《苺ジャム》に愛をこめて
鋼鉄の姫は鉄筋すら捻じ曲げるその握力で、ちいさな苺を握り潰す。
愛情を込めて。
愛する殿方の喜ぶ顔を想うと笑みが溢れて止まらない。
冷徹冷静な姫も台所では恋する乙女。
その姿には従者たちも微笑みが絶えない。
──ああ、なんと健気な我等が姫君。姫の想いをあの鉄屑が察せるかはさておき。我等にできることは何なりとお命じ下さい!!
そんな従者達の静かに熱い念を送られながら、姫は苺に砂糖を加えて火にかけた。
▶︎▶︎▶︎
「・・・・・・よう」
玄関の戸を開けたら、ちょうどそこに姫のやつが立ってた。
ビックリした顔で固まってるもんだから声を掛けたら、今度は真っ赤な顔して口をぱくぱくさせた。
ん???
なんだ、聴覚の故障か?
いや、ほかの音が聞こえてんだからちげえな。
姫さんの方が故障かなんかか??
「声が出ねえのか?」
なんかわかんねえから顔を近付けたら、姫さんがギョッと肩をすくませた。
・・・・・・怖がってるわけは、ねえわな。
なんだ、ほんとにどうしたコイツ??
「く」
「く?」
「く、貴様にくれてやる!」
胸にどんとなんか押し付けられた。
──瓶?
赤いなんかどろっとしたもんが詰まったガラス瓶。
「爆薬?」
「ストロベリージャム」
「聞いたことねえな。そっちの兵器か?」
「ち、違う!! ジャムとは、パンに塗ったり、菓子とともに食すものだと先日、貴様とおもむいた地で入手した資料にあった。どんなものか好奇心が湧いたので妾が手ずから作ったのだ!! だ、だがしかしだッ少々分量を誤ってしまい、作りすぎたので貴様に下賜してやらんと、妾自らこうして貴様の部屋に持ってきてやったのだ。感謝せよ!!!」
早口でまくし立てて、姫さんはゼーハーゼーハーと息を吸って吐いてを繰り返す。酸欠か?
俺はジャムの瓶を覗き込む。
ストロベリー・・・・・・苺だっけか。
俺が前に起動してた時代にはもう栽培することもできず、遺伝子情報だけが保管されてた代物だ。たしか資料じゃ、酸っぱくて甘い果実。
甘いもんは苦手なんだが、こうして食わしてくれるのは、ありがたい。
チビも喜びそうだ。
「あんがとよ」
俺より頭ひとつ分小さい姫さんを見下ろして礼を言う。
「・・・・・・ッ!!!」
その瞬間、姫さんの顔面がより真っ赤になって目の前から消えた。
──!? なん、どこいった!?
廊下の左右に目を走らせるがいない。
てことは残るは前方。
まじか。姫さん今の一瞬で後ろに飛び降りたのか。速すぎて知覚できなかったぞおい。
姫さんのスペックの高さに呆れながら、俺は玄関の戸を閉めた。
▷▷▷▷
自室に戻った姫は鍵をかけるのも忘れて、そのまま床にぺたりと座り込んだ。
顔が火照って、目が潤んで、心臓が早鐘を打っている。
喜ぶ顔が見たかった。だが実際に目にしたらどうだ。
もう、どうしようもない。
見上げた男のその笑みで全身が壊れてしまいそうだった。
だから、つい、思わず!!
全力で逃げ出してしまった・・・・・・。
なんたる失態。
なんて勿体ないことをしてしまったのだろう。あんな希少なものを見る機会を。あんな短時間で終わらせてしまった。もっと、話をしたり。
そうだ、あれを口実に彼の部屋にお邪魔することもできたではないか!?
「妾のばか」
▷▶︎▷
そのまましばらくして。
姫が膝を抱えて床に寝転んでいると、呼び鈴が鳴って従者のひとりが来客を知らせに来るのは、およそ1時間後。ちょうどおやつにいい時間であった。
ブルーベリーは、採集から。
第2級危険区域に自生するものを確認済み。
──後日、採集作戦を決行する。




