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復讐の時 前編

シズヨには許せぬことがあった。


それは不義理。

恩を仇で返す者。


シズヨには戦働きの夫、タカゾウがあった。

その姿はまるで山に棲む熊と見間違うほどの大きさと剛力を持ち、戦場においては誰よりも先陣を切って突撃し、必ず勝利をもぎ取ってきた。

槍を振るえば、稲を刈るように敵を薙ぎ払う。馬上で刀を振るえば、矢雨の中でさえ怯むことなく突き進んだ。


そんなタカゾウの傍らに、常にシズヨはいた。

女でありながら戦場を恐れず、時に戦場で。時に衣食住で支えた。夫の甲冑の手入れから食事の支度、夜の世話に至るまで献身を惜しまぬ。

戦働きの夫を支えるのは妻の務めであると、シズヨは心から信じていた。


だが。


その忠義に報いぬ者がいた。


10人。

タカゾウを裏切った部下たち。

彼らは卑劣にも主の寝込みを襲い、その首を刎ねた。


首なき骸を前にしたシズヨは、胸を灼かれるような怒りに我を忘れた。

夫の愛用していた大槍、そして力を示す証であった鉄の腕輪と勾玉の首飾りまでも奪われていた。


許さぬ。


シズヨはそう誓った。

10人を1人残らず斬り殺し、夫の全てを取り戻す。





血の道を辿るように、シズヨは裏切り者を追った。

1人を討つたびに怒りは冷めるどころか、ますます研ぎ澄まされていった。


戦場で培った武芸は、彼女の血肉そのもの。

常人が数十の稽古を経ねば得られぬ技を、シズヨは本能のごとく振るった。

相手が刀を抜くより早く首を刎ね、槍を構えるより速く腹を貫いた。


「鬼女め!」


誰かがそう叫んだ。

だがシズヨは気にも留めない。

斬るべきは、夫を裏切った者のみ。

そのためだけに、彼女は生きていた。


やがて残ったのは3人。

逃げ延びた小賊どもを、シズヨは山間へと追い詰めた。


夜風が吹き、松明が燃え盛る中。

最後の戦が始まる、はずだった。





「なんだ、あれは」


シズヨが踏み込もうとしたその時。

空が裂けた。


地の底の墨を撒き散らしたかのような黒い渦が、目の前に現れた。

渦は人ひとりを呑むほどの大きさで、轟音と共に回転し続けている。


裏切り者たちは、怯えるどころか歓声を上げた。


「これだ!これが我らを救う!」

「異界の力よ、我らを導け!」


「逃げる気か!」


シズヨが地を蹴るより早く、3人は渦の中へ飛び込んだ。


黒き渦はまるで人を呑み込むために開いた口のようだった。瞬く間に3人の姿を奪い去る。


「待てッ!」


シズヨは叫び、刃を振りかぶった。

だが斬撃は虚空を切り裂くだけ。


逃がすものか。


シズヨは迷わず跳んだ。

己の怒りと誓いに従い、黒い渦へ。


体がふわりと宙に浮き、天地の感覚が消えた。

風もなく、音もない。

ただ全身を押し潰すような圧迫感だけがあった。


意識が暗転する。





どれほどの時が過ぎたのか。

シズヨは重さを感じた。

足が、確かに地を踏んでいる。


その瞬間。


「くそっ!押し返せ!」

「盾を上げろ!来るぞ!」


耳をつんざく怒声。

目を開けば、そこは戦場。いや、見たこともない場所だった。


白く大きな石のような建物が林立し、夜の闇を無数の光が照らしている。

道は平らに整えられ、見たことのない棺桶のような鉄の箱が転がり壊れていた。

その周囲を異形の怪物が蠢いている。


角を生やした巨体、甲殻に覆われた四足の獣、炎を吐く蛇。

まるで地獄の亡者が現世に溢れ出したかのようだった。


そして、彼らと必死に戦う者たちがいた。

鉄の鎧ではなく、奇妙な布を纏った若き男女。

手には刀剣、槍、そして見知らぬ光を放つ武器。


そのうちのひとり、朱の髪をした少女が振り返った。


「鎧の人!転移スキル持ちなら、民間人を逃して!」


叫び声はシズヨに向けられていた。

だが意味はわからない。


転移?スキル?何を言っている?


シズヨは戸惑いながらも、迫り来る怪物を目にした。


「斬る」


ただ一言、己に命じた。


刀を抜き放つ。

振り下ろした一撃は空気を裂き、巨躯の怪物を頭から胴へと一太刀で断ち割った。


血飛沫が宙に散る。

怪物は呻く間もなく、両断された身体は闇に溶けるように消え去った。


周囲が一瞬、静まり返る。


朱髪の少女が、驚愕の瞳でシズヨを見つめていた。


「あなた、いったいどこの冒険者?」


シズヨは答えなかった。

ただ、己の胸に浮かぶ疑問だけがあった。


やつらはどこだ?

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