タクシーは秘密を運ぶ
夜の街を走るタクシー。
後部座席には、結婚式帰りの新婦の友人三人が並んでいた。
赤いドレスの彼女―マキは、黒レースのクラッチバッグを膝に抱えて。
青いドレスの彼女―サキは、シルバーのネックレスを指で弄びながら。
ピンクベージュワンピースの彼女―ユキは花の飾りをバックに仕舞った。
香水とシャンパンの余韻に包まれた車内は、まだ祝宴の空気を残していた。
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「ねぇ、さっき新郎のカイ君さ……友達とコソコソしてたよね?」マキが口火を切る。
「うん。“ここだけの話な”って顔寄せてた!」
サキ身を乗り出す。
「そうそう。で、聞こえちゃったの。“デリヘル”って」
「……デリヘル?」
ユキが首をかしげる。
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「フランス料理の新しいお店?」
「違うでしょ。“デリバリー・ヘルシー”じゃない?オーガニック系の宅配!」
「えっ、すごい! 出前なのにヘルシーって画期的!」
三人は本気で感心して、うんうんと頷く。
「しかも“あそこのデリヘルはすごい”って言ってたよ?」とマキ
「だったらやっぱり美味しいんじゃない?」とサキ
「ねぇ、新婦に電話して聞いてみようよ。“どこのデリヘルが美味しいの?”って!」とバックからスマホを取り出し画面を出そうとするユキ。
サキは慌てて止に入り
「やめなって! 新婚初夜にそんな電話したら絶対怒られる!」と叫ぶ。
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その瞬間、運転席から「ぶふっ!」と音が漏れた。
三人が驚いて前を見ると、ドライバーの肩が笑いで震えている。
「す、すみません……」と運転手は必死に声を整えるが、バックミラーに浮かぶ表情は完全に耐えきれていなかった。
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(……フレンチじゃねぇよ……!)
(……宅配は宅配でも違うんだよ……!)
(……新婦に聞いたら離婚案件だぞ……!)
運転手は心の中で矢継ぎ早にツッコむ。
けれど声に出せば空気が壊れるのが分かっているから、唇を噛んで笑いをこらえるしかない。
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「え、運転手さん、もしかして知ってるんですか?」とマキが尋ねるとユキも首を傾げて
「……フレンチじゃ、ないんですか……?」と問う。
なんて答えたらいいか…必死に笑いを堪えて耐える運転手。
新郎の秘密と笑いと新婦と三人の今後の友情を問われる問題を抱えて夜の街をタクシーは走り抜けた。