メリーナイト。聖夜を祝おう。食べて飲んで楽しめヒトよ。
都の空気が普段と違う。
日常よりも軽やかに賑やかに、浮かれている人々の姿。
聖夜。
それは、どの都でも行われる祝祭のひとつ。
クリスマスとも呼ばれるその夜を前に、人々は夜の支度に大忙し。
街を飾り、祝いの料理を作る。
この日ばかりは大きなケーキを人々が求め、菓子屋は目が回るような忙しさ。
飴細工、チョコレート、クリームを盛り付けたホールケーキ。木の丸太を模した一風変わったノエルのケーキ。
さあ。夜を祝おう。
メリーなナイトを祝い過ごそう。
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カゴ一杯のジュースにお菓子、肉に、魚に、野菜に、チーズに、たくさんのハムやソーセージ。
持ち手が取れてしまいそうなほど、膨れた重たいかごを会計棚に置いたのは黒い服の女性とへんちくりんな布頭巾。
後ろに並ぶお客の列を見ると、「時間かかりそうだから、まとめてコレで」と、プラチナの輝きが眩しい龍宮魚の鱗が詰まった袋を置いた。
あまりに高価すぎる中身に唖然とする商店の店員と店主。
「高すぎるで」
「いいのよ。今日は祝祭よ。ケチケチせずに受け取りなさいよ。混んでるんだから」
「よいメリーをお過ごしください」
「もちろん」
サングラスの店主は袋を丁寧に会計棚の引き出しにしまった。開けられないように封をして鍵をかけて。
かごを持って外に出たふたりは、今夜のご馳走に思いを馳せていた。
「美味しいのを作るね」
「期待してるわよ」
◇◇◇
「あんの裏切り者!!」
普段は探索者をしている肉屋の息子は、肉を切り分けながら怒りの声をあげた。
「本当にな、あの、裏切り者」
ラタは鶏肉を解体しながら、賛同した。
今日という大事な日に、頼りにしていた相方はラタと肉屋を裏切って、魚屋の助っ人に行ってしまった。
脂の乗った大きな魚を賄賂に受け取って。
「あの野郎、いつもは肉派のくせに!!」
「誰だよッ、異界でも滅多に手に入らない魚なんて魚屋に卸した奴!!」
「おまえら、口より手ぇ動かせ、手ぇ!! お客さん待ってんだぞ!!」
「「応!!!」」
肉屋の親父さんヤケクソで返事をするふたり。
同じ頃、魚屋も同じような忙しさだったそうだが、ふたりには関係なかった。
肉の山をさばいてさばいてさばくしかなかった。
「あの裏切り者の、グラトニー! なんでいないんだ馬鹿野郎!!」
毎年、頼りにしていた分、肉屋の親父さんの声は怒りにちょっと悲しさが混じっていた。
◇◇◇
「お部屋、とれてよかったですね」
〈ああ。この時期は宿を取るのも一苦労だ〉
ぐったりと疲れたハクシとサヤは、畳の上にごろりと横たわっていた。
何軒も宿に「今日はもう部屋がいっぱいだ」と断わられて、ようやくこの一軒で部屋にありついたのだ。
食事も風呂もない安宿だったが。
ふたりにはそれで十分だった。
夕暮れだというのに街には人があふれていた。
陽気な音楽に、人々の笑顔。
楽しそうな子供達。
けっしてそれらは悪くない。だが、人混みが苦手なふたりにはいささか居心地が悪かった。
「また、迷子になったら困りますからね」
〈今夜は、出歩かないようにしないとな〉
人が増えるのはこれからだ。
ふたりは手持ちの茶を淹れて、とおくで日が沈んでいくのを静かに眺めた。
◆◆◆◆
メリーナイト。
夜の訪れ。聖なる夜が始まった。
星々の下で樹々が輝く。人々が纏わせた輝きは色とりどりの光をちらす。
パーーン!!
パン、パン、パン!!
パパパパパパパパッパパパパパパッパパパパパッパパパパパッパパッパパパパパパーン!!
「メリークリスマス!!」
どこかの都で使われる聖夜の道具と決まり文句で出迎えてきたのは、赤い三角帽子をかぶった小さな彩ノ神様たち。
(盛大な破裂音に耳を塞いでいたアドニスに聞こえたかは不明だが。)
「ただいま」
「「おかえり、おかえりー」」
やれやれと神様たちの行動に慣れている青年は、外套を脱いで楽な服にさっさと着替えた。
これから神様たちのご馳走、大きな大きなチキンの丸焼きと婚姻祝いかと突っ込みをいれたくなるような見事なケーキを取り分けてやらなくてはならないのだ。
「仕事から帰ってきたと思ったら、また大仕事だな。毎年毎年」
ブツブツと文句をいいつつも、アドニスは色神達のために用意した料理の出来に満足していた。
◆◆◆◆
「あー、飲み足りねえ」
「いい酒だった」
「次のとこはもっと美味しいよー。オススメ」
「今日くらいは呑まないとな」
酒瓶片手に、灰の都の兄弟達は大通りを歩いていた。
すでに何軒もはしごをして、行く店行く店の酒樽を空にしてきた。
それでもまだまだ余裕の表情。
兄弟たちがそれぞれオススメだと思う店を食い歩き、呑み歩くのは毎年恒例の行事だった。
これには普段兄弟の集まりに参加しない、長兄と姉も参加する。
仲睦まじいふたりは、距離を置いてふたりだけの世界を作りながらついてきていた。
「仲いいのはいいことだねー」
「邪魔。もう、ふたりだけでどっかいけよ」
グラトニーが元気なく唸る。
ラースが残っていた酒を渡してやる。
「グラト、肉屋のことはいい加減あきらめろ。裏切ったおまえが悪い」
「怨まれてたねえ」
「今日は忙しいからな。どこもかしこも」
肉を焼きながら、グラトニーを恨めしそうに睨んでいた肉屋の面々とラタの顔を思い出して、兄弟たちは可笑しそうに笑った。
グラトは酒をガブリと飲み干して、片手に持った串焼きにかじりついた。