第81話 元凶なのか?
「『氾濫』後の調査は何処まででしたっけ」
「35層までは確認したと聞いています」
ハーティさんがそう言うのなら、そうなんだろう。じゃあさっきのは偶然?
36層、ボーパルバニーは出ない、マーダーベア、ウィルウィー=オスプ、ロックリザードなんかは出るけど、これは通常通りだ。うーん。
37層、普通だったら、ここからボーパルバニーとかタイラントビートルなんかが出てくるはず。
そして出てきた。まあ普通に倒す。今のわたしたちならなんということも無い。
「どうしましょう。余裕はあるけど一度戻って、ジョブチェンジとメンバー増員も手なんですけど」
「39層まででどうだい」
サーシェスタさんは、まだ進めると判断したみたいだ。
「分かりました。ただし、いつでも逃走できるように心構えを」
わたしも同意見だったので、一応注意喚起だけはしておく。
正直言えば、小規模『氾濫』だったらレベルは上げられるし、アイテムも、なぁんて考えてしまった。
それがいけなかったのか、38層で異変が起きた。
以前、層転移のあった階層だ。構造は20層のままで、出てくるモンスターが38層相当になっていたはずだ。
なのに、階段の下にあったはずの陣地が無い。階段から先の光景も前と違う。
旧38層とも違う。何処だここ。
◇◇◇
「匂う」
「臭い!」
ターンとチャートがほぼ同時に言った。
通路の向こう側から、フラフラと揺らぐ人影が現れる。多い。50はいるか。
「ウィザード全員、時間差攻撃。魔法は『ティル=トゥウェリア』! 超級は勿体ないから温存」
ゾンビの群れだ。とりあえず一掃するしかない。
吹き荒れる熱風を目の前に、わたしは考える。可能性は二つだ。
ひとつは、38層がさらに深層と層転移した。そこに『ゼ=ノゥ』が居たせいで、前回の『氾濫』が起きた。今、目の前にいるゾンビは、言わば氾濫の残滓だ。
もうひとつ、こっちは考えたくもないけど、わたしたちが38層に降りてきたと同時に新たな層転移が起きた。
まあ、確認は簡単だ。一つ上の階層に戻れば分かる。
だからハイウィザードクラスの魔法を温存したんだ。とりあえず、この階層の敵は仕留める。
「一旦37層に戻ります。ここが何処なのか確認しましょう」
「そうだねぇ」
微妙な表情のベルベスタさんだ。
「上が普通の37層だったら、もう一度ここに戻りましょう」
「それがいいさね」
嬉しそうだ。レベル上げたかったんだね。
「37層……だね。間違いない」
サーシェスタさんが断言した。わたしもそう思う。つまり、前回の層転移の後、もう1回38層を対象にした転移があったんだ。ゾンビと『ゼ=ノゥ』が居るような階層と。
それが今回の『氾濫』の真相だ。それなら38層のモンスターを全滅させれば、『氾濫』は終わりにできる。
ん? ゾンビと『ゼ=ノゥ』が一緒にいる階層? って、おい。そんな階層あるのか?
わたしの知識と齟齬がある。
そもそも『ゼ=ノゥ』は、ゾンビを呼び出すようなモンスターじゃない。どうして考え至らなかったんだ、わたし。何してんだ。
「どうした、サワ?」
「ごめんターン、もうちょっと待って」
「ん、周辺警戒だ」
「あいよぉ」
周りのみんながターンの指示で警戒に当たってくれた。せっかくなんだ、このモヤモヤを解決してみせろ。
「……『ゼ=ノゥ』だけじゃない、『ゼ・ダ=ノゥ』まで居た。ってことは57層から59層。最悪の59層だとして……、まさか、ゲートキーパー!?」
「サワ。何か分かったのかい?」
「ちょっと待ってください。あり得るの?」
『ヴィットヴェーン』は階層が創生されていくダンジョンゲームだ。誰かが到達した段階でマップが成立する。
つまりこの世界の場合、まだ40層より下は造られていないはずなんだ。なのに確定していない階層のモンスターが転移してきてる。何だこれ、シュレディンガーの猫なの? なんで気付かなかった。
「階層はできていないけど、モンスターは居る。層転移で確定したからモンスターが溢れ出した。あるの、そんなこと」
現実を見ろ。事実そうなっているんだ。
59層には『ゼ=ノゥ』『ゼ・ダ=ノゥ』の他に、『ゾンビを呼ぶモンスター』が居る。59層のゲートキーパー。
「『エルダー・リッチ』」
ヤバい。辻褄が合う。
転移してきた59層は、1週間くらい経てば38層モンスターしか発生しなくなるだろう。だけど、『ゾンビを呼び出すモンスター』が居残ったなら。
「戦闘状態以外で仲間を呼ぶって、反則でしょう!」
「サワ?」
「ああ、ごめん。最悪の予想はできたよ」
「そうなのか?」
「うん。だからもう1回38層に行く」
「分かった」
ターンはあっさり納得してくれたけど、他の人たちはどうだろう。
「理由は聞かせてもらうよ」
「当然です」
皆を代表して、サーシェスタさんが言った。
あんまりにもあんまりな内容だから話したくないけど、仕方ない。話すとしよう。
◇◇◇
「放っておくっていうのはダメなの?」
「正直アリだと思うよ」
リッタの問いに正直に答える。
「ゾンビなんて、今のヴィットヴェーンの冒険者なら、なんとでもできると思う」
その分、経験値も稼げるしね。だけど。
「その『エルダー・リッチ』っていうのが38層に居続けてくれれば、だね?」
サーシェスタさんが正鵠を射る。そういうことなんだ。
「そうです。それともうひとつは『ゼ=ノゥ』は分裂して増えるっていうことです」
設定本にそう書いてあった。ゲームではエンカウントするだけで再現されてなかったけど、この世界でどうなるかは分からない。
「『ゼ=ノゥ』とゾンビが延々と出てくる階層かぁ。稼ぎ所としちゃ最高だねぇ」
「そうなんですよ。特にゾンビ肉が」
「あぁ」
ベルベスタさんはレベルアップスポットに嬉しそうだったけど、ゾンビ肉の問題もある。いや、稼げる分には良いんだよ。
だからこそ、ここで『エルダー・リッチ』を討伐して良いかどうか迷うし、そもそも今の戦力で59層のゲートキーパーって、倒せるの?
「とにかく38層を探索して、ゾンビと『ゼ=ノゥ』は倒しましょう。あわよくば『エルダー・リッチ』が居るかどうかの確認もです」
「落としどころだね」
「ん」
「分かったわ!」
「その上で会長に報告して判断を仰ぐ、ですね」
「ハーティさんの言う通りです。責任なんて負いきれませんよ」
「まったくだね。せいぜい今回、稼がせてもらうことにしようやぁ」
「ズィスラ、ヘリトゥラ、ごめんね」
「いいわ!」
「うん。基礎ステータスも伸びるし」
彼女たちは、コンプリートレベルを超えることになる。
おお、ステータスシステムをちゃんと説明しておいて良かった。ちゃんと理解してくれてる。お姉さんは嬉しいよ。
◇◇◇
「『ティル=トゥウェリア』」
ヘリトゥラの魔法で、ゾンビの群れが全滅した。もう一人前のウィザードだね。
ヘリトゥラとズィスラは、もうレベル25まで来ちゃった。本人たちが納得しているから良いけどさ。わたし? 上がってないよ。50を超えると、そうそう上がるもんじゃないんだよ。世知辛いね。
「『ゼ=ノゥ』」
ターンの言葉は、わたしにとっての朗報だ。経験値とドロップ置いてけやあ。
「パーティチェンジ!」
『ゼ=ノゥ』が出た時だけは、パーティを変更することにした。
わたしとターン、サーシェスタさんとベルベスタさん、リッタとイーサさんだ。残り4人は周辺警戒に当たる。
「『マル=ティル=ルマルティア』!」
ベルベスタさんの氷系最強魔法が突き刺さる。別に属性で弱点とかあるわけじゃないけど、どうやら使いたかっただけらしい。
「感触を掴んでおきたいからねぇ」
嘘つけ。
さあ、ドロップドロップ。って、宝箱なんだ。『ゼ=ノゥ』の時って宝箱率高かったのはゲーム通りだけど、ここまで100パーなんだよね。現実とゲームの違いなんだろか。
「カタナっぽいのが出た」
「おおおおおおお! 見せて、見せてぇぇ!」
「でも短い」
「『ワキザシ』だ、これぇ!」
『ワキザシ』、まあ脇差しだよ。カタナのサブウェポンだね。カタナと併用することで、二刀流を発動することが可能になる、それなりにレアアイテムだ。問題はカタナ持ってないから、単なる飾りということになるってワケで。あぅあぅ。
この世界、もしかして隠しパラメータでLUKとかあるんじゃないだろうか。わたしは低いんじゃないか。
「サワ、カッコいいぞ」
「うん。格好良いわ!」
「羨ましいぞ」
ターン、リッタ、チャートが、ワキザシを腰にしたわたしを褒めてくれる。虚しい。ああ、迷宮に青空はないなあ。上を仰ぎ見て思ってしまった。




