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第111話 貴族の考え方と冒険者の力




「子爵閣下、折角の娘さんからの贈り物、よろしいのですか?」


「か、構わん。このような逸品は相応しいお方にお持ちいただくのが、道理というものだ」


 カーレンターン子爵が唾を飛ばすような勢いでまくし立てる。

 そりゃまあそうだ。伯爵が持っていないようなブツを、寄り子の子爵が持っているなんて、それは明らかに薬物、もとい厄ブツだ。献上したくもなろう。


「ですが折角の娘さんから贈られた品です。余りに忍びないですね。ここは粋に応えましょう」


 そう言って、わたしもインベントリからブツを取り出す。もちろんジャイアントヘルビートルの素材だ。


「カーレンターン子爵に代わり、わたしから伯爵閣下にお譲りいたしたく」


「貴様……」


 子爵は目を白黒させているが、伯爵にはもう分かったんだろうね。



「伯爵閣下、子爵閣下、わたしは親子、兄弟という関係を知りません」


「なにを?」


 子爵が怪訝な顔をするのは分かる。だけどまだ話の途中だからね。


「ですが、リッタがそれを見せてくれました。たとえ遺恨があろうとも、親を思う気持ち。伯爵閣下に不興を買おうとも、それでも言わざるを得なかった妹への想い。わたしにとって、どのような素材にも勝る、美しい灯に思えるのです」


「話は分かった。で、幾つある」


「わたしたちのクラン『訳あり令嬢たちの集い』には一つ、不文律があります。その素材はラストアタックを持っていった者が所有します。もちろんその後、譲渡は可能です」


「何を言っている?」


 流石に今度は分からなかったか。


「みんな!」


「おう!」


 どさどさと、まるで量産品みたいに、素材が置かれていく。

 ラストアタック達成者、わたしとターンはもちろん、イーサさん、サーシェスタさん、ハーティさん、アンタンジュさん、ジェッタさん、ドールアッシャさん、チャート、シローネ、シュエルカ、ジャリット。

 つまり『訳あり』の内、12名がジャイアントヘルビートルを倒していたんだ。もうちょいネバればまだ増える。



 最早、周囲は凍り付いていた。どうだい? リッタを囲ったところで手に入らない。それどころかこっちには、どんどん狩ることができるメンツが揃っているんだ。そこからリッタをわざわざ引き抜く? あり得ない。不興を買う? それも悪手だよ。


「そろそろ結論を言え」


「シールーシャさんは、貴族としての行状に疑問があります。よって、今後もこのような話が出ないよう、『訳あり令嬢たちの集い』で引き取りましょう。その代わりと言ってはなんですが、この素材、10組をお贈りします」


「まて、それでは私が」


「黙れ」


 シュルトバーグが何か言おうとするけど、伯爵がそれを押し留めた。


「貴様らしい落としどころだ。良かろう」


「ああただし、フェンベスタ伯には倍量納めますよ。お代は頂きますが、寄り親ですので」


「……当然だな」


「たとえ勘当されたとしても、これからもリッタとシールーシャはカーレンターン子爵家に連なることに変わりはありません。これからもたまに贈り物が届くことでしょう」


「子爵は良い娘に恵まれたな」


 カーレンターン子爵が顔を青くしている。汗がダラダラだ。


「娘さんだけではありません。ご子息、カムリオットさんは『訳あり令嬢たちの集い』と友好の契りを結んでいます」


「サワ嬢……」


 カムリオットさんが滅茶苦茶迷惑そうだ。だけど短剣を渡してきたのはそっちだからね。



「サシュテューン伯爵家は粗相をしそうな嫁を迎えずに済み、カーレンターン子爵は未然にそれを防ぎ、後の憂いを断ち切りました。さらに両家とも、友好の証として希少な素材を手に入れた。どうです?」


「よかろう」


「ああ、付け加えておきます。そのうちこれくらいの素材なら『咲き誇る薔薇』が持ち帰ります。1年もかからないでしょう」


「そうだったな、我が領の冒険者を鍛えたこと、称賛に値する」


 あら珍しい。お褒めの言葉を賜ったよ。



 ◇◇◇



 何か喚いている長男を引き連れて、サシュテューン伯爵は去っていった。もちろんキッチリ素材は持っていったよ。そういう所は分かり易くて助かる。



「リッタと一緒にお行きなさい、シーシャ」


「お母様」


「あなたの幸せはこの家に無いことを、知っていました。ですが、リッタが居なくなった以上、わたしが手放したくなかったのです。母の我儘を許してね」


 ああ、良い母親だったんだな。わたしには居ないから分からないけど、羨ましいな。


「そんな、そんな、お母様っ!」


「それにいつ、あの腐れ嫡男に目を付けられるか分かりません」


 今、腐れって言ったよね!?


「ウチの人は、上位貴族の押しに弱いですから、いつ何時こんな事が起きるか分かりません。ですからお行きなさい」


 しかもカーレンターン子爵を貶めたよ。実は強いんじゃないか、この人。


 その子爵当人は悄然としながらも、息子さんと何か言い争ってる。勝手なことするなとかどうだとか。

 残念、短剣を貰ったのは、わたしがまだ平民だった頃なんだよ。



「ごめんねシーシャ。ああやって言わないと相手の面目が立たないの。本当のことだけどね」


「サー姉様!」


 プリプリと怒るシールーシャ。まあいいじゃない。


「さてシールーシャ。わたしたち冒険者クラン『訳あり令嬢たちの集い』はあなたを歓迎するわ。みんなの総意よ。特にリッタと仲良しなんて、断る理由が見当たらないよ」


 皆が頷く。年少組なんかはリッタに懐いているし、嬉しそうだ。


「分かりました。お世話になります。そしてわたくしはサー姉様に負けないくらい強くなります!」


「その意気や良し!」


 うんうんと頷いてから、わたしはちらりと視線をずらした。


「奥様、よろしいのですか?」


「ええ。娘たちをよろしくお願いしますね」


「全力で彼女たちの夢を助けることを誓います」


「まあまあ、素敵な宣言ね」


 奥様の目がキラキラしている。


「今日は泊っていくのでしょう? 色々と話を聞かせてもらいたいわ。ほらあなた、カミィ、いい加減にして」


 子爵親子が怒られてやんの。



 ◇◇◇



 晩餐では『訳あり』がここまでになった経緯が語られた。

 特にわたしとターンが主人公っぽい。わたしとしてはなるべくターンを持ち上げたかったんだけどね。


「サワも凄いぞ」


「『剣の舞』!」


 とかやられて、わたしは撃沈した。


 そうして暫く、年少組がお眠になって寝室に運ばれた後だった。


「旦那様、奥方様」


 やおら立ち上がり、イーサさんが居住まいを正した。


「何かしら?」


「お暇をいただきたく存じます」


 流石の子爵も意思を酌み取ったのだろう。


「……娘たちを、頼む」


「命に代えましても」


「イーサ、あなたが居てくれて良かったわ」


「勿体ないお言葉です」


「イーサ。妹たちをよろしく頼むよ」


「……はい」


 カムリオットさんには滅茶苦茶思うところがありそうなイーサさんだった。

 わたしも思い出した。最初に色目使ってきたんだっけ、護衛は女の人ばっかりだったし。ここのところ普通にやり取りしてたけど、この人も貴族らしく変人だったっけ。

 キッチリと下方修正しておこう。



 ◇◇◇



 翌日、わたしたちはカーレンターン子爵家を辞去することになった。


「あら、馬車はどうされたの?」


「走ってきました」


「え?」


「走ってきました」


 事実だから、そう言うしかないんだよ。

 ウチの連中はVIT、STRが常人離れしてるので、走った方が速いんだ。素材はインベントリに入っているし、それ以外の野営道具なんかは背負っている。


 ああそうだ、この際だから説明すると『単純な速度はSTR依存』なんだよね。短距離ランナーが筋肉ムキムキなのと同じ理屈だ。

 じゃあAGIはと言えば、反射速度を意味する。DEXは器用さというか正確さだ。

 つまり、高いSTRとAGIを持って、初めて『バカみたいに速い』が成立するんだ。


 そういう訳で高いVIT、すなわち無限のスタミナと、高いSTR、力と速度が相まって馬車より速い行軍が成立するわけ。



「では、わたしたちはこれで」


 それぞれが背嚢を背負い、ついでにイーサさんがシールーシャを背負う。

 出発だ。


「今生の別れじゃないわ。たまには顔を出すから」


 リッタがそう言い切った。なんだかんだで仲良し親子なんだ。


 わたしたちは走り出す。

 シールーシャが驚いた顔をしているけど、直ぐに慣れるし、貴女もそうなるんだよ。



 シールーシャ。いや、ただのシーシャ。ようこそ『訳あり令嬢たちの集い』へ。貴女も立派な訳あり令嬢だよ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 勘当された貴族令嬢 絵に描いたような「訳あり」 [一言] >キッチリと下方修正しておこう。 さらに下がるのね
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