昔のアイツ
*** 麻木視点
「上原アイツ、どうしちまったんだ?」
オレはイライラしていた。
最近の上原はおどおどしていなくて、何故か手を出しずらくなっていた。
今まで、少し脅して要求すれば何でも買ってきたのに。
ドカッ!
オレは、教室の掃除道具が入ったロッカーを蹴り飛ばした。
「ヒッ!」
クラスメートたちが青くなって怯えていた。
いつもの事だ。
数日前、上原にいつものようにゲーム機本体を買って来いと言ったのだが…忘れたと言い放った。
普段なら逆らわずに従うのにだ。
その日から上原の様子が変なのだ。
よく解らないのだが…。
「何だ機嫌悪いな、アサギー。放課後、久しぶりにアイツ校舎裏に呼び出そうぜ?」
教室で、悪友の真崎が声をかけてきた。
彼も鬱憤が溜まっているのだろう。
いや、多分気のせいだよな?
いつも通りに、アイツを痛めつけるとするか。
*
「こんな所に呼び出して、何か用があるのか?」
放課後、オレたちは校舎裏に上原を呼び出した。
ひょろっとした体格で、相変わらず弱そうだ。
「また遊んでやろうと思ってよ」
真崎が上原の襟首をつかんだ。
「そんなに遊びたいのか?しょうがないな…」
「上原のくせに、生意気な口ききやがって」
上原は、襟首をつかまれているのに余裕の表情だ。
何だか嫌な予感がした。
「真崎ちょっとま…」
「「バン!」」
言葉を言いかけて、いつの間にか真崎が壁に叩きつけられていた。
今、一体何が起こった?
全く見えなかった。
「遊んでやっても良いけど、手加減が難しいんだよな。それでどうしてもらいたい?殴ってもらいたいか?」
上原が真崎にニヤリと笑いかける。
いつもと逆の立場になっていて、真崎が上原に襟元をつかまれていた。
ゾワゾワとした、言い知れない恐怖が込み上げてきていた。
「こいつ、本当に上原か?」
以前は、怯えて逃げ惑う姿を笑って見ていたのだ。
一体どうなっていやがるんだ?
「いたいた、上原くん~」
上原を呼ぶ、のどかな女子の声が聞こえた。
三つ編みで眼鏡の、黒田さんが上原を呼んでいる。
上原は掴んでいた真崎の襟元を離し、彼はそのまま地面に落下する。
「どうした?」
上原の関心は黒田さんに向かったようだった。
黒田さんと会話している隙に、オレは地面に転がっている真崎を抱えて逃げ出していた。
*
オレは保健室へ真崎を運び、ベッドへ寝かせた。
真崎は気絶していて、運ぶのも一苦労だった。
人間って意外と重いんだな。
何よりもあの場から一刻も離れたかったのだ。
言い知れぬ恐怖を感じていた…あいつ本当に上原か?
何かが乗り移ったんじゃないだろうか。
今までと性格が全く違い過ぎるだろ。
「ふう~」
オレは椅子に座っていた。
養護教諭の桃井先生は出かけているようだ。
そのうち戻ってくるんだろうか。
「アイツに負けたとか言っても、他の奴らはどうせ信じないだろうさ」
上原は小学校の頃から虐められていた。
同級生の中では有名な話だ。
気が弱くて、いつもオドオドしていた。
「もうアイツとは関わらないようにしよう」
ガラガラ……。
保健室のドアが開いた音がした。
「先生すみません。友達が倒れたので寝かせているのですが」
白衣を着た桃井先生に話す。
桃井先生は、男子生徒から人気のある女性の先生だ。
名前もそうだけど、雰囲気が可愛らしい。
ふとオレを見て、先生が笑った気がした。
「キミ、名前は?」
「オレは1-1の麻木で寝ているのが真崎です」
「彼、貧血持ちかな?」
「あ…いいえ。えっと…」
「言えないのだったら、言わなくて良いよ。わかりました。先生が見てますね」
「お願いします。じゃあ、オレは戻ります」
オレは足早に保健室を出た。
***
校舎裏に、黒田さんが俺を呼びに来た。
というか止めに入ったのだろうな。
「あー逃げられちゃったな」
「ダメじゃない、手加減してあげなきゃ。あいつら、やっぱり上原くんに手を出してきたわね」
「一応加減はしたけどさ」
「そうなの?」
「あ、回復魔法かけてあげればよかったわね」
「怪我してないから問題ないよ」
どうやら麻木は、真崎を保健室へ連れて行ったようだ。
養護教諭の桃井先生に怪我した理由を訊かれるだろうけど、答えられるわけないよな。
俺に負けたなんて言えないだろうし。
黒田さんは、あんな奴相手でも優しいんだな。
自業自得だと思うのだけど。
「それで…あ、あのね。上原くん」
黒田さんが、急にもじもじし始めた。
顔も赤くなっているような。
「き、昨日の事なんだけど…」
「昨日?何かあったっけ?」
「上原くんて、わたしの事、す、す…」
「す?」
何だろう?
「やっぱり、何でもない。じゃあわたし帰るね」
「ああ、気を付けて帰れよ」
俺は、彼女に手を振った。
結局、何が言いたかったのだろう?
黒田さん、少し様子が変だったな。
「あれ?」
足元に何か落ちている。
「生徒手帳か…黒田しおり…」
メガネをかけた真面目な表情の写真が付いていた。
しおりっていう名前なんだな。