華酒
「赤かな?」
「青!」
酒と大量のつまみをくらいながら黒い女と布頭巾のおそらく男が次の色を予想し、言い合っていた。
渓谷の上で華龍が身を震わせるたび、龍の身を飾る華が散り、風に舞い踊る様は『赤の都』の歌人が讃え歌う美しさ以上のものだった。
華龍の脱皮を見られると知って、赤の都でもっともエライ人物に舟を用立ててもらった甲斐があったと布頭巾は満足げに頷いた。
美しい風景に酒とつまみがやめられない。
ふたりの視線の先では龍が古い彩りを捨てて、木の枝が巻きついた姿へと変わっていく。これが次にどのような姿に転じるかは、まったく予想がつかない。
「おじさんは何色だと思う?」
黒い客人の問いかけに船頭は、
「何十年も華河で渡しをしてますが、こればかりはてんでわかりません。当たった試しがねえんです」と申し訳なさそうに答えた。
「どの色でもきっと綺麗よね」
「へえ、それは間違いなく」
「どの色でもきっと美味しいよね」
「それは……どうでしょう。あたしのような下々の者が口にしていいもんじゃありませんので」
「なら、この機会に一緒に食べましょうよ」
「いいね〜」
「いや、あたしは。朱上の御許しは──」
「細かいことは気にしない。気にしない」
不安そうな船頭を他所に客人たちは、盛り上がっていく。
龍を口にする。それは赤の都では神事や祝辞に紅帝や紅妃、その子である朱姫、赤宮や一部の祭師に限られている。
年配の船頭の心臓にストレスを与えていることにも気付かずにふたりは、新しい酒の封を切っていた。
その時だ。
華龍が大きく四肢を震わせた。
そして、鮮やかに広がっていく。
咲き開く華の色は、
「「紫」」
長い総を幾重にも重ねた藤棚のごとき紫に染まる肢体の荘厳さに、船頭は涙をながしながら両手を合わせた。
「ありがたや、ありがたや」とボロボロ涙を溢れさせる。
客人ふたりはその船頭と龍の姿をこっそりと取り出したカメラに納めた。
「いい絵が撮れたわね」
「ナイスショットだよ」
盃に酒を注ぎ、風に舞ってきた紫の華をひとつ浮かべて、ふたりはそれを一気に飲み干した。
「「ああ、美味しい」」




