夜のお誘い
「ただいま」
「お帰りなさい」
学校から帰ってきて家のドアを開けると、義妹のゆかりが俺を出迎えた。
両親は海外で仕事をしていて滅多に帰って来ない。ゆかりとは三年前、親の再婚で兄妹になった。
黒髪をツインテールで結っていて、白いフリルの付いたエプロンを付けている。
夕飯の用意をしているのだろう。今日のお弁当も美味しかったな。
「美味しかったよ。いつもありがとな」
空のお弁当箱を手渡す。ゆかりは目を見開いている。
あれ?何か変な事言ったか俺。
「えっと?」
「お兄ちゃん、いつもお礼なんて言わないのに…びっくりしちゃった」
そうだったっけ?
「最近ますますカッコよくなっちゃって…良い旦那様になりそうね」
「またそんな事言って…そもそも彼女いないし」
「この前、一緒に来た女の子いるのに?」
「あれはただの友達だから」
最近、黒田さんが家に来た時の事だな。
彼女が紛らわしいことを言うから…。
「そんな事言ったら彼女に失礼だろ?俺なんかを彼氏とか」
「お兄ちゃん、謙遜のつもりで言っているのだろうけど、「俺なんか」なんて絶対言っちゃ駄目だよ」
*
ダイニングテーブルで夕飯を食べる。
今日のメニューはゆかりの作ったカレーだ。
親のいない生活。二人で過ごすのも慣れてしまっていた。
ゆかりは食事を作ってくれる。俺はその他の出来る事を手伝う事にしていた。
「今日、これから出かけるから」
食べ終わったので、皿を水につけて置いておく。
「え?またあの女性とお出かけするの?」
ゆかりが俯いてしまった。
最近彼女からの呼び出しが多いな。少し出かけすぎだろうか。
「お兄ちゃん、行っちゃ嫌だ」
ゆかりに抱き着かれた。家に一人きりになるのが寂しいのだろうか?
嫌って言われても…約束しちゃってるしな。
*
俺とゆかりは、待ち合わせ場所の学校の裏廃屋の前に来ていた。
庭は草が生い茂っていて荒れている。
人が近づかない場所なので待ち合わせに丁度いい。
今にも崩れそうな木造の一軒家だが、中に入らなければ大丈夫だ。
「それで妹さんも来ちゃったって訳ね」
「悪い」
「別にいいけど…貴方がちゃんと面倒みるのでしょ?」
ゆかりは当然魔法が使えないから、俺がサポートしないといけないのだ。
「上原くんは魔力的にどうってことないでしょ?人が一人二人増えようが」
「まあ、そうだけど…」
一人の方が気が楽なのだが、仕方ない。ゆかり相手だと、気を遣ってしまう。万が一、怪我をさせたら大変だからな。
「ごめんね。私が我儘言って」
「ああ、いいよ。大丈夫だから」
俺はゆかりの頭を撫でると、ゆかりが俺に抱き着いてきた。
黒田さんがぎょっとした表情をしている。
「貴方たち、兄妹よね?」
「ああうん。三年前になったばかりだけどな」
「ゆかりちゃんだっけ。わたしは、こいつの事何とも思って無いから安心して良いわよ」
何言ってるんだ黒田さんは。
俺は首を傾げていた。
「いつも思うが、黒田さ、家族とか大丈夫なのか?」
女の子が夜一人で出かけるなんて普通じゃあり得ない。
親が外出を止めるのが普通だと思うのだけど。
「あーうち、母子家庭で。母は看護師、今日は夜勤だからいないのよ」
「そうだったのか。聞いて悪かったな」
*
俺とゆかり、黒田さんは夜空を飛んでいた。
風魔法を使い体のまわりに纏わせる。
外はヒンヤリしていて気持ちが良い。
今日は雲が多いな。
一応、他の人に姿が見えないように、認識阻害の魔法をかけている。
「「わぁー。見てみて!家があんなにちっちゃい!」」
「そうだな」
ゆかりのテンションが異常に高い。
楽しんでもらえて良かった。
一応、俺はゆかりと手を繋いで飛んでいる。
飛ぶのが初めてだと、高い所は怖いからな。
少し心配をしていたのだが、全然平気みたいだった。
夜は静かで、家々には明かりが灯っている。
暗闇は不思議と気持ちが落ち着く。
「魔法っていいなー。私も使えればなー」
「ゆかり、魔法使えても使うところないと思うんだけど」
「もー上原くん、夢の無い事言っちゃ駄目よ」
ふと黒田さんの姿を見ると、肌が満月に照らされて銀色に輝いて見えた。
長い黒髪は緩くウエーブがかかっていて風になびいている。
あれ?いつもの三つ編みじゃないんだ。
俺は、思わず髪を見つめていた。
黒田さんってこんなにキレイだったっけ?
「月が…きれいだな」
「う、上原くん?」
「お兄ちゃん!?」
黒田さんが、足元のバランスを崩して落ちかける。
俺は慌てて、彼女の華奢な腕を取った。
「どうしたんだ?大丈夫か?」
「あ…ごめん。ありがと」
「ここから落ちたら大怪我するからな」
「…下手したら死んでもおかしくないわよね」
ちらりと下を見る黒田さんは、顔が青ざめて引きつっていた。
とっさにゆかりの手を離してしまったな。
手を繋いでなくても、彼女の周りに風を固定してあるから大丈夫なのだけど。
「本当にありがとう」
彼女は頬を赤くして、俺に微笑んだ。