不可視の投身:顛末③
「それで気が付いたら原っぱに倒れてたよ、時計を見たら着いてから10分と経ってなかった。いくら見回しても、影も形も血も無しだ。」
阿部は肩の震えを抑えるように自らの身体をさすりながら話しを終えた。
「その後は…?」
「それはもう…逃げるように帰ったよ。」
あんなに走ったのは高校の体育祭以来だと笑って、阿部がグラスを煽る。
「―――あの時、振り返ったのかな、俺は。」
その問いに俺は何も言わなかったが、答えは決まっていた。
「それからは交友関係を洗っているらしいが、やはり進展は無いそうだ。」
と、そこまで語って俺は後輩の方へ向き直った。
「俺が知っているのはこれだけだよ。」
”だからもう帰れ”という意志を込め、改めて後輩を睨みつける。
しかし、彼女はまだ何か納得がいかないようで、ずい―――と距離を詰めてくる。
「それで、どうなんですか。」
問いの意味を一瞬計りかねるが、直ぐに何を言わんとしているか思い当たった。
後輩はこう訊いているのだ、阿部はその時”振り返ったのか”と。
「あぁ…あいつなら、振り返るだろうな。」
「確かですか。」
後輩が更に詰め寄ってくる。
トン、と背中に何かを感じ、振り返ると壁だった。
こいつと話しているといつもこうだ。
じわじわと距離を詰められ、自分が一歩、また一歩と退き、やがて追い込まれる。
このままでは壁にめり込んでしまうのも時間の問題だ。
そうなる前に―――と後輩の両肩を掴む、そしてゆっくりと前進し、逆に押しやりながらその問いに答える。
「あいつは分からないものを分からないままで終わらせているタイプじゃない、阿部はその時振り返って何かを見た。」
「そしてあまりの恐ろしさにその記憶を忘れてしまっている…ってことですね。」
紅原が言葉を引き継ぐ。気が付けば逆に彼女を壁際に追い込んでいた。
「それで、どうするつもりだ。」
―――この事件を調べる気なのか。
そう訊いたつもりだったが、後輩は何故か何も言わず、何やらぼんやりした顔でこちらを見つめている。
「…どうしたいですか?」
不意にそんな返事が返ってきて、当惑した。
「ん?」
間抜けな声が口から出る。
「え、いや、俺に聞かれても困るんだけど。」
思わず素が出てしまい、気を取り直す為後輩から手をはなし距離をとる。
(こいつ熱でもあるんじゃないのか)
よく見ると顔も赤い。
そう思いながら後輩を見ると、やっとこちらの質問を理解したのか、
「決まってるじゃないですか。この事件、私が解決してみせますよ。」
言い放つ彼女の、どこからそんな自信が湧いてくるのか。
もうすっかり名探偵気取りだ。
「それで先輩、早速ですが、阿部さんの連絡先を―――




