不可視の投身:依頼②
「とりあえず…後輩がどこにいるかは分かりきっている…」
「そうなの?って、まぁ…話の流れ的にその平原か。」
「あぁ、具体的な条件は分からないが…俺も後輩と同じ光景を視ている。」
行ってみれば自然と繋がるだろう。
「…とはいえ、一人ってのも心許ないな。」
せめて一人連れが欲しい…と考えるうちに
ある男が脳裏に浮かび上がる
「そうだ、犬神なら―――」
「あー、犬神は…ねぇ」
何故か稲嶺が言い淀む。
「貴方が引き受けると予想して先に先遣隊として犬神に向かってもらっていたんだけど…ロストしたのよねぇ…」
「予想して…ってお前なぁ。つか一人は隊じゃないだろ…で、ロストって?」
「反応が消えたのよ、怪異の領域に入り込んだか…若しくは」
「やられたか…」
そう言葉を継ぐと稲嶺はばつが悪そうに頷いた。
犬神 勝
奴は人狼へ変身する能力者だ。
かなり強力な膂力を誇るが、勝の本当の強みはそこではない。
「まぁ大丈夫だろ、勝なら。」
―――最悪死んでてもなんとかなる。
最後の部分は口に出さず、次のことを考える。
「弥勒も村雨も今は県外だしなぁ…となると他に連れて行けそうなのは…」
そう言いながら稲嶺の方へ目をやるが、彼女は首を振った。
「ふふ、お誘いありがとう。でも私が行っても役には立てないわ。―――私の能力は、自分を護るだけだから。」
「…さては最近能力制御の訓練してないだろ。」
どうやら図星だったのか、稲嶺は目を逸らし口笛を吹いている。
あまりに古典的な誤魔化しかたに苦笑していると、彼女はハッと思い出したようにこちらを見た。
「…そういえば本田の家がここから近かったかも。あいつならこういう怪異的なものにも耐性があるんじゃないかしら…神秘にも近いし。」
…そう言われるとそんな気がしてきた。確証は無いが、本田なら連れて行っても大丈夫そうだ。
こういうのはフィーリングが大事だ。
「よし、本田を連れて行こう。今どこにいる?」
「…さっきまでドン引きしてた癖に、いの一番に利用してくれるわね。まぁ、いいけど。」
そう言って目を閉じる彼女の周囲が淡く光る。
夢幻護衛
彼女を外敵から守り、願いを叶える不可視のチカラ。
能力を制御出来さえすれば、大抵のことは出来てしまう強力な異能。
―――関係者全員の居場所を把握していると言っていたのも納得だ、これくらい造作もないか。
そんなことを考えていると、不意に稲嶺が首を傾げた。
―――と。
「あら、そこに居るわね。」
「ッッ…は、話は聞かせて貰ったぜ!」
玄関の扉が開き、どこかぎこちない動きで男が姿を現した。赤いシャツに灰色のネクタイ、髪を茶に染めてはいるが、パッと見好青年といった印象だ。
「タイミングを誤ったな。」
「もう少し早ければカッコよかったかもね。」
「だぁーっ!やめろやめろ恥ずかしい!そうだよカッコいいタイミング伺ってたよ悪かったな!」
俺と稲嶺のダメ出しに悶えているこいつこそ、今まさに呼ぼうとしていた男だ。
「まぁ、丁度良かったな…なぁ、かなり危険な場所かもしれないが、来てくれるか?」
「ふっ、任せておけ…行くぜ!!」
そう声高らかに叫ぶや否や、男は部屋の窓に駆け寄り開け放つ。
そして片足をかけた瞬間、
―――男の身体が燃え上がった。
炎に包まれたその身体はみるみるうちに姿を変え、遂には火の鳥へと完全に変身した。
―――バサッ…バサッ…
騒がしいやつが部屋から居なくなり、部屋に静寂が戻る。
「あっという間だったな…」
まるで嵐だ。にしても、あんなに高いテンションが高い奴だったろうか。
「あっという間だったな…じゃないわよ。
貴方も行くんでしょ。」
―――そうだな。と答えつつ俺は奴と同じく窓に駆け寄る。
そして、窓を閉めた。
稲嶺が首を傾げる。
「…?あれ、行くんじゃないの?」
「ここ5階だぞ、窓から出れるか。」
―――飛べないんだよ、俺は。
そう言って玄関に向かう、この臭い部屋ともおさらばだ。
「あ、なんか失礼なこと考えたでしょ。」
突然エスパーと化した彼女の方を向かないようにしつつ、扉を開いた。
「いってらっしゃい。」
振り返る、そして。
「んじゃ。」
扉を閉め「ちょっと待って!?」
瞬く間に稲嶺が玄関前に現れ扉を掴む。
「そこは”いってきます”でしょうが!」
「いや、こんな臭い部屋帰ってこないよ。帰りは本田の家行くから。」
「はぁあ!?分かったわよじゃあ本田の家で待ってるわよ!!」
「…何故。」
俺の質問には答えず稲嶺は出掛ける準備を始める。てか、今ツッコミの為にテレポしやがったな。
「…行ってきます。」
渋々一言掛けて扉を閉めた。
閉まる瞬間「死なないでね。」と、声が聞こえた気がした。




