第4話 危機感
俺は学校を出てすぐ無線でミカゲの名を呼んだ。
「ミカゲ!ミカゲ!」
だがそれに答えはなく、どうやらかなり前から通じなくなっているようだった。
なぜだ?無線だぞ?
不思議に思いながらも急いでホテルに帰った。
部屋に戻ると慌てた様子でミカゲが出てきた。
「良かった……生きてた……!」
不安そうなので顔で俺に飛びついてきた。
話を聞くと、銃が爆発するのを知らない事から、黒い影が出てきた事で無線が繋がらなくなったらしい。
なぜ無線が繋がらないのか、俺が無事かどうか、それを確かめるために、あちこちの監視カメラをハッキングし、どこかに俺が映っていないか探していたらしい。
「心配かけたな。」
ミカゲの頭をぽんぽんと撫で、ハーブティーを入れて事の経緯を詳しく話した。
「呪が…食事…それに憑依なんて…聞いた事ないわ…」
ミカゲも初耳の情報らしく、険しい顔をしている。
「1番気になるのはその楓って男の子ね。」
「強かったな。俺よりずっと。」
「黒縄一族の名を口にしたんでしょう?」
「あぁ。あと”秋”って名前も。」
「………………まずいわね…」
「……詳しく聞かせろ…」
「黒縄の秋って言えば黒縄一族で2番目に権力を持つ娘よ。それが人魚姫となれば…倉橋紗津に執着する理由は何?あの女は一体何者なの…?」
「………分からねぇ。でも、呪はあいつに友達を作ってやりてぇ、みたいな事言ってたな。」
「……………………ナオ君、しばらく外出禁止でいいかな?私、どうしても確認しなきゃいけないことがある。それが済むまでは…ナオ君の身の安全を保証できない。」
ミカゲのこんな真剣な顔…見たことない。
そんなに危険なことに手を出したのか…
楓の強さや呪の恐ろしさを思い出すとそれも十分に有り得る。
「分かった。ミカゲも気を付けろ。」
「うん。」
ナオ君の話を聞いて、私は色々とまずい事態になったと確信していた。
なぜならナオ君は明らかに"知り過ぎた"。
これはいつ黒縄一族に消されてもおかしくない、と私が確信出来るほどに。
でも私にはそれを阻止するだけの実力はない。
この状況を何とかするには当事者に直接コンタクトを取る他ない。
私はスマホからとある番号を打ち込み、電話をかける。
十数秒の呼出音の後、留守番電話サービスに繋がった。
そこで留守電だけ残して私は電話を切った。
相手は私の番号を知らない。私の顔も名前も知らない。
そんな相手からの電話にいきなり出るとは思えない。
でもこうする他、私に出来ることはない。
「あれ?不在着信…」
授業が終わり、紗津がスマホを開くと不在着信が1件。
留守電も残されている。
間違い電話なら留守電を残す事はないだろう、と留守電を聞いてみる。
「私はミカゲ。昨日貴方を殺しに来た若い男の相棒よ。貴方ときちんと話しがしたい。留守電を聞いたらかけ直して欲しい。」
「…………………」
紗津は黙り込んだ。
これは恐らく自分宛では無い。
紗津は自分の中にいるもう1人に呼びかけた。
「何を話したの?知れば命を狙われるような事は話すなって言ったわよね?」
今まで他の誰と話す時よりもきつく、咎めるような口調だった。
「おぉ、怖い怖い。怒るでない紗津。妾も今すぐ殺されるような情報を伝えたつもりは無い。ただ、向こう側として巻き込まれるくらいならこちら側として巻き込む方がマシじゃと判断したまでじゃ。」
だが呪もそれに恐れることも怯むこともなく、のんびりとした口調で返す。
「私殺しの依頼を受けた時点で遅かれ早かれ殺されていたって事だものね。まぁ断っていても無事でいられたか分からないけど。」
「そうであろう?それならば妾達から情報を貰い、妾達と共に連中と戦う方が幾分かマシであろう?」
「そうだとしても……巻き込みたくは無かった…」
「それは無理な相談というものじゃ。分かっているであろう。あやつらも血にまみれた世界を生きる者たち。こうなる事は分かっているはず。故に呪いと殺し合いの世界であってもそうそう正気は失わぬと思うがな。」
「………………」
「とりあえず妾達の持つ情報と事態の深刻さを一刻も早くあやつらに伝えるのが先決だと思うぞ、紗津」
「分かってる。」
紗津はそう言うとスマホを取りだし、留守電を残した番号に電話をかけた。
「初めまして、倉橋紗津。」
学校が終わり、紗津が校門から出てくると、七分丈の袖の膝が隠れる程度の白のワンピースを来た女性が立っていた。
「ええ。初めまして…ミカゲさん」
警戒しながら周囲を見るミカゲと警戒心が皆無の紗津。
とりあえずミカゲは近くのカフェへ移動した。
「それで、ナオ君に話した情報についてなんだけど。」
飲み物を注文するやいなや、ミカゲはすぐに口を開いた。
「あれ、どう見ても機密事項でしょう?ナオ君は知りすぎてる。」
「はい。そうみたいですね。」
「そうみたいですねって…貴方が話したんでしょう?呪に憑かれていたとはいえ、貴方の持つ情報じゃない!黒縄一族に狙われるような情報を勝手に話して…」
「ではあちら側の捨て駒として何も知らないまま使い捨てにされるか、こちら側として全てを知り、自分の頭で考えて巻き込まれ、戦い生き抜くか、どちらが良かったですか?」
カッとなったミカゲの言葉に落ち着いた様子の紗津が言い放った。
「えっ?」
「貴方は黒縄一族が私を狙っている、という情報を知ってしまった。その時点で依頼を受ける受けない関係なく、消されますよ。そして、その依頼を遂行出来なかった。私が普通の手段では殺せない存在だと知ってしまった。そこまで知ってしまえばもう連中はなんの躊躇いもなく貴方達を消すでしょうね。」
紗津の言葉が正論と感じたのか、ミカゲは納得したように頷いた。
「………やっぱりね…人魚姫みたいな格上の殺し屋が私達に女子高生殺しの依頼を出す時点でおかしな話だと思ってたわ。」
「今までいくつもの殺し屋を仕向けてきたけれど、同年代でも向ければ私が揺らぐとでも思っていたのかしら。」
「どういう事?そんな理由で私達は選ばれたっていうの?」
「えぇ。黒縄は確かに呪いの真祖と呼ばれるほどの力を持ってはいますが、無闇矢鱈に同業者を殺すような真似はしません。ですからこの依頼を出す殺し屋は慎重に選ばれるはずです。そしてその厳正な審査の末、依頼に逃げ道をなくし、受けても断ってもどの道殺す、と結論づけたのでしょう。」
「………許せないわね。誰よそれ…私達の事駒としか見てないじゃない…」
ミカゲの目に殺意が宿る。
「という事で貴方達は狙われています。ですから私と一緒に黒縄から逃げませんか?必要な機密事項なら私がいくらでも話します。」
「………逃げるって具体的に何するの?」
「貴方達には私の露払いをして頂きたいのです。」
「露払い?狙われてるからそいつらを消せってこと?死なないのに?」
「普通の殺し方では死なないだけで、一応死にます。呪使の死に様程悲惨なものは無いので、出来れば死にたくないんですよね。」
「…呪使の死に様って?」
「残酷極まりない死に方です。まぁこれに関してはまたお話しますが、とりあえずは貴方は私の露払いをしてくれる、と考えて良いんですか?」
「……そうね。私達が貴方の露払いをする代わりに貴方は私達に何ができるの?情報だけ与えればいいってものじゃない。護ってもらいたいと思うならそれに見合う対価を用意しなきゃ。」
「そうですね。情報に加えて貴方達が強くなれるように呪力の扱い方を教えましょう。」
「呪力の扱い方?呪術師みたいになるってこと?」
「そうですね。人を殺せるほどではないにしても、動きを封じたり傷の治りを遅くしたりできます。それにお望みなら呪使にだってさせてあげられますよ。」
「呪使に?」
「まぁ呪に打ち勝たなきゃいけないから呪使になれるかどうかは本人次第ではありますが。呪のいる場所に案内することは出来ます。」
「…そう…」
呪使になれる、というのはとても大きいメリットだ。
呪使になるということは危険な橋を渡るということにもなるし、普通の人として生きる事は出来なくなる。
だがこの世界で生きている以上、普通の人として生きるなどとうの昔に諦めている。
こんな所で死ぬ訳には行かないし、彼女の手を借りなければ間違いなくいつかは殺される。
呪使は普通の殺し方では死なないし、身体能力も異常に上昇する。呪力も驚異的だと聞くし…
「ねぇ、呪使になれば身体能力も呪力も覚醒するって聞いたんだけど、本当?」
「…身体能力…呪力…覚醒…そうね…覚醒してるかもしれない。私の場合は呪の自己主張が激しすぎて意識ごと奪われちゃうから…あんまり覚えてないです。」
「そう…今その呪に変わる事はできるの?」
「……今は…寝てるから…多分頼んでも出てきてくれない…命を狙われたら出てきてくれるけど…」
「そう……」
ミカゲは1度目を伏せ、覚悟を決めたように紗津を見た。
「最後に1つ、聞きたいことがある。」
「なんでもどうぞ」
「黒縄一族に狙われるほどの貴方は一体何者なの?」
これを聞いてしまえばもう絶対に戻れはしない。
そうわかっていての質問だ。