不可視の投身:依頼
「それ以来、後輩には会ってない。」
そう言いながらため息をついた。
「後ろめたい気持ちが残っていたのかも知れない、若しくは大学が忙しくなったか…いずれにせよ、あいつが自分の生活に戻れたのならそれでいいと思っていたんだが。」
「ところがそうじゃなかったみたいね。」
稲嶺の言葉に俺は頷いた。
「他の連中ならともかく、後輩は誰にも告げずに行方をくらます様な性格じゃない。」
後輩は恐らく、忘れることが出来なかった。
そしてあろうことか、更に深く、深くあの場所、あの事件に関して調べを進めたのだろう。
(そして深淵に呑まれた…か。)
「はぁ…」
大きくため息をつき、そして顔を上げた。
「行方不明になったのはいつのことだ。」
その言葉に、稲嶺の頬が少しだけ緩む。
「なんだよ、何か言いたいことでもあるのか。」
「なんでもないわ、彼女の行方が途絶えたのは今朝よ。」
俺は目を丸くした。阿部を一週間足らずで亡き者にした怪異を認識しながら彼女はほぼひと月調査を続けていたことになる。
「三日以上前なら最悪も覚悟したが…今朝か。」
なんとかなるかもしれないと思った。それほどの胆力ならまだアレに抵抗している可能性がある。
稲嶺がこちらの意図を量った様に続けた。
「彼女を、助け出してきて。」
「その前に、そもそも何でお前は後輩が行方不明になったことを知っていたんだ。それに、どうして俺を呼んだ。」
―――来るかも分からない俺を。
と言いきる前に、
「貴方が来るのは分かり切っていることだわ。それに璃夢ちゃんのことはずっと監視していたから。」
しれっととんでもないことを言われた。
「監視。」
「璃夢ちゃんだけじゃないわ。貴方も含めて、全員の居場所だけはわかるようにしているの。」
「―――。」
言葉を失った。
”全員”というのは恐らく文字通り全員なのだと直感した。
俺と稲嶺の共通の関係者。
その全員の居場所を常時把握しているとはどういうことだろう。
そこまで考えて、彼は思考を止めた。
「何故俺が来るのが分かり切っているのか、それに何故全員の居場所を把握しているのか、どちらもさっぱり分からないがこの話はまた今度にしよう。」
…頭が痛くなってきた。




