魔の《通り路》
街路には足音、話し声があふれ、道行く人の耳に絶え間なく届けられる。
あっちにこっちに動く人の波に乗って市場を巡り歩く。
店先で湯気があがれば、異界の茶葉で淹れた飲みものの芳しい香りが鼻先をかすめ。
じゅーッ!!と音がすれば、同時に肉が焼けるこうばしい匂い。
熱い金属板の上で塊の竜肉が塩こしょうを振りかけられ、表面をかりっかりに焼かれている。
断面は血が滴りそうなレア。
熱せられたバターの香りにつられて首をまわせば、籠いっぱいに盛られたパンの山。
十字の刻まれた小麦色の丸パンにおもわず手を伸ばしそうになる。
ハムやチーズを挟んで、かじりついたら最高だろう。
それを見越してか、隣に並ぶ店にはハムとチーズが売られていた。
塩漬けハムの紅玉の赤身と脂身の白。
ゴロゴロと並ぶチーズの塊。黄色い三角。白い三角。
味見用にと楊枝をさしたチーズキューブがそれぞれに置かれている。
若い男性がひとつつまんで口に入れた。
うん、とうなずく客に店員がチーズの説明をするのを耳に入れながら、よだれを呑み込む。
足早に通り過ぎて、買い食いを回避する。
手提げ鞄の中には夕飯の材料が入っている。
せっかく手料理を振舞ってくれるのだから、腹に別のものを入れる訳にはいかない。
少し足を早めて、人混みをかき分け前に進む。
はやく、かえろう。




