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復讐の時 後編

「ここは、どこだ?」

シズヨは初めて口を開いた。

その声は戦場を駆け抜けてきた女武者にふさわしく低く、よく通った。


朱髪の少女、アカネが戸惑いの表情でシズヨを見上げる。

「ここは東京。だけど、もう東京じゃない。10年前に街がダンジョンに呑まれたの」


シズヨは眉をひそめた。

トウキョウ?聞いたことのない地名。

ダンジョンとは何か?



その言葉の意味を問おうとした矢先、耳をつんざく悲鳴が響いた。

大通りの先で、石畳の上を棺桶のような鉄の箱――アカネが「車」と呼ぶもの――が次々と横倒しにされ、押し潰されるようする人々が逃げていた。


「民間人を守れ!」

「ヒール!ヒールはまだか!」


冒険者と呼ばれる若者たちが必死に戦っている。

だが怪物は尽きることなく湧き出し、数で押し潰されそうだった。


アカネがシズヨの腕を掴んだ。

「あなた、信じられないくらい強い!わたしはアカネ。収納と双剣スキルがあるの」


彼女は腰の収納具に手を伸ばすと、何もなかった空間から双剣を引き抜いた。

二振りの刃が、青い火花を散らして輝く。


「一緒に戦って!」


シズヨは答えなかった。

だが刀を握るその手は自然と力を込めていた。





その時、大地が震えた。


轟音と共に建物の壁が砕け散り、巨大な腕が突き破って現れる。

高さは30mあろうかという巨人。

灰色の肌、鎖をまとった両腕、そして目は血のように赤く光っていた。


「ギガンテス!」

アカネが顔を青ざめさせる。

周囲の冒険者たちも一斉に退いた。


「まずいぞ、なんでコイツが!」

「盾がもたねぇ!」


巨人は咆哮を上げた。

ただ声を上げただけで、近くの窓ガラスが一斉に粉砕し、冒険者の耳から血が流れる。


ギガンテスの棍棒が振り下ろされる。

大地が揺れ、鉄の箱や人々の悲鳴が宙を舞った。


冒険者たちが必死に食い下がるが、剣も槍も、その皮膚に浅い傷しか与えられない。

炎や氷の魔術も弾かれて霧散していく。


「もう……だめか」

誰かが呟いた、その瞬間。


「退け」


シズヨの声が轟いた。

一歩踏み出す。

大地が悲鳴をあげるほどの踏み込み。


「――ッ!」


次の瞬間。

シズヨの一刀が、ギガンテスの頭を真っ二つに割っていた。


巨体が揺らぎ、赤黒い血が噴き出す。

ギガンテスは呻き声をあげる間もなく、その巨躯を崩れ落とした。


冒険者たちが言葉を失った。

アカネは口をぱくぱくさせ、呆然とシズヨを見つめていた。


「あのギガンテスを一撃で?」





だが。

それで終わりではなかった。


ギガンテスの肩に、ひとりの男が乗っていたのだ。


「久しいな、シズヨ」


その声に、シズヨの目が細められる。

裏切り者のひとり。

名をセイゴロウといった。


男はにやりと笑い、左腕に光るものを掲げた。


それはタカゾウが生涯離さなかった鉄の腕輪。


「ようやくここまで追ってきたか。だが遅かったな」

「セイゴロウ!」


「この世界は我らが手に入れる。俺は力を得た。街をダンジョンへと変え、怪物を従える力をな!」


アカネたちがざわめく。

「街をダンジョンにした?まさか、この人が?」


セイゴロウの目は狂気に輝いていた。


「タカゾウのような獣を倒せたのも、この力あってこそ。そして鬼女よ、ここで死ね」


男の指先が光り、無数の黒い鎖が宙から伸びる。

シズヨの体を絡め取ろうと迫り、兜をチンと跳ね上げた。


「甘い」


シズヨの刀が走る。

鎖は音もなく斬り裂かれた。

次の瞬間、彼女はセイゴロウの目前に立っていた。


「ぬッ!」


刀が閃く。

セイゴロウの腕が、肘から先ごと宙を舞った。

はめていた腕輪が、地に転がる。


「ぎゃあああああッ!」


叫びと共にセイゴロウの体が黒煙を上げた。

その身は崩れ、数十羽ものカラスへと分かれ、夜空へ散っていく。


「許さぬ!許さぬぞ!次、会ったがあの獣と同じ結末を与えてやる!」

声だけを残し、闇に消えた。





シズヨは血に濡れた刀を振り払い、地に落ちた腕輪を拾い上げた。

冷たく重い鉄の感触。

夫、タカゾウの生き様が刻まれた腕輪。

それは確かに彼の形見だった。


「タカゾウ。1つ、取り戻したぞ」


静かに呟く。

その声は戦場の喧騒を超え、夜風に溶けていった。


アカネが、恐る恐る言った。

「あなた、いったい何者なの?」


シズヨは答えなかった。

ただ目を閉じ、己に問いかける。



3人の裏切り者は、ここにいる。

ならば、と静かに誓いを立てる。


「夫の仇を追い、全てを取り戻すためにまいった。私はシズヨ、不義理を働く奴らを殺さねばならぬ」


アカネ達、冒険者は息を呑む。


「ここはどこか?」



シズヨの目は暗闇の向こうのどこかに潜む敵を睨んでいた。

その瞳には、決して揺らぐことのない復讐の火が灯っている。


 

静かに夜風が吹く。

街は破壊され、怪物は散った。

それでも、戦いの尾はまだ終わらない。


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