独奏曲『我が陽射しが為のアリア』
『音』に力が宿る世界がある。
ここでは、音楽は異能力であり、他世界に在る『魔法』のような力を発揮する。
力持つ『音』を、『楽譜』と『楽器』や『歌』で支配する者は『奏者』と呼ばれる。
この世界の大国のひとつに『ハルモニア楽師団』という存在がある。
選りすぐりの奏者の軍人だけで構成された初代奏皇ハルモニアの名を冠する最強の師団。
そこに、ピアノの音から力を引き出す──奏者の彼は配属されていた。
無表情な男は、指で鍵盤を叩き「ド」の音を鳴らす。音は、彼に従い、その周りに花園の幻を生み出した。
幻の花園で、女性が寝そべっている。
彼女はやわらかい陽射しのような微笑みを浮かべていた。
男の表情は変わらない。だが、先程まではなかった寂しさを帯びていた。
唇が動き、声にならない程のささやきが、こぼれ落ちた。
「───」
だが、ふいに部屋の扉が、「バタンッ」と音を立てて開かれた。
その拍子に、ピアノの音の幻は消えてしまう。
女の姿も同時に消えた。
「おい。まだ準備できてないのか?」
「・・・・・・いや」
乱暴に扉を開けたのは、同じく師団に所属している打楽器の奏者の男だった。
眉間にしわを寄せたまま、ピアニストの男は椅子から立ち上がり、扉を小さなリズムを刻みながら爪で叩いている男に「戦況は」と短い言葉で尋ねた。
「良くないな」
打楽器の男はチッ、と舌打ちする。
「隣界から広がってきたあの『音喰いの森』の『雑音樹』を加工した武器。むこうはアレを兵に持たせてる。そのせいでこっちの音が掻き乱されて、効力を出しきれない」
「そうか」
ピアニストの男の感情のこもらない声。
苛立ちながら扉を叩いていた男が手を止める。
「・・・・・・おまえ、いつもそうだな。何があっても動揺も恐怖もしない。なあ、どうしたら・・・・・・いや、いい。なんでもない」
打楽器の男は、理解していた。
自分はこの無表情だが、聴く者の心振るわす素晴らしい音を奏で、従える男のようにはなれないことを。
ピアニストの男はこれ以上話すことは無いと判断した。打楽器の男の横を通り、扉から部屋の外へ踏み出す。
戦場へと向かう為に。
花園で微笑みながら眠る彼女の為に・・・・・・。
「敵がなんであれ、俺は鍵盤を叩くだけだ」
師団有数の『独奏者』は迷いなく廊下を進んでいった。




