第46話 層転移
「ああー、迷宮の後のお風呂は沁みるねえ」
「ふいー、沁みる」
やっぱり迷宮の後はお風呂に限る。ターンも耳をピコピコさせて気持ち良さそうだ。
新人4人が入ってから10日、ついに彼女たちもレベル13、つまりマスターレベルになった。
彼女たちは今、湯舟をプカプカしている。最初の頃みたいにがっついた感じは薄くなってきて、カエルくらいなら淡々と叩き潰してくれる。ヴィットヴェーン的には良い傾向だ。
まあここからコンプリートまでが大変なんだけどね。
今、わたしはファイターのレベル15。
ターンはウィザードレベル18でベルベスタさんがソルジャーレベル19、ハーティさんはウィザードレベル20。チャートとシローネがソルジャーのレベル17だ。わたし以外、全員がコンプリート目前まで来ている。
ベルベスタさんは勿論レベル30を目指すとして、ハーティさんはプリーストになって、『訳あり』の補助要員になりたいって考えているみたいだ。
問題はターンだ。コンプリートを目前としているけど、ニンジャになるための要素が一つ欠けている。
アイテムだ。『クナイ』か『シュリケン』を装備していないと、ニンジャにはなれない。ステータス条件は全く問題ないので、そこが悩ましい。意外と見つからないもんだね。
「長風呂でしたわね」
お風呂から上がったら、『クリムゾンティアーズ』みんなが酒盛りをしていた。なんでもアベレージレベルが19になって、もうほんのちょっとでコンプリートが見えてくるそうだ。
「あたしは、ソードマスターかな」
「……ヘビーナイトも悪くない」
「迷いますわ」
彼女たちはどうやら、普通に上位ジョブを狙うみたいだ。わたしとは別路線だけど、それはそれで強いからね。全然アリだよ。
「わたしたちは、明日から1泊2日で21層の予定よ。1日空けるけどよろしくね」
「分かりました。ウィスキィさんも気を付けて」
クランの財政を引き受けてくれているのは、実は『クリムゾンティアーズ』だ。わたし? わたしはカエルの皮とマーティーズゴーレムの木材ばっかりなんだよね。いくら国外需要があるとは言え、あんまり売り過ぎると、また暴落しかねない。
もうひとつは装備だ。当たり前だけど深層の方が良い武器やら鎧やらが出る。今、わたしたち3パーティが装備しているのは殆ど全部『クリムゾンティアーズ』が集めてくれたものだ。
ボータークリス商店? 知らないなあ。
がんばれ『クリムゾンティアーズ』。とにかく安全に。
◇◇◇
フラグっぽいことなんて言うもんじゃない。
クランハウスの扉が大音で叩かれたのは翌日の夜だった。
「転移だ!」
知らせてくれたのは『リングワールド』の第2パーティを名乗る人たちだった。
「まさか『層転移』ですか!?」
「ああ。20層が入れ替わっていた。確実じゃないが30層以上だと思う」
『層転移』。テレポータートラップじゃない。『ヴィットヴェーン』で極稀に起きる現象だ。文字通り、層と層が入れ替わる。モンスターも、そこにいた冒険者を含めて。
「『クリムゾンティアーズ』は21層を目指してました。行方は!?」
「分からん。だが上がっては来ていない。話は聞いていたから、協会に行く前に立ち寄ったんだ」
「ありがとうございます!」
とにかく全員を呼んで、冒険者協会に向かった。
「状況はどうだい?」
協会事務所は広い。その広い1階が人だらけになっていた。
サーシェスタさんが近くの職員を問いただす。
「申し訳ありません。私も詳しいことは知らされていないんです」
「……そうかい」
「もうじき会長がいらっしゃいます。パーティから代表者を2名選抜してください。サーシェスタさんとベルベスタさんは、互助会関係者として参加とのことです」
「わかったよ」
「じゃあ『訳あり』からは、わたしとターンだね」
「ターンはいい、サワとハーティで行って」
「いいの?」
「ターンはみんなと一緒にいる」
そう言ってターンは『ブラウンシュガー』の面々を見た。そう言われてみれば、彼女たちは新入りばかりだ。心細いことだろう。
「わかったターン。みんなをよろしく」
「全部サワに任せる。ターンのことも任せる」
「ありがと」
ターンの信頼が重たい。だけどわたしは、それに応えなきゃならない。
◇◇◇
30分くらい経ってから、大会議室に各パーティや互助会の代表者が集められた。『訳あり』からはわたしとハーティさんだ。
「良く集まってくれた。ああ、顔を上げてくれていいよ」
普段に無く重たい表情のジェルタード会長が入室してきた。例によってほぼ全員が膝を突いたけど、直ぐに立ち上がることになる。
「結論を言おう。『層転移』が起きた。ここ20年で3例目だ。今回は20層と多分35層が入れ替わったと考えられている」
場が騒めく。35層か。マズい。
「巻き込まれた可能性のあるパーティは、『紫光』と『クリムゾンティアーズ』だ。他は所在が確認された」
『紫光』はクラン『白光』の2番手らしい。22層を目指していたとか。
「もちろん2パーティが21層と22層にいる可能性は残っている。だがどの道、『20層にある35層』を抜かなければ行き来できないわけだよ」
階層には相性もあるが、大体の適正レベルが存在している。6人パーティでアベレージレベルと階層数が一緒なんだ。35層を安全に回れるパーティなんて、存在していない。
可能性があるとしたら、各クランから実力者を抽出して3パーティ作れるかどうかだろう。それだって連携やバランスで元のパーティの方がマシだった、なんてことになりそうだ。
いきなり背筋がゾワっとした。
この感情はなんだろう。わたしが病気になって、最初の入院時に似てる。
助けられないかもしれない。『クリムゾンティアーズ』を、助けに行けないかもしれないし、もう全滅している可能性だって高い。
わたしはここまで『ゲーム』通りにやってきた。安全マージンをきっちり取って、それでいて効率的なレベルアップをしてきた。
あの黒門騒動の時すら、十分に勝算があったから提案したんだ。事実成功した。
だけど今回は。
ああ、この感情は『焦燥』だ。この世界に来て初めての仲間、『クリムゾンティアーズ』。彼女たちと二度と会えなくなるかもしれないという、そんな焦りだ。わたしはそんな感情を、諦観に変えて死んだ。
こっちに生まれ変わって、二度と味わうことが無いなんて、軽く想像していた。どこかゲームだったんだ。
「違う」
みんなは生きている。あの『ブラウンシュガー』が結成した時にわたしは何を思った? チャートとシローネの表情を読み違えていた。安い偽善で調子に乗っていた。どこかこの世界を遠くから見下ろしていた。
心臓がバクバクと煩いな。
「助ける」
「そうだ。助けるぞ。僕は冒険者じゃないが、それでも冒険者協会の会長だ。冒険者の流儀に合わせよう。そうだね」
「ウチのモンが迷惑をかけるな。だが頼む。手伝ってくれ」
そう言ったのは『白光』のクランリーダーだった。
「ああ、冒険者は仲間を見捨てない」
つづけたのは『晴天』のリーダーだ。
「冒険者は諦めない」
さらに『リングワールド』のリーダーも。
「お願いします! 『クリムゾンティアーズ』を助けたいんです! お願いします。手伝ってください!!」
わたしも叫んでいた。
「あたりまえさね」
サーシェスタさんが穏やかに言った。
「さて、ウィザードの力、見せどころかねえ」
「……探索は任せろ」
ベルベスタさんも、シーフ互助会の会長さんも。
「育ったエンチャンターは、アベレージレベルを3つはあげるじゃろ。さあ、編成じゃ」
エンチャンター互助会のドルント会長も言ってくれた。
ああ、ああ。
「そうだ、冒険者は見捨てないし諦めない」
最後に会長が宣言してくれた。
これが『ヴィットヴェーン』の冒険者たちなんだ。わたしは初めて知った。やっと理解できた。彼らとならやれるんだ。そしてわたしも、冒険者だ。




