閻土
改めてルールを貼っておきます。
・試合時間は40分。
・3つある陣地を奪い合い、試合終了までに敵チーム全員を戦闘不能状態にさせるか、陣地を獲った数の多いチームの料理となる。
・学生用は2チームのみで行われる。(本来の戦闘練習は最大4チームまで)
・互いに自陣からスタートする。
・陣地を奪う際は約1分間陣地内に留まっていなければならない。45秒間は敵チームが中にいてもカウントは開始される。残り15秒は陣地内に味方以外が居るとカウントストップされる。
・戦闘が起きた場合、殺されたら離脱。
※特殊な魔術結界により、戦闘練習の会場は通常なら死ぬような怪我でも死ぬことはない。
先程までとは打って変わって、澪が攻勢に出た。
1対2対2だった乱戦が1対4のレイド戦になっている。
1対4とは言いながらも、響ヴィル、柊レオ間での牽制のし合いは続いている。
澪は一人一人相手にするのをやめ、余りある魔力を多用して顕現魔術を文字通り雨の様に降らせている。
さながら絨毯爆撃だ。
が、こう何度も同じ攻撃ばかりならば慣れてくる。
魔術の爆撃の中でも敵チームを倒し切る事は出来なくとも一時的に戦闘不能にさせる事くらいは出来る。
柊は爆撃を避けて走り寄りヴィルに語りかける。
柊は気づいていた。
互いに牽制し合っているのに響や自分と比べて、キレがない。
相手を倒すという気概は感じられるのだが、なんというか安牌というか、これでも俺は頑張ってると言いたげな魔術しか放ってこない。
それを見て柊はひとつの仮説が立った。
「君さ、イップスだろ?」
イップスとは心の葛藤により、筋肉や神経細胞、脳細胞にまで影響を及ぼす心理的症状。スポーツなどの集中すべき場面で、プレッシャーにより極度に緊張を生じ、無意識に筋肉の硬化を起こし、思い通りのパフォーマンスを発揮できない症状の事だ。
「この戦闘練習に何かトラウマでもあるのかな?」
「ッ!クソッ!」
ヴィルは柊の攻撃を躱しながら顕現魔術を放ち、反撃する。
しかし、そのどれもが柊を避けて遠くに消えていく。
柊が避けているのではない。
ヴィルがずらしているのだ。
柊はただただ真っ直ぐと向かってくる。
「ちくしょうッ」
柊による高速の突き。
それを避ける素振りすら見せずに喰らい、ヴィルは意識を刈り取られた。
###
15年前。俺は閻土に生まれた。
閻土は貧富の差が激しく下級階級に生まれた時点で汚水を啜りながら生きていくしか選択肢がない。
それは俺も例外ではなく、生きる為に必死だった。
物心着いた時には既に親はいなかったし、物心ついたときには世間一般で悪事といわれる行為に手を染めていた。
生きる為に盗んだし、奪ったし、殺した。
悪い事をした自覚はあるけど後悔しているか聞かれれば後悔はしていない。
俺が生きる上で必要な生命活動だったからだ。
もし、後悔している事があれば1年前のあの日のことだけだろう。
閻土のスラムの中で魔術を扱える俺は幼くして、実力で言えば上から数えた方が速いほどだった。
同世代の奴らみたく保安隊に一度も捕まったことはないし、ありとあらゆる喧嘩に勝ち続けてきた。
端的に言って、俺は調子に乗っていたのだ。
気づいたら俺の下につく舎弟が増え、小さな組織の長になった。
小さいながらも上手く組織を生かして来たし、何の問題もなかったはずだった。
が、しかし、避けられない問題というのは存在する。
事の発端は俺の組織の新入り、8歳の男の子がその時スラムを支配していた組織のボスの私物を盗んでしまったのだ。
当然、俺も責任を取らされる事となった。
「俺はよォ。悲しいぜ。お前の事は気に入ってたのによぉ」
長く伸びた汚らしい髭を掻きながら、俺を見下ろしてボスは言った。
気に入ってとか随分と笑わせてくれる。
サンドバッグとして使える良い感じのガキが俺しかいなかったんだろ。
魔術を使える俺は打たれ強かったから仲間の代わりに俺が洗礼を受けていた。
「俺が責任を取ります。だから、仲間は許してください」
「許してくれぇ?んー?いいぜぇ?お前はよくやってくれてるからなぁ」
ダメ元で許しを乞ったのだが、随分と良い返事が返ってきた。
責任を取るために何かされるかと思ったが、許してくれるのか。上手い話すぎて怖いくらいだ。
「が!ひとつ条件がある」
やはりか。
「俺はよぉ、貴族のするアレ!何だっけかなぁ?部下だとか騎士とか奴隷同士を戦わせて陣地を奪い合うアレ!あれがしてみてえんだよ」
話が見えて来た。
「お前がやってくれよ」
そう言って連れられた場所はスラム街の競技場跡。
ある貴族が開発を行っていた競技場がそのまま廃棄されている。
「で?相手は?」
つい素の口調で話したせいでボスの側近に顔面を殴られた。
クソ痛え。血が口の中に充満して気持ち悪い。
鉄の味が脳を刺激して自身が今、下の立場である事を自覚させてくる。
「相手はよぉ、俺が用意しておいたから取り敢えず競技場入れや」
用意した?その言葉が引っかかるが断る立場にないし、断る事も出来ないから仕方なく競技場内へと入った。
この競技場は大した障害物がない為、入場と同時に相手の姿が見える。
「なっ!?」
俺の相手としてフィールドにいたのは俺の部下24人。
その殆どが俺より歳下の子供ばかりだ。
「はい、試合開始ぃ〜」
魔術も碌に使えないボスが貴族と同じように死なない為の結界を張っている訳がない。
そんな中で俺が戦ったら間違いなく殺してしまう。
そんなの出来ないし、したくない。
どうする?どうする?ボスは暗に殺し合えと言ってるんだ。
殺さなかったら多分、全員殺される。
アイツらを守りながら戦えるか?無理だ!
「にいちゃん!ごめん!僕が盗んだから!」
ボスの物を盗んでしまったマロが言った。
お前のせいじゃない。盗みは確かに悪い事だが、だからと言って10歳にも満たない子供の命を遊びに使っていい理由にはならない。
「なーにをごちゃごちゃ話してるんだぁ?もういいやぁ」
我慢の限界が早すぎるだろ!まだ試合を初めて1分も経ってないぞ!?
「はい。入ってぇ」
ボスの掛け声と共に新たに入場する選手。
それは皆ボスの部下である。
「ん」
ボスが一言、というか一文字呟いた。
それと同時にボスの部下は駆け出し、次々と子供達を斬り殺し、殴り殺し、撃ち殺した。
突然の出来事に思考が止まり、体が動かなかった。
目の前で行われる所業の惨たらしさから、10数秒の後ようやく思考が纏まった。
1番近くに倒れていたマロへと駆け寄り、まだ生きていることを確認する。
大丈夫だ。まだ生きてる。
「ご、ごめん。僕が…、僕達が……、余計な事したから……」
僕達が?余計なこと?
言葉の意味を考えるのは後でいい。
「喋らなくていい!大丈夫だ!」
「あぁ、あげたかったのになぁ…、にいさんに……」
小さく、それでいて途切れ途切れに言った。
マロの話す言葉にはまだ続きがあっただろうに言い切る前に息を引き取った。
マロをその場に寝かし、開いたままの目を手で覆って閉じさせた。
辺りを見回すと俺の仲間達は皆、無惨な肉塊へと変えられ、もう2度と話す事が出来なくなっていた。
「お前で最後だぜ?ヴィルぅ」
ボスの部下達が俺を取り囲み、耳障りな声で言う。
最悪な気分だ。俺がもっとちゃんとしていれば皆んなを守れたのに。
俺がもっと上手くやってればボスをあんなにつけあがらせなかったのに。
ボスの部下たちの首が一斉に飛ぶ。
文字通り飛んだ。吹き飛んだ。
体は頭が離れていったことに気づかず、数秒うろうろ動いて倒れた。
そこから先の事は覚えていない。
気づいたら真っ赤に染まった競技場を観客席から眺めていたし、俺の隣には首だけになったボスがいた。
そうやってボーッとフィールドを眺めているとひとつ思い出した事があった。
「そういえば今日が俺の誕生日だった…」
###
閻土での殺人など事件にはならないし日常の光景だ。
流石に競技場跡が血で染まるなんて猟奇的なんてもんじゃないから一時国中で話題になったが、それも数ヶ月で皆の記憶から色褪せていった。
やりたいこともなく、ただただ退廃的に日々を過ごす中で仲間達の言っていたことを思い出した。
『学校っていうの!いつか行ってみたいよね!子供達が集まって皆んなで遊ぶ場所らしいよ!天国みたいだね!」
どうせなら世界一の学校に行こうと方舟魔術学園へと入学した。
そこは確かに良い場所ではあったが、スクールカーストや暗黙の了解。貴族や平民の差など形が変わっただけで本質は閻土とあまり変わらなかった。
結局、この世の何処にも天国みたいな場所はなくて必要なのは信頼できる仲間。一緒に生きたいと思うような人なんだ。
「おい!起きろ!流石にお前庇いながら戦える程俺は強くねえよ!」
柊に眠らされたのか。
目を覚ますと、そこには響の姿があった。




