第125話 追いついた!
「にんにん!」
「サワ、なんだそれ」
「ニンジャの気合よ」
「そうなのか?」
ターンの視線が痛い。だけど、そういうモノだと押し切ろう。
わたしはついにニンジャになった。アイテム無しで就けるジョブは網羅したんだ。ここから目指すはハイニンジャだね。手にしてるのはターンから預かった『黒のクナイ』と忍者頭巾。格好良い。
ほぼ同時にターンはサムライになった。『死霊のオオダチ』はズィスラからターンに手渡された。まあ、ズィスラにはサモナーデーモンソードがあるわけだけど。
さらにポリンもついに、ニンジャになった。
これを慣らせば深層アタックも十分可能だ。待たせたね『ブラウンシュガー』。
「うらあぁぁぁ!」
暑苦しい叫びが38層に木霊する。遂に大手クランが、ここで戦う目途を立てたんだ。なら、わたしたちはそれを譲るのみ。44層で稼ごう。
「よっしゃ、出たあぁ!」
お、何か出たみたいだ。なんだろう。
「シンタントさん、何が出たんですか」
「おお、サワの嬢ちゃん。『黒の聖剣』だ。これってアレだろ? なんだっけか」
「ロード=ヴァイですね。『リングワールド』にロードって居ます?」
「いや、居ねえなあ。だけどヘビーナイトは居る。そいつをロードにしてからだなあ」
「おめでとうございます」
「ありがとうよ」
そう、38層を普通に攻略して、ここでジョブチェンジとレベルアップを繰り返せば、いつかはこういう日がくるのは当たり前なんだ。わたしたちがちょっとだけ先を進んでいただけなんだよね。
「楽しくなってきましたよ」
「おっ、サワの嬢ちゃん、やる気かい」
「ならわたしたちは、44層を狩場にしますよ」
「かー、追い付くのが大変だぜ」
一点豪華主義だったヴィットヴェーンは、氾濫騒動を機に変わった。マルチジョブの有用性が広まって、そして、30層以降が当たり前の狩場になった。
その結果がアイテムを必要とする、上位ジョブへのジョブチェンジだ。
「確かにわたしたちが最前線かもですけど、直ぐに追い付かれないように頑張らないとですね」
「まったく、敵わねぇなあ」
それでも、わたしとシンタントさんはコツンと拳をぶつける。
パーティの他のメンツもそんな感じで拳をぶつけ合った。『リングワールド』、多分『ワールドワン』のおっちゃんたちはなんだか凄く嬉しそうだ。
「おっしゃお前ら、まだまだやるぞぉ!」
「おおう!」
元気そうで何より。
「そんな感じで、他のクランが38層に手を出し始めました。追い付かれてきましたね」
「サワは嬉しそうだねえ」
「当然じゃないですか」
サーシェスタさんが茶化すけど、私は気にしない。それどころか、嬉しさしかないんだ。
だってさ、せっかくマルチジョブを伝えて、有効性まで実証してみせたんだ。周りが追い付いてこないなんて、面白くないじゃない。
「またいつ事件が起きるかもじゃないですか。だったら、強い人たちが沢山居る方がいいに決まってます」
「まあ、そりゃそうだ」
「それに」
「ん?」
「そういう人たちが沢山居るのに、それでも最強はわたしだって、そう言いたいんですよ」
「ターンも最強になるぞ」
「そうだね。ターンだけじゃないよ。『訳あり令嬢』がそれぞれ好きなように最強になれば、それは素敵なことだってわたしは思うんだ」
サーシェスタさんやベルベスタさんみたいに尖った強さでもいいし、ズィスラやヘリトゥラみたいな新世代の強さも良い。
もっと言えば、最強を目指さなくたって構わない。わたしは欲張りだから、全部をひっくるめて最強になるけどね。
◇◇◇
「石、とってきたー!」
「おーう、そこに積んどいてくれ」
育成施設の冒険者組が、ドカドカと石を積み上げていく。指示出しはいつの間にかレベル30台になっているドワーフのおっちゃんたちだ。
何をしてるかって言えば、氾濫騒動の時から延び延びになっていた石壁作りだ。
「こっちでは常識なんだろうけど、ここまで同じ大きさだと凄いね」
「そういうものなの?」
「山とかから切り出すから、大きさを揃えるのって大変なんだよ」
不思議そうな顔をしてるキューンに教えてあげる。こっちこそ不思議なんだけどね。
迷宮産のドロップ品は、恐ろしいほど規格がしっかりしてるんだ。例えばマーティーズゴーレムの木材なんか、そのままログハウスが造れるんじゃないかってくらい、太さと長さが一緒だし。
肉なんてでっかいけど、カットされた状態だもんね。よくある、素材買取の奥に居る解体担当要らずだ。
「でも、いいの?」
「うん、ヴィットヴェーンに流すわけにはいかないからね。もしも氾濫が地上に来たら『訳あり』と『世の漆黒』が担当だよ」
「分かった。がんばる」
偉いぞポリン。一緒に頑張ろうね。
そうなんだ。もし先日の氾濫が地上に到達してたら、『訳あり』のクランハウス側に誘導する予定だったんだよね。その前に撃退できたけどさ。
正式に男爵になったから、クランハウス周辺をロックリザードの石で囲む予定だ。高級石材を防壁にするだけの意味がある、そんな壁、まあぶっちゃけ城壁だ。
ついでに育成施設も『世の漆黒』、『高貴なる者たち』も全部そうする予定だよ。サワノサキ領ではわたしが法律だから、やりたい放題だ。
「じゃあ今日も気合入れて迷宮行こうか」
「おう!」
「ラージロックリザードが3つ」
「よっしゃあ」
『ルナティックグリーン』は今、41層で戦っている。38層は大手クランにお任せだ。余った石は買い取る予定だよ。
わたしたちはいよいよ40層を越えることにしたんだ。
「大丈夫そうだね」
「おう」
ターンが嬉しそうだ。シッポを見れば誰でも分かる。
ここのところ、ステータスが上がったり下がったりで大変だったからね。しばらくはターンがサムライ、わたしはニンジャからハイニンジャで固定するつもりだ。特にわたし。AGIが欲しいんだよね。
ターン制バトルだったゲームに比べて、こっちは違う。ひたすら先手を取れるのが大きいんだ。そのためにはとにかくAGI。
魔法が効きにくい敵以外はとりあえず先手を取って、ご挨拶代わりに『ティル=トウェリア』。これが基本だ。そういう結論になった。もちろんそれ以外のパラも大切だけどね。
「さあ、どんどん行くよぉ」
「おおう!」
◇◇◇
「追い付いた」
「着いたねえ」
そうだ、ここは迷宮44層。今のところ、攻略されてる最深層だ。そしてここには『ブラウンシュガー』が居る。ついに追い付いたんだ。
「ターン! サワ!」
「みんなも!」
シローネやチャート、リィスタ、シュエルカ、テルサー、ジャリットがすっごい笑みで出迎えてくれた。
もうシッポブンブンだ。よしゃよしゃ。
「待たせてごめんね」
「……いい、これから一緒?」
「当面はそうなるね」
「やったあ」
ジャリットもリィスタも大歓迎してくれてる。その期待には応えないとね。
「じゃあとりあえず、ゲートキーパー、オーガロードいっとく?」
「やるわ!」
ズィスラが気合を入れる。この時のためにってわけでもないけど、それでもわたしとターンの面倒を見ながら『ブラウンシュガー』に追いつきたかったんだろうね。ありがとね。
「さて、ゲートキーパーさん。わたしたちをね『ブラウンシュガー』が見てくれてるんだ。あっさりと倒れてもらうよ!」
「『マル=ティル=トウェリア』!!」
先手など、取らせやしない。6発のハイウィザード最強魔法が降り注ぎ、取り巻きも含めて敵は消えた。うははは、火力最強理論だよ。自分に魔法軽減が無いことを恨むがいいさ。
「うんっ、行けるね」
「良かった」
キューンがホッとしてるけど、まあ大丈夫だって思ってた。
さてさてドロップは。
「残念」
「まあまあ、良い物だから売ればいいよ。育成施設でも使えるかもしれないし」
出てきたのは『強靭な鋼の鎧』だ。プレートメイル+2相当だけど、わたしたちのはもっと上だもんねえ。
ほんと、部位防具でもない限り、今の装備は50層くらいまでなら普通に通用するはずなんだよね。不便と言えばインベントリに入らないくらいだけど、そんなのデメリットにもならないし。
「やっぱり、育成施設にも防具配ろうかなあ。ズィスラはどう思う?」
「最初は痛いのも大切だわ。だけど、その後なら」
「まあ確かに、21層くらいなら完封できちゃうもんね」
それが良いことなのか、それともっていうのが微妙だ。プレイヤースキルは大切だし、あと恐怖心もだね。
ちゃんと経験しておかないとね。殴られても大丈夫っていうのは、殴られた経験のある人が言う台詞ってのは、わたしにも分かる。
「まあそれは戻ってから考えるとして、45層行ってみようか!」
「おうっ!」
『ブラウンシュガー』が嬉しそうだ。わたしたちを待っててくれたんだもね。
わたしたちは昇降機に乗って、1層下、45層を目指す。ヴィットヴェーン最深層への挑戦だ。
これからどんどん更新していくんだけどね。