不可視の投身:神秘
アパートの階段を降り、建物の外に出た。
駅に向かって歩きだす。
道行くお婆さんと挨拶を交わしていると、空から火の鳥が飛んできた。
「…歩きかよ。」
火の鳥が不服そうに声を上げる。
「五月蝿いなぁ、飛べねぇんだよ…俺は。」
ぼやきながら歩みを早める。
―――トットッ。
―――後ろから聞こえてきた足音が追いつくと同時にヌッと本田の顔が覗く。
どうやら人の姿に戻ったらしい。
「急ぐんじゃないのか?」
本田も後輩のことはよく知っている。彼としても心配なのだろう。だが、
「ここで体力を使うのは得策じゃあない。相手はこの世の者ではなく、この世の常識が通じるかもわからない。万全の状態で行くべきだ。」
それに―――
「勝やお前と違って、俺は大したことは出来ないからな。」
俺はそう言いながら力無く笑う。
(ほんと、こんな化け物共と一緒にされたら困る…)
本来ならすれ違うことすら避ける程だ。
こんな連中と関わっていたら命が幾つあっても足りない。
「いや…お前は結構やるやつだよ、実際。」
本田が何か言っているが、聞こえないフリをした。
改札を抜け、15分程電車に揺られ、駅を降りてから歩くこと21分。
隣町の郊外に広がる原っぱの中心にそれはあった。
まるではじめからそこにあったかのように。
そこには、4階建てのアパートが建っていた。
この前と違うのは、血の海も死体の山もない、一見すればごく普通のアパートが建っているという点。
”だが有り得ない”
こんなものはここにはない。
つまり、
「既にこの怪異の領域、という訳か。」
そう言って気を引き締める。
「有難いね、こんだけ干渉されるなら、こんだけはっきり見えるなら…わざわざ左眼を使わなくて済む。」
「あー…それ血使うんだよな、ならラッキーだ。」
―――お得じゃん。
と本田が伸びをしながら返す。
「で、どうするよ。」
と尋ねる本田に答える。
「俺は端から部屋を見て回る…お前は周囲を警戒しててくれ。」
「りょ」
短く返事をすると同時に、本田の身体が再び炎に包まれる…そして―――
「―――火 鳥 不 滅!(フェニックス・セカンド)」
掛け声と同時により一層激しく炎があがり、やがて火の鳥へと姿を変えた。
本田 武志
本人はその能力を
火鳥不滅
と呼んでいる。
炎を操るだけでなく、火の鳥へと姿を変える能力だ。最も特徴的なのは、火鳥状態の時は”一切のダメージを受けない”という点。
―――言うなれば条件付きの不死身。
相手は何をしてくるかわからない怪異。その行動全てが初見殺し足り得る存在だ。相手取るならこれぐらいのズル(チート)野郎を連れてこなければ話にならない。
だが、本田を選んだ理由はそれだけでは無い。
「―――あいつならこういう怪異的なものにも耐性があるんじゃないかしら…神秘にも近いし。」
稲嶺の言葉が脳裏に浮かぶ。
かつて、本田の能力は小さな炎を操る程度のものだった。
かつて、本田と俺は不死鳥を身に宿した少女と出会い―――”その少女の最期を見届けた。”
それ以降、彼の心にはずっと彼女の姿があり、そんな本田の心に応えるように、操る炎は少しづつその姿形を変えていった。
―――超能力。
異能の力という説明不能なものを媒体としても、引き起こされる現象そのものには大抵説明が付く。
しかし、時折例外が現れる。
例えば、自らを護り願いを叶える能力。
例えば、口にした言葉を現実のものとする能力。
そして、火の鳥に変化し不死身となる能力。
それらの性質は科学よりどちらかといえば怪異に近い。
説明出来ないものには神秘があり、同じく説明不能な存在へ”干渉が通りやすい”
本田はこういう件には適任なのだ。
間違いなく、彼の心と力には”不死鳥の意志”が宿っている。




