第6話 『エルフの名前と帝国様』
ドサッと乱暴な音をたてて赤毛の少年は座った。ラズリシアの目の前。じろりとした三白眼に、亜人の女の子がびくりと震えた。
「エルフは・・・」
赤毛の少年が、無表情のままで話し始めた。
年齢相応の高い声で、雰囲気から重低音を想像していたラズリシアは、少し驚いた。
「エルフは、子供に名前を付けない。成人すると自分で自分の名前をつける。出生率が低いのと、もう一つ、奴らの独特の思想ゆえにだ」
「・・・・・・?」
赤毛がうっそりと女の子の顔を見る。
つられて、ラズリシアもフェルドも彼女のほうに視線を向けた。
「■・・・■■!?」
女の子は、突然の注目に声にならない声を上げ、ラズリシアの腕の中からばたばたと這い出た。
そしてそのまま、彼の背中に引っ付いて隠れてしまった。
「・・・・・・」
「あーーーおどろかせちゃったね・・・」
ラズリシアは後ろに手をまわして女の子の腰のあたりを撫でてやる。ちょっと泣きそうになっているらしい。潤んだ瞳と目が合った。
「だいじょうぶ」
「・・・■」
ラズリシアが声をかけると、ぼそぼそ何かをつぶやきながら、背中に額をぐりぐり押し付け始めた。
「・・・?」よくわからないが、好きなようにさせておいた。
「仲いいな」
そんなふたりを見て、赤毛が言う。
フェルドと同じようなことを言うんだな、とラズリシアは思った。
「それにしても・・・」
と、そう言って、フェルドは赤毛のほうに身を乗り出す。
「君、西大陸語が話せたんだね」
それもそんな流暢に!と、そう言って輝く目に、赤毛は視線を合わせた。
「さっき、ドアーフ語じゃなくて、西大陸語で話しかければよかったかなあ?」
「・・・お前のドアーフ語は、東訛りがひどすぎだ。何言っているかほとんどわからねえよ」
「あ、あーー。東方のドアーフに習ったから」
「だろうな。お前、ルーニア人だろう」
「・・・本当に博識だね。小さな島国の、それも、もう亡んだ国の名前なのに」
はーーーと、嘆じたように息を吐くフェルド。赤毛は、すぐに視線をラズリシアのほうに戻す。
「・・・ねえ、君、エルフ語とか話せたりしない?」
「俺が話せるのは、西ドアーフ語と西大陸語と・・・ワーフ語だけだよ。」
「ワーフ語も!ほんとすごいなあ・・・」
目線を動かさず淡々と答えた赤毛に、うんうん頭を上下に振って、フェルドはきらきらした眼差しを振りまいた。
そのあとで、でもなあ・・・と眉根を寄せて、
「呼び名がないと、いろいろ困るよねー」
そう言って、ラズリシアを見た。
「この子の了解は取れないけどさ、仮として、ラズ君が名前、つけてあげたら?」
「・・・ラズ君て、俺のことか?」
「うん」
にこーと笑うフェルドに、ラズリシアは何も言えなかった。
代わりに、ぼそっと聞く。
「・・・その、えるふって、なんだ?」
「ん?」
「この子は、えるふっていうやつなのか?」
「え、いや、そうだよね」
え、違うの?と、うろたえるフェルド。なんだか、ずいぶんずれたことを聞いてしまったらしいと気づく。
それでも、わからないものはわからないのだった。
「・・・亜人だろ。なのに、えるふ、ってやつでもあるのか?」
「・・・何言ってんだこいつ」
赤毛が変なものでも見るように目尻をゆがめた。
フェルドは「んーー?」と一度うなると、ラズリシアに聞いた。
「ラズ君ってさ、どこ出身?」
「?・・・ナルザ村」
「・・・どこ?」
「ここから蜥蜴で五日ぐらいの、内地の、村」
「内地の・・・」
フェルドがもう一度うなった。そして、頬を指でかいて話し始めた。
「えーとね、亜人っていうのは、人間以外の人類種の総称なんだ」
「・・・・・・?」
「僕やラズ君は人間だ。でも、僕はルーニア人種でラズ君は西洋人種。同じように亜人にもいろんな種別があって」
と、そこでフェルドはラズリシアの後ろへ瞳の焦点を合わせ、「彼女はエルフ種」
次に赤毛のほうを見て「彼はドアーフ種」
「・・・この、あんたも、亜人?」
「デリジア」
「え?」
「・・・俺の名前だ」
赤毛の少年、デリジアは不機嫌そうにそう言った。
赤毛の髪も、褐色の肌も、別にそこまで異様なものとは思えなかったので、ラズリシアは彼を亜人だとは思っていなかった。
だから、デリジアを見る視線に、少しいぶかし気な色が加わった。
「んー。ドアーフ種の子供はね、ひげも生えてないし、背も別に低いわけじゃないし・・・」
まあ、伸びないんだよね。と、フェルドがデリジアに笑って言う。デリジアは嫌そうな顔をした。
「・・・・・・」
ちらりと、背中でぐりぐりやっている亜人の、エルフの子を見た。
「・・・あっちの三人も、そうなのか?」
視線を移し、長方形の檻の端端で項垂れているお仲間たちを見る。
身を寄せ合って座っているのは、ラズリシア達よりも年上の少女と、エルフの子と同じ年頃の子供の、二人。
年上の少女は長い白銀の髪に、真っ白の肌をしていて、地下の暗闇の中では浮かんで見える。すらりとした矮躯は大人っぽくてかっこよい。黒髪の子の頭を撫でながら、ラズリシア達のほうをちらちらと、警戒するように盗み見ている。
黒髪の子供は、彼女の胸に縋りついて震えている。泣いているのかもしれない。こちらを向いた背中は日に焼けていて、それで、骨が浮き出て見えるほど痩せていた。
そしてなにより、彼女らの頭には特徴的な獣耳があった。白銀の少女は兎の様に長いもの、黒髪の子供には猫の様なとがったものが。猫耳の子の腰からは、だらんとしっぽらしきものまで生えているのが見えた。
「ああ。あいつらはワーフ。亜人だよ」
「エルフ、ドアーフ、ワーフ、ほかにも魚人種とか妖精種とか鬼人種とか、色々いるんだけど・・・ね」
そこでフェルドは言葉を切った。なんだか気まずげである。
デリジアがふんと鼻息を一つして、言葉を継いだ。
「この国には、もう最初に言った三種しかいない。・・・他は追い出されたか、滅ぼされたか、だ」
滅んだ、ラズリシアにとって、その言葉はまるで現実味を伴っていなくて、なんだか遠くの世界の事のように感じられる。
そんな少年の様子を見て、デリジアは目を細めて言った。
「・・・これも知らねえのかよ。なんだ。お前ほんとにこの国の人間か?」
「実際に被害にあってるとこなら、ともかく・・・内地って言ったら、戦争とか他人ごとだろうし、村出身なら、亜人を見たこともなかったんじゃないかな?」
ラズリシアはフェルドにうなずいた。デリジアがまた息を吐く。
「戦争なんて、とっくに終わったろ。今やってんのは残党狩りってんだ」
ああ、だからこいつは何にも知らねえのか・・・と、じろりと三白眼が笑うように歪んで、
「まったく・・・余裕だねえ。帝国様は」
と、そう言った。
帝国。ラズリシアの生まれた国。この大陸最大にして、現存する最古の国家。
国名はない。国と言えば帝国をさすものであるという、それが当然だ、という自負心故に。
「・・・えっと。それで、最後のあの子がどっちか、だよね」
フェルドが冷えかけた空気を取り持つように話題を戻した。
彼の視線の先、そこには膝を抱えうずくまった、ラズリシアと同じほどの子供がいた。
汚れてはいるが、もとは紫か、紺か、その様な色の髪を、肩ほどでざんばらに切っていて、それが顔を覆っている。
ひどい襤褸をまとった、白い肌。これもラズリシアと同じ。
鬱屈とした、諦念と諦観で周囲を染め上げるような雰囲気は、少し前のラズリシアと同じ。
「たぶん、彼女は人間だよ。ラズ君と同じ西洋人種だ」
あんまり見ない髪色だけどね。そう、その子を見ながら、フェルドは言った。
「彼女とはここまで一緒に運ばれてきたんだ。ラズ君とエルフの子の、二人とおんなじ、同期だね。まあ、仲良くはなれなかったんだけど」
「さっき、全員に話しかけてみたって言ってたけど・・・」
「うん。ここまでの道すがらずっと、根気よく、話しかけてみたんだけどね。僕の居た檻には、近い年の子は彼女だけだったし」
「かわいそうにな」
デリジアが最後に言った。彼と同じく、ラズリシアも本気で彼女に同情した。
「うん・・・そうだね」
・・・こいつは何に対してそう思っただろう。フェルドはなんだか、びっくりするぐらい真剣にそう言った。だから、ラズリシアとデリジアは、ちょっと虚を突かれたりした。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ねえ」
その後で、やっぱりとぼけた声にもどって、フェルドは「なんでこんな話題になったんだっけ」だなんて、今更なことを口にした。
「最初は、ぼくとラズ君が友達になった話だったよね」
「なってない。・・・デリジアが、この子の、エルフの名前の話をして・・・」
「・・・ああ。俺が言ったんだな。それで、お前が名前を付けちまえって」
あ。と、三人の声がかぶって、エルフの女の子のほうを一斉に見た。額をぐりぐりするのに飽きていた彼女は、べたーと、少年の背中にもたれかかっていた。
「■■・・・!」
「お前、考えたか?」
「・・・もうちょっと待って」
「ねえラズ君。僕との友達関係についてもさ。デリ君もどうだろ。僕と友達に・・・」
「ならねえ。・・・デリ君て、俺の事か?」
エルフの女の子は、三人からの視線にびっくりしてかわいらしく驚いていたが、二回目なのでみんなたいして気にしなかった。
「■■・・・■!?」




