くらいよる
腰まで生えた草の原をかきわけながらすすむ。
とっくに陽は落ちて、あたりは暗く。夜はあっという間にやってきた。
汗をぬぐって、空に顔を向けると、月があった。
半分の月。半月が、こちらを見下ろしていた。
・・・・・・いや。おかしい。
たしかに視線をかんじる。
ぐるりとあたりを見回す。
生き物の眼だ。
近い。なのに草の中に潜んでいるわけじゃない。
違和感で顔を上げる。
「ん?」
半分の月。
それが二つ。
ざわり。全身が総毛立つ。まずいまずいまずい!
夜の眼だ!
全力で走らないと!
このまま呑み込まれる!
ふわりとまるでカーテンのように夜の端が揺れていた。向こうにまだ夕暮れの景色がちらりと見えた。
あそこだ。
うしろが急に暗さを増す。闇が迫ってくる。
踏み込んで跳ぶ。夜の端を強引に押し破った。
はあ。はあ。はあ。荒い息を吐いてばくんばくんと踊り跳ねる心臓を落ち着かせる。
うしろを振り向けば。そこにはきれいにまあるいサークルができていた。草の根まで綺麗になくなって土が顔をみせている。
そのひろい食べ跡を見て、危機一髪だったと、どっと汗が吹き出す。
ここらにでてくる怪。
『喰らい夜』
月の眼を持つ、神出鬼没のそれ。
それに呑み込まれたら、二度と戻って来れない。
そう、人づてに耳にしていたが。
「まったく。実際に会うことになるなんてな」
夕陽は徐々に弱まって、夜が向こうから空に広がっていく。
「今度は、ちがうよな?」
怯えながら、男は草の中を歩き出した。




