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#11 目覚める黒山羊

セラフがシーラの心への侵入に成功した後

残された三人は突然眠りに落ちたセラフがどうしたのか、一体何が起きているかを探っていた


「セラフがシーラに触れた途端、また眠っちゃったけど…もしかして、何か進歩した…のかな?」


「…まだ分からない。もしかしたらまたセラフは夢を見せられているのかもしれない」

不自然にも揺れるダンジョンの空気は不穏さを感じさせる

もしかしたら、また自分もあの悪夢を見せられてしまうのでは?と


夢から覚める方法を知っていたとして、最愛の人物…心の支えを自らの意思で毒牙にかけるというのは気が進まないものだ


「でもよぉ…さっきこいつは“時間をくれないか”とか自分で言いやがったんだぜ?なら大丈夫だろ」

マーレは言う

だが、そんな確証はどこにもない

何故かとエレナは問いかける


「でも、そんなこと分からないよ!もしまたみんな眠っちゃったら、グリムウルフが次に来た時…」


「“勘”だよ。ただそう思った方が楽じゃねぇか?今はセラフの野郎がシーラを助けてくることに賭けようぜ…悔しいけど、あいつは強えやつだ。そんで頼りにもなる…」


先程のグリムウルフとの戦闘でのセラフの力は以前にも比べ、増していた

まるで力の使い方を理解したかのように


「単体戦闘ならまだこっちが強えけど、殲滅の一点に置いちまえばあいつの足元にも及ばねぇよ」


その時、サクラがもう一つの懸念点について話し出した


「このままここで足止めを食らっていては、21層入りが遅れる。他ギルドの戦いに介入するのは気が進まないが“命”の危機となれば話は別だ…まだ無事だといいが」


「…シーラの魔法がねぇと…魔法を使う魔物相手には分が悪いだろ。高度な幻覚を見せてくるこんな魔法…相当レベルの高ぇ相手だぜ?」


「それなら―セラフに希望を託すしかないね」




セラフは底の見えない穴に落ち続けていた

無論それはシーラの心の中だ


その穴は、シーラの心の傷の深さを表しているかのようだった


穴の先に光が見えてくる

ここからが正念場だろう


セラフに対して心を開かないシーラ

シーラの心の支えは誰なのか―皆目見当もつかない


地面に着きそうだ

セラフは大剣を穴の両端に掛け、着地の勢いを殺していく


そして大剣を手放すと華麗に着地を決めた


そこはダンジョンだった

この道の雰囲気から察するに羊道の巣穴だということが分かった


シーラはどこかと奥の方へ目を向けると、小さくうずくまる何かがいた


セラフはシーラという可能性を信じ、そちらの方へ近づいていく


近づくにつれ、とてつもない臭気が鼻腔に刺さる

それはグリムウルフ

三匹ほどだろうか?嫌な予感を胸にセラフはどんどんと近づいていく


そして目の前まで来た

予想的中

グリムウルフが貪っていたのはエレナ、マーレ、サクラだった


ならば、シーラはどこにいるのか?


グリムウルフを大剣で吹き飛ばす

全てのグリムウルフを倒し終えた頃、甲高い悲鳴がまた道の奥から聞こえてくる


その声はシーラのものだとすぐに分かった

なにか謝る声に泣き声が混ざっているのがわかる


嗚咽混じりに「ごめんなさい…ごめんなさい」と繰り返し響いていた


セラフは全速力でシーラの元へと向かう


道中グリムウルフを見かけたが、そんなものは関係ない

無我夢中に声の元へと突き進む


「…みつけた!」


シーラが蹲って泣いている

小刻みに体を揺らしながら、頭を抱えていた

セラフはシーラの名を呼ぶ


「シーラ!!やっと見つけた!!」


シーラは声の方向へ目をやると、立ち上がってセラフの元へ走る

「シーラ!今ここは夢の中で…!」

その時、走ってきたシーラはそのままセラフへと抱きつく

子供らしく、涙と鼻水を混ぜながら耳元で叫んだ


「っ…怖かったのです…うええ…怖かったのですよ…!ううっ…」


「すまない。シーラ…一体何が起きたのかは分からないが、まずはひとつずつ説明してくれないか?」


シーラは人の顔を見たことで少し安堵した表情へと変わった

冷静さを取り戻したシーラは話し始めた


三人に囲まれ、皆で眠っていた頃、急に目が覚める

そこに三人の姿はなく、なにかに引きずられていったような血痕だけか残されていた


そしてその血痕を追って行った先。

そこには先程見た三人の死体があった


シーラは受け止めきれず、その光景から離れようと必死に走った


体力も切れ、疲れが回ってきたころ

シーラは道端に座り込む


突如として涙が溢れ出す

三人の死体を見たことで、いまこの状況に希望を見いだせなくなった


それに続き、ターニャとの思い出、その先の話…それらが頭の中にぐるぐる回った


―そして、今に至る


との事だった


「…それは、災難だったな…」


「ほんとになのです……セラフはどうしてここにいるのです?…」

それに対してセラフは説明する

「これは何者かに見せられてる夢なんだ。きっと21層の何かが関係してる…」

シーラは疑問に思う

シェパルグリムの説明は確かにしたはずだが?と


「シェパルグリムって言ったのですよ。セラフとマーレが眠る前に言ったのです」


「いや…そんな話一度も…もしかしてその“シェパルグリム”というのが幻覚を見せているのか?」


シェパルグリムの話をシーラが二人にした

というのは間違ってはいないだろう

ただ合ってもいない


セラフ含めた五人は同時に眠りに落ち、幻覚を見せられていた

シーラが説明したというのも幻覚の中での出来事だったのだ


シーラはセラフにシェパルグリムについて説明しだした


「シェパルグリムというのは…遊牧の民の中の伝承に出てくる怪物なのです…」


今までセラフたちの身に起こった不可解な出来事の数々

それは全てシェパルグリムの魔法だった


だが、ひとつ希望も見える


「一度シェパルグリムの眠りから目覚めたものは、抗体が着くのです…一度覚めればまた眠ることはないのです」


そう、エレナたちが眠ることはもうないということだ


だが、シーラは知らなかった

遊牧地に残る伝承であるシェパルグリムは知っているが、詳細は知り得ない


シーラはこの甘い夢の中に囚われてしまっていた

そこにセラフが現れた


セラフは目覚めの条件を離そうとする

「シーラ。酷な話なんだが、目覚めるためには―」


その時。

突然、太く不気味な音色がダンジョンを揺らす

シーラとセラフの二人は異変に身を寄せる


セラフはエレナ、サクラの二名の話を思い出していた

「骨笛の音が響くことがあった」

これか―とセラフは思うが、どうも違うようだ


骨笛の音が響くのは夢に絶望した時や、夢から覚める時と聞いていた

マーレの場合は違和感に気づき流れのままに心の支えを殺したため、鳴らなかったのだろう


だが、シーラの場合はどちらとも取れない

今はセラフがそばに居る


絶望もしていなければ、夢から覚める前兆とも思えない


シーラは考え込むセラフの横で声を出す


「…一体何なのです!」

シーラなら分かるかも―という淡い希望は今砕かれてしまった


セラフも何が起きているか分からない

さっぱり、と言った顔でシーラに首を横に振って見せる


そして間もなく、骨笛の音は収まった

不気味な余韻を残してはいるが、音色は段々と収束していく


「収まった…のです?」


「そうみたいだ…だけど今のは一体」

二人は大きな疑問を残したままに歩き出した


音はセラフから見て目の前

その奥の奥の方から響いてきていた


両名は決意を目にそちらへと向かう


「シェパルグリムは遊牧の民の怨念から生まれた話なのです…もしかすると、今の笛の音はシェパルグリムの持つ骨笛の音かもしれないのです」

そこで初めてシェパルグリムの容貌を知ることになる


シェパルグリムは最初の方はヤギ頭の普通の人間だったそうだ

だが、段々と時が経つと遊牧民の伝承も誇張されていく


次々と変わっていくシェパルグリムの姿


そして、最後となったシェパルグリムの完成系




それには、ヤギの頭に夜に溶け込む闇のような肌色をし、四つの腕を持つ。

その前腕には黒い毛皮があり、その毛は針のように鋭く光る

四つの手にはそれぞれ『骨笛』『鞭』『杖』そして『大きなナイフ』を持っているという


その醜悪な姿から放たれる魔力は人々を深い眠りに誘い、幻覚を見せつける―という



「…これが私の知るシェパルグリムなのです…」

とシーラは言う


繋がった


エレナの夢の中、たしか黒い巨大な腕が出てきていた―そういっていたことを思い出す


その時、天井から黒いモヤが落ちてくる


そのモヤは全てを飲み込むほどの黒をしており、まるで夜がそこに現れたようだった


シーラは呟く

「これは…」


セラフはその雰囲気から咄嗟にシーラを抱き抱え、モヤから遠ざかる


「…シーラッ!!」

ドォン!と破裂音にも似た爆音が耳の中で木霊する

地面が割れ、モヤが霧散していく


そこには黒い腕があった

たしかにそこにある腕は天井の穴に再度引き返していくと、また二人の頭上に穴が現れる


セラフはまたシーラを抱き抱えてその穴から離れる

また巨大な腕が現れると同時に、セラフは大剣を振るった


「…!はぁああ!!」

その攻撃は確かに腕を切り裂いたが手応えがない


「なんだ…手応えが…」


だが、腕が消えていく

しばらくの間セラフはシーラを抱いたままその場で膠着していた


いつ来るか分からない攻撃に神経を張り巡らせていた


だが、攻撃は来ない

シーラが口を開く

「いつまで抱いてるのです…」


セラフは咄嗟に肩を放した

「ああ…すまない」


気まずい空気が流れるが、先に口を開いたのはシーラの方だ

「さっきの腕は…シェパルグリムのものなのでしょうか?」


「恐らくそうじゃないか…?ただ、手応えが何も…」

セラフは疑問を呈するが、シーラはそれに答える


「それはシェパルグリムの夢の中だからなのです…きっとこの夢の中に介入するシェパルグリムも幻影…それなら攻撃をしても意味は無いのですよ」


「なるほど…では、どうする?」


「セラフが目覚めたということは、目覚めの条件を知っているのです?」


「ああ、しってる。エレナたちはもう起きているからな…そこから情報を繋ぎ合わせ―」

ここでやっとセラフは目覚めの条件を伝えた


「なるほど…心の支えなのですか…」


「シーラの心の支えっていうのは、一体誰なんだ?」


「わたし…ですか」


「ああ。エレナからシーラの過去については聞いた。僕なりに協力出来ることがあるなら言ってくれないか?」

その甘い言葉にシーラは顔を歪ませた


「セラフ…あなたも幻覚なんじゃ…」


「そんな訳ないだろう?シェパルグリムの腕を切ろうとする幻覚なんているもんか」


「…それもそうなのです」


そしてシーラとセラフは情報交換を始めた

そこでわかったことはひとつのみ

シーラの心の支えが複数いることだった


「私の心の支えはきっと…エレナ、サクラ、マーレの三人なのです」


「それは何故なんだ?比較的最近できた知人のようだが…」


「はい…でも私の過去を知っているのですよね?私の身からすれば、受け入れてくれるだけで十分なのですよ」


「…シーラ」

ここでセラフは確信を着く

「シーラに三人は殺せるのか?」


それにシーラはすぐ首を振った

勿論―横に。


「そうか…」

そこでセラフは閃く

普通であれば心の中―幻覚への介入はできない

つまり、セラフはシェパルグリムの“世界”のイレギュラー


そんな自身の力で三人を殺せばシーラの目は覚めるのでは?


そう思い、待ち続ける

またあの三人が現れるのを


夢であればループするはずだからだ

だが一向に三人の姿は見えない


体感で言うと3日ほどだろうか


それほどの時が過ぎた頃

セラフは漸く気づく


自身のようなイレギュラー…そんなものをシェパルグリムという存在が放っておくだろうか?―と


至極真っ当な意見だ

エレナ、サクラ、マーレの三名を夢の中に引きずり込む

特にエレナとサクラの心を破壊寸前まで追い込んだその手腕


セラフという異物を見失うという根拠がどこにも見つからなかった


「シーラ…すまない。僕が来たことで余計事態は悪化したようだ…」


「平気なのですよ…セラフが来ていなければ私の心はどうなっていたか…ありがとうございます」


セラフとシーラは長い時間を共にしたことで絆が芽生え始めていた


「僕はまだシーラたちに何もできていない。せめて、手助けくらいさせて欲しい。感謝なんかいらないよ」


「そうなのですか…それじゃあどうするのです?」


「聞いた話だと、人が死ぬ度に世界が変わるらしい…エレナとサクラは心の支えが死んだ後、トラウマの原因となった出来事を想起させられたと言っていた」


「なるほど…では私の場合は違う…と?」


「その通り…シーラのいう心の支えであるエレナたちはもうこの夢の中で死んでいる。なのに、世界は変わる素振りはない…つまり―」


「このダンジョンのどこかにターニャがいる…のですか?」


「そうだ…不確定だが、この可能性が一番濃いだろう…0.001%にも満たないが…」


シーラとセラフは絶望した

希望が無さすぎるのだ

圧倒的な情報不足に加え、シーラという人間性がまだわかりかねている状況


シーラ救出は一筋縄では行かなそうだ


「シェパルグリムは…心の弱さにつけ込む……」

シーラが何かに気づいたような顔をする

「急にどうしたんだ?」


セラフが聞き返すと、シーラは目を見開いていった


「シェパルグリムの力は術にかけられた人間の心が原動力…私がターニャを心で求めれば、ターニャが現れるかもなのです…」


ターニャの言うことは正しい

だが飽くまでこの世界はシェパルグリムのもの

そう簡単に行くのだろうか


だが、シーラは準備に入っていた

瞑想のような姿勢になると、ターニャのことを考え始めていた


確証は無いが、やるしかない


シーラが瞑想を始めると異様な匂いが立ち込めていく

獣臭さが充満するこの場所ではシーラの思考力も落ちているだろう


何かが来るとセラフは警戒している

すると足音が響いてきた

それは女の子の影だった


シーラと同年代だろうか

ターニャは幼くして亡くなっていることを考えるとターニャではない

そう考えれる


だが、それは違った

「シーラ…!!」

その声はまるで生き別れの姉妹への呼び掛けのように、喜びに満ちたものだった


シーラは急に瞑想を解くと、声の方向に目をやる

聞き馴染んだ声、その正体はもう分かるだろう

「ターニャ!!」


ターニャだった

だが、話に聞くよりもずっと大きい

病弱そうな素振りは一縷も見せない

まるで別人だ


「シーラ…私、ずっと会いたかったよ…!」

そういうターニャの顔は喜びの中にも切なさを感じさせた


「ターニャ…私もなのです…」

シーラもそれに答える

どこか喪失感ある表情だ


セラフは静かにシーラの名を呼ぶ

シーラには聞きたいことがあった

「あれは明らかに偽物だが…なんであんな姿でターニャが現れたんだ…?」


それにシーラは深呼吸をして答える

「あれは…恐らく理想のターニャなのです…私の、理想の。」


シーラの理想のターニャ

つまり、健康なままに生きながらえ、シーラと共に愛情を育んだターニャ―ということだ


心の弱み、心の具現化をするシェパルグリム

それは、シーラが願った形とは違う形でターニャを作り出した


そこでセラフはまた質問する

「シーラにターニャは殺せるのか?」


「…分からないのです…でも、私がやることに意味があるのです…」

そう言うが、シーラの顔には未だに迷いが見えた

そこでセラフは一声かけて去っていく

これは彼なりの気遣いだろう

「シーラ…すこしターニャと話してきな…僕はあっちで待ってるから」


「分かったのです…」




そしてシーラはターニャの元へと向かう

驚いたことに、先に口を開いたのはターニャの方だ

しかもその内容にも驚愕した


「いやー…シーラちゃん、ごめんね?私が死んだあと…すっごい迷惑かけちゃったね!」

そう言ってターニャは微笑んでみせた


「…そうでもないのです…ターニャのことは覚えていたかったけど、忘れたいほど辛かった…自分のためにやったのです…私は弱い人間なのですよ」

シーラは心の弱さをさらけ出す


シーラはエレナたちが心の支えだと思っていたようだが、本当の心の支えは『想像上の理想のターニャ』であることが分かる


それほどまでにターニャのことが大好きだったのだ


「…でも!私が死んだ後も友達は作ろうとしてたよね…頑張ってたよ!シーラちゃんは!」


「そんなことは…」


「頑張ったよ!!」


「でも…」

シーラはそう否定する

過去の醜い自分に焦点を起きたくないのだろう


だが、ターニャがそれを許さない

シーラのほっぺたを摘むと、ターニャは耳元で叫んだ

「だからぁ!!シーラちゃんは頑張ったの!!分かった!?」

そこには病弱さなど微塵も感じさせない

自分の行動を認められたいというシーラの欲求を満たすように、ターニャはシーラを受けいれていく


優しく溶かすように包み込むターニャにシーラは甘えてしまう


ターニャは質問をした

シーラのことが心底好きなのだろう

今後を気にかけての質問のようだ

「シーラちゃんはさ…好きな人はできた?」


「好きな人?」

その質問にシーラは呆気にとられる

質問の意図がよくわかっていないようだが、一応答えた


「特にいないのですよ」


「えー…ほんとかなぁ?」

ターニャは顔を覗き込みながらに言った


「でも…好きな人がいた方がいいと思うよ…シーラちゃんには幸せになって欲しいからね!」


「私は…ターニャが心の中にいてくれればいいのです…」


「だめー!シーラちゃんには幸せになってもらわなきゃ困るの!…私の分までね!」

その一言にシーラは黙った

ターニャの言葉には哀愁が漂っていたからだ


一つ一つの言葉に、確かに悲しさがあった

シーラの未来を案じているのも事実だが、どこか寂しげな―


「さ!シーラちゃん…早く私を殺して!」

ターニャが突飛なことを言うものだから、シーラは困惑する


「…なんでそんな事言うのです…」


「シーラちゃんには今の仲間がいるんだよ?私よりも今の仲間を大事にしてあげてほしいよ!」


「…」

それはシーラのトラウマを抉るような言葉だった

シーラのターニャへの想いはまだ尽きていない

いつどこにいようと付き纏う


そんな言葉を理想のターニャから言われてしまったのだ

その衝撃は相当だろう


「でも…私はターニャも大事にしたいのです」

気持ちを露わにして言った

少し涙ぐみながら言った一言はきっとシーラの本質に違いない


「…じゃあ私も大事にして!たけど仲間も大事にして!」

シーラの子供らしい部分をターニャが補う

相性のいいふたりだ


ターニャが今も生きていれば―きっと


「だから!早く私を殺して、夢から覚めなきゃ!私はいつでもシーラちゃんの心の中で見守ってるよ」


「そうなのですか………でもっ!!」


先程までターニャから顔を背けていたシーラがターニャの方へと顔を向ける

その時、言葉を塞ぐような物音がたった


ちゅ、と唇の音が鳴り響く


シーラの目の前にはターニャの顔があった

「へへ…シーラちゃんの初めては私のものだね…」

ふふーんと誇らしげな顔をしながらシーラにいった


シーラと言うと、頬を赤らめて言葉を詰まらせてしまっている

何も言えない彼女を見て、ターニャはまたも励ましの声をかけた


「でも…じゃないんだよ?今の仲間たちも居なくなったらシーラちゃんが心配だよ…私は、シーラちゃんのことを思って言ってるの…」

ターニャの表情からは未練が透けて見えた

これが最初の哀愁の正体だろう


シーラはその言葉で冷静さを取り戻す

ターニャを殺す

だが、その前にと、ターニャにシーラがお願いをした

「ターニャ…さっきの、もう一回して欲しいのです…」

またも頬を赤らめながら、そういうシーラ

ターニャもその顔を見て恥ずかしそうに顔を背ける

「もう…!今いい感じだったじゃん…!なんでそういうこと言っちゃうかなぁ…」




「シーラちゃんって…時々馬鹿だよね!!」

ターニャは叫んだ

その声は遠くのセラフの耳にも入るようだ


ターニャはため息混じりに答えた

「はぁ…しょうがないなあ…シーラちゃんは思ってたよりも甘えたがりなんだね!ふふ…」

だが、その顔は満更でも無さそうだ


「じゃあ、これが最後だよ?」

そういってターニャがシーラに顔を近づけた

だんだんと近づいていく唇が、音を立てて重なり合った


先程とは違い深い接吻

少々卑猥な音を立てながらもシーラとターニャは交わっていった

一瞬だが、まるで一刻程にも感じたその甘美な時間は終わりを告げた


ぷはぁ、と音を立て、必死に息を吸う二人

ぜぇはぁと息を切らしながらもターニャはいった

「はぁ…はい!シーラちゃん…はぁ、終わり…だよ!」


「もう…おわりなのです…?」

そういってまた甘えた表情をするシーラだが、ターニャにそれはもう通じない


「もう通じないから!…はい、早くして…あんまり痛くしないでね?」


「…」

シーラも流石に受けいれたようだ

ターニャが受け入れているのなら、シーラもそろそろ大人にならなければいけない


「あ、そうだ!」

最後に、とターニャはまたシーラに耳打ちした


「私ね…王子様みたいな人が好きなんだ…いつか迎えに来てもらって、結婚するのが夢だったの!だから、シーラが私の夢も叶えてね?」

そういうターニャの願いにシーラは逆らうことは出来ない

「分かったのです…きっと、叶えてあげるのですよ」


シーラは願いを聞いたあと魔法を放つ準備をする

痛みの少ない、心地よい魔法で

「幽温―<ジェントル・リポーズ>」

その魔法は眠るように死へと誘う

数瞬の温かさを与えて、心地よい眠りへ―


「…シーラちゃん…大好き!昔使ってくれた魔法みたいで暖かい」

最後の最後でターニャはシーラに言葉をかける

死に目を見れなかったシーラにとってその言葉は救いの手に近いだろう


「私の願い…叶えてよね―」

そういうと、ターニャは息を引き取ったようだ

シーラは最後の言葉に返した

誠実に

「必ず…叶えてみせるのですよ」


そしてダンジョンには亀裂が入り、世界が崩れていく

セラフから聞いていたのでそれほどの焦りは見せない

そしてすぐに暗闇に立つ


骨笛の音が明るく鳴り響いた

逆に不気味な音のようにも思うそれは、この先の戦いの結末にすら不穏さを持たせる




「…みんな…おはようなのです…」


「ああ…!シーラが起きた!みんな!」

エレナの呼び声にサクラとマーレが駆け寄る


「起きたのか。良かった。これでようやく全員揃ったな」


「おお!そんじゃ、21層の敵をぶち倒しに行こうぜ!!」


だが、その時骨笛とも違う奇妙な叫び声が聞こえた


野太いが、悲鳴のようにもきこえる不思議な叫び

どう表現するか見つからない


叫び声が途切れると同時にセラフが目覚めた

だが、最初に発される言葉は四人を戦慄させる


「―今回の敵は…生半可じゃない…」

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