不可視の投身:顛末⑥
数日後の夜
紅原が黒鋼の部屋を訪ねるが、インターホンを押しても返事がなかった。
「入っちゃお。」
そう言うや否やドアノブに手を掛ける。
カチャリ。と鍵が開いた。
紅原は生まれつきの能力者だ、彼女は念動力の使い手だった。あまり細かい操作は出来ないが、鍵穴を回すくらいならお手の物だ。
部屋に入ると、黒鋼はテーブルに突っ伏していた。
いつものことだ、黒鋼は身に覚えのない来客は基本無視している。
普段、勝手に紅原が入ると挨拶代わりに睨まれるのだが、この日は少し様子が違った。
「あぁ、後輩か。悪い、気が付かなかった。」
紅原は耳を疑った。
自分で言うのもあれだが、勝手に鍵を開けて入ってきた相手への台詞ではない。
「何があったんですか。」
「あぁ、良い知らせと悪い知らせだある。」
紅原は嫌な予感を振り払うように―――良い知らせから、と促した。
「弥勒と村雨を呼んでな、いろいろと協力してもらった。結論から言えばあの怪異による被害は激減するだろう。」
弥勒に村雨、という名に聞き覚えはないが、恐らく昨日話していた能力者達だろう。
先輩は妙な人脈を持っていて、その中には能力者も数人まぎれている。
被害に会う人が少なくなる、昨日はあんなに喜ばしいことに思えたのに、心がざわつく。
「―――悪い知らせはなんですか。」
間をおいて絞り出した問いに、先輩が答えた。
「阿部が亡くなった。あの平原で、飛び降り遺体だ。」
阿部の葬儀は彼の仕事仲間や友人達によって執り行われた。
家族はおらず天涯孤独だったが、それでも多くの者が協力し、参列した。
地元のやくざや警察関係者も顔を見せる程で、彼がその身一つで積み上げてきた人望の大きさが伺えた。
「私がアレを刺激してしまったんでしょうか。私が彼の話を聞いてあそこに行ったから…」
後輩はそう言って自分を責めている。
「お前のせいじゃない、あいつはもう逃れられない領域まで入ってしまっていたんだ。」
それだけ言うとあとはずっと俯いていた。
「後輩…一ついいか。」
別れ際に引き留める。
「二度とアレには関わるなよ、なるべく思い出すのもダメだ。」
「…どうしてですか?」
涙を拭きそう聞き返す彼女に続ける。
「お前は一度ヤツと目を合わせただろう。あぁいう存在は、互いを認知すると…そこに縁が出来るんだよ。そして、いずれ辿ってくる。」
後輩が身を震わせる。
「じゃあ、いつか来るんですか。アレが、私のところへ」
「だから忘れるんだ、気にしないんだ。あぁいう存在があやふやなものは、こっちが認知しなきゃ向こうも干渉しにくくなるのさ。知らぬ存ぜぬだ。
―――なんなら、記憶を消す能力者でも呼んでやるか?」
おどけた様に言うが、半分本気だ。
「先輩は消せないんですか、私の記憶。」
「あー…まぁ、出来ない事はないが…」
「じゃあ、もしもの時は、お願いします。」
後輩はそれだけ言うと歩いて行く。
そして少し歩いて振り返ると、
「ありがとうございました。
今回も、最後まで付き合ってくれて。」
そう言って少し笑った。




