…」
優しい声で囁かれる
そして記憶が途切れた
また目を覚ますと母は目の前で待っていた
「やっと目を覚ましたわね…」
なぜ、母は私を殺さなかったんだ?
「続きを始めましょうか」
サクラは対話で解決しようと口を開く
「まってください母上…!こんなことをしてなんの意味が…!」
だが遅かった
またも強烈な踏み込みを見せると、母の姿はもうサクラの背後にある
「喋る暇なんてないのに…分不相応ね」
そしてまた記憶が途切れる
そしてまた起きる
記憶が途切れては起きる
何が起こっているのか理解が追いつく暇もない
だが、話を聞いてもらうためには、母上に一度勝つしかない
サクラはそう直感していた
次起きた時、サクラの目には覚悟が宿っていた
「母上…!私も全力であなたに挑みます…だから話を…!」
「剣士なら戦いの中で対話をしなさい。剣を扱う者なら剣で対話くらいできるでしょう?」
それは母なりのアドバイスだったのかもしれない
想いをのせた剣戟はただ振るだけに比べ、数段威力が上がる
激情に駆られればそれに応えるように力が増し
悲しみの中で振るう刃はどこか哀愁を漂わせる
そして、最後の戦いが始まった
開始早々、母は姿を消す
何度も見た技
足の力を一点に集中させ、自身の身体をとてつもない速度で前進させるその技
ならば、母は後ろにいる
サクラは後ろに無我夢中で剣を振り抜く
その刃を虚しくも空を切る
「くっ…!」
「がら空きよ!!」
母はがら空きの胴に刃を滑らせようとする
カンッ!
と高い金属音が鳴り響く
間一髪、サクラの防御が間に合う
そうするとサクラは強烈な蹴りを母に見舞う
セルジュの機転の利いた対人戦闘の術だ
この夢の中で思い出すことのできたサクラの強み
それは―
サクラに齎された恩恵
母からの遺伝
常人ならざる力
大地を割るほどの脚力
その力で母の腹を蹴りあげる
母の体が地から数メートル浮かされる
「くっ!!」
着地に合わせて切り込もうと、剣を上に構えた
だがその時だった
またもや、サクラは足に力を込める
人を数メートル浮かすほどの豪脚、その跳躍力は人の域を超える
バン、と大きな音を立て、サクラは宙へと舞った
そして母の身を切り裂こうとする
無我夢中に、母という目標を倒す
それだけの為に動いた最善かつ、最適な戦法
母は剣を上へと構えていた影響で防御の反応が遅れる
だが、母も並大抵の剣士ではない
その実力や武勇伝は数知れず、収集者となっていれば大きく名を馳せたであろう剣の使い手
宙に浮いたまま母を剣を手放すと、また空中でキャッチする
サクラに合わせるように刺突の構えへと一変する
一気にサクラに死の気配が絡みつく
だが、サクラはそんなことを気にも留めない
放たれる母の刺突
「はぁ!!」
サクラはそれに合わせ、身を翻した
刺突が振り抜かれるタイミングに合わせ、身体を翻したことで紙一重で躱した
その回転の勢いを止めることなく、サクラは剣を振り抜いた
着地と同時に後方からは母であろう鈍い落下音が聞こえる
サクラは母の元へと駆け寄った
「母上…!!」
そうすると母は苦しそうにするも笑顔を作る
「サクラ…お母さんはあなたの成長が見れて嬉しい…」
「母上!そんなことよりも止血を!」
「これはダメよ。感覚でわかる…死ぬ時の痛み…」
「そんな…!」
「ごめんねぇ…こんな方法でしか助けてあげられない不器用な母で…」
「母上!嫌です!死なないでください…!!」
「今あなたは何者からかの魔法の影響で夢を見ているの…甘い記憶を掘り起こしてね…」
「…どういう事ですか?」
「でも辛い過去も掘り返す邪悪な魔法…あなたにこれ以上辛い思いをして欲しくなくて…」
シェパルグリムの幻覚を打ち破る方法は、過去に心の支えとなったものを自身の手で殺すことだ
エレナはそれを知らずにたまたま条件を達成し、眠りから覚めたが、サクラはそうもいかないだろう
義理堅い性格に、憧れの目標でもある母を殺すことなど断じてできることでは無い
「だから…貴方が私を殺せるほどに集中させる必要があった…だから…」
その為に母は何度もサクラを攻撃した
これは今は亡き母が記憶を辿り、サクラのために具現化したもの
シェパルグリムの魔力に依存しない本物の“母”の姿だった
「そんな…でも母上…!まだ話したいこともいっぱい…!」
「いいの…あなたにはいま仲間と呼べるにふさわしい人がいるでしょ?」
サクラはエレナたちのことを思い浮かべた
もしかしたらみんなは今窮地に立たされているかもしれない
私と同じように幻覚の中で惑わされているかもしれない
助けなければとサクラは思った
その決意は顔に滲み出ている
それを察してか母は言った
「それでいいの…今の仲間の元に行ってあげて?」
「…分かりました…ありがとうございます…!母上!!」
「いってらっしゃい…サクラ…」
そう言うとサクラは幻覚から解き放たれ、目を覚ます
「…サクラ……愛してる…」
目を覚ますと同時に戦闘を繰り広げるセラフ、それに加勢していくエレナの後ろ姿が目に入る
サクラは盾を手に取ると、何も言わずに前に出た
すると二人は
「サクラ…!目が覚めたんだ!」
「サクラ…すまないが、説明してる暇は無い。手を貸してくれ!」
「ああ…わかっている…」
幻覚の中で思い出された苦い記憶
ダンジョンではいつ仲間が死ぬか分からない
アトラクターとしてのサクラの決意は固まった
剣への未練はもうない
今は皆を守る盾として―!
「私が責任をもってお前たちを守ろう。」
その言葉には、確かな騎士道が宿っていた。




