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異能(怪)奇譚  作者: 藍スピック
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不可視の投身:顛末⑤

「…とは言ってみたものの、ほんとに何もありませんねぇ。」


雑草を千切りながら後輩がぼやいている。


俺と後輩の二人が遺体発見現場にやってきたのは、阿部に現場の住所を聞いたその日の夕方のことだった。


「そうだな、何もないな…何もない原っぱだ。」


俺はそう返しつつ伸びをする。


阿部はもうここには行きたくないと言い、事務所に残った。


「福田さんには悪いけど、何も見つからなかったって連絡するよ。料金も要らないってさ…久しぶりの完敗だ。」


そう言った阿部の顔を思い出し、少し安心していた。


「まぁ、こういうのには関わない方が得策だ…お前もそうならいいんだがな。」


横で相変わらず草を毟る後輩に釘を差す。


「でも、ここで人が死んでいて、もしそれが尋常ならざる何かの力によるものだとしたら。放っておくことは出来ません。また人が死ぬかもしれない。

阿部さんも、ここで手を引かなかったら危なかったと思うんです…それに…」



「”能力者”が関わっているかもしれない…か。」


後輩はコクンと頷いた。


「先輩も、その可能性を感じたから来たんじゃないですか?」


「いや、違う。」


その問いを即座に否定する。


「俺は、万が一‘マジもん‘だった時の為に来たんだよ。」



日が沈み始めている。


「それって、本物のオバケ…ってことですか。」


後輩が目を丸くしながら訊ねてくる。


「―――ははっ。オバケってお前…まぁ、ありとあらゆる可能性を考えてるんだよ、俺は。」


「まぁ、仮にお前の言うオバケの類だった場合、お前は相性が悪すぎるからな。すぐ突っ込むし、人の話聞かないし。」


ホラー映画なら真っ先に死ぬ性格だ。


後輩は頬を膨らませつつも、思い出した様に聞いてきた。


「それで、先輩の”眼”で何か見えるんですか。」




「んにゃ、まだ視てない。」


そう答える俺に後輩は首をかしげる。


「ここに来てからもう20分以上経っているのに、まだ何も視てないんですか?」


「あぁ、出来れば視たくないからな、お前が忘れたままなら良かったんだが。」


「何寝ぼけた事言ってるんですか、日が暮れる前に―――」


後輩の言葉が途切れた


隣を向くと、彼女は何もない筈のところを凝視していた。


前方斜め上、丁度‘十数メートル先に4階建てのアパートがあるとすれば、屋上はそれくらいの位置にあるだろうか―。


「―――ッ紅原!!」


黒鋼が声を上げ、彼女の腕を取る。


そしてその手首に自らの”二本指を叩き付けた”。


「痛っ!…なんでしっぺなんですかッ!!」


正気を取り戻した後輩を放って前方へ向き直る。



黒鋼の左眼周辺の皮膚に亀裂が走る、古い切り傷の様なものが現れうっすらと血が滲み始める。


やがて流れ出した血が重力に逆らうようにゆっくりとその左眼に吸い込まれ、


―――その瞳が薄緑に輝き始めた。




”能力者”と紅原が言っていたが、この世界にはそういう者達が存在する。


表向きには知られていない、超常の力を持った人間。


俺や彼女も、それに該当する存在だ。



能力者のなかでも珍しく、黒鋼にはいくつかの異能がある、その一つであるこの左眼は、


かつてとある異形から譲り受けたものだった。


「理解の魔眼」


その瞳で視たものを解析し、隠れているモノを暴く魔眼。


そして今、その瞳には、4階建てのアパート、次々と落ちてくる死体の山、そしてそれらの中心で”微笑む女”が映っていた。



「あー…こいつは、本物だ…!」


「本物?ってことは―――ってちょっと!!」


訊き返そうとした後輩を無理矢理抱え草原を駆け抜ける。


街に着くまで一歩たりとも足を緩めることは出来なかった。




「どうして逃げたりなんてしたんですか!」


そう聞いてくる後輩は今にもぶつかりそうな程に身を乗り出している。


「あれが犯人ですよ、福田さんを殺した犯人です!しかも絶対他にも大勢やってますよ、見ましたかあの死体の山!」


未だ興奮冷めやらない後輩を横目で見ながら、俺はぐったりとソファに沈んでいる。


何も言い返さないことが気になったのか、後輩は少し静かになる。


「…傷、大丈夫ですか?」


理解の魔眼は血を燃料に使い、その度にこの眼が埋め込まれた時の傷が開く―――そのことを言っているのだろう。


「大丈夫だ、”もう治ったよ”」


そう言いつつ顔を上げる。


「お前、アレ、どうにか出来るのか?」


そう言われ後輩は言葉に詰まった。


「お前の能力は破壊力だけでいえば一級品だが、あぁいう怪異の類にも効くのか。


…いや、仮に効いたとしてもだ、さっき奴と目が合っただけで動きを奪われただろう。あれは見えたんじゃない、見させられたんだ。手玉に取られかけたのさ。」


―――相性が悪いんだよ。


そこまで言い、俺はまた一段階深くソファに沈む。


「でも、先輩なら…」


後輩が絞り出すように呟く、


「…あれは、俺もキツイな。」


「先輩でも…?」


信じられないといった口ぶりだ。


「帰る途中、あの場所について調べた。数年前からあちこちで似たような怪死事件が起きている。開発が遅れているのもそのせいだ。


あの死体の山はヤツがこれまで殺してきた人間の数なんだろう。


つまり、それだけ‘多くの人間を食らって”成長”してきたってことだ。」


―――とてもじゃないが手に余る。


「でも、でも…」


後輩はまだ何かいいたげだったが、言葉が見つからないらしく結局黙り込んでしまう。


「明日、知り合いに頼んでみるかな、魔除けや人除けに近しい能力者が居る。


あぁいう魑魅魍魎の類と人間の視線が交わらないようにする方法があった筈だ。」


その言葉に紅原の表情が少し明るくなる。


「乗り掛かった舟だ、やれることはやってやろう。」


「―――はい!」

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