#4 遊牧の大地に影ひとつ
日が真上を越えた頃、レリックシーカーの拠点には汗と熱気が残っていた。
セラフは無いに等しい荷物を纏め上げ、身支度を終えていた
庭ではマーレとエレナが模擬戦の反省をしており、サクラは昼食の残りを頬張るのに夢中だ。
その空気の中、軽く壁を叩く音が屋内に響いた
「準備、整ったのです…」
今日はレリックシーカー結成後初のダンジョン攻略だ
「さて諸君!荷物は整ってるかなぁ?」
「私はもう準備万端だぜ!昨日のうちから身支度は済ましておいたんだ…!」
正午の日差しにも負けない闘志がマーレの眼光にはメラメラと滾っている
「うむ…問題ない。いつでも行けるぞ。」
そういうサクラの口にはまだ昼食のパン屑がくっついている
「私もいけるのです…」
良くも悪くもシーラはいつも通り、気だるげな声を漏らしながら歩いている
「僕も準備は出来てる」
そしてエレナからダンジョンについての説明が始まった
「実はダンジョンの話はマスターに通してあったんだ〜…ギルドとしてのコンビネーションも確かめたかったからさ!試運転?みたいな!」
そして詳細が語られる
ダンジョンの場所は王都から南に出た草原を30分ほど北上した位置にある
その名も『羊道の巣穴』
近くに住む遊牧民が間違えて入ったが最後、帰ってこなかったことからそう呼ばれるようになった
地下迷宮型のダンジョンで階層数は30らしい
「羊道の巣穴…なのですか?」
「そだよー!やっぱ魔法使いには馴染み深いかな?」
「…はい…なのです。あそこは魔法的なトラップが多いのです…対策もなしに行くとパーティ散り散り…果てには圧倒的な数の魔物に襲われると…聞いたのです」
「魔法的なトラップ…つーとどんなもんなんだ?」
「そこは安心して!基本的には隠遁された魔法陣を踏むと別の階層や場所に転移させられちゃうって奴なんだけど…なんせここは攻略され尽くしたダンジョンだからね!」
自慢げな顔をしてエレナは懐から何かを取り出した
「…ガイドブックか…」
サクラがぽつりと呟く
それに反応して
「そう!ガイドブック!これには各階層の罠の位置が記されてるんだよ〜!しかも今日は私ら含めて3組のギルドしか潜らないらしいから悠々自適な攻略生活送れますよ!」
こうして雑談をしながら進んでいくととりわけ大きな遺跡のようなものが見えた
「あれは…なんだ?」
「おお!見えたよセラフ!あれが羊道の巣穴だよ!」
「あんなふうになっているのか…」
その遺跡は少し神聖な雰囲気を感じさせる厳かな造りだった
まるで神の手で造られたかのような
「ダンジョンにはこれまで何度か潜ったか…パーティ戦か…面白そうじゃねぇか!」
「うむ…どれだけ守れるか…私の技量が問われるところだ…」
「私は初めてなのです…バフは任せて欲しいのです…」
「さ!みんな準備して行くよ!」
そうしてみんなは手荷物を解き、準備をしていく
各々の使う武器、防具を身につけダンジョンの入口の前へと来た
1人を除いて
「?…おーい!セラフ!どうしたの?」
「いや…武器が…」
セラフは今まで自ら武器を出したことがない
今までのことを振り返れば分かる事だった
初めては謎の声が頭に響いた時に
次はアンナから強烈な殺気を浴びせられた時に
危機的状況、条件反射で脳が危険信号を出した時以外にセラフは武器を出せたことがなかった
そもそも原理も分からないもの
突然空中から現れ、忽然と消える
そんなものの出し方を一夕一朝で学ぶことは不可能だ
「ごめんみんな…武器が出せないんだ…」
一同は頭にハテナマークを浮かべた
前の試験の時は直ぐに出せていたではないかと
セラフは説明する
自ら武器を出そうと試みた試しが無いと
「試したことがねぇ?上等だわ」
マーレは大股で近づきながら指を鳴らす。
「ここで使えなきゃ、あたしが守る手間が増えるんだよ。文句言われたくなきゃ、今出せ。今」
「そうだぞセラフ。私だってできない事ばかりで困る時もある」
「みんなの言う通りだよ!セラフ!一回やって見なきゃわかんないよ?」
「分かった…やってよう…!」
セラフは考えた
今までどんな時に武器が具現化されたのか
最初はエレナを守るため
そして次は自分の身を守るため
そこから答えが出た
(命の危機を回避するとき…!)
セラフは自分の中で念じ続けた
ダンジョンでもしかしたら仲間が死ぬかもしれない
だが、その時助けるのは自分だと
命の危機から救い出すのは自分だと自身の心に言い聞かせる
そうしていると
また声が聞こえた
いつもは冷淡、そして機械的だった
それが母の声のように柔らかかった
『仕方の無い子ですね…ですがその決意は私の望んでいたものです』
そして手元には武器が。
此度で見るのは3度目になる、黒い大剣が握られていた
「…へへ」
大剣を見て、またもやマーレがこちらへ近付く
だが、先程のようなトゲトゲしさは感じられない
「やっぱこういうのは心に語りかけねぇとな!今のお前、何だかすげぇ熱かったぜ?」
そういうとセラフの胸にポンと拳を置く
「あんな腑抜けがアンナさんの腕に傷をつけたなんて信じたくもなかったからよ…」
「もしかして…マーレがあんなに煽ったりしたのってぇ…わざとだったりするのぉ?」
「べ、別にそんな事ねぇよ!ただ、こう言えばやる気出すんじゃねぇかと思ってだな…」
なんだかんたでマーレも優しい心を持っているようだ
一部始終を見ていたシーラとサクラも文句のない表情をしていた
「さぁ…!じゃあ気を取り直して!攻略するぞ〜!」
こうしてレリックシーカーのダンジョン攻略は、始まった。
――同時刻。『羊道の巣穴』第21階層にて
あるギルドが交戦中
その人数37名
「なんなんだ…この化け物!!」
「このダンジョンにこんな魔物が出るなんて聞いてない…!聞いてないんだ!!」
「でもこりゃ…やるっきゃねえか…ただ死にはごめんだからよォ!!」
壁伝いにダンジョンの闇を駆け抜ける一筋の光が見える
刹那、溢れんばかりの魔物たちが一斉に二つに分かれ、地に落ちていく
その光の正体は―
「ふぅ…さすがにひとりじゃきついねぇ〜!」
エレナだった
「ははっ!やっぱスピードの一点じゃあエレナには敵いそうもねぇな!」
「いや!でもマーレの魔法は特別じゃん!大抵の魔物はみんなドロドロになってるの私しってるからね?」
「まあな!!」
あからさまなドヤ顔でこちらを見てくるマーレ
少し可愛げがあるようにも思える
「これは…グリムウルフなのですよ…しかも大きい…」
「そのグリムウルフは大きいとなにかまずいのか?」
「はい…まずいのですよ。グリムウルフの大群がここまで大きくなれるほど、ダンジョン内に餌と言えるものは無いのです…なのにここまで大きいというのは…」
「…も、もしかしてそれは!?」
「はい…人の骨なのです。大腿骨あたりでしょうか?最近は街の行方不明者情報が増えてるのですが…まさかここで…」
「でもそれならマスターが調査に行くはず!しかもここに最近来てる収集者は少ないって言ってたから…無許可の攻略はご法度だからね!」
「それならいいのですが…」
「でもエレナ。一応シーラの言うことも頭に入れておかないか?もしかしたら要救助者がいるかもしれない」
「ふん!はなからそのつもりだよ!もし困ってる人がこの命を賭けてでも助けよう!」
そうして一行はまた歩き出す
一層、二層、三層、四層…と潜るうちにだんだんと疲れが溜まってきた
一度キャンプを開き、その時にガイドブックでトラップについて再確認をするということになった
「そういえばセラフ!その大剣って重くないの?」
「僕自身はあまり分からないが、一度持ってみるか?」
離した途端に消えなければいいが…確認としても一度渡してみよう
「じゃあサクラ!1番力持ちだし、持ってみてよ!」
「そう言うのなら…」
そうしてサクラはセラフの目の前までやって来ると、セラフは大剣を手渡す
見た目だけで見れば人間に扱える代物ではない
全長は2mを超え、その重厚さは何物にも代えがたい
次の瞬間、サクラの腕から嫌な音が響いた
ゴキッ、と大きな音を立て、続けざまに大剣が地面へと落ちる
「…!?サクラ!!大丈夫!?」
「ああ…問題ない…ただ、動きに支障が出るかもしれん」
「いやお前!この腫れ方はどう考えても折れてんだろ!!こんな遊びで今日は中止とか…さすがに萎えるぜ?」
「でも怪我ばっかりはどうしようもないのです…」
「すまないサクラ!僕のせいで!」
「セラフが謝ることは無い…私の力不足だ。」
サクラはそういうが、少し辛そうな顔をしているのがわかる
その時、また声が聞こえる
『サクラを助けなさい。やり方はもう知っているはずです。』
また機械的な声だ
だが、そこで思い出した
僕には癒す力があったんだ
「そうだ…!サクラ!僕に腕を見せてくれ!」
「…そっか!セラフなら!」
「セラフなら…なんなんだよ?」
「ほら言ったでしょ?初めて会った時に助けて貰って…足の怪我を治してもらった話」
「だが、あいつに魔力はないんだろ?そんな事が…」
「有り得ないのです…普通なら…絶対に…」
前と同じだ…
気持ちは冷静に
だが、熱意は本物を…
治ってくれ治ってくれとただ祈るのみ。
「癒えろ…!!」
またも眩い光が辺りを包む
そうするとだんだんとサクラの顔に血色感が戻ってくる
「わぁああ…あの時の…光だ!」
「おいおい…!本当に治癒魔法じゃねえか!神官でもないのに何であいつが!?」
「何でなのですか…!なんでそんな力が…」
「どう?サクラ。楽になった?」
「…あ、あぁ。不思議なこともあるものだ。骨が折れていただろうに…もう治ってしまった。助かったよセラフ。」
「いいや…元はといえば僕の剣のせいなんだから、これくらいさせてくれ」
「そうだったか。じゃあ、恩に着る」
「あ、そんなこと言ってる暇じゃねえみたいだなぁ!さっきの光で魔物がうじゃうじゃ寄ってきやがったぜ!」
「めんどくさいのです…やるしかないのですね…」
その時、セラフが皆の前に出て剣を構える
「…さっきからみんなに戦わせっぱなしだ…キャンプに魔物をおびき寄せたのは僕のせいだ。だから、ここは僕に任せてくれないか」
「はぁ…しゃあねぇな」
「私は全然いいよ!」
「私も…面倒事引き受けてくれるならなんでもいいのです…」
「私は元より盾を使うから関係ないな。」
「ありがとう…!なら、みんなに認めてもらうために、全力を出すよ」
アンナさんとの戦いで分かった
僕はこの大剣を扱えていない
叩きつけるような攻撃じゃ達人には弾かれる…
優しく撫でるように…刃を振り下ろす
セラフは大きく構えをとった
オークを一刀両断にした、あの横薙ぎをまたもう一度やる気だ
だが、今回は前のように時が遅い訳でもない
とてつもないスピードで迫り来る魔物に合わせて刃を振らねばならない
だが、それが出来なければエレナ、マーレ、シーラ、サクラ…!せっかく僕の個人的な目標に付き合ってくれてる人達に悪い…!期待を裏切りたくない…
―今だ。
「うぉおおおおお!!!」
セラフの体は声とともに凄まじい力みを見せる
そして放たれた斬撃
まるで天地を隔てるかの如く。
後にこの横薙ぎにはこのような名前が着く
『天断ノ横閃』
たったのひと薙ぎで迫り来る魔物を切り伏せたことに一行は拍手喝采だった
ちょうど良かったので、そのままキャンプを切り上げ、探索を進めることにした
前にエレナ、マーレ、サクラの前衛役に
後ろに戦闘慣れしてないセラフ。そして後衛のシーラを置き、歩き出す
少しの間、先程のセラフの斬撃の話で話題は持ち切りだった
「それにしてもよォ!さっきの斬撃凄かったじゃねぇか!後ろの方なんて風圧だけで体が真っ二つだったぜ?」
「さすがの私でも耐えれないだろうな…」
「うーん…範囲も広いし、どんなに早く走っても私は避けきれないかもしんないや」
「私の使える防御魔法では対処不能なのですよ!」
そう話しながら探索を進めていると、早くも15層へと着いた
キリが良いのでもう一度キャンプを開き、罠を確認することになったのだが
その時、何かがこっちに向かって走ってくる
血まみれの男だった
一行は一斉に戦闘態勢を取った
だが、近くに来れば来るほど、それの動きはのろく、そして弱々しいことがわかった
遠目でもそれが人間だとわかった頃、皆はその血まみれの男の元へと走っていった
「大丈夫ですか!…なにが…」
「やっと人と会えた…!助けてくれ!!俺の仲間が…俺の仲間“たち”が…21層で…!!」
「…どうしたんですか!21層でなにが…!」
「おい、エレナ。ダメだ。この人はもう死んでいる」
「ええ…そんな!なんで…このダンジョンで事故が起きたとしても、こんな惨状は…」
そこで理解した
このダンジョンには化け物がいる。と
そこでエレナがある発見をした
「この紋章…見たことある!!この人の制服!私たちの隣のギルドだよ!結構大きいところなんだけど…」
「おそらく新人研修などではないのか?その時に新人が何かしでかしたのでは?」
「いや…おい見ろ!こいつ!刀傷が着いてやがる…こりゃ人間の仕業じゃねえのか!?」
「これは刺突の跡か?角のようなもので刺されたような痕跡も…」
そうして様々な憶測が飛び交う
ギルド内での殺し合いが起きたのか…と
ここでシーラが口を開く
「私…多分わかるのです…」
シーラが話し出したのは遊牧民たちによる伝承
――シェパルグリム
昔、この草原にラディアンという羊飼いの青年がいた。
羊群を守るために夜も眠らずに歩き続け、骨笛で群れを導く優しい男だった。
だがある夜、魔物の群れに仲間の羊飼いや家族ごと襲われた。
生き残ったのは彼だけ。
恐怖に震えながら逃げ帰った彼を待っていたのは感謝ではなく――
「奴が魔物を招いた」「羊を売って贅を肥やすためにわざと逃がした」といった疑い。
村は彼を吊し上げ、棄てた。
ラディアンは最期にこう呟いたという。
「ならば俺が“羊を奪う者”になろう。
皆が俺をそう呼ぶのなら――望み通りに」
死骸は草原に晒され、やがて骨は黒く染み、語られた怨嗟が魔力に溶けた。
遊牧民の子は震えながらこう呼んだ。
“シェパルグリム──羊を導き、奪い、惑わす夜の主” と。
「そしていまでもシェパルグリムは子供たちのための伝承になっているのです。魔物やオオカミに食べられてしまわないために、シェパルグリムを使って夜は出歩かないよう躾けるんですよ」
「それとこれがなんの関係があるんだよ?」
「みんなは言霊ってしってるのです?」
シェパルグリムは伝承、つまり言霊とダンジョンの濃密な魔力で具現化したのではないか?という話だった
「でもなんでそう思うんだ?」
「理由は2つあるのです」
1つ目、ギルド内での殺し合いなどまず起きることは無い
それは、人数が少なくなれば少なくなるほどダンジョン攻略難度は上がるからだ
仲間内の殺し合いは意味が無いのだ
2つ目、シェパルグリムは洗脳と幻覚を見せる能力に秀でているため
その力で仲間内での殺し合いを誘発させたのでは
とシーラは推測したと言った
「でもシーラ!それだけではわからなくない?」
「それはそう…なのです」
「でも…!ここには化け物がいると思うのです…だから…用心…すべきなのです…」
「うん…分かった…ありがとうシーラ!じゃあこの人が言ってた21層に行こう。そこで正体を暴く!」
みんなはまだ知らない
もうシェパルグリムの悪夢は始まっているとは――




