表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

#6 わたしとカナンちゃん!

―――難易度B 中位ダンジョン 『羊道の巣穴』


このダンジョンはある一体の怪物によってその姿を変えてしまった


遊牧地帯に伝わる伝承とダンジョンの魔力の融合体

人を惑わす夜の主。――シェパルグリムの手によって


彼が手に持つ骨笛を吹いた時、人は深い眠りに落ち幻覚を見せられてしまう

それは甘美な幸せなひとときを追体験する極楽の夢


だが、本質は違う

幸せの後の暗い絶望こそ、人の心を壊す狂気を孕むものだ


シェパルグリムは甘美なひとときのあと、その者が一番忌避する記憶の最奥。

何重にも付けられた鍵を突破しなければたどり着くことの出来ない深いトラウマを呼び覚まし、絶望へとたたきおとす


レリックシーカーは全員、ダンジョンの道半ばで眠りこけていた

一人はヨダレを垂らしながら、一人は唇を噛み締め、また一人は頬を弛め、そしてもう一人


セラフは果てしなく白い空間へと立っていた

終わりの見えない広い空間

どこか懐かしいような雰囲気を併せ持つ不思議な場所で、セラフはどことも言わずに歩き回っていた


―ここはどこだ。

最初に見た白い場所に似ているが、少しだけ違う

今は体も動かすことが出来るのが何よりの証拠


その時、後方から声が聞こえる

女神の声だ

セラフは困惑していた

先程の記憶


神と自分の因縁

生みの親


多くの思いが絡み渦巻く中

女神の声はセラフの心の奥にまで響く


『セラフ。早く起きないと、みんなが壊れちゃう』


「起きないとって…一体…!」


『今回は私が助けられるからいいけれど、仲間を守るために成長しなさい』


どこか気が遠くなるようだ

このまま去ってしまったら、もう話を聞けないかもしれない


「待って!まだ話が…!」


『大丈夫。あなたの1番そばにいるのは、私だから』



そうして僕は深い眠りに落ちるかのような感覚になった

だが、逆だった


「…ここは…!?」


そこには眠った仲間達の姿

その顔に影はなく、どこか満足気な表情をしていた


「僕と同じように、昔の記憶をたどっているのか…?でもそれなら目覚めても…」


そこで思い出す

女神の言葉

『私が助けられるから』


セラフは女神の力によってシェパルグリムの魔の手から逃れることに成功した

だが、セラフはまだしらない。

シェパルグリムの力について


「一体何が起きているんだ…」



みんなが皆、同じ時の流れの中で、ずっと夢を見ていた

―――

「エレナ〜!今日は森に行こうよ!」


「いいよ!でも森って危なくないかな?」


「最近は魔物もいないから安全って聞くよ!」

そしてカナンとエレナは森へと入っていった

木漏れ日が差し込む森

風に揺れる木々

鳥の声も聞こえてくる


平和な空気

ピクニック日和と呼ぶにふさわしい


子供ながらに虫を集めたり、どんぐりを拾ったり

楽しい日々


毎日のようにエレナとカナンは森へと通うようになった

だんだんと体力も着いてきて、少し遠いところにも行けるようになったとき

エレナは思った

「あれ…もしかしてこれって…」


「どしたの?エレナ」


「あ…いや、なんでもないよ!」


カナンは既に亡くなっている

エレナと森で遊んでたところを不運にも魔物に襲われた


カナンには魔法の才能がある

魔法を使えるカナンはエレナに助けを呼ぶように行ったが、それは口実

実のところはエレナに生き残って欲しかったため逃がすために助けを呼びに行かせたのだ


そして大人を引連れ助けに戻ったとき

カナンは体を上下に裂かれ、そこには上半身とちぎれた腕が転がっていた


エレナは毎夜毎夜眠れぬほど泣いた


エレナは弱い女の子だった


これ以上病んでいては、カナンの好きなエレナでいれなくなる。天真爛漫なエレナでいれなくなる。

そう思ったエレナが導き出した答え


明るく元気に振る舞って、他人に心配をかけない

そして、魔物から友達を助けられるくらい強くなる


これがエレナの生きる目標となった


未だにエレナはカナンの影を追ってしまっている時がある

この幻覚は対象者の幸せな記憶を追体験させる力だ

それだけ聞けば虚しい能力だと思うかもしれないが、本当の地獄はここからだった


急にまばゆい光が射し、エレナの視界を奪う

カナンと繋いだ手が離された感覚でエレナは叫ぶ

「カナン!!…」


「どうしたの?エレナ、お友達の名前?」


「エレナは元気な子だなぁ…!」


二人で笑う男女2人

口ぶりからしてエレナの両親だと分かる


「お母さん…それにお父さんも…」


エレナの両親は幼少の頃に他界している

しかも、魔物に襲われて


その時もエレナは泣き続けた

協会の運営する魔物によって独り身となった子供を引き取る施設に入ったあとも毎夜のように泣いていた


そこに手を差し伸べたのがカナンだ

カナンは不思議な子で、元気を他人に分けれることの出来る人間だ

それは両親を失ったトラウマを持つ子供たちにとっては太陽のような存在だった


エレナはカナンと遊ぶようになってから以前の明るさを取り戻した


「エレナはやっぱり笑顔な方が可愛いよ!!」

カナンはいつもそう励ましてくれた

両親のことも気にかけてくれるいい子だった


エレナは吐き気を催した

両親はカナンと違い目の前で殺された

そのトラウマがフラッシュバックする


両親を殺したモンスターはオークだった

それ以来エレナの中でオークという魔物は大きな傷として残り、心を蝕み続けている

以前、セラフがエレナを助けた際、神速のスピードと剣戟を持つエレナが逃げることに徹していたのはそれが理由だ


吐いてしまったエレナに両親は駆け寄る


「大丈夫!?エレナ!」


「どうしたんだ!?急に吐くなんて…なにか具合が悪かったのか…?」


エレナの吐瀉物を母親はそそくさと拭く


「ごめん…私ちょっと具合悪いみたいだから、もう寝るね…」


部屋に行くと鼓動がよく聞こえる

早まる脈に体がドクドクと打たれている


エレナの表情に生者としての活力はすっかり消えていた


エレナは部屋の隅へ行くと震え出した

すすり泣く声が聞こえる

両親に心配をかけないように、最小限抑えた泣き声でも、薄い壁越しには聞こえてきそうだ

それほどまでにエレナの心の傷は深かった


いつも、その傷を感じさせないほどに取り繕う彼女

その気苦労は想像もできない

寝れない夜も多かったろう

だが、もう大丈夫だとエレナは思っていた

最近ではもう両親の事は忘れられていた

優しい両親のことを誇りに思い、悪い記憶については仕方の無いことだったと割り切った


だが、その先に来た絶望

心を入れ替え、再出発し、そして今まさに幸せな道を歩もうというところで現れた絶望


最早、エレナはこの夢から覚める気力など持ち合わせていなかった。



一刻も経とうというのにまだ悲しみは終わらず、涙が枯れるほど泣いた

目元は赤くはれ、まるでチークを塗ったようだ


そんな時だった

もう涙が枯れ、鼻水だけが絶え間なく出るくらい泣いた時だった


大きな足音が地を揺らしながら近づいてくる

エレナは咄嗟に身を動かす、父親の剣を手に取って、扉を開けてオークを迎え撃とうとする

それはエレナのトラウマを乗り越えようとする意志の現れだった

これが現実であれば、彼女はトラウマを乗り越え、成長を遂げるだろう



だが、ここはもうシェパルグリムの胃の中だ――



「記憶が正しければオークはここから来るはず…」

剣を強く握りしめた


だが、エレナが玄関をあけた音で、父親は起きてきた


「エレナ、どうしたんだ?具合が悪かったろうに、こんな時間に動いても平気なのか?」


「ああ…ごめん…もう平気…だけどお父さん!さっき近くで…!」


その時、両親の寝室から轟音が響く


「なんだ!?」


父は母の身を案じて寝室へと一直線。

武器も持たず、何が待っているのかも確認せずに寝室へと突入する


エレナも父に続いて寝室へとはいる

そこには記憶よりも数段大きいオークがいた

寝室の壁は破壊されており、母の姿はない

だが、オークの足元へ目をやるとベッドがある


オークが壁を壊した時に飛んできた瓦礫に頭を打たれ、死んでいた


だが、エレナの記憶とは異なった

エレナの記憶では、玄関先にオークが現れ、父親が応戦しようとして殺され、母はエレナを死なせまいと、地下の食料貯蔵庫へと押し込み、殺された


地下の扉の小さな隙間からエレナは一部始終を見ていた


だが、こんな展開知らない

寝室にオークが入ってくるなんて予想外だった

父は母の頬に手を添えながら涙をこぼす


「…そんな…なんでこんな…」


だが、魔物がその隙を見逃すはずはない

父は『今回』も目の前で殺される


オークは心神喪失状態の父に拳を振り上げる

「やめて!逃げてお父さん!!」


その声は無慈悲にも届かない

ゴチャ、と骨を砕く音と、血が吹き出すような音が混ざった不協和音が耳の中を支配する


また、目が眩むほどの光が現れた

真っ白な光に包まれてエレナは叫ぶ




「お父さん!お母さん…!!」


「わぁ!!びっくりしたぁ…突然叫んでどうしたの?エレナ。またお父さんお母さんの夢でも見ちゃったの?」


「え…カナン?」



まだまだ繰り返される幻覚地獄

何度繰り返されるのか

それを知るのはシェパルグリムのみ


伝承は大きく広がり、ダンジョンの増大した魔力は言霊を取り込んだ


シェパルグリムは伝承以上の傑物となってしまっていた。


だがエレナの傷ついた心を癒す鍵は『カナン』のみ

エレナはまたもこの甘美な幻想に飛びつくしか無かった


「そうなの…カナン。私嫌な夢を見ちゃって」


「可哀想なエレナちゃん…教えてごらん」

そして優しく抱きしめる

エレナは分かってきていた

これが何者かの力によって操作された幻想であることが

そもそも過去へ戻ることがありえない事象

疑問には思っていたがシェパルグリムは心の弱みにつけ込む

カナンというエレナの心の“支え”

それはエレナにとって現実でも妄想でも良かったのだから




夢に現れるカナンはいつも走って消えていく

でも今はこんなに近くにいてくれる…触れれる…

それなら私はもう…



エレナの心に静かなヒビが入りだした

心が割れたら最後。

この幻想から抜け出すことは出来ない

天国と地獄を未来永劫、死してもなお見続けることになる

それでもエレナはこの幻想を選んでしまった



骨笛の音がまた、低く響いた



「カナン!今日は何して遊ぶ?」


「最近エレナはずっと私にべったりだなあ…でもいいよ!可愛いエレナちゃんの頼みならね!」


そしてまだ穏やかな日々を過ごす

だが、またその時は来る


「あ、今日は森に行こうよ!」


咄嗟にエレナは叫ぶ

「ダメ!!」


「…え?…なんで?森に行くくらいいいじゃん…!エレナのバカ!」

そう言ってカナンは自分の部屋へと走った

エレナはしまったとおもい、その背中を追いかける


「カナン!違うの!今のは間違えて…!」


その時、骨笛の音が鳴った


刹那、空に穴が開く

カナンは立ち止まって穴を見つめる


「なに…あれ?」


嫌な予感を感じとったエレナはカナンを助けようと走り出す

だが、子供の体では今のエレナのようなスピードは出せない

そして、穴から黒いモヤが落ちてきた

いかにも邪悪なものであると言わんばかりの瘴気にエレナは噎せ返る


カナンは依然、その場を動かずに穴を見つめ静止している


エレナ叫んだ

「逃げて!カナン!」


その時だ。

なにか巨大なものの腕―黒く、尖った爪を持つなにかの手が空の穴から出てきた


カナンはさすがに危険を察知し、エレナの方へと振り返り、駆け出そうとする


「エレナちゃ…!」


ゴチャ


耳にこびりついたあの音がまた鳴る

エレナは茫然自失

幸せなこの時間の夢もこんなことになる

シェパルグリムは人の心の壊し方を知っている


「あぁ…あ…ああ!」


巨人の拳には潰されたカナンの血と肉がこびり付いていた

エレナは必死に目を背けると声が聞こえた


「エレナ…ちゃん…たす…けて?」


「いやぁあぁああああ!!」





「どうしたエレナ!!何が悪い夢でも見たのか?」


「お父さん…?」


「大丈夫よエレナ。私たちがそばにいるからね…」


「お母さん…」


エレナはもう知っている

この後の結末を

絶対の未来

この2人はまた死ぬのだということを


次の日

両親はまたオークに殺された

次にカナン

また次に両親

またカナン

またまた両親


その繰り返し




「もう、嫌だよ…」



子供の頃の弱いエレナの心が今また見えた

それは、終わりを告げる笛の音


――――――


「エレナ…何故だか苦しそうな顔に…」


どうすればいいんだ?

この時、僕はどう動けば…

クソっ!こんな時に限ってあの声は聞こえてこない!

僕は『また』助けられないのか?


『また』?

なんでだ?

何に対しての…また?


そう考えていると、グリムウルフが周囲に現れた

物音を立てず近づいてくる様はまさに狩人のようだった

セラフは大剣を顕現させると疲れを見せながらも言った


「まずは…ここを切り抜けないと…」


――――――


エレナの心は叫んでいた


この地獄のループを抜け出すにはどうすればいいのか

抜け出せないなら、もう好きにしていいのかもしれない


エレナの頭には嫌なことが溢れ出していた

だが、ひとつ。

それは最良の選択となるのだった


「カナンちゃん…森にいかない?」


「…え?いいけど、急にどうしたの?」


こんな苦しみから抜け出すためなら、もう…


カナンちゃんを私の手で殺せば、吹っ切れることができるんじゃないかな…?


「カナンちゃん!追いかけっこしようよ!」

そういうエレナの懐にはナイフがあった

エレナはカナンを殺す気だ


「よーいスタートって言ったらあそこまで走ろ!」


「仕方ないなあ…」


「よーい………スタート!!」


その時、エレナは腰からナイフを取り出すと

カナンの足の腱を切り裂いた

カナンはその場に倒れ込むと、痛みによって声も出せないようだった

だが振り絞った声でエレナに問いかける


「なんで……エレナちゃん…痛いよ…!お願いだからやめて…」


エレナはおかしくなっていた

「今のカナンちゃんは私の想像上のカナンちゃんなんだから…別にいいよね…」


「痛い…痛い痛い…何言ってるのエレナ…怖いよ…元のエレナに戻ってよぉ…!」


だが、エレナの手は止まらなかった

カナンの首筋にナイフを突きつける

「ここれで痛くなくなるから…ね?もう少しだから…」

そういってナイフを思いっきり引いた

頸動脈から大きな血飛沫が上がる


カナンにはもう何かを言う力すら残されてないようだった

エレナはどうかというと


「ああ…なんも変わんないや…」


エレナはその場に蹲った

「…カナンちゃん殺しても…全然だめだよぉ…もう、こんなとこいたくない…」


その時、明るい音で笛の音が聞こえた

「なに!?なんの音?」


何かを祝福するかのように、音が響いている


「カナンちゃん…!あ、もう…」


カナンは息絶えていた

カナンが息絶えるのと同時に笛の音は鳴り始めていた

しばし、その音が続いたあと

笛の音は収まった

それと同じタイミングで空に亀裂が入る

空の亀裂はだんだんと地上まで降り、大地にすら亀裂がはいり始める


「なに…!?なにこれ、どういうこと!?」


エレナはあからさまに取り乱す


今までこの夢の中でこんなこと起こった試しがないのに…


予想外の事態に焦りを見せる

だがその時、世界が砕け散った

エレナは途方もない暗闇へと立っていた


「ここは…どこ?」


エレナの周りには今まで夢の中で死んだカナンと両親の死体が山のように積み重なっていた

エレナはあまりの恐怖に目を閉じ、絶叫する

カナンを殺したことで自分は地獄に来てしまったのではないかと感じたのか、エレナの恐怖心は最高潮に達していた


「―うわぁぁぁああ!!」






濃い血の匂い

辺りでは戦闘の音が響いている

エレナはまだ地獄のような世界にいるのかと思い、薄く目を開く


そこでは、セラフとグリムウルフが戦闘を繰り広げている様子だった


仲間達の周りには1匹たりともいないグリムウルフ

だが、その少し先には夥しいほどのグリムウルフの死骸がある


咄嗟にエレナは叫んだ


「セラフ!!」


「…!!エレナ!起きたのか!!」


「みんな寝てる…この状況は何!?」


「僕にも分からない…ただ、みんなが同じタイミングに眠ってしまったらしいことはわかる」


「どうしてそんな事に…」


「分からない…でもまずはこいつらを片付けるのが先だ!協力してくれ!」


「…分かった…!」

夢の中ではあるが、カナンを殺した手でまた短剣を握るのはエレナにとってトラウマを再起させるスイッチでしかない

だが、今いる仲間たちを守るためにエレナは立ち上がった


「行くよ…!セラフ!!」


「了解!!」




そして、時を同じくして、また一人、目を覚ます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ