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灰の魔女と9人の子供たち  作者: 鈴生り けいな
第1章 檻の中の商品たち
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第5話 『二人目の子供』

「僕と、友達になってくれ!」


その言葉を聞いて、ラズリシアは困惑した。

意味が分からなかった。これほど場違いな言葉もないと思った。


自分たちは、人買いに買われて首輪をつけられた、人間未満の商品だ。こいつもそうだ。黄色の首には、重たげにもたげた鉄輪が絡まっている。


だからこそ、その上に張り付けられた笑顔の意味が分からない。なんでこんな風に笑えるのか、ラズリシアは不気味だとすら思った。


「・・・なんで」


それで、3度目となる疑問を、まったく同じ言葉にほんの少しの拒絶を混ぜて言った。


「君たちと話をしたいんだ」


フェルドの言葉も先ほどのものと同じ内容で、また、声はなんだか誇らしげだった。とげとげとしたラズリシアの眼差しにもひるまずに、それどころかそのキラキラした瞳を合わせてきて、ラズリシアは顔をそむけた。


「そんな、おもしろい話はない」

「そんなことないよ」

「・・・・・・」


強い調子で断言されて、言葉に詰まるラズリシア。「そっちの・・・」視線で一方をさして、「そっちにいる人とか、ほかの人と話せば・・・俺は、ほんと、たいしたことは話せないし」


ラズリシアが示したのは、件の・・・ラズリシアと亜人の子を先ほどから、ひたすらじっと見つめ続けている、あの少年のほうだった。


赤毛に、褐色の肌。ラズリシアと同じ年頃で、ねばっこく、まとわりつくように、一瞬たりとも離れることがないその逆三角の両の目は、フェルドとはまた違ったストレスだった。


(あっちのほうに、こいつが行ってくれれば・・・)


そうすれば、一度に2つのわずらわしさから解放される。そう考えて出た言葉だったのだが・・・。


「ああ・・・えっと、その、実はさっき、彼にも声をかけたんだけどね・・・」

「・・・・・・・・・・・・うん」

「無視されたよ。もう、見事といえるほどにね!」


俺も無視すればよかった。ラズリシアは心の底からそう思った。


「終いに、恐ろしい眼光で睨まれたよ。あれは怖かった」


睨めばいいのかな・・・。思いっきり眉根を寄せてフェルドをにらんでみた。にっこり笑顔を返された。立ち去る気配はない。


なにがだめなんだ・・・


フェルドはそんなラズリシアの努力にまるで気づかずに(あるいは、気づかないふりをして)、どこか気まずげに言った。


「いや、彼にというか、この檻にいる人たちには、一様、全員に話しかけてみたんだけれど・・・」


もう、「じゃま」って素直に言ってしまおうかと、ラズリシアは思った。

それはそれでめんどくさいことになる気がする・・・ほんとに、なんで無視してしまわなかったのか。


「話しかけて、君だけが返事をしてくれたんだ」


なんで無視してしまわなかったのか。


「別に、友達とか・・・勢いで行ってしまったけど、それはいいんだ。ただ君たちと、というか、誰かと、くだらないことでもいいから、何か話をしてみたかったんだ」


じっとラズリシアを見つめて、フェルドは語った。さっきまでの、ラズリシアが不気味と感じた笑顔は消え、その相貌はどこか寂しげだった。


「君たちに興味があるのは本当だよ。人間と亜人が親しくしているのは、はっきり言って異様だし・・・」


そう言って、ちらりとラズリシアの腕の中を見るフェルド。

ラズリシアの肩越しに、この不審者を覗き見ていた亜人の女の子は、あわててまた少年の胸の内へと顔を戻した。


「あはは、おびえられてるなあ・・・」なんて言ったフェルドが、頬を掻いて浮かべた笑みは、引き続き寂しげなままであった。


なんだか、このほうがよっぽど「らしい」と、ラズリシアは思った。


「それで、その・・・」


言葉を探して視線をさまよわせるフェルドを、ラズリシアはただただ無言で見つめていた。

 その様をどう感じたのか、フェルドは寂しげなのを困りげに変えて、最後にはあきらめた風になって言った。


「せめて、二人の名前だけでも、教えてくれないかな?」


 「いまさらだけどね」と、フェルドは笑った。「友達になりたいと思った相手の名前も知らないのは、あんまり滑稽だからさ」と最後に付け足して、それからラズリシアの顔をじっと見た。


「・・・・・・ラズリシア」


 どこかしゃくな気がしながらも、名前ぐらいなら・・・と、軽い気持ちで、ラズリシアは「ぼそっ」とつぶやくように答えた。


 ・・・・・・耳ざとくその声を聞きとがめたフェルドが、最初のきらっきらとした笑顔を浮かべたのを見て、またすぐ後悔したが。


「ラズリシア!いい名前だね!」

「・・・山菜が由来の名前だ」


 心底うれし気にこちらに身を乗り出してきたフェルドに、引き気味に答える。腕の中では女の子が「■■!?」と驚きの声を上げていた。


 さっきまでのあの愁傷な態度は何だったのか。ころっころ変わるフェルドの雰囲気に、ラズリシアは頭が痛くなってきた。


 「それで、」フェルドは興奮から言葉をつっかえた。「それで、ラズリシアというのは君の名前なんだよね?女の子のほうはなんていうんだい?」


「知らない」

「え?」

「お前と同じだ。この子とは、少し前に檻の中で会った。何も知らない。言葉が通じないから、名前もわからない」


 一拍間が開いた。そして、「うーん」と、フェルドはうなった。「それは、ほんとうに・・・?」


「ほんとうだけど」

「そうか。いや、すごいな・・・」


 なにが・・・と、そんな思いで目を細めたラズリシアに、フェルドは心の底から嘆じたように言った。


「それで、よく仲良くなれたね」

「・・・別に」


 ラズリシアは、なんだかすねたように答えた。「妹が・・・」


「え?」

「この子とおんなじくらいの、妹がいたから、それで・・・」

「・・・そうかあ」


 なんだか生ぬるい目で見られて、何度目かの「言わなきゃよかった」を、ラズリシアは思った。

 幸いにも、フェルドの表情はすぐに「困ったなあ」に変わったので、ラズリシアはほっとした。


「こう、身振り手振りで、なんとか聞けないかなあ?」

「みぶり、てぶり」

「うん。えっと・・・」


 フェルドは女の子のほうに向きなおり、目線を合わせようとして、「■、■■・・・!!」威嚇のような声を出された。女の子はラズリシアにより強くしがみついた。


「うん。僕じゃだめだね」


 「さあたのんだ」と、早々にあきらめてぶん投げてきたフェルドに、ラズリシアはイラっとした。


「・・・・・・」


 やんなきゃダメかな。


 期待に満ち溢れた目で見てくるフェルドへのイライラを蓄積させながら、「確かに、いつまでも名前がわからないのは困るな」釈然としない何かを感じながらも、腕の中の女の子をじっと見つめて、言葉を発しようとした。


「エルフの子供に、名前はないぞ」


 その直前に、突然、わきから声をかけられた。


 びっくりして、声のほうに視線を向ける。

 それはあの、ラズリシア達をずっと見つめていた赤毛褐色肌の少年だった。


 立ち上がり、固まる3人のほうへと歩いてくる少年をぼんやり眺める。「面倒が増えた。最悪だ」なんて、ラズリシアは心の中でつぶやいた。


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