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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

匠と誠二シリーズ

真冬のクライン

作者: sakaki

最初に出逢った年は、家族の目を気にもせずに掛ってきた電話で目を白黒させていた。

その翌年はお互い寮生活ということで持たされた携帯電話があったから、少しだけ素直に応えていた。

中学最後の年は、初めて誕生日プレゼントというものを用意して渡した。


そして。

――今年は。



「やーっと見つけた。こんなとこにいたの?お前」

(たくみ)



時は年末。世間は師走だとなんだと走り回る今日この頃。

クリスマスもとっくに終わり、あとは家の大掃除に年始の準備、買い出しとやることはたくさんあるだろう年末も、とうとう終わりを迎える31日の夜。


冬賀学園高等部の一角にある、サッカー部に所属する期待の新鋭達が暮らす寮は今日も煌々と灯りがついていた。

普通なら帰省だ何だと静まりかえるだろう学校。

しかし今年は――あるいは毎年の事ながら、中等部の松賀寮と違い、そんなことはありえない。

常勝をメインに掲げるこのチームは、中等部の時よりも更に厳しく鍛え上げられたトップクラスのサッカーチームなのだから。


その寮の、ちょうど裏手に当たる入り口のそこに匠が――葛西匠が探す同室者の姿があった。


藤澤誠二。

今となってはこの部内、校内だけにかかわらず、全国区でも一般人に至るまで有名なサッカー選手の一人だ。


そして。

つい昨日、30日に、声も高らかに開幕が告げられた全国高校サッカー選手権大会において、順当に第一回戦を勝ち上がった冬賀における立役者でもある。

ちらちらと舞い落ちる雪の中、明日へと続くボレーシュートを見事なまでに放った異彩の一年生。

年越しだ!明後日――1月2日は二回戦だ!と盛り上がっているチームメイトの間で一番もみくちゃにされて、そして誰よりも全身で喜び、はしゃいでいた男でもある。


そんな彼が黙って――こっそり部屋を抜け出したことに気がついたのは、年越しまであと一時間と迫った午後11時過ぎのこと。

どこを探してもいないその姿にどうしたのかと、ほんの少しの不安も浮かび上がっていたその矢先のことである。



「あ。……もしかして勝手に抜け出したから先輩達怒ってた?」



しかしその当の本人である誠二とっては何でもないことだったのだろう。

悪戯がバレた子供のような顔をするから、匠はやれやれと苦笑した。



「それはないよ。かわりに渋沢先輩がもみくちゃにされてるし。ホント、ここの三年生ってああいうところすごいと思うんだよなあ……。

 だってあの渋沢先輩や水上先輩、中西先輩までいじって遊ぶ度胸があるんだから」

「前の先輩ってのは卑屈だったけどねー。やっぱり高等部はレベル高いと思わない?レギュラーFWが俺だろうと、正ゴールキーパーがキャプテ……じゃなくて渋沢先輩でも、レギュラー陣ってなんにも変なことしてこないじゃん?」

「でもだからやりやすい。――そうだろ?」

「まーね。あ、でもああやってもみくちゃにされるのはもー勘弁ー」

「どろっどろの最悪な関係よりマシだろ?」



そりゃそうだと誠二は笑った。


高等部に入ってからまた伸びた身長はいつの間にか追いつくには困難なほどになっている。

今は水上先輩よりもちょっと大きいくらいにまでなっていて、ことあるごとに我らが次期司令塔は「ムカツク」を連発してやまない。

匠も僅かながらにその気持ちを覚えながら、それで?と笑う誠二を見上げた。



「寒いのにわざわざこんなとこにいなくたって……身体冷えて、体調崩したらどうするんだよ」

「――心配してくれたんだ?」

「…………お前は大事なFWだしね。ま、偶には」



照れ隠しでしか言えないが、それでも嘘をつこうとは思わなくて。

匠は思っていたとおりに答える。


それが嬉しかったのか、誠二はびっくりするほど綺麗な顔で笑った。



「匠?」

「え?あ――何でもない」



一瞬見とれた、なんて口が裂けても言えない。

誠二は変なのと笑い、けれどそれ以上追求はしなかった。



「そうだ、匠。明日はどうする?一応監督は午前か午後の練習メニューだけこなせば帰っていいって言ってたけど。うちに一旦戻る?」

「お前は?せっかくの中休みだし、二回戦の前におばさんやおじさんに会ってくるのか?」



どうしようかな、と誠二は笑った。



「まあ、お正月だしねー。親父とかは顔見せにこいって言ってるけど、面倒くさいからなあ」

「――俺は戻らないよ」

「え?」



誠二が驚いて振り向いた。



「確かに俺、レギュラーじゃないし、試合に出る予定もないから帰省してもいい組だけどさ」



全国高校サッカー選手権は30日に開幕し、年末年始をまたいで行われる全国大会だ。

各県の代表チームが戦う、高校でサッカーをしている者なら一度は憧れる大会でもある。

特に常勝校といわれる冬賀では、毎年の出場が当たり前のように思われていて、サッカー部に在籍する事を許された部員のほとんどが冬のこの時期をこの大会一本に絞るのだ。


しかし大所帯でもあるこのサッカー部では、一軍、一軍控えまでは確かにそれが書き換えようのないスケジュールの一つではあるが、二軍以下の者で希望者がいれば帰省も認められていた。

応援に行くシートの数とかそういう問題もあるが、何よりも年末年始くらい全寮制の子供を呼び寄せたいと思っている家族は多いのだ。 


そして一軍と一軍控えのメンバーに関しては、近郊の者にのみ一時的な帰宅が認められている。

誠二はその数少ない許可をもつメンバーの一人だ。



「それにほら、渋沢先輩はずっと残るし。水上先輩は一軍控えで残るでしょ。近藤先輩や中西先輩、根岸先輩達も勉強になるから 残るって言ってたし。一緒にみてるだけでもかなり勉強になるし……それに……」



それよりも何よりも。

本当は。この男の誕生日だから。



「……まあそんなわけだか――……」

「匠」



突然ぎゅっと抱きつかれて、匠は息を詰めた。

いつの間に背後に回ったのか、気づかなかったことにも驚いたし。


なにより――こんな風に抱きしめられるとほんの少し胸が騒ぐのだ。



「――ありがと、匠」

「なに……言ってんの。別にお礼なんて――」

「えへへへ。いいのいいの、俺が言いたいんだから」

「……なんだよ、それ」



まるで全部お見通しですとでも言わんばかりの言いように、匠はほんの少し悔しく思う。

でっかい犬みたいなくせに、こういうとこばかり頭が回るんだからとも思いながら。


でも逆にほっとした部分もあった。

バレてよかった、みたいな。


認めたくないけれどそれが真実だ。




「やっぱり俺も残ろーっと。練習しなきゃだし、家に戻って馬鹿食いとかして腹でも壊したら、俺、袋だたきでしょ?匠いないなら止めてくれる人いないしー」

「そんなの当たり前……っていうか自制しなよ、自制」

「んー無理v」

「……お前ねえ……」



呆れて思わず溜息が漏れた。

けれどすぐにまた息を詰めることになる。


だからさ、と誠二が内緒話をするように、耳元でそっと囁いたから。



「だからいいや。――ね。一緒にいよーよ。匠」

「……」

「っていうか、一緒にいて。いいだろ?」

「…………ったく……」



なんだか意地張っている自分も、はっきり言わない誠二も馬鹿みたいだ。

抱きつかれた腕の中から抜け出して、匠は本当に嬉しそうに笑っている誠二の額を小突いた。


馬鹿だよ、お前。

そんな風に思いながら。



「――明けましておめでとうじゃなくて。ちゃんと誕生日おめでとうって言ってやるよ。それが――半分くらいは俺が残る理由なんだからな。わかった?」 



その時の誠二の顔を、何と言っていいのか匠には言葉が見つからなかった。


初めてみるような、そうじゃないような。

でもとにかく――ちゃんと言ってやってよかったと、初めて思ったのだ。

すぐにそれは満面の笑みと「匠ーっ!!」という声にかき消えてしまったけれど。


ポケットにこっそりしまってあるプレゼントをもう渡してやるべきか?と悩みながら、一生忘れないと匠は思った。



だから。




「……単純馬鹿……」

「いいじゃないか、水上。藤澤らしくて。葛西も楽しそうだし」

「それにしてもどーしよ。俺、藤澤の誕生日っていうの忘れてた」

「ネギっちゃん……元旦誕生日って普通忘れないと思うけど?」

「そうそう。でも、ま、すぐ思い出すことになるんだから、大丈夫大丈夫。はい、これ。一人一個」

「近藤……なんだ、これは」

「ん?クラッカー。ちなみに誕生日バージョンとお正月バージョンごちゃまぜ。ああ、辰巳のは誕生日のほうかなー」

「……お前、ロクでもねーもん、よく見つけてくんな」

「水上もよく見つけてくるでしょ。百円ショップとかで。ネギっちゃんは東急ハンズのほうが好きだよね」

「もちろん!だってわくわくするし。見てて飽きないし」

「あ、ちなみに一応……ケーキも焼いてみたんだが……年越し蕎麦のが先か?」

「……蕎麦食べてケーキ……?」

「……胃が……」

「ネギっちゃん、お蕎麦かケーキ、どっちかにしておくんだよ。すぐ具合悪くなるんだから」

「……えー……でも……両方食べたい~渋沢のつくるのって滅茶苦茶美味いし」

「………………気色悪ぃ……おい、渋沢。どうしてお前は毎年毎年、そうロクでもねーことしやがる!」

「いや、でも誕生日にケーキがないというのもあれだろう?それに先輩達に味を見てもらったらすごく誉めて頂いたぞ。多分今年はかなりいける」

「だからって誰が蕎麦の後にケーキ食べる気になるんだ!?その次は雑煮だし!おせちも作ってただろ、お前!」

「――水上、水上、落ち着け。どうせ主役が山のように片づけてくれるから」

「そうそう。あ、でも中西の分は俺が食べてあげるから」

「……素直に欲しいと言えんのか……」

「いつものことだって。あ、ほら全員クラッカー準備。いいか?」



そんな風に物陰で騒いでいた彼らに気がつくはずもなく。


そして年越しの鐘の音と共に、盛大に鳴らされたクラッカーに心の底から驚くのはすぐのこと。


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