不可視の投身:顛末①
「先輩!不可思議な投身事件の噂、知っていますか?」
今にもぶつかりそうな程に身を乗り出しながら、彼女は食い気味にそう聞いてきた。
彼女――紅原 璃夢
紅原は俺のことを先輩と呼んでいた、
そして俺もコイツのことを後輩と呼ぶ。
学校が同じだった訳ではない、かつて‘あるグループ‘にて数ヶ月間ほどともに行動していた、そして年が3つほど離れていた。
ただそれだけの理由だった。
そしてそんなことはどうでも良いことだった。
「さぁな、それよりなんでここにいるんだ。」
そんなことはどうでもいいとばかりに睨み付けるが、後輩は涼しい顔で続ける。
「その言い方は知っている時のそれですね!
早速詳しい話を――痛ぃっ」
彼女の言葉を遮るように額を指で弾きながら黒鋼は言い放つ。
「…俺たちはとっくの昔に縁を切ったはずなんだがな。」
―とある一件以降、彼女やそのグループの面々と袂を分かっていた。
もう4年近く前のことになる。
しかし、数ヶ月前に大学から出てきた紅原に出くわして以来、どういう訳か彼女はゆく先々で目の前に現れ、あろうことか面倒事に巻き込もうとしてくる始末だ。
この日も何の前触れもなく、朝の8時過ぎから家に押し掛けてきたかと思えば、どうやらまた不穏な事件に興味を持ち調べているようだ。
「昨日大学で小耳に挟んだんですけど、誰も詳しいことを知らないんですよね~。」
彼女はどこかいじけたような顔でそう言うと、直ぐにキラキラと目を輝かせる。
「さて先輩、知っていることを教えて貰いますよ。」
「…嫌だと言ったら?」
睨みながらそう返すと、
「そ、そんな…」
途端にシュン-と悲しそうな表情に変わり肩を落とす。
「…ははっ」
思わず笑ってしまってから、しまった…と少し後悔した。
あまりにもころころと変わる表情に加え、何故か強気な態度…からの落ち込む様が面白くて、つい笑ってしまった。
紅原はきょとんとしている。
ほっといても直ぐに持ち直して、また話を聞こうとせがむのだろう。
そして本人は気付いていないが、こうなるともう彼女のペースを崩せない。
腹立たしいが、どうにも彼女を邪険に出来ない自分がいる。
―本当なら、憎くて憎くてたまらない筈なのに―
「先輩、教えて下さいよー。」
ほんの一瞬首をもたげた黒い感情が、また心の奥に消える。
「…分かったよ。」
俺は諦めたように一つため息を吐くと、彼女に向き直った。
俺―――黒鋼は仕事の合間、休日限定で探偵をやっている。
とはいえ受ける依頼は「失せ物探し」専門だ。
探偵業そのものに興味はあったが、必要以上に人と関わる気が起きなかった。
浮気調査なんて語感が既にドロドロしているように思えたし、ドラマと違って事件調査なんかは端から端までしっかり警察の仕事だ。
そもそも休日の時間潰し程度にしか考えて居なかったこともあり、自分の中で一番シンプルなものに限定して依頼を募集することにした。
始めのうちは音沙汰無しだったが、数ヶ月経った今は少しづつ人脈も増え、最近はそれなりに依頼が来るようになっていた。
そんな俺がその話を聞いたのは、後輩に詰め寄られる四日前のことだった。
「今調べてる件、なんかこう、やばい気がするんだ。」
飲み屋で座るなりそう言ったのは阿部という男だった。
彼も探偵業をやっている、依頼上で何度か情報交換をする内話すようになっていき、今日は仕事帰りにバッタリ出くわし飲みに行くことになった。
「やばいってお前に言わせるとは相当だな、どうしたんだよ。」
そう訊き返す。
阿部は依頼の為ならどんな相手にでも怯まず情報を取りに行く男だ。
その度胸を買われ、その筋の者達も穏便に済ませたい依頼や調べものは阿部に頭を下げて頼む程で、周囲から一目置かれる存在だった。
探偵を始めた頃、俺に依頼を回してくれたのも阿部だった。
その阿部が開口一番にやばいなどと言うのだからよっぽどだ。心なしか身体も震えているように見える。
「そんなに危ない依頼なのか?」
改めてそう訊ねると、
「いや…危ないとか、犯罪に関わるような依頼じゃない筈なんだ…ただなんというか、得体の知れない何かを感じてな。」
そう言うと阿部は、事の発端を語り始めた。




