ボーイッシュな幼なじみを位置情報ゲームに誘ったらしょっちゅう連れ出されるようになった件
ドラゴンハンターなう。
元々は家庭用ゲーム機の人気タイトルだったドラゴンハンターが、スマホの位置情報ゲームになった。岳多 載文が高校に入学したのと同時期だった。
十五の誕生日プレゼントに家庭用ゲーム機の最新版を買ってもらって、高校に受かったのと同時に解禁された。
どハマりした。
それまでマンガやアニメに使っていた時間がゲームに移った。むしろそれ以上になった。数ヶ月で数百時間は費やした。
入学式の後もそんな生活を続けようとしたら、ゲーム機ごと親に取りあげられた。
(スマホ版でもやってみるか……)
位置情報ゲームに手を出すのは初めてだ。なぜなら、外に出るのがキライだから。けれど、少しでもハント欲を満たしたかった。
始めてみたら思いのほかおもしろかった。通学の電車待ちの時にサクッとハントできるのがいい。
家の近くに倒したいドラゴンがいる時には、近場までなら歩いて出るようになった。
家庭用ゲーム機でやっていた時と同じように常に何かの素材が足りなくて、常に金欠だけど、苦戦していたドラゴンを倒せるようになるとテンションが上がる。
新しい学校で一言も話さないで帰ろうが、一歩出てハントモードになればどうでもよくなる。家庭用ゲーム機版と違って家で深夜までやりすぎることもないから、勉強への支障もない。いいことづくめだ。
けれど、ひとつだけ問題があった。
シリーズの合言葉は「レッツ・ハント」。
最大四人まで一緒に同じドラゴンと戦えて、複数人で戦うメリットが大きいゲームだ。一人だと狙われ続けて隙を作りにくいドラゴンでも、二人以上だと他が狙われている間にダメージを入れられる。
まったく知らない人とオンラインで一緒にプレイすることもできる。そこにコミュニケーションは要らない。ただ一緒に倒せばいいだけだ。対象のドラゴンが終われば解散になり、ほとんどは二度と会わない。
それはわかっている。わかっているが、オンラインは苦手だ。家庭用ゲーム機の時に数回やってみたけれど、自分の立ち回りがあっているのかと考えてしまって楽しくなかった。
しかもスマホ版だと、「後でハント」に設定したドラゴンはQRコードの読み取りで一緒に行くのが前提だ。
要は〝オトモダチ〟がいた方がよりいいゲームなのだ。
コミュ障には難題すぎる。
高校では授業で必要なこと以外には声を発していない。
幼いころから一緒で中学時代はそこそこ話せていた仲間へも、自分から連絡していいかわからない。向こうは向こうで忙しくて迷惑なんじゃないかとか、そもそも興味がないかもしれないとか、余計なことを考えてしまう。
(あいつを誘ってみるか……?)
消去法で、なんとか言えなくもなくて、乗ってこなくもなさそうな顔がひとつだけ浮かんでいる。家庭用ゲーム機版だと買うのが大変だけど、スマホ版なら無料で気軽にできるから始めてくれる可能性はある。
そう思って顔が浮かんだまま言えないで二週間以上経っている。
「げ。今日も載文と帰りが一緒かよ」
最寄駅の改札を出たところで自分を呼ぶ声がした。
四季森 朱。ショートヘアで男まさりな話し方をするのに、顔半分ほど見下ろす形になる、ちまい女子だ。
私服だった地元中学ではパンツスタイルだったから、高校の制服のスカートが見慣れない。
「イヤなら声をかけてくんなし」
「毎日ひとり帰りの載文につきあってやろうっていうボクの優しさがわからんのかね」
「まったくわからん」
方向が違う高校に通っているのに、平日はなぜか毎日帰りが一緒になっている。入学してからここ一ヶ月近くずっとだ。
帰り道でハントをしたいという気持ちもなくはないけれど、四季森と話すのも楽しくなくもないから、なんとなく一緒に帰っている。
「それでさー、その子が……」
「あ、あと、こんなこともあってさー」
(いや、これは話しているうちに入るのか?)
帰りの間ずっと、ほとんど四季森がとりとめのない話をして終わる。
駅から徒歩十分ほどの距離だ。先に自分の家に着いて、四季森は数軒先の家に帰る形になる。
「じゃあ、またなー」
「おー。また……」
いつものように別れかけたけれど、今日はなぜか口がなめらかに動いた。
「四季森。お前、ヒマか?」
「べ、別にヒマじゃないし!」
「ならいい」
「ちょっ、待って。何? 内容によっては時間を作らなくもないけど?」
「わざわざ時間を作ってもらうならいい」
「いや言うだけ言ってみろって」
「ハァ……」
ついため息が出た。こっちとしてはもういいのに、言わされる意味がわからない。
「ドラゴンハンターなうって知ってるか?」
「ドラゴンハンターなら父さんがやってたけど」
「マジか。オヤジさんやるのか。ってかお前んち、あるのか」
「それがどうかした?」
「スマホ版が出ててだな。今までのと同じでチームハントのが有利なんだが。お前もやるか?」
「え。載文、チームハントやってんの?」
「……悪かったな。一緒に行けるやつがいなくて」
こいつに言った自分がバカだった。その結論でこの話は終わりだと思った。
「ふーん? しかたないから朱様がつきあってあげよう」
「いや、ヤなら別にいい。一人でもハントはできるし」
「いや興味なくはないし」
「別にムリしなくていいんだが?」
「してないし! すぐダウンロードするし!」
「Wi-Fiあるとこのが早いから帰って入れて、チュートリアル終わったら言ってくれ。じゃあな」
「あ、載文。タイムつなごう。一緒にハントしやすくなるだろ?」
タイムは家族連絡と広告しか流れてこないコミュニケーションアプリだ。
「まあいいけど」
答えてアプリを開く。あまりに使わなさすぎて、半分つなぎ方を忘れている。四季森が主導してつないでくれる。
「これでよし。試しに送るぞ」
ふわふわしたウサギのスタンプが送られてくる。
「女子っぽいな」
「悪かったな! 似合わなくて」
「悪いとは言ってない」
次の日は休みだ。
目は覚めたけれど起きるのがめんどうで布団でダラダラしていたら、タイムにメッセージが入った。
『昨日のうちにチュートリアル終わったからハント行こう』
『早いな』
『だろ?』
ドヤ顔のスタンプが送られてくる。ドヤっているのに、かわいい系なのが不思議だ。
急いで準備をして、家の前で待ち合わせる。
「は?」
四季森に会っておどろいた。
「おま、チュートリアルどころか、昨日の今日でランク上がりすぎだろ」
「ふふん。このボクにかかったらランクの十や二十くらいはあっという間なのだよ」
ものすごくドヤ顔だ。スタンプに負けてない。
「言ってくれればつきあったのに」
「ほへ?」
「なんだその間の抜けた顔は。女の夜の一人歩きは危ないだろ」
「そこはまあ、安全のために父さんをつきあわせたから大丈夫なんだけど」
「おじさんも始めたのか?」
「ううん。スマホじゃやらないって。ただのボクの見守り」
「マジか。神親だな」
「うん。ボクもそう思う。っていうか、載文、ボクのこと女だって思ってたの?」
「何を今更。どこからどう見ても女だろ?」
「そう? そっか」
なぜかものすごく上機嫌になった四季森に、その日は一日つきあわされた。
(やっぱ知ってるやつとハントできるのはいいな。四季森が一緒なら、他に知らないヤツが来ても怖くないし)
「載文ー! ハント行くぞー」
「待て。昨日の今日だぞ?! おま、元気過ぎないか?!」
「どうせ予定なんてないだろ? レッツ・ハント!」
バシッと決めポーズらしい動きをされる。
「あのなァ。俺にだって予定くらい……、まァ、ないし、ハントに行くのはやぶさかじゃないけどな」
「じゃあ、決まり! 昨日みたいにさ、知らないとこまで足を延ばして、疲れたらその辺の店で休んだり、何かおいしいもの食べたりしよう」
「待て。連日はさすがに金がキツい」
「あ、そっか。じゃあ、ちょっと待ってて。一時間後に再集合」
「俺んちの前なんだからフツーにチャイム鳴らせよ」
「いいの? おばさんとか」
「別にいいだろ。母さんもお前のことは保育園から知ってんだから」
「んー……、まぁいっか。わかった。そうする」
何がまぁいいのかはわからないが、明らかにその方が楽だろうに。
きっちり一時間後に、四季森がもう一度訪ねてきた。対応に出た母親がニマニマと見てきて気持ち悪い。さっさと玄関を出る。
「で、なんで一時間後だったんだ?」
「ほら、お弁当。二人分。これ持って公園とか行こう。それならお金の心配はいらないだろ?」
「ちゃんと食えるものなのか?」
「失礼だな?! ちゃんと母さんと作ったからマトモだぞ!」
「おばさんが協力してるなら安心だ」
四季森がほほをふくらませる。おもしろい。
そんな調子で、休日のたびにつきあわされるようになった。二人揃ってどんどんランクが上がっていく。気がつけば、休みの日には四季森といるのが当たり前になっていた。
「それにしても、お前がこんなにハマるとはな。そういえば昔からバトル系の少年漫画はそれなりに読んでたもんな」
「うん。まぁ……、好き、だからね」
「そうか」
聞き流して、それから、なんとなく何かがひっかかった。
「少年漫画が? ハントが? それともバトルか? まさかの俺?」
(いや冗談にしてはタチが悪かったか……?)
そう思って訂正しようと四季森を見ると、耳まで真っ赤になっている。
「……は? マジか」
「ノーコメントだ!」
「いやいやいや、そんな顔で言われてもなァ」
「ううっ、載文のくせに生意気だ! 絶対、漫画かハントのことって受け取ると思ったのに」
「いや俺も冗談のつもりだったんだが。マジか……」
「ごめん」
「なんでそこで謝るんだよ」
「だって、ヤじゃない? 一緒にいたいから好きなことをダシにしてたみたいで」
「別に。そりゃあファッションハンターで足を引っ張られまくったとかならヤだけど、ガチもガチだったから一緒にハントしてて楽しかったし。
ってか、一緒にいたかったのか……」
「ちょっ、今のナシ!!!」
「いやもう聞いたし」
四季森がものすごく恥ずかしそうに唸っている。
(なんだこのかわいい生き物は)
生物学的に女だとは認識していたけれど、異性としては意識してこなかった。もし意識していたら緊張し過ぎて、こんなふうに打ち解けて話せなかっただろう。
「そういえば……、お前、昔は髪も長かったし、フリルがついたワンピースとかも着てたよな? 中学一年くらいまでか?」
「それは載文が……、誰かに、女子女子してる女子は苦手って言ってたのが聞こえたから。こんな感じなら話せるのかなって……、やってみたらボクもしっくりきたから……」
「……は? 待ってくれ。理解が追いつかない」
四季森とは保育園が一緒で、小学校低学年くらいまでは仲が良かった。周りが男女に分かれだしたころからなんとなく距離ができて、四季森の雰囲気が男っぽくなってからまた話すようになったのだったか。
(完全に俺と話すためじゃいか……?!)
「まさかとは思うが……、高校の帰りが一緒になってたのは……」
「最初は本当に偶然だったんだ! それで、あの時間なら駅で載文に会えるんだって思って。日によっては待ってたり……」
「待ってたのか……」
新事実が多すぎてショートしそうだ。自分の心音がうるさい。妙にふわふわした感じがしてしまうのも、思考が回らなくなっている一因だろう。
「ほんっとーにごめん! イヤならもう絡まないから」
「別にイヤじゃないし」
(違う。言いたいのはそんなことじゃないだろ)
「ほんと? 呆れてない?」
恥ずかしげに見上げるのはやめてほしい。鼓動が早まって、自分の体なのにコントロールがつかない。
「別に……」
(だからもっとうまい言い方があるだろ?!)
ムリだ。コミュ障にこの場面はハードルが高すぎる。
「……四季森」
呼んで、ただそっと手を重ねる。
四季森が息を呑んでこちらを見た。
「来週もハントするぞ」
「……うんっ!!!」
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