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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦神

作者: 猫正宗

 城塞都市ゴラント。


 この都市は『城塞』などと謳われるだけあって、街全体が背の高い堅牢な壁にぐるりと囲まれていた。


 壁に取り付けられた門も重厚だ。


 門は壁の四方、東西南北に据え付けられている。


 その南側に当たるこの門は重厚さに高さも相俟って、見るものを圧迫するかのような威容を誇っていた。


 門の直ぐ隣には検問所が設けられていた。


 そこには都市内に入ろうとする者たちが、いまも長蛇の列をなしている。


 都市へと赴いて商売に励もうとする旅商人や、外での所用を済ませて戻ってきた住民たちである。


 ◇


「ダメだって言ってるだろう!」


 列の先頭で、ひとりの男が兵士に突き飛ばされた。


 突き飛ばされたのは汚れた身なりの男だ。


 その彼が地面に四つん這いになって、嗚咽を漏らしだす。


「壁のなかに……、都市のなかに入れてくれッ!!」


 検問所の兵士も困り顔である。


 なにせこの男のせいで、先ほどから検問を待つ行列が一向に進まないのだから。


「ほら、もう泣き止め!

 そして出直してこい」


「……お願いだ。

 都市にいれてくれ……」


「そういう訳にもいかないんだ。

 わかるだろう?

 通行許可証か通行料を持って出直してこい。

 ……な?」


「……このままでは村が。

 ……妻が……!」


 兵士が男の腕を掴んで立たせようとする。


 だが力ない様子のその男は、項垂れたまま起き上がろうとはしない。


 ◇


「ねえ、あなた。

 あなたのせいで、さっきから列が進まないんだけど」


 行列から美しい声が響いた。


 鈴を鳴らすように凜とした声。


 だがその声には、少し冷淡な響きが感じられる。


 マントに身を包み目深にフードを被った女が、行列から外れて歩み出した。


 かと思うと、咽び泣く男の前に立ち止まる。


「どうして都市に入りたいの?」


「それは……」


 男が俯かせていた顔を上げた。


「……村が。

 ……村が、野盗に襲われたんだ」


「……ふぅん」


「何人も殺された……。

 歯向かった男も、無抵抗な子どもや老人も!」


 男は血走って赤く充血した目を剥いている。


 唾を飛ばしながら叫ぶ。


「隣人も、友人も、みんな殺された!」


「……それで?」


「女たちも攫われたんだ!

 そのなかには、俺の、妻だって……ッ!」


 よくある話だ。


 このご時世、治安のよい場所は少ない。


 それこそ王国でも治安がよいと言えるのは、王都やこのゴラントのような一部の城塞都市だけである。


 近隣の村が野盗に襲われるなど、そこら中に掃いて捨てるほど転がっている話だ。


 この国は……。


 いや、延いては世界で唯一の人類圏であるこの小さな大陸は……。


 まだ先の人魔大戦の傷痕から、立ち直ってはいなかった。


 ◇


「都市に入ってどうするつもりなの?

 自分だけ安全な場所に逃げ込むつもり?」


 女がフードの奥から冷ややかな視線を浴びせかける。


「違う!

 俺は都市長に訴えたいんだ!

 村を救ってくれと!」


 鼻息を荒くして、男が憤慨しながら叫んだ。


 きっと藁にも縋る想いなのだろう。


 だが彼には現実が見えていない。


 たしかに都市の防衛に当たっている兵が出張れば、野盗など一蹴できるに違いない。


 とはいえこの城塞都市に、近隣の村を助ける義務はないのだ。


 その義務を負うのは都市長ではなく領主である。


 よしんばこの男が都市長と面会できたとしても、訴えを無下にされることは目に見えている。


 それならこの検問所で追い払われた方がまだいい。


「……そう。

 ……お願い、叶えてもらえるといいわね」


 フードの女が踵を返した。


 背中を向けて列に戻ろうとする。


 だが翻ったそのマントの裾を、男が掴んだ。


「そ、そうだ!

 あんた!」


「……マントを離しなさい」


「あんた、俺の代わりに都市長に頼んでくれないか!」


 男は懸命になって女を引き留めようとする。


「……どうしてわたしが?」

「いいだろう⁈

 あんたは壁の向こうに行けるんだろう!

 だったら――」


「いやよ」


 女はにべもなく応えて、マントを掴んだ男の手を振り払おうとする。


 だが男も必死だ。


 なんとか女に願いを聞き入れて貰おうと、掴んだ手を離さない。


「……頼む!

 頼むよ!

 いいだろうッ⁈

 お願いだからッ!」


 男が手を引っ張る。


 その拍子に女のマントが外れた。


「ちょ、ちょっと⁉︎

 あなた――」


 フードに隠されていた女の素顔が露わになった。


 現れたのは若く美しい女だ。


 陽光に輝く金糸のような髪。


 白磁のごとく透き通った肌と、覗き込めば吸い込まれそうになるほどに深く碧い瞳。


 繊細な装飾の施された胸当てと、腰には美しい剣を()いている。


 ◇


 素顔を晒した彼女をみて、列の誰かが呟いた。


「……アリス様だ」


「な、なんだって⁉︎」


 声は次第に大きくなる。


「ア、アリス様だ!

 このお方は、『特S級冒険者』のアリス様だ!」


「と、特S級って、全部で4人しかいない最上位冒険者の⁉︎」


「あの若さで⁉︎

 見たところ15歳くらいにしか思えないぞ!」


「でも、俺はみたことがあるんだ!

 この方が都市を襲う魔獣の群れを、レイピアの一閃で細切れにしたのを!

 このお方はアリス様だ!!」


 列をなしていた人々がざわめきだした。


 それを横目に流しみて、アリスと呼ばれた年端もいかぬ冒険者が嘆息する。


「はぁ……。

 こうなるからフードを被っていたのに……」


 ため息を吐いた彼女の足元に、男がいそいそと這いつくばった。


 地面に額を押しつけながら叫ぶ。


「こ、高名な冒険者さまと、お見受けしました!

 どうかッ!」


「……なに?

 さっきの村を救えって話?」


「はいぃ! 何卒(なにとぞ)……。

 何卒……ッ!」


 男は泣きながら懇願した。


 だがそれを頭上から見下ろす彼女の視線は、変わらず冷ややかなままだ。


「……ギルドを通して依頼なさい」


「そこをどうか、お願いします!」


「ダメよ。

 冒険者はみんな、慈善事業を行ってるわけじゃないんだから」


 冒険者は冒険者ギルドを通して依頼を受ける。


 そしてギルドは斡旋料をマージンとして差し引く代わりに、冒険者に様々な便宜を図る。


 そういうシステムなのだ。


 この関係を崩して冒険者が直接依頼者からの依頼を請け負うことは、ギルドに仇する行為に他ならない。


「お金ならお支払いします!

 今はないですが、いつか必ずお支払いします!」


「……わたしは基本的に、ギルドを通さない依頼は受けないの。

 理由は言わなくても分かるでしょう?」


 直接依頼を受けたとしても、目立たなければ、ギルドもうるさくは言わないかも知れない。


 だがアリスは、名の知れた冒険者である。


 衆人環視のなか、どこの誰とも知れない男の依頼をギルドを介さずに受けようものなら、その噂は直ぐに都市中を駆け巡るだろう。


 そうすれば二匹目のドジョウを当て込んだ依頼者が殺到することは目に見えている。


 彼女とてその全てを救うことは出来ない。


「……諦めなさい」


 ここで男を見捨てることはアリスの本意ではない。


 だが彼女はそんな胸の内をおくびにも出さず、男に背を向けた。


 男はボロボロと涙や鼻水を流し、しゃくりあげながら嘆願し続ける。


「お願いします!

 どうか……。

 どうか……ッ」


 アリスはその願いを無視して歩き出した。


「どうか、あの悪鬼から……。

 戦神ヴァルドから、村をお救い下さい!

 どうか……ッ」


 彼女の歩みが止まった。


「……戦神……ヴァルド……?」


 ゆっくりとアリスが振り返る。


「あなたいま、ヴァルドと言ったわね?」


 少女の表情が厳しくなる。


 一頻り考えごとをしてから、彼女は地面に這いつくばる男に再び足を向けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ふぁ~あ……。

 今日も退屈だねぇ……」


 大きな欠伸をしてバーカウンターに頬杖をつく。


 ここは城塞都市ゴラントに店を構える冒険者酒場、『踊る仔兎亭』。


 そして俺は、その酒場のマスターだ。


「んく、んく、んく……。

 ぷはぁー!」


 木製ジョッキに注いだエールを一息に飲み干す。


 鼻を抜ける香ばしさが堪らない。


 うちのエールはやっぱりうまい。


 まぁこいつは厨房担当のヘリオが仕込んだエールだ。


 不味いわけがないのだが。


「また昼間っから飲んだくれてるのかい。

 まったく図体ばかりでっかい、この飲んだくれ店長は……」


 給仕服を着込んだ白髪褐色のボイン姉ちゃんが声を掛けてきた。


 あたまには兎の耳が生えている。


 こいつの名前はシャロン。


 踊る仔兎亭、ホール給仕担当のグラマー姉ちゃんである。


「まあいいじゃねーか。

 どうせ、俺のやる仕事なんかねーんだし」


「ならちょっとくらい、接客の手伝いをしたらどうなのさ!」


 シャロンがキッと眉をつり上げる。


 彼女は半身になって腕を伸ばし、俺に店内を見せつけるように手を広げた。


「見てご覧よ!

 この客入りを!」


 昼飯時の店内は、冒険者でごった返していた。


 うちの酒場は、木材を建材として多用している。


 その古風ゆかしき風情の冒険者酒場は、中二階(ちゅうにかい)まで満杯の客入りだ。


 手入れが行き届き、使い込まれた装備に身を包んだ熟練の戦士。


 静かに食事を楽しむ見目麗しいエルフ。


 大柄のリザードマンと一緒に陽気な声を上げている酔客はドワーフか。


「……おぉ。

 今日も繁盛してるねぇ」


 素直な感想をこぼした。


「そう!

 大繁盛さね!

 忙しくて、てんてこ舞いだよ!」


 そう話している間にも、ひっきりなしにオーダーが入る。


「おーい!

 こっちエールを3杯追加してくれー!」


「こっちには『ホーンラビットの香草焼き』を2人前ちょうだい!」


「はーい!

 ちょいとお待ちだよー!」


 シャロンが客の方を振り返り、返事をした。


「ほら店長!

 ぼさっとしてないで手伝っておくれよ!」


「……はぁ。

 仕方ねえなぁ」


 ボリボリと頭を掻く。


 俺はジョッキに残ったエールを喉の奥に流し込んでから、腕捲りをした。


 ◇


 ギィギィとドアの軋む音を残して、一組の冒険者たちが店を後にした。


 昼飯時の喧噪を乗り切った店内。


 残った客はまばらだ。


「つ、疲れたぁ……」


 カウンター席にドカリと腰を下ろす。


 たくさん働いてもう腹ぺこだ。


 なにか腹にたまるものが食いたい。


「お疲れ様だ、マスター」


 店の奥から赤髪の少女がひょっこりと顔を出した。

 その見た目は10歳ほど。


 厨房服姿の可愛らしいその少女は、頭にコック帽を被っている。


「おう。

 ヘリオもお疲れさん」


 こいつの名前はヘリオドール。


 こう見えて踊る仔兎亭、厨房担当の料理人である。


「はい、これ。

 マスターのご飯だぞ」


「うはー!

 すまねえな!」


 ヘリオが分厚い肉の乗った鉄製プレートを差し出してきた。


 肉汁滴る熱々のプレートから、ジュウジュウと音がなる。


「今日の賄いは『ワイルドボアの岩塩焼き』だ。

 よく噛んで食べるんだぞ」


「これこれこれ!

 んー、堪んねえなぁおい!」


 こいつの料理の腕前は一流だ。


 かぐわしい匂いに、いやが上にも食欲が刺激される。


「おいシャロン。

 お前もマスターと一緒にお昼にしたらどうだ?」


「いいのかい?

 あたいはもうさっきからお腹ペコペコでさぁ……」


「ああ、問題ないぞ。

 店はボクが見ておいてやる」


 満面の笑みを浮かべたシャロンが、俺にならんでカウンター席に座った。


 彼女の席に、ヘリオから賄いが差し出される。


「ほら、お前たち。

 パンとスープもここに……」


 ――カランコロン


 扉が軋む音がなり、ドアベルが彼女の言葉を遮った。


 新しい客だろうか。


「いらっしゃーい!」


 シャロンが席を立とうとする。


「ああ、いい。

 お前は座ってご飯を食べていろ。

 接客はボクがやるから」


 ヘリオが店の入り口に足を向けて数歩歩き、立ち止まった。


「……なんだ、お嬢だったのか。

 いらっしゃい」


「ん? アリスか?」


 手元の飯に目を落としていた俺は、顔を上げて視線を彼女に向けた。


「おう、よく来た!

 ……って、そいつは誰だ?」


 かかとをならして店に入ってきた彼女は、後ろに薄汚れた男を連れていた。


 ◇


 俺はアリスと一緒に、彼女が連れてきた男と席についている。


 木製で年期の入った、3人掛けのラウンドテーブルだ。


「……で、話ってのはなんだ?」


 困惑する男に水を向けた。


 ちなみにこの男のせいで、俺の昼飯はお預け状態である。


「あの、アリス様……。

 こ、こちらの方は?」


 男が相席したアリスに顔を向ける。


「……いいから事情を話しなさい」


「こちらの方は、ただの酒場の主人に見えますが……」


「……黙っていうことを聞きなさい」


「で、ですが、俺は都市長に村の窮状を訴えに……」


 目の前でチンタラとまだるっこしいやり取りがなされている。


 一体なんなんだ。


 空きっ腹を抱えたままの俺は、若干苛立ってきた。


「なあ、あんた。

 こっちだって暇じゃねえんだ。

 さっさと話しを――」


「へえ、あたいってば、店長はいつも暇してるもんだと思ってたよ」


 シャロンが横合いから茶茶を入れてきた。


「うるっせーよ!」


「ははは。

 ごめんごめん」


 飯を食い終えた彼女は、カラカラと笑いながら仕事に戻っていく。


 その後ろ姿をため息交じりに見送った後、再び男に向き直った。


「いいからさっさと用件を話せ」


 鋭い視線で睨み付けると、男は「ヒィッ」と零して竦み上がった。


 ブルブルと震えている。


 まったく面倒なことこの上ない。

 苛つく俺を嘆息しながらアリスがたしなめる。


「ったく……。

 睨まないの。

 そうでなくたって目付き悪いんだから」


「……別に取って食やしねえよ。

 なぁ、お前よぉ。

 落ち着け。

 そして話せ。

 な?」


 優しく宥める。


 するとようやく男は、おずおずと口を開き始めた。


「頼むっ……。

 助けてください――」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 男の話した内容はこうだ。


 彼は名前をトマスというらしい。


 彼は城塞都市ゴラントから一昼夜歩いた辺りにある村で生まれ育った。


 村は大した特産品などはないものの、牧畜も農作もおこなっており、人口が比較的多い割りに食べるものに困ることは少なかったそうだ。


 おそらくその村は、人魔大戦の影響をあまり受けなかったのだろう。


 話を聞く限りではゴラント近郊の村のなかでは、随分と恵まれた環境に思える。


 だがそれ故に、過去何度も野盗に目をつけられた。


 ◇


 村には自警団があったそうだ。


 寒村とは異なり若者の多く居着いたその村の自警団は、ちょっとした冒険者顔負けの実力者揃いだったらしい。


 トマスも自警団の一員であることを、誇りにしていた。


 これまではその自警団が、野盗連中から村を守り通してきた。


 しかしついに、彼らでは手に負えない相手が現れてしまった。


 その野盗どもは唐突に現れて村を襲ったらしい。


 村の自警団は野盗どもをいつものように迎え撃ち、追い払おうとした。


 最初のうちは順調に戦えていた。


 彼らの誰もが、今回もまた野盗を撃退できると確信していた。


 しかしそこにヤツが現れたのだ。


 ――『戦神』ヴァルド。


 (いか)めしいフルプレートの全身甲冑を身に纏い、2本の長大な剣を携えたその男。


 荒くれ者どもを従えたその凶戦士が姿を現したとき、形勢は逆転した。


 戦神ヴァルドは2本の大剣を小枝のように軽々と振り回し、自警団の面子を次々と屠り去った。


 彼らが壊滅するまで、そう時間は掛からなかった。


 自警団が壊滅すると、あっという間に村は地獄と化した。


 正真正銘、紛うことなき地獄――


 乳飲み子は母親の目の前で腹を踏まれて殺された。


 泣き叫ぶその母親も、獣のような男どもに散々嬲られたあと、股から口にかけて剣を突き刺されて死んだ。


 孫を護ろうとした老人は、切り刻まれたその孫の死体を無理やり喰わされ、絶望に咽び泣きながら命を落とした。


 獣と化した野盗どもはその地獄を眺めて嗤っていた。


「……頼むッ!

 お願いだッ!

 誰か、誰か助けてくれ!

 村を……」


 トマスは喉を詰まらせ、しゃくり上げながら訴えた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……ふぅぅ」


 大きく息を吐いた。


 目の前には、トマスと名乗る薄汚れた男――


 彼はテーブルに突っ伏して眠ってしまっている。


 体力が限界に達したのだろう。


 村の窮状を訴えたあと、トマスは崩れ落ちるようにして眠りに落ちた。


「……酷い話よね」


 アリスが天井を仰ぎ見ながら呟いた。


「ああ。

 ……だが、どこにでも転がっている話だ」


 俺はシャロンに持ってこさせた木製ジョッキのエールを煽る。


 こんな気分のときは、どうにも飲まなきゃやっていられない。


「……それでどうするの?

 ……お父さん」


 最愛の我が娘、アリスの言葉を聞きながら、俺はポツリと呟いた。


「どうするもこうするもねえよ」


 ゴクゴクと喉を鳴らしてエールを飲み干す。


「……『戦神ヴァルド』か」


 どう猛に牙を剥く。


 そんな俺を見て、アリスが深くため息を吐いた。


「はぁ……。

 仕方ないわね……」


「舐め腐った真似しやがって……。

 こいつは放って置く訳には、いかねえなぁ」


「……店長。

 あたいもついて行こうか?」


「ふむ。

 ならボクも行こう」


 仙兎(せんと)シャロン。

 皇龍(こうりゅう)ヘリオドール。


 魔大陸、元七大魔王が二柱(にはしら)である二人が問いかけてきた。


 いまは俺の軍門に下り、眷属と化し最強の魔王どもだ。


 だが今回の件は、こいつらの力を借りるまでもないだろう。


「てめぇらは店番をしてやがれ。

 こいつぁ、俺がケリをつける」


 ジョッキをタンッとテーブルに叩きつけてから、俺は勢いよく立ち上がった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「なんだ、てめえら⁉︎

 どっから来やがった!」


 飛び掛かってきた野盗を殴りつける。


「ぎゃああッ!」


 凶賊どもを屍に変えながら、村の中を突き進む。


 周囲の大地は、大量の血が染み込んで赤黒く変色している。


 殺された女の物言わぬ骸が、我が子の生首を胸に抱いていた。


「……畜生。

 ……ちくしょうッ」


 トマスは泣いていた。


 嗚咽を漏らす彼の先導に従って、地獄と化した村を進む。


 目指す先は村の集会所だ。


 野盗どもはそこを占拠し、狂った享楽に耽っているらしい。


「あそこだ……!

 あそこに……ッ」


 彼の指し示す先に、大きめの建物が見えた。


 玄関まえの広場では凶賊どもが酒を飲みながら奪った食糧を喰らい、女たちを嬲っている。


「おらぁ!

 声をだせよ!!」


「なんだぁこいつ。

 もう、だんまりじゃねえか?」


「……ぅぁ」


「ぎゃははは!

 お前、何発目だよ、その女ぁやるの!

 随分とお気に入りだなぁ!」


 女は野獣と化した男にいいように弄ばれ続けている。


「き……ッ、貴様あぁぁーーーーッ!」


 トマスが叫んだ。


 彼は奥歯が砕けるほどに歯を食い縛り、目から血の涙を流している。


「お、俺のッ!

 ……あいつは、俺の……ッ!」


 最後まで聞かずとも分かった。


 獣のような男にいたぶられているあの女性が、彼の妻なのだろう。


「殺すッ!

 殺してやる……ッ!」


 駆け出そうとしたトマスの肩を、アリスが掴んだ。


「離せ……ッ!

 離してくれ……!」


「……ダメよ。

 彼に任せなさい」


 アリスが陵辱される女性から辛そうに顔を背けた。


 それを横目に、俺は女を嬲り続ける賊の下に歩を進める。


「はッ、はッ、はッ……。

 な、なな、なんだぁ、お前?」


 木偶の坊が間抜け面を晒している。


 見るからに頭の悪いその男が、女を殴りながら俺を見上げた。


「お、お前も、たた楽しみ――」


「くせえ息で喋るな」


 手を伸ばして、男の下顎を毟り取った(・・・・・)


「お、おごごごがあああああああッ⁉︎⁉︎‼︎」


 固めた拳を頭蓋に振り下ろす。


 ぐしゃりと歪な音がした。


 崩れ落ちていく男を遠くに蹴飛ばしてから、野盗連中を見回して冷徹に告げた。


「……お前ら全員、……皆殺しだ」


 ◇


 トマスが女性を胸に抱きしめた。


 だが彼の妻は言葉を失ったように呆然としたままだ。


 アリスが生き残った女たちを保護して回る。


癒やしを(ヒーリング)……」


 アリスは女性ひとりひとりに癒やしの魔法を唱えて回った。


 打撲や生傷が、みるみる癒えていく。


 だが魔法では、彼女たちの傷ついた心まで癒やすことは出来ない。


「……特S級冒険者だなんて言われても、こんなときに、なにも出来やしない……」


 彼女は悔しそうに下唇を噛んだ。


 ◇


 ――ギィィ。


 扉が軋む音がなり、集会所から全身甲冑の戦士がのそっと顔をだした。


 辺りには、俺が始末した野盗どもの残骸が散乱している。


 男はその惨状をゆっくりと見渡してから、視線を俺たちに止めた。


「……貴様ら。

 ……何者だ?」


 微かにしゃがれた、低く野太い声で誰何(すいか)してくる。


 男の頭部は頑強な兜ですっぽりと覆われており、その素顔は窺い知れない。


 この男、背丈は俺より拳ふたつ分ほど高いくらいだろうか。


 俺もかなり大男の部類なのだが、現れた戦士はそれに輪をかけた巨漢だった。


「手下どもを殺したのは、……貴様か?」


 眼前に立った甲冑の戦士が、高みから俺を見下ろしてきた。


「だったらどうした?」


「…………死ね」


 背負った2本の長大な大剣を、男が引き抜く。


 かと思うと即座に斬り掛かってきた。


 だが俺は、最小限の動きでその攻撃を躱す。


「ほう。

 少しは出来るようだな」


 男は剣が躱されたことに驚いた様子だ。


 だが巨漢の攻撃はまだ終わらない。


 しかし俺は、縦横無尽に振るわれる剣を躱し、いなし、反らしていく。


「なんと⁉︎

 これも躱すか!

 ……くくく。

 なかなかの実力……。

 手下に欲しいくらいだ!

 この実力であれば、調子に乗るのも頷ける」


 戦士の声色に、いくぶん愉快そうな響きが混ざる。


「だが、相手が悪かったな!」


 男はその場に足を止め、2本の大剣をドスッと地面に突き立てた。


「貴様の実力を認めて、名乗りを上げてやろう。

 ……我が名はヴァルド!」


 両腕を大きく広げて、高らかに名乗りあげる。


「先の人魔大戦で数多の武功を上げた英雄!

 敵首魁、魔大陸七大魔王の一柱である獣王ベルギアを単騎で討ち果たし、魔軍を敗走させた生ける伝説!

 我こそは、戦神ヴァルドなり!」


 大声がビリビリと肌に伝わる。


 どこかで家屋が、ガラガラと音を立てて倒壊した。


「……どうした?

 言葉もでまい?」


「くす……」


 声につられて振り返ると、アリスが苦笑していた。


「小娘!

 なにがおかしい!」


「ふふ、ごめんなさい。

 癪に触った?

 ふふふ……」


 笑うアリスとは対照的に、俺は仏頂面だ。


「はぁぁ……」


 ガシガシと頭を掻いて、盛大にため息を吐いた。


 まったくくだらない。


 首筋に手を当ててコキコキと頭を回しながら、目の前の戦士を流しみる。


「どうだ!

 生ける伝説、戦神ヴァルドを前にした気分は?」


「そんなヤツぁ知らねえよ」


「戦神を知らぬだと⁉︎

 無知とは恐るべきものよ。

 ならば教えてくれよう!」


 甲冑の男が、大地に突き立てた2本の剣を引き抜いた。


 天に向けて高らかに掲げる。


「とくと見よ!

 これこそが我が戦神たる証、『魔剣アクゼリュズ』と『妖精剣エーイーリー』!」


 ヴァルドを名乗ったが掲げた剣をみて悦にいる。


 それは幅広で真っ黒な大剣と、同じく幅広で真っ白な大剣。


「……それで?」


「ええい、愚か者めが!

 これは戦神の武器だ!

 このアクゼリュスは斬れぬもののない魔剣!

 そしてこのエーイーリーは決して壊れぬ不壊の妖精剣!

 名前くらい聞いたことがあるだろう!」


「そりゃあまあ、あるわな。

 ……打ったのは俺だしな」


「そうだろう、そうだろう!」


 戦士の声に得意気な色が混ざる。


 もしかするとこいつは、本当のバカなのかもしれない。


 試しに俺は、ひとつ尋ねてみることにした。


「じゃあお前の纏っている、その鎧は何なんだ?」


「……は?

 な、なに?」


「鎧だよ、鎧。

 ……お前が戦神ヴァルドだってんなら、身に纏うその鎧にも銘があんだろ?」


「な、なんの話だ⁈」


「ふむ……。

 フルプレートメイルということは『聖鎧ネツァク』か?

 いやそれとも『龍鎧ゲブラー』?」


「ネ、ネツァ?

 ゲブ……?」


 相手にするのもだんだん馬鹿らしくなってきた。


 小さく嘆息する。


「あー、もういい。

 そろそろ掛かってこい、三下」


「……貴様ッ!」


 軽い挑発に目の色を変えた戦士が、飛び掛かってきた。


 白いほうの大剣を振りかざし、大上段から俺の脳天目掛けて振り下ろしてくる。


「ぐあははははッ!

 戦神を相手取ったこと、地獄で後悔するがよいわッ!」


「……そりゃあ、てめえだよ」


 襲い来る刃を、素手(・・)で受け止めた。


 手に力をこめ、刀身を握り潰す。


「ンなッ⁉︎ なにぃ⁉︎」


 男が兜の奥で目を剥く。


「あ~あぁ……。

 壊れちまったじゃねえか?

 ったく、何が『決して壊れぬ』妖精剣だよ?」


 そのまま剣を奪い取って、ポイと投げ捨てた。


「おの……、おのれ。

 貴様……ッ!!」


 お次は黒い大剣だ。


 左側方から横薙ぎに振るわれてきたその剣を、肘で受け止めた。


 刀身に掌底を叩き込み、中程から真っ二つにたたき折る。


「……ッ、はぁ⁉︎」


 男は言葉を失ったまま、折れた剣を眺めている。


「おい。

 どこを見てんだ」


 呆けたままの男の頬を平手でパンと張り、こちらに顔を向けさせた。


「この俺を前にして、よそ見してんじゃねえぞ?」


「な……。

 な、な……」


「良い機会だ。

 いろいろ教えてやるよ。

 ……なぁ『戦神』ヴァルド?」


 凄絶な笑みを浮かべ、男を睨み付けた。


 ◇


「――武器召還(サモンアームズ)


 強大な魔力が急速に収束する。


 収縮した魔力は形をなし、一振りの見事な大剣が顕現した。


 闇を凝縮したような漆黒の刀身に、煌々と輝く赤い血潮がたぎっている。


「なッ、なんだ、それはぁッ⁉︎」


「無知なテメェに、ひとつ教えておいてやる……」


 その大剣を肩に担ぎ上げた。


「戦神ヴァルドの数多ある戦装。

 そのひとつ『魔剣アクゼリュス』」


 数歩、前に歩みを進める。


 すると男は後退り、腰を抜かして尻餅をついた。


「……ひ、ひぃッ」


「こいつは『斬れぬもののない魔剣』じゃねえ。

 それは別の剣だ。

 この魔剣はな……」


 アクゼリュスを振り抜いた。


「――魂を、刻む」


 男の腕を一本、根元から斬り飛ばす。


「あぎゃあああああ!

 う、腕がぁッ!

 俺の腕がああぁぁあッ!!」


 男が片腕で傷口を押さえて蹲った。


「どうだ?

 痛えだろ?

 それは魂を刻まれた痛みだ。

 たとえ傷が癒えても、永劫にその痛みが癒えることはない」


 俺は再び魔剣を振り上げた。


「ま、まま待て!

 待ってくれ!

 その魔剣!

 まさか!

 まさかお前は本物の……ッ⁉︎」


「……今頃気付いたの?

 ほんとバカね」


 アリスが横合いから口を挟む。


 片腕を斬り飛ばされた男が、顔色を変えて即座に地に這いつくばった。


「ゆゆ、許してくれッ!!」


 必死に命乞いを始める。


「で、出来心だったんだ!

 名前を騙って悪かった!

 戦神を騙るとみんなブルっちまうのが気持ちよくて、つい調子にのっちまったんだ!」


 男が喚きながら兜を脱ぐ。


 隠されていた醜悪な面が、白日の下に曝け出された。


「おおお、俺はただの冒険者崩れだ!

 同業者殺しでギルドを追放された、ただの元冒険者なんだ!」


「……なんだお前。

 口調がさっきと違うぞ?」


「あ、あれは作っていたんだ!

 戦神ヴァルドの振りをして、口調を真似ていただけなんだ!」


「そうなのか?

 ならいまの口調のほうが、ヴァルドらしいぜ?

 ははは」


 俺が笑ったことに希望を見いだしたのか。


 ここぞとばかりに命乞いを続けてくる。


「な?

 助けてくれよ!

 そ、そうだ!

 なんならこの村で奪ったもの、全部アンタにやるから!

 金も食いものも女も!」


 冒険者崩れの男は痛みに脂汗を掻きながらも、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべている。


「た、助けてくれ!

 ……な?」


「ダメだな」


 魔剣を振り抜いた。


「いやああああ!

 いやだあああああ!」


「お前なんざ、生かしておく価値はねえよ」


 振り抜いた魔剣アクゼリュスを手放すと、結晶した魔力が(ほど)け、刀身から大気に溶けていく。


 一拍の後、男の体が斜めに引き裂かれて倒れた。


 ◇


 村をあとにした俺の隣に、アリスが並んだ。


 遠くなった村を背後に眺めながら、彼女が口を開く。


「……あのひとたち、大丈夫かな?」


「わかんねぇ」


 村に巣くった野盗どもは、ひとり残らず退治した。


 もう俺にできることはない。


「あとは自分たちで立ち直るしかねぇよ」


「……そうだね」


 それきり会話が途絶えた。


 しばらくそうして歩いていると、ふとあることが気になった。


「なぁアリス?

 そういえば、なんでついてきたんだ?」


「そ、それは……」


「ははぁ?

 もしかしてお前、俺のことを心配してついてきたのか?」


「そんなわけ、……ないじゃない!」


「ははは!

 照れなくてもいいんだぜ!」


 肩を抱き寄せて、くしゃくしゃと髪を掻き回す。


「やめッ、やめて……ッ」


「なんだぁ?

 昔はこうしてやると喜んだだろ!

 パパーってよぉ!」


「ちょっと……!

 もうっ」


 アリスが俺の腕から抜け出した。


「……本当に心配なんてしてなかったよ」


 聞き取れないほどの小声で呟く。


「だってお父さんは……。

 わたしのパパは――」


「あんだって?

 聞こえねえよ。

 もう少し、大きな声で話せ!」


 彼女は数歩先までトテテと走り、後ろ手を組んで、上目遣いに俺を振り返った。


「なんでもありません!」


「そうかぁ?」


「うん!

 さ、帰ろ、お父さん!」


 ◇


 ――戦神ヴァルド。


 先の人魔大戦において多大な戦果を上げ、敗戦濃厚だった人類を勝利に導いた英雄。


 凪いだ風のように兆しもなく現れ、荒れ狂う暴風となりて人類大陸に巣食う魔軍を一掃したその男の行方を知る者は少ない。


 だがその伝説はいまも、とある酒場に人知れず息づいている。


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