隣の席の女子
人気のない公園。
俺たちは公園のベンチに座っていた。
「異世界召喚?勇者?お兄ちゃんマンガの読みすぎ…って言いたいところだけど。じゃあ何でもいいから魔法見せてくれる?」
「そうだな。『火よ』」
指先に火が灯る。
これならば目立たないし、直ぐに隠す事も出来るからな。
「手品じゃないわよね。そんな趣味聞いたこと無いし…もしかして水も出せるとか?」
「ああ、『水よ』」
空中の何もないところから、水が湧き出した。
「これで納得した?」
「…取り合えず信じる。目の前で見ちゃったし」
現実主義のゆかりには、受け入れがたいのかもしれないな。
俺は逆に異世界に憧れていたから、直ぐに現実を受け止めた方なのだが。
*
翌日、学校に登校した。
ゆかりは心配してくれたが、何とかなるだろう。
最悪、分からない事は他の人に訊けばいいわけだし。
何とか学校にたどり着いたが、教室が何処だかわからない。
校庭をキョロキョロしていると、後ろから男子に肩を叩かれた。
「何してんだよ。上原、教室に行かないのか?あー頼んでおいたもの持ってきてくれたよな?」
馴れ馴れしく、話しかけてくるので知り合いだろう。
うん、見覚えがある。
嫌な感情が湧いてきたので前に虐めていた奴に違いない。
「無視すんなよ、やべ遅刻するな」
腕時計を見て、男子生徒は走り出した。
俺は、男子生徒の後を追いかける。
多分同じクラスなのだろう。
これで教室に行けるな。
無事に教室へたどり着いた。
席はどこだろう。
見渡すと空いている席があるのであそこだろうか。
俺は窓際の後ろの席に座った。
席に着いたところで、先ほどの男子生徒に声をかけられた。
「持ってこなかっただと?」
「うん。ごめん。忘れちゃって」
嘘は言っていない。
何を約束したかも憶えていないのだ。
クラスの男子は麻木というらしい。
麻木はスマホの画面を見せてきた。
「これ!よーく憶えておけよ」
見せられたものは、最新のゲーム機。
値段は二万円もする。
「親に買ってもらったらいいんじゃないか?」
昨日までの俺はこんな事を言われていたのか。
虐められていた記憶はあるけど、内容が何かすっかり忘れていたからな。
「ああ?言うこと聞かねえとわかってるよな」
どうやら脅されていたみたいだ。
今の俺には全く効かないけど。
麻木は俺の胸ぐらをつかんで睨む。
沸点が低い奴だ。
「すっかり忘れてた。ごめん」
「何なんだお前…全然怖がらねえし、つまんねえの!」
麻木は俺から手を離した。
「アサギ―、それより昨日のさ、凄い動画がバズってるんだけど見た?」
他のクラスメートの男子が、麻木に話しかけていた。
「何だ?」
麻木は、声をかけた男子生徒の方へ向いていた。
「良かったね。上原君」
隣の席の黒田さんが声をかけてきた。
背中まである黒髪を三つ編みで結わえている。
いつも本を読んでいる女子だ。
「ねえ、そういえば何だか少し変わった?」
彼女は、眼鏡越しに静かに微笑み首を傾げた。
「上原くん。もしかして異世界帰りだったりして」
隣の席の女子、黒田さんは呟いた。
俺はドキリとする。変な汗が背中から噴き出した。
「冗談よ。まさか、そんな事が現実にある訳が無いからね。あったら面白いけど」
そう言って、本の表紙を指さした。
今流行りの異世界物のラノベ。
いつも本を読んでいるなとは思ってたけど、そういうのを読んでいるんだ。
興味はあるんだろうな。
その日、一日は何事もなく無事に終わった。
*
家に帰りドアを開けると、ゆかりがスマホを持って迫ってきた。
まだ玄関で家にあがってもいない。
「ただいま…どした?」
「これ、見た?」
俺はある動画を見せられる。
「昨日行ったショッピングモールだな」
「この後よ」
「あれ?俺?」
偶然写り込んだのだろうが、ゆかりに絡んでいた男を投げるところと、二階から飛び降りたところがバッチリ写っていた。
幸いにも遠くからなので顔が全く認識できないが。
「学校でも大騒ぎだったのよ?私たちだとはバレていないみたいだけど」
「男を投げ飛ばしたから、俺…捕まる?」
「それは多分、大丈夫じゃないかな。あの時は助かったけど…またあんな事になったら大騒ぎになっちゃう」
あの時は、何も考えないで行動をしていたけど、もっと慎重になるべきだったな。
今の時代、いつ動画に取られても不思議じゃない。
「今度から気を付けるよ」
やっと異世界から帰ってきたんだ。
今度は穏やかに暮らしたいからな。
*** 黒田しおり視点
「まさか、他にも異世界帰りの人がいたなんて…」
わたしは今から半年前、異世界に呼ばれて戻ってきた。
勇者じゃなくて聖女としてだけど。
何処かへ戦いに行くこともなく、ただ神殿でお祈りをするだけで、聖なる力が発動して魔物を排除できた。
眼鏡を外し、三つ編みを解く。
するするっと髪が解かれた。
緩くウェーブに波立った髪は少し気に入っている。
「上原くん、魔力でバレバレよ。隠すって事知らないのかしら。まあ、別に隠す必要なんてないか」
わたしは、部屋の窓から身を乗り出した。
月明かりに照れされ、今日も空を飛ぶ。
真っ暗な空は気持ちが落ち着いて気持ちが良い。
静かな夜がわたしは好きだった。
「今の生活…退屈なのよね。少しは楽しめるかも」
わたしは、ほくそ笑む。
ホウキに乗ったら、そのまんま魔女に見えるだろう。
上原くんと空を飛ぶのもいいかもしれない。
探せば他にも居るのだろうか?
「うふふっ」
今日は海まで飛んでみよう。
地元は山ばっかりだし、たまにはいいよね?