第79話 最強が流すは血の涙
ヴィットヴェーン勢の魔法攻撃は遠慮なく続いていた。
都合のいいことに、相手は35層から40層クラスがメインなので、ほぼ全員がぎゅんぎゅんとレベルを上げていく。前衛が後衛に、後衛が前衛にジョブチェンジして、同時に実戦経験を積んでいるというわけだ。
「パワーレベリングとオーバーレベリングの中間って感じだね。これは凄いや」
「そうなの?」
戦い始めて6時間。あっという間にシーフをコンプリートして、今はメイジになっているズィスラが聞いてきた。
「だけどわたし、なにもやってないわ!」
「ここからだよ。ほら、メイジになったんだから魔法使って」
「わ、分かってるわ!」
多分近くでは、ヘリトゥラも似たようなことをしてるんだろうね。
「『ゼ=ノゥ』が出たぞぉ!」
「っ! ターン、リッタ、イーサさん!」
ズィスラとヘリトゥラは連れていけない。
「全員周辺を魔法攻撃! 『ゼ=ノゥ』には当てないで。後は『ルナティックグリーン』に任せて」
わたしの言葉の直後に、周辺の敵が掃討された。ここで『ゼ=ノゥ』に当ててしまうと、戦闘判定が入ってしまう。だから。
「『ティル=トウェリア』!」
ターンの攻撃が『ゼ=ノゥ』に刺さり、わたしたち4人がバトルフィールドに入ることになる。
一瞬黒焦げになった『ゼ=ノゥ』が皮膚をバリバリと零しながら、再生を始める。やらせるか。
「『ティル=トウェリア』」
次はリッタの攻撃だ。どうだ、二重爆撃は。
「『アームロック』!」
イーサさんの腕が相手の触手に絡みついた。逆じゃないよ。
なんだか分からないけど、触手を掴み取ることで相手の動きが阻害される。『ヴィットヴェーン』の不思議現象だ。まあ、ニンジャが在りもしないクリーピングシルバーの首を斬るくらいだ。これくらいは常識の範疇だよ。
「『ハイニンポー:轟雷斬』」
「『乱れ剣豪突き・八連』!」
ターンとわたしのスキルが発動する。上位物理攻撃だ。受けてみろ。
都合2体目の『ゼ=ノゥ』が消え去り、その場に宝箱が残った。
あれ、こんなに宝箱出る仕様だったけか。まあ、有難くいただくけどさ。
「ターン」
「あいよ」
周りは殲滅されているので、ターンが急いで宝箱を開けた。
「クナイ」
「おおっ。ターンの装備だね」
「違う」
どうしたの?
「返す」
ターンがポイっとクナイを放り投げた先には、『紫光』のニンジャさんがいた。ああ、ターンにシュリケンをくれた人だ。
ターンは義理堅いねえ。
だけどソレは放り返された。
「アレはターン嬢ちゃんにやったやつだ。返される謂れはねぇよ。そっちで好きに使いな」
「分かった。ありがと」
なんかニンジャ同士で分かりあってるぞ。
「チャート!」
ターンはそのクナイを、結構離れた場所にいたチャートに投げ渡した。凄いな50メートルくらいあったのに、ストライクだ。
「これって」
「チャート、今何!」
流石にこの距離だと、大声を出さないと会話が通じない。
「ハイウィザード!!」
「なら、コンプリートしたらニンジャになって!!」
「……、わかったあ!!」
めっちゃ嬉しそうだ。チャートはターンを目標にしてたからなあ。
ああ、魔法を乱射してるよ。
◇◇◇
さて、そろそろスキルが尽きてくる人も出る頃だ。特に後衛ジョブ。
「交代に入ってください。3時間で叩き起こしますからね!」
「了解だあ!」
さあ、キッツいけど穴を埋めないとねぇ。
「サワさん、お待たせしました」
「待たせたのぉ」
そんな時に都合よく来てくれたのは、ウェンシャーやドルントさんだ。
各互助会所属やらなんやら、沢山の冒険者がやってきた。その中には『村の為に』や『世の漆黒』の世話になっている新人たち。こないだトラブルを起こした人たちまで混ざってる。
パワーレベリングでマスターレベルにした人たちもいる。
「あはははっ。最高ですよ! 大手クランの皆さん、パーティ再編は任せます」
「まかせとけえ、『訳あり』たちは前線維持だ。できるのか?」
「できるに決まってるじゃないですか!」
いったいどれだけの冒険者がいるんだろう。100? 200?
ヴィットヴェーン総動員みたいな感じじゃないか。
「交戦判定だけは、気を付けてくださいよ!」
「あいよぉ。雑魚は任せとけ」
「よっしゃあ、ハイウィザードだぜ!」
「俺もだ!」
ダグランさんとガルヴィさんだ。なにやってんだ、あの人たち。ついこないだまでバリバリの前衛だったくせに。
でも正直助かる。流石は『名誉ルナティックグリーン』だけのことはあるね。
他にも続々とジョブチェンジが為されていく。それは勿論『訳あり令嬢たちの集い』もそうだ。
◇◇◇
「止まった?」
気付けば、津波のように押し寄せていたモンスターの密度が低くなっていた。
「ん? 28層のモンスターしか、いない?」
まさか、これで『氾濫』終了?
「バケモノだあ!」
また『ゼ=ノゥ』が出たかっ。
「デカいぞぉ!」
デカい? まさかっ!
「パーティチェンジ! ターン、サーシェスタさん、ベルベスタさん。……リッタ、テルサー!」
「行くわっ!」
イーサさんが渋い顔をしているが、ここは勘弁してほしい。リッタのウィザードとしての腕が欲しいんだ。大丈夫、前衛はわたしとターンとサーシェスタさんでやり遂げる。
「全員退避。『ルナティックグリーン』でやります!」
お願いだから、戦闘判定取らないでね。
「『ゼ・ダ=ノゥ』……」
『ゼ=ノゥ』の大型種だ。性能は、普通種の全部上を行く。
逆に、弱点も一緒ってことだ。火力で押し切れる。だからこその、このメンバーだ。
「やるよ。リッタ、バフ」
「『BF・INT』『BF・INT』!」
「『BF・INT』『BF・INT』『BFW・MAG』。最強魔法攻撃!」
リッタとわたしが同時にINTバフを掛けまくる。
「『ティル=トウェリア』」
速度に優れるターンが、まっさきにウィザード最強魔法を叩き込む。
「エルダーの魔法はまだ足りないねえ。『マル=ティル=トウェリア』」
ベルベスタさんがハイウィザード最強魔法を撃つ。
「『マル=ティル=トウェリア』ぁ!」
リッタがそれに続く。
「『マル=ティル=トウェリア』!!」
最後にテルサーが、最強魔法を叩きこんだ。
「どうよ?」
ああ、油断なんかしてないよ? こんなんで沈んでもらっちゃ、わたしの出番が無いから困るんだ。
「『BFW・SOR』!」
リッタが前衛系バフを掛け始めた。分かってるじゃない。
「『活性化』『芳蕗』『ニンポー:パワー』『ハイニンポー:センス』」
「『活性化』『両拳に力を乗せて』」
「『活性化』『克己』『明鏡止水』『守破離』『剣豪の心得』」
わたしを含めた前衛組3人が、ステータス上昇スキルを乗せまくる。
ぴきっ、ぱきっと真っ黒になった『ゼ・ダ=ノゥ』の表皮が剥がれ落ちて、濃い紫色の下地が現れる。再生してやがるか。
でもさっきより小さくなっている。再生が追い付いてないんだ。
それでも触手が飛んできた。普通の『ゼ=ノゥ』より太くて速い。
「『ハイニンポー:スーパーカウンター』」
「『後の先』!」
「おぉぉ『バックブロウ』ぅ!」
だけど、極限までステータスを高めた3人には通じない。
全員がカウンターを取り、そして触手が切断された。
「見たか! これが今現在、『ヴィットヴェーン』最強の姿だ!!」
まだ究極じゃないけどね。半分にも到達してないよ。
「おおおおお。『神撃』」
まず、サーシェスタさんの拳が相手を抉り取った。
「『裡門頂肘』『鉄山靠』『ハイニンポー:轟雷撃』」
ターンの近接攻撃が相手の内臓を揺さぶる。
「みんな離れて!」
最後の苦し紛れに、毒霧と石霧を繰り出すモーションに入りやがった。
「『継ぎ足』『八艘』『大切断』『剣豪ザァン』!」
毒を浴びながら、半ば石化しながら、飛び込んで十文字に切り捨てる。それで終わりだ。
『ゼ・ダ=ノゥ』は崩れ落ち、宝箱を残して消えていった。
「サーシェスタさん。状態異常回復ください」
「無茶するんじゃないよ。『ゲィ=オディス』」
「ありがとうございます」
◇◇◇
「おおお、やりやがった」
「凄え!」
「あれがマルチジョブってヤツなのか」
感想と歓声をありがとう。だけど今はね。大切なのはね。
「ターン、宝箱」
「おう」
「こ、これは」
ターンが開けた宝箱から出てきたのは、大振りの剣だった。
「これはまさか『白銀の剣』!?」
って、サムライ装備じゃないじゃないか!!
「あの、イーサさん。これを」
わたしは心の中で血の涙を流しながら、イーサさんにその剣を手渡した。
「『ホーリーナイト』へのアイテムです。レベル40が条件ですけど。壊れません。ずっと使えます。良かったですね。本当に良かった」
「サワさん、何か怖いですよ。ターンさんも目が、目が真っ黒ですっ!」
「やったわね! イーサ!!」
「リッタ様、あんまり嬉しくないというか。お二人が怖いんです!」
こうして『第1次ヴィットヴェーン氾濫』は一応終息した。だけど、これは始まりに過ぎなかったんだ。




