槍使いの少女、勇者に勝つ
前半はこの作品の二話に出てきた士官候補生が主体の話になっています。誰か分からないという方は二話を見返して頂ければ分かると思います
──王立士官学校。
そこは首都シーラの中でも、王立魔術学校と共に随一の難関校で知られる教育機関である。
入学するためには、高い身体能力に魔法や剣術、射術等のある程度の戦闘能力と、将来部下を指揮する士官を目指すので、勿論知力も重要視される。
様々な地形、気候、状況に臨機応変に対応、もしくは戦術を展開できる柔軟な発想が出来なければ、部下を指揮することは以ての他なのだ。だから、教え込まれることを吸収できる優秀な頭脳であることが優先される。しかし、その逆も然り、例え試験が高得点だったとしても、体力面や戦闘面に問題があれば即刻不合格となってしまう。
つまり、文武両道でなければならないということだ。
競争率が高いので、一定の評価を得た受験者でも落ちてしまう場合もあるのだ。
では何故、皆はそれほどの難関な審査で自分が落とされる可能性が高い王立士官学校を目指すのか。
その理由は至極単純、王立士官学校に入学するだけで、将来のことは何も心配しなくて良くなるからだ。
詳しく言えば、王立士官学校は王室が直々に立てた由緒があり、世間からの信用もある教育機関だ。
平民から貴族までの立場は一切関係無く厳正な審査が行われるので信頼もある。
そんな審査を潜り抜け、王国随一の高度な教育を四年間を受けた者達の殆どは、誰がどう見ても事務面でも、戦闘面でも優秀ではない筈な訳ではないので、軍だけではなく様々な所から声もかかるのだ。
卒業後はそのまま高給が約束される部隊を指揮する士官として活躍するか、様々なギルドや高名なパーティ、商会や銀行等からの勧誘を受けるか、という贅沢な人生選択が出来るという訳だ。
しかも王室が卒業した者の身分を保証してくれるので、社会から優遇されるお墨付き。
実際、本当に士官を目指そうと入学する人と高級な仕事に就く素材として王立士官学校卒業という肩書きが欲しくて入学する人と半々であるのが現状だ。
そんな上手く行けば自分を含め家族の人生を一挙に逆転できる場所だからこそ、それほど競争率が高く、王立士官学校に入学することは難しいのだ。
──そして今、その王立士官学校の今年の受験戦争を勝ち残って入学してきた士官候補一年生達が、幅広い校庭で、模擬戦を行っていた。
「はあああっ!」
「……ぐぅっ! ぁあああ!」
──校庭のあるところでは直剣同士で激しい鍔迫り合いをしている士官候補生や
「【火の精霊よ。我の杖に応えたまえ。火球】!」
「……っ! 【水の精霊よ。我の杖に応えよ! 水の壁】!」
──あるところでは杖を片手に魔法を交互に撃ち合ったりしている士官候補生や
「ふんッ!」
「……ッ!? ……クソ。参った」
──又あるところでは直剣を弾いた後に首へ突きつけて決着を着けた士官候補生もいる中で、一際周囲の士官候補生や教官の目を引く二人の士官候補生がいた。
「……」
「……」
まるで二人の士官候補生の空間だけが世界から隔離されたかのようだった。周囲も思わず息を呑んでしまう程の奇妙な緊張感が充満している。
片方は、栗色の髪を一つに結わえて藍色の瞳をしている端麗な少女だ。両手で短槍を手に持ち、その穂先を相手側の地面に向けるような構え方をしている。
そして、その少女を相手にするのは、黒い短髪と黒い瞳という極東に良く見られるがこの辺では珍しく、又顔も秀麗な青年だった。手にしているのは無機質な直剣であるが、構えを取っている少女と対極的に構えもへったくれもない自然体で模擬戦が開始されるのを待っていた。
明らかに少女と青年の間の模擬戦に対する意識の温度差がある。
真剣に目の前の相手に集中して模擬戦に取り組もうとする少女。
そしてそれを塵とも思ってなさそうな平常な顔で、依然として自然体で攻撃を待ち受ける青年。
不思議なことはまだあった。それは青年の服装だ。少女やその他の士官候補生は動きやすいように深い緑が基調の軍服を着ているのに対し、青年の服装はこれから激しい運動をするにも関わらずに、余りにも実用性がないワイシャツと黒の長ズボン、所謂制服着用しているのだ。しかみここら辺の学校では見ない制服のデザインをしている。
不気味だ。少女は思った。
それに、少女へ時折見せる不敵な微笑も相まって、より一層不気味に思わせられる。
「では。リール・イスファール准尉。ジュンイチ・イトウ様。互いに前へ」
それほどこの二人の模擬戦は特別なものなのだろう。直々に教官が審判を務めるようだ。
「ははっ。そんなに見つめられると照れるなぁ」
「……っ」
少女──リールは、目の前でそう笑う不気味な存在へ嫌悪感を抱きながらも、不信感も募らせていた。
(……この人。何だか苦手です)
苦手というより、得体が知れない。何せ今朝、急遽この男──ジュンイチ・イトウと名乗る者が編入してきたのだ。
この時期に編入してくること自体珍しいのだが、ここの入試より難易度が上昇している編入試験を受かってここに来たのだから実力はあるのだろうと予想する。だが見た限り、厳しい編入試験を本当に受かってきたのか疑ってしまう。それぐらいに、特別体を鍛えてるわけでもないように思えた。
しかも今、これまで数々の剣士と此方は槍を構えて向き合ってきているが、剣に交わる前に相対してみてここまで威圧感の無い相手は経験上初めてだった。
リールはそこでふと思う。多分実力はあるのだろうが、自分には及ばないと。
先ず構えができていない時点でその差は歴然だ。まだ冒険者ごっこしている街の子供の構えの方がマシだろう。
自然体という構えも存在するが、それはあくまでも強者たる者がやってみて初めて成立するものだ。
経験豊富であれば一々構えなくても、最小限の動きで相手の攻撃を避けれられるので、弾いたり受け流したりする手間も省ける。
対して、経験が未熟な者がそんな基礎である構えを解いてしまえば、即刻間合いを詰められて避けられずに敢えなく傷を負うだけなのだ。
つまり今、強者が故に感じられる戦闘前の威圧感が全くないこの青年が、何も構えずにただ自然体でいることは、最早戦いを放棄しているかのように思えてしまうほどの滑稽な行動を取っていることになるのである。
これは作戦なのかも知れないが、目の前の青年はただ未熟が故にそんな行動を取っているようにも見えるのだ。
隙もあり得ないくらいにあるし、何より覇気が感じられない。よって、この勝負は自分の一方的な展開で終わってしまうことだろう。
しかしそれは慢心であり、油断だ。
リールが目標としている英雄、エデル・バデレイクがこんな言葉を残しているらしい。
一番の隙は慢心と油断から繰り出される中途半端な一撃だ。戦いに自身の力の驕りは必要ない──と。
攻撃は時として最大の防御になり、時として最大の隙を生む。そのことをエデルが残している言葉は正に指していた。慢心、油断をしたままの攻撃は半端なものになり、相手にとって見ればそんな隙を生んでくれてありがとうと嬉々としてその隙を突いてくるだろう。
(だから決して手は抜きません。ジュンイチ・イトウ。あなたを私と同程度の実力がある者として仮定して臨まさせて頂きます)
自分が憧れ、そして目標としている英雄の数々の言葉や武勇伝は今、自分が柱としてる騎士の在り方を作っているのだ。
いつかあの憧憬の隣に立つために、ここまで努力を怠らなかった一人の少女の強さは現時点では一年生の中でも特に優秀なものにまで成長している。
正に未来の騎士の卵。周りが有望株と認める数少ない士官候補生。
それがリール・イスファールという少女である。
目の前で不気味に笑う男など、目もくれてやらない。ただ前に進み、憧憬にいつか認めて貰う日の為にひたすらに努力を磨いてやる。
そんな意気込みで、模擬戦に臨もうとしたが、ふと少し又不思議に思ったことがあった。
(……)
それはこの時限が始まり、あの青年が紹介されてからこれまでの教官の様子のことだった。
それもそのはず、普段から堅く厳しい印象だったあの教官が、青年に妙に下手に出ていることが気になったのだ。
(もしや、このジュンイチ・イトウという方は王族に近しい存在なのでは?)
しかしそうとしか考えられない。ここは王立士官学校。例え貴族であっても、王族ではない限り平民と同等に扱われる筈。
であれば、教官があの年若い青年に下手に出ていることが説明がつくのだが、少なくとも黒い髪黒い瞳、顔は秀麗なれどさして王族らしい立ち振舞いは一切垣間見えなかった。
それらを考えればここアメリアの王族に近しい存在ではないことは明らか。
他にあるとすれば、もしや極東の国の王族なのだろうか。それであれば説明は着くものの、態々友好国ではないアメリア王国の士官学校に編入させる理由が分からない。
そこまで考えて、やめた。
「──始め!」
教官が声を張り上げて開始の合図を出したからだ。
さて。と、リールは目の前の青年の出方を見ることにした。実際、始まった際に速攻をかけて一気に決着を着けても良かったのだが、これから目の前のジュンイチという青年は共に士官を目指す学友になる存在。
リールとしては、後数ヵ月で二年へ進級するという微妙な時期で、突然編入してきた怪しすぎる青年の情報収集をしたかったので、様子を見ることにしたのだ。
何故かは分からない。しかし、この青年に至っては見れば見るほど何か違和感を感じてしまう。心のどこかで引っ掛かってしまう気持ち悪い何かを。
この違和感の正体は何なのだろうか。
受け入れられない。そんな何か。
そう。それはまるで──
(この世界のものではない……異物のような)
正にそれだ。失礼かもしれないが、この世のものではない何かに感じてしまう。
先程から、何故かこの青年に対しての警戒が緩められない原因はそれだったのだ。
(それにしても、未だに何も感じられないですね)
少なくとも、目の前の青年から得体の知れない力を感じてきてはいるがそれ止まり。
模擬戦が開始したのにも関わらず、全く青年から『威』というものが感じられない。それに流石に戦意はあるのか、先程までの軽薄そうな態度からは幾分かマシな面構えになっているが、それでも実戦ならば一挙に詰めてしまえば首を刈り取れてしまうぐらいの隙があった。
こうして立ち会い、武器を向き合っていればいるほど、目の前の青年が素人に思えてならなかった。
(……しかし、私と同じように慎重な方のようですね。てっきり浮き足立って速攻を仕掛けてくるかと予想していましたが)
そんな思考をしている一方で、ジュンイチも自分の相手であるリールが唯の可憐な少女ではないと感付いているのか、模擬戦が開始しても慎重に直ぐに動きはしなかった。
「……」
「……」
周囲からはリールは涼しい顔で構えた槍の穂先を動かさずにジュンイチの出方を窺っているようだと見えるが、ジュンイチの方は一見同じように相手の出方を窺っているようにも見えるが、次に何をすべきかという判断に困っているようにも見えた。
もうこの時点で、二人の経験と実力の差が余りにもひらいているのが一目瞭然だ。それはリールの他にも、リールの学友であるハルトやイーリス等の模擬戦を見ている士官候補生達も同様だった。
教官も異様に感じたのか、ピクリと眉を動かしている。
「……そちらから来ないんでしたら私から行きます」
「──ぇ」
大体の考察は出来たので、次にリールは行動を起こしてみることにした。勿論、このまま動かなかったら模擬戦の意味がないのもあるが、この今から起こす行動に対して、ジュンイチがどんな反応と対処を見せるかという興味もあった。
──負けるつもりはないが、もし負けたとしてもそこでジュンイチという男の得体の知れない力を少しでも垣間見えれば、十分な報酬だ。
それほどまでに、今のリールはジュンイチの正体を知り、早急に対策を練りたかった。
先程までの振る舞いから素人だと思った相手だったので、不意打ちはせず騎士道精神に倣い、律儀に先手を取ることを告げたと同時に、軸足に力を入れて一挙にその年齢相応な華奢な体を加速させた。
五メートル程空いていた二人の距離は、リールが鋭い動きで間合いを詰めたことにより、既に肉薄せんとする近さになっている。
華奢な体からは想像がつかない程の力を全て、槍の穂先へ集中させた渾身の突進。それに更に一挙に加速させた速度も加わり、剛槍とも言える程の威力にまで到達していた。これを避けられる者は場馴れした熟練の騎士ぐらいだろう。
その槍は決して力任せではなかった。女性特有のしなやかな筋肉を最大限にまで生かした槍だ。鞭のように全身の力を一転に集中させたものであるため、喰らったらひとたまりのない衝撃と共に体をいとも簡単に貫通し、やがて全身に激痛が走る、そんな破壊力がある突進なのだ。
例え素人だとしても容赦はしないが寸止めはするつもりだ。本気の突進であれば制御は出来ないものの、七割程の力は制御できる。
先手必勝。この言葉は一対一の戦闘において、いや多対一、ましてや大規模な戦闘においても重要視される。教官の話によれば五年前の戦いにおいても、先制を徹底した部隊の勝率が他の部隊のなかでも群を抜いていたらしく、それが先制攻撃が如何に勝利へ結び付くものなのかを示す、何よりの証拠であり理由であるといっていた。
リールはその教官の話を聞いて、何も戦いは技術だけではなく、『先制は勝率を上げる』という法則性も存在することを悟った。
実際、戦いは瞬時に決着が着いてしまうのが普通だ。実力が拮抗していても、どんなに実力差があったとしても、一手から三手までの行動で全ての勝敗が決してしまう。演劇で良く見る、互いの攻撃を何度も弾き合う芸当は戦場であれば誰にも出来ないし、する必要もない。如何に速く目の前の敵を殺すかの世界にはそういう夢物語は存在しないのだ。
戦いとは駆け引き。つまり敵を欺かなければ、勝利を掴むことは出来ない。ましてや数秒の間で行われる欺き合いで、都合良く敵の攻撃に剣を合わしたりすることなんて出来やしない。
勝負とはたった数秒の駆け引きによって変わってくるものなのだ。
「──ッ!」
「くっ!?」
──なので今の状況だと、ジュンイチの不意を突いてないとはいえ先に行動し、先に自分の距離、リールの場合だと槍の間合いを確保した為、リールの勝利がこの場に居る誰でも予想出来た。
「……そこまで! 急所への武器の突き付けにより、リール・イスファール准尉の勝利とする!」
案の定。ジュンイチは成す術もなく、リールから自身の首元へ穂先が突き付けられ、勝負に敗れた。
駆け引きに負けたのだ。
事実、リールの『ジュンイチには得体の知れない力がある』という予想は当たっていた。
端から審判として見ていた教官からすれば、今の模擬戦はジュンイチの勝利で終わるだろうと予想していた。普段から有望株であるリールの強さを知っていても尚、何故そんな予想をしたのかといえば、至極単純なことだった。
──実はこのジュンイチ・イトウという男は、唐突に今日王室から編入されてきた、あの伝承にも残る召喚勇者なのだ。
常人よりも遥かな力を持ち、様々な厄災から人々を護る正に人類の光──召喚勇者。
教官も最初は半信半疑だったが、このジュンイチ・イトウの前に召喚された勇者によって、そんな疑いは直ぐに晴れてしまった。現在、その勇者は隣国で戦争の仲介者として赴いているが、これまでの五年間、多くの功績を残してきたのだ。アリエス王国の第一王女であるパスラ王女とも婚約し、名声もうなぎ登りで、現在はアリエス王国の顔にもなっているような存在にまで成長している。
そんな存在にもなった神々の恩恵を授かった者がもう一人召喚されたのだ。期待をするなと言われても出来ないわけがない。
だから、そんな圧倒的な存在に流石の優秀な士官候補生のリールでも勝てないだろうと教官は思ったのだが、その予想は呆気なく今、覆されたのだ。
模擬戦を行う前に、教官はジュンイチから『僕にはチートなスキルがあるので、あなたが優秀だという子にも勝っちゃうかも知れませんよ?』と、突拍子もなく伝えられていた。
スキル。教官はそれを勇者の恩恵の一種だとその場では判断し、そのスキルなるもの使えばあのリールでさえ負けてしまうのかと思った。
しかし、今の戦いにおいてそのスキルなるものを使わせる前に、リールは先手を打ち勝利を納めたのだ。
「……見事だったぞ。リール准尉」
教官は思わず、そんな圧倒的な存在に勝利を納めた少女に向かって、普段は滅多に誉めないその固い口を開けた。
珍し過ぎる教官の称賛に、周囲は当然ざわついた。誉められたリールも一瞬驚いたように瞠目させたものの、直ぐに敬礼で応える。
「ありがとうございますっ」
「……では、全員集合」
「「「はっ!」」」
そろそろ時限が終了する時間が近づいているので、教官は全員を整列させる。しかし、一人その号令に答えず、その場で呆然自失とする青年の姿があった。
「……は? 今の……え? 何が?」
余裕だと思っていた模擬戦。しかも周囲の目がありながら、可憐な少女に負けたという事実。あれほど周囲に余裕に振る舞っていたのにも関わらず、一歩も動けずに呆気なく負けてしまったという事実。
恥ずかしい。情けない。前世では夢に見てた召喚勇者に成れた青年は、チートのスキルを使うまもなく呆気なく模擬戦に負けてから、急速に自虐にまみれる心にうちひしがれているのだ。
そんなジュンイチに、教官は整列させた士官候補生達を待機させた後に、側にまで歩き声をかける。
「……勇者様。さぁ立ってください」
「……っ」
「……」
──確かに、スキルという神々からの恩恵である特別な力を使えばこの青年は英雄になれるかもしれないが、今のように強大な力に振り回され、やがて溺れてしまう。そんな器の持ち主でもあるのかもしれないな。
地面とにらめっこしている青年を鋭い瞳で見てそう思う、教官なのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お疲れ様ですわ。エーデルさん。何か原因に繋がる情報は一欠片でも見つかりましたか?」
「ありがとうございます。はは。残念ながらまだ何も」
「あら。そうでしたか……そろそろ集中が切れる頃でしょうし、休憩にいたしませんか? 紅茶を淹れましたのよ。下へ降りてきてくださいまし」
「はい。では、お言葉に甘えて……」
──王立士官学校で、新しい召喚勇者に模擬戦で勝利するという偉業を達成した娘を持つ主婦と知らぬがままに対話する一人の冒険者が居た。
その冒険者の名は、エーデル。
元は名家から追放された孤児だったが、やがて傭兵になり、功績を残している内に実力を買われ騎士となった過去を持つ男だが、唯一の婚約者を勇者に奪われたという憐れな過去も持つ男でもあった。
訳あって冒険者になっているが、今はイスファール家からの依頼を受けている最中だ。
「リリアナさん。この甘味は……」
「それはマカロンというお菓子ですわ。口当たりはは柔らかくて、中はしっとりとしてますのよ」
「へぇ……食べたことがないので、少し緊張しますね」
「遠慮なく食べて下さって結構ですわ。その代わり美味しく食べて下さいな」
「では……──っ! 美味い! 美味しいです!」
「うふふ。それは良かったです」
俺は今、リリアナさんから休憩時間を貰い、更に趣味だというお菓子作りでの味見役をさせて貰っていた。一応依頼中なのだが、いつでも気を張っているのもあれなので、こうして気を抜いている。
それより驚いたのが、この俺がこうしてリリアナさんと既に打ち解けていることだった。最初は俺の方がぎこちなかった節があっただが、大体三時間おきにこうして紅茶を振る舞ってもらっている内に、自然とこうなっていたのだ。
今は午後十六時半。午後から老朽化した家に限り屋根に何故か穴が空いてしまうという原因不明な事件の調査に駆け回っているところだが、そろそろリリアナさんの家族も帰ってくる時間帯なので暇にしようと思っているところだ。
因みに、今日の成果はこれといってなかった。
あるとすれば、他の家にもあった穴と同じくらいの穴だということだけだった。
これらから、先ず同じような穴が他の家にも同じように出来ているという偶然は余りにも考えにくいので、人為的な仕業であると仮定できる。
(一体誰なんだ……?)
しかし、この仮定は早計だと言える。本当に偶然かもしれない可能性も捨てきれないからだし、何よりまだ一日目だ。一週間程調査してから具体的な仮定を立てていくのが正しい。
それにしても、もし人の仕業だとすれば、それは一体何が目的なんだろうか。
考えるとすれば穴を開けたのはその家の金品を盗む為の侵入経路としての理由があったというのが一番現実的──
「──あっ」
「? どうかしたのですか?」
「いえ……あの。気になったことがあったんですけど、リリアナさん……屋根に穴を開けられた後、金品の確認とかしましたか?」
「寝室ですか? そういえばしてなかったですわね……──ハっ」
「リリアナさん。もしかすると、盗まれたりとか……」
「……」
みるみる内にリリアナさんの表情が青くなっていく。これは不味い。
「い、今すぐ確認しにいきましょう!」
「え、ええ! そうですね! ……って俺も行くんですか?」
「何言ってるんです! さあ」
「は、はいっ」
(軽々しく旦那さん以外の男を寝室に入れて良いのかよ!?)
引っ張られるまま、早歩きで寝室に入った。なんだか落ち着かないというか、今すぐここから出ないとマズイ気がするが、リリアナさんがそうしてくれない。余程緊迫しているのだろう。
「……あの」
「静かに。今探してますので」
「いや、その前に」
「しぃっ……」
「……」
(そうやって睨む前に手離してくれねえかな……)
婚約者を奪われる痛みを何よりも知っている自分としては、本当に早くこの場を離れたかった。
もしこの場に白騎士の夫が現れたらなんて怖い妄想を浮かばせながら早くこの状況が終わることを願ってると「……」と、静かに漁っていたタンスの棚を静かに閉じるのを見届けると、俺はそっと察した。
(……どうやら、盗まれてたらしいな。ということは誰かが屋根をぶっ壊して侵入する同じ手口で家から金品を盗んでんだな)
冷静に分析して原因は掴めたが、解決しなければ意味がない。それに先ずは、目の前で死んだ目をしているリリアナさんだ。
「えーっと……その。リリアナさん。取り敢えず、先ずはここを出て紅茶でも飲んで落ち着きましょう」
「……」
「……」
(もう手掴んでるし、このまま引っ張ってくか)
寝室から応対されていた部屋に戻る今度は俺がリリアナさんを引っ張っていくという逆の構図になっていた。先程より握る力が弱々しい。
(まあしょうがないか。金品を盗まれるのは結構な痛手だからな。家族に責められるんじゃないかとか思ったりするだろうし)
しかし、困ったものだ。
そして、原因である犯人をどう見つけて懲らしめるか。
俺はそんなことを思いながら、このあとリリアナさんからの愚痴を聞かされ続けるのだった。
そして、愚痴を聞かされている内に時間はもうとっくに遅くなっていて、すっかりと立ち直ったリリアナさんに夕食を食べていくか食べていかないかの押し問答をしていると
「ただいま」
と、玄関から透き通った女声が響いた。




