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呪われた殺姫  作者: 雛月深藍
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第1話 妙な依頼

午前二時。ここは公園の噴水広場。


とある理由でこの時間にこんな場所に呼び出された女は、1人不安げに周囲を見渡す。


だが、次の瞬間女は倒れる。


女の胸には鋭いナイフが刺さり、胸からはどくどくと血が流れ出ている。


何が起きたのかわからぬまま、女は脱力感と共に目を閉じる。


そしてもう二度と、その目は開かない。


俺は近くの木の上からその様子を見て、女の呼吸の停止を目視すると、木から降り、女の心臓からナイフを抜く。


すると更に血が溢れ、周囲が真っ赤に染っていく。


俺は通信機に向かって「始末完了」と呟く。


するとすぐさま「了解」と、聞きなれた女の声が返ってくる。


それを聞くと俺はナイフの血をを真っ白な布で拭き取り、仕舞い、その場を後にした。


俺は…いや、俺たちは殺し屋だ。






翌朝、仮眠明けの俺が個室から出て、ダイニングに出てくると、長い黒髪の女が朝食を用意していた。


「おはよう~昨日はお疲れ様」


「はよ。あぁお疲れ。」


この女の名前は「ミカゲ」。だがこの「ミカゲ」という名前は通り名に過ぎない。


本当の名前なんてこの世界では自分を不利にするだけだし、何かしら重たい事情があってこの世界に入ってくる奴も多い。

そんな奴等の事情にいちいち踏み込む気もないし、詮索する気もない。


近付きすぎると怪我をするのがこの世界だ。


「昨日の死体は掃除屋が無事片付けてくれたって~」


ミカゲは手際よくフライパンから目玉焼きをお皿に移しながら言った。


掃除屋は内密に遺体処理を行ってくれる業者。


殺し屋とは持ちつ持たれつの関係にある。


殺し屋が殺した遺体をまるで何も無かったかのように片付けるのが掃除屋の仕事。


掃除屋がどのように片付けたかは詮索せず、同時に掃除屋も殺し屋が誰を何故殺したかも詮索しない。


これを暗黙のルールとし、成り立つ関係だ。


仕事が終わると依頼者の元に連絡が入るシステムになっている。


俺が眠そうに席につくとコーヒーとパン、サラダとハムと目玉焼きがテーブルに並べられる。


ミカゲの料理は上手い。

詳しい事情は知らないが、料理の腕が確かなことは知っている。


ミカゲもテーブルに着き、食事を始めると、ミカゲが口を開いた。


「ねぇ、ナオ君、昨日ナオ君の仕事が終わってすぐ、新しい依頼が来てたんだけど…」


俺はこの業界では「ナオ」って名乗ってる。


本名から取った安直な通り名だけど、この年でこんな世界にいる連中の通り名は大体本名から取った奴が多い。


俺とミカゲは2人で殺し屋として裏社会の殺しを請け負っている。


対価と引き換えにどんな殺しも請け負う。


インターネットの裏サイトから特殊なサイトに行くと殺しの依頼ができる。


殺したい相手の名前と住所、多少の個人情報と報酬金額、期間を入力すると依頼完了だ。


そしてその情報が正しいかどうかこちらで1度調べ直し、その情報が正しいと証明され、受ける事でこちらに危険はないか判断した場合受諾の連絡をする。


誤ってヤクザの若頭の暗殺依頼なんて受けたりしたらたまったもんじゃないからな。


殺す相手が表裏社会の重要人物でないかよく確認する必要がある。


俺たちは2人で依頼をこなしている。2人ではこなしきれない依頼は受けないようにしているし、恨みを買いそうな依頼や後々面倒くさそうな依頼は受けないことにしている。


そしてその為にインターネット環境が充実していて、沢山の武器を置いておけるだけの広い部屋を用意する必要がある。


そのため今住んでいるホテルは3LDKの広さを持つ。


そして住処には安全性が無くてはならない。


命を狙うのに住処はうってつけだがこの部屋は安全性に関しては言うことが無い。


何せこのホテル、国の秘密裏にある諜報機関が運営しているホテルらしく、ホテル内での殺しや暴力沙汰は御法度、だがホテルの外なら何をしても構わない。


いつどんな格好で帰ってきてもホテルの連中は何も言わない。


血塗れだろうと、銃を持っていようと何も言われないし、通報もされない。


部屋の掃除も無ければ、食事の用意も無いものとされている。


ホテルとしてはほとんど機能していない。


まぁ掃除や食事が必要な場合は言えばやってくれるが、入っていいと言われなければ絶対に入らない。


盗聴器や監視カメラは一切なく、勝手につければ即追い出される。


ホテルに住んでいる者や利用者以外は入れない仕組みになっていて、入る時に特殊なカードキーが必要だ。


だがそのデータはホテルの利用終了後、完全消去される。


ある意味狂ったホテルだ。



朝食を終えると俺は依頼の話を聞くため、リビングのソファに腰掛ける。


「で、なんなんだ?次の依頼」


「1番報酬高い奴がね、まさかの女子高生の暗殺なの。」


「は?女子高生?」


「そう。女子高生の暗殺なのに、そこらの政治家の何倍もの金額が提示されてる。不可解に思って調べてみたら、どうやらその女子高生が『呪使(のろいつかい)』らしくて…」


呪使(のろいつかい)?」


「そう。呪術師でも禁忌と呼ばれてる存在よ。人を呪う事を専門とする、呪い屋なんてものがあるのは知ってるでしょ?呪使(のろいつかい)っていうのは、その呪いの中でも最も危険な怨霊を宿す『(のろい)』と呼ばれるものをその身に宿し、その呪いを使いこなす力を持つ者を指す言葉なの。」


「具体的に…呪使(のろいつかい)ってのはどんな力を使う?」


「呪使は五感、身体能力が異常に上がり、人間離れした力を持つわ。常に火事場の馬鹿力を出せる状態って言えば分かりやすいかしら?それに加えて、呪術も扱う。呪使の呪いは侵食速度も早いし、呪われる確率も高い。奴等に呪われれば解呪する方法は呪使本人の意思のみ。そして解呪しなければ確実に死ぬ。…そして呪具(じゅぐ)無しで呪いを使う。」


「呪具無しか…」


この世に存在する呪いは沢山ある。

その中でも殺し屋は『呪具(じゅぐ)』と呼ばれる道具を使う事がある。


呪具は呪いを宿した武器で、呪具の攻撃を受けるとその部位から呪われ、いずれ命を落とす強力な武器。


だが、強力な呪いを使う対価として己の寿命が削られる。

使えば使うほど死に近づき、死ぬ時に呪具を持っていると、己まで呪化して呪になる、という噂まである。


俺も一応針の呪具を持っているが、使う機会はあまりない。


その話を聞く限り、呪使って言うのはかなりやばい存在らしい。


何せこの裏社会で呪具はよく知られた言葉だが、呪や呪使、なんて言葉は初めて聞いた。


「呪い屋も呪具や弱い呪の紹介はしても、呪使と関わる事だけは頑なに嫌がるの。何せ呪使になるには実際に呪の所に行って、その呪を己に宿し、呪に打ち勝たなければならない。打ち勝ち、服従させなければ呪に取り込まれ、一生死ぬ事の無いまま呪と苦しみを共にする。現在の呪からの生還率は0.01%とまで言われているわ。その中でも黒縄一族以外の呪使は殆ど居ないと聞くし…」


黒縄(こくじょう)一族”それは代々呪いに関して右に出るものはいないという程、呪術に長けた一族。


初めて呪具を作ったのもこの黒縄一族だとか…


「呪具に関しては聞いたことがあったが、呪や呪使については初耳だ。」


「そりゃそうでしょ。呪使の情報なんて出回ってないもの。私の情報網を駆使してようやく知り得た情報よ?電子機器、情報収集を専門とする私で、ようやくなの。トップシークレットよ。」


ミカゲの顔が険しい。

これは危険な依頼であることは言わずとも伝わってくる。


「で、この依頼どうするんだ?受けるのか?」


「……………………」


ミカゲの厳しい表情…迷いがある。


ミカゲには体が弱く入院中の弟がいるらしい。

両親は既に他界しており、その弟を養い、入院費を賄うにはこの世界しかなかったとか。


「そんなに高額なのか?」


「えぇ。」


危険な衣類と分かっていてミカゲをここまで悩ませるのだ。

通常の額とは比べ物にならないのだろう。


「依頼主は?」


「…………人魚姫」


「人魚姫!?」


人魚姫は俺たち殺し屋の世界では有名な殺し屋だ。


主に1人で大量殺人を得意とする危険な殺し屋。


誰もその姿を見た事が無いとされ、冗談でも彼女の名を語れば彼女自身が殺しにくる。


それゆえ、冗談でも誰も人魚姫を名乗るなんて真似はしない。


人魚姫からの依頼…人魚姫レベルの殺し屋がこんな自分より格下の俺たちに依頼?一体何の目的があって…?


「これ…受けるべきかな?断って…何もないと思う?」


「………………」


断った事による報復。

誰が誰を殺そうと依頼した、という情報は貴重だ。


殺し屋の中にはその情報を情報屋に売りつける奴もいる。

依頼を断ってそんな事をする可能性を危惧され、殺された、なんて話もよく聞く。

理不尽だが、殺し屋を使うという事はそれだけ危険な事で、殺し屋も又、殺される可能性があるから顧客からの信用を実績という名で得ておかなければならない。


「…………………分からない。」


ミカゲの顔に翳りが見える。

受けるのも断るのも危険、という事だろう。


「………………分かった。俺がやる。」


「ナオくん!」


「受けても断っても危険なら受けてみるしか無いだろ。一応俺も呪具を使えるし…何かあったら引けばいい。」


「……………そうね…」


ミカゲは不安げに頷く。


そんなに危険なのか?呪使ってのは…


それでも…やるしかねぇ。


俺だってこの世界に入ってもう10年だ。

仕事の失敗は死を意味する。

それはどんな仕事でも同じだ。

だから…今回だって…生きて帰ってみせる。


「大丈夫だ、ミカゲ」


俺はミカゲの頭をぽんと撫でる。


「俺は死なねぇ。必ず生きて帰る。だからそれまで情報収集を頼む。」


俺はそれだけ言うと、武器の調達調整の為、武器を沢山置いてある部屋に向かった。






数日後


武器の調整、当日の段取り、シュミレーションを終えた俺とターゲットの情報や行動パターン等、粗方の調べがついたとミカゲで情報の共有をはかる。


「ターゲットは「倉橋 紗津(くらはし さつ)」、南岡高校生1年生で親とは離れて一人暮らしをしているの。」


軽い紹介と共にターゲットに関する情報を印刷した書類が渡される。


ミカゲの情報網は恐ろしい。

ミカゲの手にかかれば、住所や家族構成は勿論、いつどこの病院で何時何分生まれたか、どういう環境で育ち、どんな人間と親しいのか、SNSでどんなことを発信しているか、アカウントを非公開にしていようと関係なく、ミカゲは全てを知ることが出来る。


それだけの実力がある。


だが、資料を見ていて少し違和感を覚えた。


「ミカゲ、ターゲットが呪使となった経緯や何故人魚姫から殺すように依頼を受けたのかは…」


「……どこをどう調べても…出てこなかったのよね~。まぁ呪使になった経緯とか契約している呪なんてものは本人から聞く以外知る方法はないと思う。何せ呪使ってのは単独での殺戮が可能だから誰かと組む必要も無い。それに人と関わることを嫌がるらしいのよ。まぁ呪なんてものをその身に宿してるんだから周囲に何か影響を与えるのかもしれないわね。」


ミカゲはハッカーとして優れているだけでは無い。

頭も良いのだ。


優れた洞察力と判断力を兼ね備え、1の情報から10を推測する女だ。


俺の相棒としては十分すぎるほどだ。


「あとね、この家庭環境にもちょっと違和感があるの。」


「女子高生の一人暮らし。でも両親は同じ県内に住んでいる。別に家族仲が悪い訳でもなく、仕事場が離れている訳でもない。……何か妙なのよね~何故そんな事になっているのかっていう理由は出てこなかったし…」


「…何か裏があるって事か?」


「えぇ。そもそも普通の女子高生が呪使になること自体有り得ないからね。それに呪使って存在も普通は知り得ない単語だしね。」


「そうだよな……」


「とにかく、出来る限りの情報は集めるから気を付けて全力で注意して挑んで」


いつになく真剣なミカゲの目が俺を見る。


「あぁ。分かってる。」


俺はそう言うと資料をもって部屋を出た。

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